永遠の白い部屋



「いいよ。ずっと一緒にいよう」
彼の唇から、夢のような言葉が漏れる。
僕は驚いて彼の瞳を見つめた。
「そんな、簡単に…」
彼は自分の下でくすくす笑う。

「なに言ってるんだよ。ここにずっと二人っきりでいたいって言ったのは、あんたじゃないか。思い通りになったのに、何でそんなこと言う訳?」
「でも、君は外に行きたいって。何も解らないからって。僕たちが恋人だってことも、今の君には解らないんだろう? 僕は、僕は確信しているからいいけど、でも君は…」

彼は優しい瞳で、じっと自分を見上げる。
僕は再び、奇妙に饒舌になっていた。

「ここにいたらきっと、多分だけど、永久に記憶は戻らない。何も解らないまま白い部屋に僕と二人っきりだ。僕はそれでもいい。君だけがいたらいい。だけど、でも、君は…」
「でも君は?」
「君は…」
「オレもいいって、今言ったじゃん」
彼の指が自分の顔をなぞっていく。

「あんたが好きだよ。恋人だったって記憶は無いけど、あんたみたいに確信がある訳じゃないけど。でもオレ、あんたを知ってる。あんたを抱いた事がある。そして、好きだった」
好きだった。
過去形で話す男は、ゆっくりと微笑む。
「でもさ、記憶って過去だ。オレはあんたが好きだし、恋人にはこれからなればいい」
「本当に…?」
自分の声が震えてくるのが情けなかった。
「うん…」

どこまでも透明な、限りなく優しい声で彼が呟く。
「あんたがそうしたいなら、オレはそうする」
彼の瞳が微かに光り、掌が髪をなでる。


可哀想なあんた…。独りぼっちのあんた。
あんたはいままで、欲しかったものを無条件で手に入れたことがないんだな。
オレが永久にあんたのものになったら、あんたは幸せか?
あんたは、笑ってくれるか?

彼の瞳の中で光るものが、やがてそこからあふれ出す。
「オレが欲しいなら、オレ、あげるよ。オレを手に入れたいなら、それで満足なら、ずっとあんたと一緒にいる。
あんたの隣がオレの場所だ」


彼は腕を伸ばし、僕を抱きしめた。
僕も夢中で彼を抱きしめ返した。

ああ…手に入れた。

そう思う。
腕の中に彼がいる。
涙が瞳から溢れ、頬を伝って下に落ちていく。
やっと、やっと欲しいものを手に入れた。

「ずっと一緒にいるよ」
「本当に?」
「永遠にここで、あんたと一緒だ」
夢のような言葉。
「何も思い出せなくても?」
彼は頷く。
「これからの時間だけあればいい」
「他に何もなくても?」
もう一度彼は頷く。
「あんたがいれば、それでいい」

「僕が好きか?」
「好きだよ。あんたは?」

「愛している…」

僕たちは抱き合ってキスを交わした。 





 そして…。

永遠が僕たちを包んだ。
僕たちは二人きりだった。
ここだけが世界だった。
どこだかは解らない。時間の流れもはっきりしない。
名前もいらなかった。

だってここには、他の人間はいないのだから。
彼と僕の二人しかいない。
だから、名前は必要なかった。
君と僕。それでいい。
自分と、自分の恋人。
ただ二人だけの世界。
抱き合って、愛しあって、すごす。

 時々ひどくせつない想いが、胸の中をよぎっていく。
このままで、ずっと彼を自分だけのものにしてしまって、良かったのだろうか。
本当は、僕たちには行かなくてはならない所が、どこかにあるのではないだろうか?
しかし、そんな風に思って彼を見ると、彼は笑って僕を抱きしめてくれた。
彼の綺麗な笑顔が、僕を優しく満たしていく。

ずっと一緒にいよう。
ここに一緒にいよう。

ここがどこでも構わなかった。
君だけがいれば幸せだった。
僕は手に入れたのだ。
たった一人の人を。

白い部屋の中で、僕と彼は抱き合って眠った。
僕は幸せだった。

END