LILIES



「試してみたいことがあるんだ」
葵はそう言って、小さな器具を取り出してきた。
 
どうしてこんな関係になったのか、良く覚えていない。
黒羽はピンク色の丸い器具を持って嬉しそうにしている葵を見ながら、心の中で首を傾げる。
気が付いたらいつのまにかこの男とセックスしていた。
互いに恋人のあるもの同士。
しかもその恋人同士も知り合いで、男で、なおかつ自分たちは二人ともいわゆる女役だ。
なんだか奇妙な組み合わせだろう。
端から見ればため息が出るほど華麗な組み合わせだったが。

そう。
思えばあの時だ。

黒羽だけが特例的に千代田物産社長のSPを命じられたのだった。
白鳥はぶーぶー言ったが、哀しいかな。宮仕えの身としては上の命令は絶対だ。
白鳥に言わせれば、それはあの社長の悪企みに相違なく、しかも狙いは絶対コウだ。ということだったが、事実はほんのちょっとだけ違っていた。
社長の狙いは類い希なる美貌の二人が並ぶことで周囲に与える影響であり、もちろんその狙いは的中して、その時砂城で開かれた会議は大成功だったらしい。

会議の内容だの成果だのというのは、黒羽の関心の埒外だ。
ただ、なんとなく彼と身体の関係を持つことになったのは、どういう成り行きだったのか、やっぱり思い出せない。
結果的に白鳥の予想は正しかったことになってしまったのだが、もちろんこのことは彼には言っていない。
薄々察しているにしても、白鳥の方も何も言わない。
言えばややこしいことになるだけだと、判っているからだ。
何しろ相手が悪すぎる。
社長のやり口は、今までのことでよくわかってる。意趣返しには絶対白鳥の家族を狙ってくる。しかも母親だの兄貴の嫁さんだの彼女だのに、プレゼント攻勢をかけてくるに違いない。下手すれば隣の小母さんだとか、町内会とかまで…。
白鳥は考えるだけでゾッとした。
家族に危害が及ぶならばどんなことをしても護るけど、プレゼントや寄付から護るのは不可能だ。
相手は百戦錬磨の商売人だ。権謀術数はお手の物。どう足掻いたって、実戦オンリーの一警察官が太刀打ちできるわけがない。

ちくしょう。殴り合いなら絶対負けないのに。←あまりにも当たり前すぎて、返って気勢がそがれる。
あの男に殴り合いで勝ったって、偉くも何ともない。(涙)
その上、もっと情けないのは、コウは決して無理矢理やられてるわけじゃないってことだ。

納得ずくで抱かれてるんだ。
コウに対して無理矢理なんて、オレだって考えられないけど。(ますます涙)

まあ、そんなこんなの白鳥の複雑な心中は、この際黒羽にはてんで察せられていない。
何も言わないのは、気づいてないからかな、と薄ぼんやり思っているだけだ。←コウちゃん鈍すぎ(号泣)
社長は、もちろん黒羽のことが好きなわけでもなく、恋人になりたいとか独占したいとかは絶対に言ってこない相手だ。
しかも裏にも表にも絶大な権力を持っていて、利用価値は限りなく高い。
事実、冬馬に繋がる情報も幾つか握っているらしい。
この男と『仲良く』して損なことはなにもない。
そして社長の方もなぜか黒羽を気に入っているとなれば、なし崩しにそういうことになっても不思議はなかったのかもしれない。
その上二人ともセックスをコミュニケーションの一種だと考えているフシがある。
それは間違いではないが、いささか曲がっていることも確かだった。その曲がり具合が、シンクロする部分があったのだろうか。
ともあれそんなわけで、この、世にも麗しいカップルの誕生と相成った次第だ。
(そして、陰で涙を呑む二人も)



たいていは二人で舐めあったりキスしたり、手でしたり。
たいへんソフトなセックスをするだけだ。
そのせいでますます二人に罪悪感が薄いのかもしれない。
ほら。ちょっとヘルスに行っただけだよ、みたいな。(笑)←男の考えることだし
そしてたまには葵の方が男役をしてアナルセックスをする。
といってもまだほんの四回ばかり逢っただけなのだが。

服を脱いでキスを交わし、互いの身体を愛撫し合う。

こんな綺麗な顔の男とやったことは、今まで一度もない。と、葵は思う。
目を閉じて身体の感覚に身を任せている黒羽は、おそろしく魅力的だった。
自分も、他の男からはこんなふうに見られていたんだろうか。
でも今は、逆の立場だ。
ふふ。
なんだか気分がいい。
綺麗な男を抱くのって、悪くない。
考えてみたら、若い女とやったこともなかったんだ。←なんて不幸な俺
それにキスでもフェラでも黒羽のテクニックは申し分なかった。
これだけ上手い男って、そうはいないよな。
知った男の数だけは、誰にも負けない葵である。←自慢できるのか?
しっとりしたきめの細かい肌。掌に吸い付くみたいだ。
薄赤い唇と、同じ色の乳首を存分に味わう。
こんなに綺麗な顔をして、柳と同じくらい背丈があるなんて、詐欺だ。
あいつよりはずっと細身だけど、しっかり筋肉の付いた鍛えられた身体だ。
肩幅も広い。
長い手脚。
羨ましい。
素直にそう思う。
でも、俺がタチだから。
ずいぶん倒錯した気分だ。
なまじな美女より綺麗な顔、綺麗な肌、つややかな髪に、しっかりと男の身体。
それでも。
タチは俺だ。
その言葉が思いっきり相応しい、ビアンなカップルに見えることは、この際考えないことにする。

互いに口と手でイかせ合う。
すごく、いい。
ほんとに上手いな。
そして一段落したところで、葵はその器具を持ち出したのだ。


「道具を使うのは…」
黒羽が言い淀む。
「好きじゃない?」
葵は笑った。
「大丈夫。これは、君に使うんじゃない。俺が入れるんだ」
黒羽は目を見開いて微かに首を傾げた。
「一度試してみたいと思ってたんだ。でも、あいつは絶対やってくれないだろうし、逆も無理だしな。だからさ、後で感想聞かせてくれ」
言いながらその器具を自分の身体に押し込む。
男が身体を開いてなにかを挿れるところなんか、目の当たりにしたのは初めてだ。
黒羽はちょっとドキドキする。
しかもやっているのは超が付くほどの美形だ。

実は、自分でもあまり意識していないことだったが、黒羽は顔のいい男が好きだった。
ゲイだといっても、ごつい男やむさ苦しいのは好みじゃない。
老け専とかデブ専とかの趣味もない。
自分が綺麗だ、という事についてはいまいち認識の甘い黒羽だったが、相手の顔がいいかどうか位は、判る。
冬馬もいい男だったし、香澄だって髪型のせいで子供っぽく見えるけど、ほんとは結構整った顔立ちだ。
海里に迫られてぐらぐらしたのも、彼が綺麗な顔だからかもしれない。
その綺麗な男が、見せつけるようにアソコを開いて、器具を押し込んでいく。
「1コじゃ物足りないかもしれないから…」
そう言って2個目を押し込む。さほど大きくないそれは、簡単に葵の中に収まった。
自分をじっと見詰めている黒羽の視線に、葵は満足する。正確には自分のソコをだ。
うんうん。
この子も『オトコ』だもんな。
やっぱり、挿れることには興味があるだろう。
その証拠に黒羽のモノはしっかり勃ち上がっていた。

黒羽の上にのしかかって、キス。
縺れ合うようにして身体中にキスを繰り返す。
69の形で互いのモノを含みながら、葵は黒羽の身体にジェルを塗りこめて用意する。
冬馬の強引なやり方とも、香澄の何処かぎこちないやり方とも違う。
そつなく無駄なく、器用に黒羽の身体を扱うそのやり方は、心地よくて安心できた。
リードを全部任せてもいい。
香澄とヤル時のような、互いに求め合い高め合うような興奮はないけれど、ひたすら気持ちいい。
社長が入り込んできた時も痛みは少しもなく、ただ焦れったいような快感が下半身に涌いた。
「あ…ぁ」
仰けぞって、自らソコを擦りつける。
「ふふ。気持ちいい?」
「い、い。もっと」
「うん。今、もっと良くしてあげるよ」
そう言って葵は手元のスイッチを入れたが、目を閉じていた黒羽にはそれは見えなかった。微かなカチッという音の後に、
痺れるような快感が下腹を直撃した。
「あっ、あああっ」

「ん…、ふっ。けっこう、クるな、これ」
ウシロを2コのローターに掻き回されながら、葵は黒羽の中を突き上げる。
その振動が、葵のモノと、密着した下腹を通じて黒羽に伝わる。身体の内側に伝わる刺戟と、勃ち上がったペニスに響く振動。
思いがけない快感に、黒羽は翻弄される。
葵の方も、あまり余裕はない。
もともとアナルで感じるタイプだ。
ローターを2コも挿れていれば、それだけでイきそうになる。
必死になって自分を押さえ、黒羽の反応を見る。
タチも結構大変だ。などとなにか勘違いしたことを考えながら。

相当に、いいらしい。
すぐにも達しそうになる黒羽のモノを握ったり放したり、コントロールしながらイかせないように追いつめる。
形の良い唇から零れる喘ぎが切なげな嘆願に変わるまで。
黒羽は、声を出すことも行為をねだることもためらわない。
それはたぶん自分と同じように、『最初のオトコ』にたたき込まれたことなのだろう。
冬馬涼一は、俺を最初に抱いたあの変態よりもずっと性質たちの悪い男だった。

自分の下で快感を追うことに必死な黒羽をいじらしいと、葵は思う。
「気持ちいい?」
「あぁ、もう…」
「イきたい?」
微かに頷く。顰められた眉。開いた唇からのぞく緋い舌。
いいね。
君はほんとに色っぽい。
「一緒にイこう」
葵はいっそう激しく動き、手に握った黒羽のモノを、自分の下腹に押しつけるようにしながら解放した。



「どうだった?」
葵は自分の中の器具を引出しながら問う。
黒羽はぼんやりとその光景を見詰めていた。
この子の前では、こういうことも別に恥ずかしくない。
柳に『やれ』とか言われたら、殴ってるけどな。
ネコ同士、という気安さなんだろうか。
黒羽の身体は良く馴らされていて、セックスに対して奔放で、しかも上手かった。
「良かった。すごく」
まだ快楽の余韻の抜けきらぬ表情で、黒羽が呟く。
気持ちの上では全く惹かれ合っていないのに、身体の相性は最高だ。
これもただの『アソビ』と割り切っているからこそ、だろう。
テニスをやる程度のものだ。←んなわけあるか(柳&白鳥)

一人じゃ、つまらないから。
そうだな。
こんど四人で、と、提案してみよう。
ダブルスというわけだ。
思いつきにウキウキする。
「なんです?」
一人笑いする葵を不審に思ったのか、黒羽が訊いてくる。
「いいこと」
葵はにっこりして、黒羽の唇に今日最後のキスをした。

END