勝利の夜に

 
 
 コウが誰かと寝てる。
 
誰か、っていうかこれはオレの勘だけど、多分千代田物産のあのキレイな社長だ。
たまに妙に色っぽい顔して寮に帰って来たりしてるし、だいたいこの前のコウの誕生日の時だって、あとから考えるとアヤシイ態度バリバリだった。
 
…あの野郎、自分はオレが貰う義理チョコにも嫉妬したりしちゃうくせに。
 
「自分がされて嫌なことは、他人にもしてはいけません」
って学校で習わなかったのかよ。
っていっぺん言ってやりたいけど、コウの場合あっさり
「されても嫌じゃないから自分もしていい」
とかいう方向に行きそうで怖い。
そんなちょっと複雑な気持ちで過ごしていたときに、その事件は起こった。
 
 
住宅街で起こった殺人事件の捜査で、現場の向かいのマンションの住人に聞き込みをしていた時だった。
203号室の一人暮らしの女の子が、窓の外で大きな物音がした時刻をほぼ正確に覚えていてくれたのだ。
なんでも彼女はその時サッカーの試合中継をテレビで見ていたらしい。
後半が始まってすぐ、重たい物が倒れるような音を聞いたのだが、その直後に応援していたチームが得点したこともあり、そのままテレビ観戦を続けたということだ。
彼女が見ていた試合では得点はその1点だけ、しかも後半6分でのことだ。
その物音が事件に関係するものであった場合、犯行時刻はその5分あまりの間に絞られる可能性がある。
オレはかなり有力な情報を聞けたかもしれないという嬉しさもあって、全開の笑顔で
「捜査にご協力いただき、ありがとうございましたっ」
とお礼を言ってドアを閉めた。
 
その笑顔のまま
「よっしゃー、次いこ、次!」
ってゴキゲンで歩き出したのはいいんだけど。
コウのヤツ、頷きもしないで
「香澄、今の子みたいなのがタイプなのか?」
なんて言いやがった!!
 
タイプってなんだよ、とか、
自分は他のヤツとセックスしてるくせに、とか、
だいたい今勤務中だろ、とか。
言いたい事は頭ん中いっぱいにぐるぐる回ったのだが。
…それこそ「今勤務中」だ。
オレはぐっとこらえて「あとで話す」とだけ言った。
コウがそれを聞いてどんな顔してたかは…ムカついてさっさと階段を下りてしまったので見てない。
 
その後も何件か聞き込みをした後、報告のために一度署に戻ったオレ達は、とりあえずその日は帰宅していい事になった。
もう深夜と言ってもいい時間になっていたので、ちょっと離れた24時間営業のうどん屋さんで晩メシを食って寮に帰った。
その帰りの車の中で話はおっぱじまった。
 
「香澄、さっきの」
コウがやや小声で運転席から聞いてくる。
 
…ああもう、そっちが蒸し返さなけりゃ何もナシで流そうと思ってたのに。
 
「タイプとか何とかいうやつ?そんなのカンケーない。今好きなのはコウだけ。」
「…そうか。」
コウがあからさまにホッとした顔をしたのを見ると、もう、なんていうか、なんなんだよって思った。
オレがずっと言わずにおこうと思っていたことが口から出てしまった。
「…あのさあコウ、前から気になってた事あんだけど。コウ、あの社長と寝てるだろ。」
コウはぎょっとした顔でオレを見た。
「社長だけじゃなくて、誰か他の奴とも。海里とだって、アイツにどうしてもって言われたら、別にいいかもとかって思ってるんだろ。
コウは、オレが知らないと思ってる…かどうかわかんないけどさ、
そういうことバレてもオレが平気でいると思ってるわけ?
どうも思わないって?」
 
「………。」
「じゃあさ、もしオレがそういうことしたらコウはどうなの? 可能性はあるよな。社長と最初会った時、誘われたのはオレの方だったんだし。」
「香澄…。」
赤信号で一時停車させてコウがオレを見る。
はっきり言えよな、コウ。
ふっかけてきたのはそっちなんだから。
 
それっきりコウは黙ってしまった。
もう寮まですぐそこだ。
駐車場に乗り入れたところで、オレはもうコウは答えないつもりなんだと思っていた。
やっぱり聞いても無駄だったかなって。
これ以上ひきずりたくなかったんで、オレの考えてる事だけ言って、もうやめにしようと思った。
 
「…オレはコウのこと好きだからさ、コウが誰と寝てても、それで別れるとかそういうのはないと思う。
すっごく嫌だなとは思うけど。」
だからオレがいちいち機嫌悪くなっても、コウは文句言うなよな。
「…香澄は、あの人とセックスしたいのか」
「別に。コウ以外とはしたいと思わないもん」
さ、もう上がって寝ようぜ。
車ん中で長話してて誰かに見られてもあれだしな。
シートベルトを外してドアに手をかけたところで
 
「僕は…そういうことを誰かから言われたのは初めてだったから、ちょっとよくわからなくて…。
香坂さんと香澄が、っていうのはちょっと想像できないけど、203号の女の子と…って考えたら…。
実際そうなった時どう思うかはわからないけど。
いや、香澄がどうしてもって言うなら僕がどうこう言う筋合いじゃないし。
その、そういう気持ちを香澄が味わってるというんなら、それはフェアじゃないとも思う。
…だからもう香澄以外の人とは寝ない。」

………え?
 
うっそマジで?!
ちょっと、っていうかかなり驚き。
 
なんかよく分かんない事もつらつらと言ってたけど、オレにとっては最後の一言だけ聞いとけばいい。
うーん…今日はオレ的に歴史的一日かも。
まあコウのことだから、押しの強い奴に迫られて流されたら、って考えるとちょっと心もとないけどさ。
オレのくすぶってた不満もキッパリ言えたし、大収穫だ。
オレは、ありがたいこの痴話喧嘩の発端になってくれた203号室の子に感謝して
『彼女が応援してたチームがこれからも勝ち進みますように』
とココロの中でちょっとお祈りした。
 

END