恋人未満−6ヶ月−「2」

え?

ん? んんん?
コウってば、ちょっと。
もしかしてその…寝てる?
オレは目をぱちくりさせて、身体の下のコウを見下ろす。

寝てる…らしい。
寝ちゃったって、その。それも初めてじゃないだろうか?
瞼の上に軽くチュッとしてみたけど、全然反応無し。
オレを上に乗せたまま、寝ちゃったよ。
体をちょっと起こして乳首舐めてみたけど、ええと…。
コウ、その。まだ挿入ったままだし、たとえ寝ててもオレ、今日はイヤって位やっちゃうよ?
…といっても、さっきので体力かなり使っちゃって。
コウも気持ちよかったみたいだけど、オレもその…。
今までで一番よかったかも。

仕方なくオレはコウの隣に寝直すと、すうすう寝てるコウの頭を撫でた。
汗ではりついた髪を指でかき分ける。
疲れてたのかな?
だよな。オレは自分の事ばっかりで怒ってたけど。
でもコウはコウなりに考えて、悩んで。仕事休んで歩き回ってたわけだから。
コウは体力はある筈なんだけど、体より心が疲れちゃったのかもしれない。
心が疲れると、体力も削っていくからな。
それでエッチしちゃって、あんな風になっちゃったら…。

…あんな風? 

あんなふうって、どんな風?

というかさ、ええと。
すごく…よかったって
初めてだとか…そう言わなかったか?

ぼんやりとオレは、さっきのコウの言葉を噛みしめる。
今までだって、射精してたんだから、ちゃんとイッてたには違いないんだろうけど。
でもその、確かにさっきのコウは、いつもと全然違った…な。

もしかしてその…
オレとのえっちで、初めて…イッた、とか?

……

じわ〜っと、オレは嬉しくなってきた。
口元に笑いが浮かぶのを止める事が出来ない。

イッたのか? 
オレとのえっちで?
えええ?
オレに抱かれて? すごく、よかったって?
なんかその…。
メチャメチャ嬉しくないか?
だってオレッてば、セックスはいつもコウにリードされてさ。
時々は完全に翻弄されちゃったりして。
もちろんコウにされるのは気持ちいいけど。
でも…
なのに今日は、コウをオレ、イカせたのか?
あんなに啼いて、気持ちいいって。
やめないでって喘いで。
オレの腰掴んで自分で動いちゃって。

う、うわー、うわー、わー。

すごく嬉しいぞ。
メチャメチャ嬉しいぞ。
今までのえっちだって、とってもよかったけどさ。
でも今、オレの中の『男』が、ぐぐっと立ちあがった気分。
男の持つ原始的な征服欲みたいなモノが、オレの中を気持ちよくくすぐっていく。
コウを本気でイカせられる様になったのか?
これはその、男としてのスキルが上がったって事だよな。

オレはコウをぎゅーっと抱きしめたい衝動に襲われた。
襲われたんだけど、気持ちよさそうに寝ているコウを起こしたくないってブレーキが咄嗟にかかる。
だから代わりに、また髪を撫でた。
嬉しくて心の中が躍り上ってるオレとしては、ぎゅーしてまたヤッちゃいたいけど(まだ復活してません)でも髪の毛で我慢だ、我慢。
なでなですると、さっきまで汗ではりついていた髪は、ちょっと乾いて、もう艶々のすべすべになっていた。

うーん…気持ちいい。
真っ黒で、艶々で滑らか。触り心地メッチャいい。
カラスの何とかって、女の子の髪に使う形容詞が浮かんでくる。
そう言えば中学生くらいの頃、女の子の髪が触りたくてたまんなかった事があったっけ。
さらさらしてて、柔らかそうでいい匂いがして。
触ったらとっても気持ちよさそうだった。
うん、きっとこんな感じだ。
もしかしてコウの髪の方が、手触りはもっといいかもしれないな。
最近は色抜きしたり、髪を染めてるも多いもんな。
コウみたいな極上天然キューティクルって、あんまり見なくなっちゃったような気がする。
オレなんかくせっ毛で。寝ぐせついたらなかなか取れないし。
すべすべの髪なんて、羨ましいったらないのに。


髪の毛を、指の間にさらさらと通す。
何だか気持ちいい。
絶対ヤリまくったろうって思ったのに、コウの寝顔を見て髪を撫でてたら、満足感が胸の中に拡がっていく。
このままコウの身体に腕を廻して、二人で寝ちゃってもいいかもしれないって、そんな風に思えてきた。

 

 

 寝ようとしてコウを抱きしめたんだけど、やっぱりオレはちょっと精神が高揚しちゃっているらしく、眠りに落ちる事は出来なかった。
代わりにぐるぐると今日の事を思い返す。
そういえば…。
あんまり色んな事がありすぎて、イマイチよく気付いてなかったんだけど。
もしかしてオレ、今日初めて、コウに「好きだ」って言われたんじゃないだろうか?
レオニスの残骸の中でさ。
コウを殴って、胸ぐら掴んで問い詰めて。
その時に…。

何回エッチしちゃってても、コウは口べただし、その前に無口だし。
身体が先とか、そういう事は、ありだと思ってたから。
第一考えたらオレは、早々にコウに向かって好きだって喚いちゃったんで、そのままなし崩しに身体の関係になっちゃったんだよな。
でも実は、コウの方から「好きだ」って言って貰ったことはなかった。
そりゃー、エッチの時はちゃんと感じてくれてるし。
好きか嫌いかって聞かれたら、コウだってオレの事が好きだって答えると思う。
もちろんオレの言ってる好きってのは、そういうんじゃないけど。
でも、まあいいやって思ってたんだ。
言わなくても構わない。気付いてたけど、オレは気にしない事にしてた。

だけどオレ、今日言われたよな?
しがみついて、好きだって、言われた気がする。


「香澄、君が嫌いじゃなかった。好きだった」

「好きだった。好き…だった。香澄と抱き合うのも、キスを、するのも…」

「僕は、香澄とセックスするのが好きだった。好き、好き…だった」


ほら、何度も言われたよ。好きだって。
あの流れだから過去形になってるけど。
でも、好きって言葉がオレに対して、初めて使われた。
オレが好きだって、初めてコウの方から言ったのだ。

頬に熱く血が昇る。
バカみてえ、オレ。
こんな大事な言葉、さっきまでスルーしてたなんて。
何も考えられないままここに入って、怒濤のように抱きあっちゃったからな。
やっと血液が頭に回りだして、色々考えられるようになったのかも。
だけど、幻じゃないよな。
好きだって言って、エッチして。
それでイッたんだから…。

ハッとオレは、コウを見つめる。

好きな人とエッチするのは最高だって、オレはずっと思ってた。

だから…
そういう事なんだって、オレは思ってもいいのかな。
好きな人とするエッチだから、あんな風にイッたんだって、そう思っていいのかな。

コウに聞きたかったけど、でもコウはオレの腕の中で、すうすう寝ていた。
とっても気持ちよさそうに、寝ていた。


「6ヶ月たったらさ、オレせーだいに祝おうと思ってたんだ。だって特別じゃん。オレがコウのちゃんとしたパートナーになれるかどうかなんだから。だからオレ、デートコース回ってご飯食べに行こうとか、パーティーしようかなあっとか、ホント色々考えてたんだぜ」
「香澄、そんなに僕が言った事を気にしてた…のか?」
コウがちょっと困ったように目を細めたので、オレは口を開けて笑った。
「そうともさ。コウが決めてくれちゃったから、オレは必死だったんだぜ」
オレはコウの唇に、軽くチュッとキスする。

「でも結局、考えたらオレ一人の記念日なんだ。コウは時間なんて気にしてなかっただろうし、他の奴らには、それこそ全然関係ない。
誰にも言ってなかったし、コウに言われた事を、ただオレだけが心に留めて、そして頑張ろうって思った。だからパーティーとかご馳走とか、全部やめたんだ」
オレだけに大切な日だから。
オレだけに意味ある日だから。

だから特別なディナーもデートも、パーティーも無し。
お祝いも無し。
普通の日の、いつもの通りで。
ただ、こうしてホテルの一室で抱き合うだけ。
(ホテルに行く事だけはやめられなかったんだよな。いくら何でもない日だからって、仕事終わったらそのまま『じゃあ明日、お休みなさい』を言えるほどフツーでもないって事だ)


なあオレ、コウにとってどんな男になった?
パートナーにはなったんだよな。
レオニスで初めて好きだって言われて。
だったら、やっとオレ達恋人かな。
それとも、まだ恋人未満かな?

エッチありの、恋人未満。
キスできて抱き合える好きな人がいるって、それだけで幸せ。
前にそんな事を考えた。
好きだって言ってもらえなくて、オレだけが一方的に『恋人』だと思ってるんでも、それでもいいって。
オレが恋人だってコウの事を思うのは、単なるオレ自身への誠実の証だし、同じ事をコウに強いるつもりはないって。
レオニスで、初めて好きだと言葉にして言われたけど。
でも、やっぱりまだまだだろうか?
コウはちょっと戸惑っているようだった。
「だけど、友達とはちがうよな」
小さく言ってキスを繰り返す。
「…こんなこと、しちゃってるもんな」
「ん…」
目を瞑って感じてるコウ。

可愛い。
綺麗で可愛いよ、コウ。
完全な恋人にはまだまだかもしれないけど
それでも少し、コウの一部がオレに寄り添っているのを感じる。
いままでとは、はっきり違う。
オレは過去から
確かに連れ戻したのだ。
コウの一部を。


上から被さって抱きしめて、オレはコウの中に入り込む。
そして何度も身体を打ち付ける。
「うぅん…香澄…あっ」
コウの声が甘い。
あの日の夜みたいに激しくはないけど、でも今日のコウは、どこか酔っているみたいに見えた。
「香澄…好き…」
殆ど聞こえないくらいの声で、コウは囁く。
聞こえてるよ、コウ。とっても嬉しい。
荒く息をつきながら、コウの中を深く抉る。
「コウの中、すごくいいよ…。熱くて気持ちよくて、夢中だ、オレ」
「香澄…ん…香澄…」
「うん、コウ」
「好き…好…きだ、香澄…あぁぁっ」
「オレも、すごく好き。コウとこんな風にするの、大好き」
「好き…香澄…す…」

まるでタガが外れたみたいに、コウは繰り返した。
オレのモノを受け入れながら、喘いで、震えて、コウは言葉を繰り返す。
ぶっ飛んで、無意識で言ってんだろう。
だけど嘘のない、コウの本当の言葉だ。
『好き』は、魔法の呪文みたいに、オレの心と体を甘く蕩かす。
顔が見たいな。
イク時の、いい顔。綺麗な最高の、顔。
見るとドキドキして、興奮して。
抱きしめて。
オレがいいって、そういう顔を、オレに見せてよ。

「ああああぁっ…」
コウの背中が、きつくしなる。
コウの欲望がオレの掌を濡らした。


パートナーって二つの意味がある。
仲間って意味と、恋人って意味。
いや、恋人はカップルだから、パートナーだったら夫婦かな。配偶者。
もちろんそこまではオレ達なってない。
せいぜいが恋人未満。
だけど……。
すべすべの髪にキスする。

だけどオレは、ずっとコウの傍にいるって、そう決めたから。
だから、いつかなろう。
6ヶ月は、まず最初の始め。
どれくらい時を一緒に過ごせるか、コウは不安に思っているみたいだけど。
次の6ヶ月も、その次の6ヶ月も。
何度でも抱きあって、こんな風にえっちしよう。

オレがコウを縛っている過去から、全部コウを取り戻したら。
そうしたらなれる。
約束だよ。
解っただろうけど、オレは一度した約束は、破らないんだ。
ずっとずっと先の、未来の二人を、オレは信じてる。

その時オレは、コウにとってどんな男になっているんだろうか。

背だけは高くならないんだよなって、そんなバカな事を考えて、オレはちょっとだけ笑った。



END