過去−dark past5−



ベッドが轢む。
かなり無理な体勢で貫かれ、黒羽は苦痛の声を漏らした。
その声を男は楽しんでいるようだった。

苦痛を伴うセックスなら慣れている。
黒羽は頭の隅でチラリと思った。
そうだ、慣れている。そして、むしろ望んでいる。
何故なら冬馬は、そういうセックスを好んだから。
自分の身体は、そんなセックスに慣れていた。
もちろん最初は、ひどく恥ずかしかった。
しかし冬馬が好きだったから、彼のどんな要求にも応えた。
彼の要求を受け入れることが愛だと思った。
苦痛と羞恥が、彼と自分をつなぎ止めているひとつの証のような、そんな気もしていた。


「あっ…」
男が黒羽の勃ちあがったものを緊く握り込む。
快感と痛み。
痛みは心に歪んだ悦びをもたらす。
この男は、僕を傷つけたいのだ。見える場所でないなら、それは喜ばしいことだった。
受けるべき罰を、僕は受けていないような気がするから。
誰にも謝ることすら出来ないのだから。
誰でもいい。僕を罰して欲しい。
だからねだった。
「いい。…もっ…と」
男は黒羽の足を抱え上げ、自らの欲望を更に激しく打ち込む。
「ああ…あああ…あっ」
足を絡ませ、尻を振り、男を呑み込む。
「すごくいい…。いいよ」

男は黒羽に約束をしていた。

冬馬涼一に会わせると。

被さってくる大きな身体に、ぞっとしながら、同時に激しいセックスへの期待が膨らんだ。
自分より大きな男は滅多にいない。
冬馬涼一でさえ、体格はほぼ一緒だった。
しかしこの男は大きい。
身長は同じくらいかもしれないが、体格が自分とは段違いだった。
厚い胸と、太い腰。
冬馬の身体が好きだった自分は、あまり筋骨たくましい男は好みではなかったが、大きな男に責めたてられる期待は、好みとは別のものだった。
手を滑らせて下を探っていくと、期待通り大きな逸物がすでに堅く張り切っている。
握って擦りたてると、男はうめき声を漏らした。

力任せに押さえつけ、潤滑剤を塗りたくると、男はいきなり挿入はいってきた。
キスも前戯も何もない。
荒々しく黒羽の足を抱え上げ、獣のように唸りながら、乱暴に腰を打ち付けていく。
「あ…うっ」
挿入の苦痛に唇を噛むが、かまわず男は身体を揺らし、黒羽の身体を貪り続けた。
「はぁっ…あっ。あっ…はっ…」
黒羽は苦痛を快感にすり替える術を知っていた。
出来るだけ自分も感じられるように、自ら腰を動かし、男のペニスを奥へと導く。

「ああっ…」
男の大きさは、かなり苦しい。
なのに誘うような声が、勝手に口から漏れ出てくる。
結局、こんな風に組み伏せられるのが好きなのだと思う。
射精できればいいのなら、マスターベーションでもかまわない筈だ。
なのに僕は理由をつけてまで、こんな風に男を咥え込んで、犯される事を好んでいる。
責めたてられて、熱くなっていく身体と、勝手にこぼれる声。
冬馬に会わせるなんて、見え透いた嘘を信じるふりをしてまで、男が欲しいのだ。

見え透いた嘘。
そうに違いない、と思う。
冬馬に会わせるなんて、嘘だ。
こんな男が、冬馬とつながっているわけがない。
だって……

ボクガ、ツナガッテイナイノニ……


バカバカしいほど歪んだ優越感がどこかにあった。
自分がこれほど望んで、それでも見つけられないでいる冬馬が、こんな男と接触しているはずがない。
だから今、男に抱かれているのは単にセックスしたかったから。
それだけだ。
自分の身体を満たすために、理由をつけて自分は男に抱かれているのだ。

「あああっ」
男のペニスが、いいところを擦りあげていき、身体が跳ねた。
「んん……あっ」
男は黒羽の反応に興奮したらしく、ますます激しく抽送を繰り返した。
ベッドが苦しそうな音をたてて軋む。
黒羽は身体を揺さぶられながら、シーツに爪を立てて、射精してしまいそうな快感に耐えた。
冬馬だったら……。
もしも冬馬にこんな風に突き上げられたら、すぐに達してしまう。
そんな時冬馬は、ひどく自分をからかって、嬲った。

涼一がこんな身体にしたくせに。
涼一が男を教えたくせに。
なのに僕を、厭らしいといって笑うんだ。
こんなに脚を開いて、男を呑み込んで、厭らしいって。

解ってる。
僕がそうしているのを見たいんだろう?
男に貫かれて、自分も勃起して。こんな風に声をあげて、よがって。
涼一がそういう姿を見たいって言うから、僕はこんな身体になったのに。
なのに涼一、この男がお前のいる場所を知っているというのは本当なのか。
嘘…だと思う。
けれど、本当なら。
僕ではなく、この男と繋がっているのなら、殺してやる。
そして、僕に約束したお前。
僕を抱きたいだけなら、それでもいい。
厭らしい僕は、いつだって誰かにこんな風に、乱暴に突っ込んで欲しいのだから。

けれど嘘をついたのなら、涼一に会わせるというのが嘘なら。
お前も殺してやる。

男への嫉妬と、セックスの欲望がごちゃごちゃと混じり合い、なんだかよく解らなくなっていった。

男が呻いて、黒羽の中に精を放つ。
腰をがっちり押さえ込まれたまま、黒羽は男の出すものを全て受け止めた。

ただ突っ込んで、力任せに揺さぶって、自分の欲望だけ吐き出す。
なんだ、とほんの少しガッカリした。
もっと激しいセックスを期待していた。
大きな男に、何も解らなくなるくらい責めたてられて、イキたかったのに。
黒羽のモノは、期待に濡れたまま半勃ちになっていた。
結局、射精してない。
今の僕はまるで便所だな、と思う。
もちろん自分にはピッタリだ。
しかしこれで終わりなら、用が済んだらさっさと抜いて欲しかった。
便所なら便所らしく、お前の出したものをシャワーで洗い流してくるから。
そうしたら、お前が嘘つきかどうかが解る。

冬馬と会わせるという約束が、嘘でもそうじゃなくても、心は不安定に揺れるだろう。
男の対応によっては、何をするか自分でも解らなかった。
体格は男のほうがはるかに上だったが、体格ではカバーしきれない急所が、人の身体にはいくつもある。
黒羽は冬馬によって、そういった事すべてを叩き込まれていた。


しかし男はニヤリと笑うと、ごそごそと何かを取りだした。
「なんだ?」
「そんなに怖い目で見るなよ。今度はイカせてやるからさ」
黒羽は目を見開く。
男が取りだしたものは、冬馬がよく使っていた緊縛用のロープだった。
縛っても跡がつきにくいタイプで、油脂が塗り込んである。
冬馬はよくそれで自分の脚を縛って、高く吊り上げたものだった。
「こういうの、好みなんだろ? 聞いてるぜ」
男はそれで、黒羽の脚を縛りはじめた。

『おしおきだよ……』
冬馬の声が聞こえる。
悪い子には、お仕置きだ。

冬馬の部屋と違い、ロープを吊すフックがないのでベッドの柱に縛り付ける。
あまり高くは脚が上がらないが、それでも黒羽の背中はゾクゾクと震えた。
この男は、やはり冬馬を知っているのだろうか。
だが考えるまもなく、再び男がのしかかってきた。
「あっ…」
無意識に誘うような声が出てしまう。
「激しいのが、好きなんだってな」
男は囁きながら、半勃ちになった黒羽のモノを緊く握り込んだ。
快感と痛み。
男の手の中で自分のものが堅くなっていくのが解る。
「やっぱりいいんだ。好きなんだ、こういうのが」
男は嗤いながら黒羽の中心を玩び、自らのモノも怒張させた。

「欲しいか?」
男はペニスの先端を押し当てて刺戟する。
黒羽は目をつぶって頷いた。
「欲しい…入れて」
入れて、涼一。
僕を罰して。
男のモノが、再び黒羽の身体を押し広げて入ってくる。
今度はゆっくりと。嬲るように。
「いい。…もっ…と」
男は片手で黒羽の昂りを扱きながら、抽送をはじめた。
厭らしい、湿った音が響く。
「ああ…あああ…あっ」
黒羽は不自由な体勢のまま、尻を振った。
「すごくいい…。いいよ」

いいよ、涼一。
もっと激しく。僕を罰して。
僕はたくさんの嘘をついてきた。
たくさんの罪を犯した。
だから罰せられて当然なんだ。

だからねえ…涼一。
一緒に行こう。
いいや、一緒に来てくれないことは、もう解っているから、僕は誘ったりしない。
僕はもう、涼一のものにはなれない。
涼一も僕のものにはなってくれない。

だから、僕は涼一を殺す。
お前を殺すと、そう決めた。
もちろん殺されてもかまわない。
こんな風にしがみついている世界が消えるならば、僕はどっちでもいいんだ。

ロープで縛られて、男に嬲られて、望み通りの激しいセックスを黒羽は楽しんだ。

誰も僕を許さなくていい。
何も解らなくなるくらい激しく、ただ犯して欲しい。
男に組み敷かれて、声をあげて達する。
きっと、それが相応しい。


男の手の中に、黒羽は何度も射精した。

END