現在−情事に至る過程−



どうしよう。どうする、オレ?
ひょんな事からキスして。
恐ろしくハイになったオレは、そのまま黒羽さんを自分の部屋に引っ張り込んでしまった。
そりゃーもう。
さっきまでのオレが、地に足がつかないほど幸せ気分だったのは言うまでもない。
男とキスして、そんなに幸せなのかって、言いたいヤツは言ってるといい。
黒羽さんの顔を見たら、そんな事言えなくなるさ。

いや、そうじゃなくて。
問題はそんな事じゃなくて。
だって、何て言うか、オレは今…
その黒羽さんとテーブルで顔付き合わせて、書類書いてたりするワケなんだ。

「そこ、字間違ってますよ」
容赦なし。
「うん」
わかってるよ、そんなの。
でも、そんなに手元を見られてたら、落ち着いて書くなんてできやしない。

ううう…。
どうしてこんな事しているんだ。
いや、最初から誘い文句は「書類書こう」だったから、こうなってても間違いではないんだけど。
でも、オレ計画の中では、何かが激しく間違っているような気がする。

失敗だったかも。

女の子を誘うみたいに気軽に声をかけて、それで成り行きでどうにかなる相手じゃなかった。
女の子を誘うのなら、オレはそれなりに得意だったんだぜ。
オレって、これでも結構もてる方だったし。
(なにしろ顔が良いしな。黒羽さんに比べりゃちびだけど、日本人男子の標準としたら別に背が低いって程じゃない。黒羽さんがでかいんだよ)
ガールフレンドだって何人かいた。
まあその。高校生だったから、それなりの付き合いだったけどさ。
それに警察学校に入ってからはそれどころじゃなかったし、警官になってからはますますそんな余裕なんかなかった。
だから、正直言っちゃうと、女の子との経験もBまではそこそこ。
Cは数えるほど…。
あるだけましだろ。オレは好きでもない子とエッチしたいと思うほどいい加減な男じゃないんだ。
…って、今は関係ないな。
とはいえ。
この状況。
部屋に連れ込んで、交流深めようって。
どうする気だったんだよ、オレ。


 
ずっと、憧れてた。
好きだったって、言えるかもしれない。
オレがどんな風に黒羽さんの事を思っていたか、一言では言いきれない。
だからナンパなんて言っちゃったんだ。
まるで女の子を誘うみたいに。

でも、ただ…。
ただオレは  触ってみたかったんだ。
本物の黒羽高に。
生きて、動いて、しゃべってる本物に。
いきなりキスしようって言ったのは…口が滑ったとしか思えなかったけど。
でも、できちゃったよ。
それだけは超ラッキーだったかもしれない。
きれいな顔。薄い唇。
すべすべの白い肌。
女の子より、きれいだ。
自分から言いだしといてなんだけど、男だっていう抵抗も本気でなかった。
むしろなんて言うか、気持ちいい?
舌まで、入れちゃってさ。
もうオレとしては、夢中でワケ分かんないままやっちゃったんだけど、黒羽さんの方は、一体あの状況をどう思っただろう…。
ちらっと顔を見上げるが、綺麗な顔には表情が無くて、彼が何を考えているのか、オレにはサッパリ解らなかった。

でも特に、気にしてはいないみたい。
ほんの少しがっかりして、なんとなく、ホッとする。


だけど。
自分で言った言葉に、再度困り果てる。
交流深めようって、何をするつもりだよ、オレ。
いや、書類書こうって言ったんだけど。
こだわる必要はないのかもしれないけど、でも、妙に意識しちゃうな。
キスしちゃったせいか?
それとも黒羽さんが、やっぱりすごく綺麗なせいだろうか。
思わず見惚れたさっきの笑顔。柔らかい雰囲気。
黒羽さんが、ヘンに色っぽく見える。

キスも…、上手かったんだよな。
ずいぶん自然にキスしてたし。
オレが男とか女とか、どうでもいいみたいだった。
もしかして、そういう事経験豊富なのかな。
これだけ綺麗なら、女でも男でも、誰でも寄ってくるだろうし。
よりどりみどりだもんな。

思考は自分の意志と関係なく、勝手に疾走していく。

オレ以外でも、男とキス、した事あるのかな、黒羽さん。
だったら、男と…えっちした事は…。

一瞬で連想ゲームが頭の中で炸裂した。

う、うわっ…。
オレッてば、何考えてるんだよ。
いくら綺麗で、いくら色っぽく見えて、今二人っきりだからって。
黒羽さんとどうにかなる気か。
大体どうにかなるとしたって、相手は女の子じゃないし、どうリードしたらいいのかサッパリ分かんないじゃないか。
経験値ゼロ。知識ゼロ。
ゲイじゃないし、男とナニなんて、考えた事もない…。

…って、いま考えちゃってるじゃんよーっ!

さ、さっきのキスが悪いのか?
それとも桜庭さんか。
そうだ、桜庭さんだ。桜庭さんだよ。
身体もどうぞって、さ、桜庭さんがあんな事言うから、オレっ…。

心の中で妄想と言い訳が、超高速でフル回転する。
そんな事を頭の中で展開させて、書類がまともに書けるはずがない。

「また違ってます」
すかさず黒羽から指導が入った。
わかってますって、畜生。
書き直し。
げしげし。
「お茶でも入れましょうか」
 
 え?
 
いきなりのセリフにぽかんと口を開けたオレを無視して、黒羽さんはすっと立ち上がるとキッチンへ向かった。といったって流し台とガス台があるだけだけど。
寮の部屋はどれも造りが同じなんだろう、動きに迷いがない。
備え付けのやかんに水を入れてガスにかけてかちん、と火をつける。

あんなにでかいのに、流れるようにムダのない動き。
この人って、ほんとに綺麗だ。
顔だけじゃなくて伸ばされた腕とか、かがんだ時の肩の線とか。
腰、細いし…。
思わず見とれてしまう。
服を脱いだら、どんなふうだろう…。
そこまで考えてまた思考停止。
 
脱がせて、どうする気だよ、オレ!
あああああああ。
こんな事ならもっと勉強しておけば良かった。
…って、なにをーーっ!?


 
「ああ」
小さな声だったんだけど、オレは飛び上がるほど吃驚した。
吃驚してるオレを無視して黒羽さんは続ける。
「お茶がない」
そ、そりゃそうか。
当たり前だ。
オレ、昨日越してきたばっかりだし、身の回りのものは持ってきたけど、茶なんか普通持ってこないよ。こっちで買えばいいやって、思ってたし。
「持ってきます」
ええ?、どこから?
「まってまって、ちょっと待って」
オレはダッシュして、今しも部屋を出ていこうとする黒羽さんの腕を掴んだ。

「いいよ。お茶しにいこう。どっか外へ。ファミレスとか、開いてるとこあるよね。そんで帰りにコンビニでお茶買ってこよう」
「報告書は?」
ちょっと困ったように眉がひそめられる。
黒羽さんの仕事じゃないのに、ほんと律儀だなあ。
「ちゃんと書きます。一人でも書けるから、大丈夫。ね。行こう行こう」
ぐいぐいと腕を引いて部屋を出る。
これ以上二人っきりで部屋にいたら、すげー毒だって。
交流を深めるとか言っちゃって、オレの思考、何処まで行くか分かんないし、書類だってぜんっぜん書けやしない。
とにかくここから出ちゃえば、余計なことは考えなくてすむ。


   結局その夜は、ファミレスでお茶して、おしゃべりして、(ほとんどオレが一方的に警察学校の頃とかの馬鹿話を)とってもスタンダードな初デート(?)で過ぎていったのだった。
 

END