現在−情事に至る事情−



白鳥香澄はゲイなのだろうか。
ふっとそんな疑問が頭に浮かぶ。
何度もキスしておいて今さらなんだが、彼がゲイなのかどうか、考えた事がなかった。
性的なものをあまり感じさせないのは、彼の雰囲気のせいなのだとは思うが、白鳥だって男だ。セックス位するだろう。

黒羽は白鳥と上手くやりたいと思っていた。
あまり自覚はなかったが、彼はそれなりに黒羽の中で特別な位置を占めていた。
7年ぶりの、正式なパートナー。
もちろん今までも誰かと組んで行動したことはあったし、それはパートナーと呼ばれた。
だが誰もが短期だったし、基本的に黒羽は一人で行動していた。
しかし今回は事情が違う。
白鳥香澄と、正式に組め。と言われたのだ。
彼ときっちりパートナーになり、組織に所属し直せという命令なのだ。
初めてのパートナーは、冬馬涼一だった。彼は色々な意味で特別なパートナーだった。
そして7年を経て、再び与えられたパートナー。
外からやって来た、『正式な』二人目。
だから黒羽にとって、白鳥香澄は『特別』だった。

砂城に慣れていない彼を護り、一緒に仕事をこなしていく。
この辺りは基本だし、なんとかやれると思う。
だが、黒羽にとって大きな問題点が一つだけあった。
正式なパートナーという事になると、どうしてもある程度、プライベートなつきあいをする必要がでてくる。
仕事の時だけ顔を合わせて、任務が終わったらさっさとサヨウナラ。
そんな風に行くなら楽でいいのだが、組織内部というものは、そこまでドライに出来ていない。別に深くプライベートに突っ込む必要はないが、それでも親しくつきあっていこうとしたら、どうしても仕事以外の時間を、彼とのつき合いに費やさなくてはならなかった。

そして黒羽は、そういったことがひどく苦手だった。
男同士の、友達同士の普通のつき合い。
普通の人が普通にやっているのであろう事が、黒羽にはよく解らなかった。
たぶん自分はどこか欠陥品なのだと思う。
彼と上手くやっていきたいと思っている。
しかし自分の人付き合いの悪さや不器用さを考えると、上手くやれる自信など欠片もなかった。

 

 

それでも黒羽は、とりあえず手探り状態で色々やってみることにした。
白鳥香澄に、寮での生活や施設の案内など、まずは色々な事を教える。
彼の誘いは断わらず、報告書も一緒に書いたし、食事もした。
彼にピッタリな拳銃も考えて選別し、メンテナンスも自分でやった。
これでいいのかよくは解らなかったが、別に悪くもなさそうだ。
彼のために、あと出来る事は何だろう。
そんな風に日々考えて過ごした。

しかし白鳥が退院して、仕事に復帰したまもなくの時だった。
メンテナンスをした拳銃を彼に渡す。
その瞬間、黒羽の中に、薄暗いものが湧き上がった。
何気ない風を装いながら、白鳥がそれに気付かないことを密かに願った。
「手が大きい。この拳銃がピッタリだ」
そんな風に言いながら、彼の手を撫でて確認する。
その時白鳥の体が少し震えたことに気がついた。
『あっ…』と思う。
黒羽はその感覚に、憶えがあった。


何人もの男が、黒羽に触られた瞬間、同じ様な反応をする。
彼らが発するメッセージはたった一つだった。

セックス

それしかない。
黒羽の身体に、欲望を抱いているのだ。
その白い身体をしゃぶって、姦し、思う存分欲望を吐き出す。
好色な瞳、身体を撫でる指。
膨らんだ股間。
突っ込んで、ヒイヒイ言わせてやるよ。
誰の身体からも、そんな声が聞こえてきそうだった。
白鳥の身体からは、もちろんそんな声は聞こえてこなかった。
それでも、メッセージは明解だった。

彼は、僕と寝ることを、ほんの少しでも考えている。

そう思った瞬間、自分の身体も反応したことに、黒羽は気がついた。
心の隅でそれに気付いて、黒羽は自己嫌悪に襲われる。
僕は…何がしたいって?
自分の体の中に湧き上がる、一瞬の衝動。
セックスが、したいのか?
誰と?
白鳥香澄と?
僕の、パートナーとか。

何度もキスしておきながら、彼がゲイかどうかよく解らない。
ゲイなのではないかな、とそんな風にも思う。
少なくともこの間見かけたビデオは、ゲイポルノだった。
(彼はそれを隠したいようだったので、別に追求はしなかった)
どちらにしろどういうものが本物のゲイなのか、黒羽に区別は付かなかった。
自分と寝た男達が、必ずしもゲイだったかというと、どうも違うらしい。
普段は女と寝る男達が、黒羽の身体を好色な瞳で見つめる。
誰からも指さされることなく抱いていいと解ると、ぎこちなくではあるが、それでもハッキリと欲望を向けてくる。
男である黒羽にたいして。
だから性的欲望というものは、思ったよりも曖昧なのかもしれないと、そうは思っていた。
白鳥がゲイかどうか、あまり拘る必要も、無いのかもしれない。

では自分はどうなんだ? と思う。
女と男とどちらが好ましいか、と問われたら、殆どの場合黒羽は女と答えるだろう。
女は誰も綺麗で可愛らしく、清潔だった。見ていて楽しいと思う。
にも関わらず、性的欲求は男にしか湧かなかった。
だから自分はゲイなのだろうと、そうは思う。
だが、単純に男が好きなのかと問われると、それもよく解らなかった。
かつて好きになったのは冬馬涼一だけだった。他の男を見ても、つきあいたいとか、好きだとか思ったことはない。彼がいなくなった後も、他の男をたとえ代わりとしてでも捜すことさえなかった。
他の男など必要なかった。自分はひたすら涼一が欲しかったのだ。
そして涼一が男だったから。黒羽は男の身体に欲情した。

それでも、そんな状態でも、セックス自体が必要ないと言いきることはできなかった。
淡白なものではあったが衝動はあったし、セックスがしたいと思うことは、男として当たり前の欲求だ。
男にとって性衝動は、一種生理現象ともいえる。
ある意味で、それは愛などというものとは違う。
処理することができる身体の欲求だった。
愛とセックスは、男にとって別物だ。
だから処理するだけなら、実は誰でもよかった。
男に性衝動を感じるのだから、男なら誰でもいい。
理由があってセックスをまき散らしたこともある。

しかし、誰と寝てもよかったが、誰とでも寝たい訳ではない。
それももう一つの真実だった。
奇妙に罪悪感を伴う、男同士のセックス。
衝動はあるくせに、こんな事したい訳ではないのだ、と思う気持ち。
それが絡まり合って、黒羽の中に黒々と影を落とす。


香澄は僕と寝たいのだろうか?
(僕は香澄と寝たいのだろうか?)
香澄はゲイだろうか?
(彼は僕のパートナーだ)
彼と上手くやっていきたい。
(セックスでそれができるなら)

だが、彼は通りすがりの男ではなかった。
問題なのは、白鳥香澄が、間違いなく誠実な男だと言うことだった。
彼が自分の身体で、欲望だけ処理してくれるなら、それならいい。
彼が望むのなら、セックスを差し出すことくらい簡単だ。
僕も多分、彼と寝たいと…。
どこかで望んでいるのだから。

けれど、そんなのは普通のパートナーじゃない。
自嘲の嗤いが微かに浮かぶ。
僕はまともじゃないんだ。

考えても、何もまとまらなかったし、結論もでなかった。
黒羽は空転するだけの考えを玩ぶのをやめた。

…久しぶりに上に行ってみようか。
そんな考えが、フッと頭の隅を過ぎっていった。

END