現在−情事にいたった事情−



どうしよう。
これって、どういう状況?
目の前にいるのは確かに黒羽さんで、オレもこの人も素っ裸で。
なのにオレってば、ただひたすら眼を白黒させるばかりだ。

どうしてこんな事になっちゃったんだろう、と思う。
いやその。
これが悪いわけじゃない。
むしろ多分オレは、密かに望んでいた。
ただ、唐突にその瞬間が来てしまったので、すごく慌てているだけなのだ。
一体全体、何故こんなに事態は急転直下になっちゃったんだろう。
そりゃーもちろん、物事の切っ掛けは、その場の勢いって事が多いんだろうと、そうは思うけれど…。

 

 

黒羽 高が寮に帰ってこないことがあった。
いや別に、明日は非番だし、大人なんだから、どこかに出かける用なんて幾らでもあるとは思う。
お泊りの用事だって…まあその。

だけど、何処に泊まるって?
実家はないって、聞いたような気がする。
ガールフレンドの所とか、そんな感じかなあ。
何せ綺麗だもんなあ。女の子にえらく人気あるし。
あの人が迫って落ちない女の子なんて、いないような気がする。
そうすると、ええと。やっぱその…。
いつものように0.5秒で想像をめぐらせようとして、それから思考が止まった。

ううん…なんか想像がつかないぞ。
黒羽さんって、綺麗すぎて、ちょっと浮世離れしたイメージがあるんだよね。
シモの事なんて、想像できないようなさ。
男で大人なんだから、童貞って事はないと思うんだけど。
それにしたって、どこかの女の子とヤッてる姿って、すごくイメージから離れているような気がする。
まあその。別にいいんだけどさ。誰とどう夜を過ごしたって、オレが気にする事じゃない。
だって、オレと黒羽さんは別に、なんていうか…。
キスしちゃったからって、それが何だっていうんだ。
ましてや、オレも黒羽さんも、男と男だし…。


「何している?」
突然後ろから声をかけられて、ギョッとして振り向いた。
そこには、黒羽さんが立っていた。
もう夜で、明かりが落とされていたもので、黒羽さんの顔は、半分暗がりに消えている。
何て言うか、なんとなく、怖いよ。
「え…いやその。何をって」
「そこは僕の部屋だ」
「ああ、うん。いないのかなあって思ってさ。ノックした所」
「君はノックしない」
…しないな、確かに。
少し考えてそう思った。そういやノックなんてしたことないかも。
黒羽の鋭い視線がドキリと自分の心を射抜いた。
ああそうか、なんとなく変だと思ったら、黒羽さんの口調から、敬語が消えてるんだ。
嬉しい…筈なのに、どことなく怖いのは何故だろう。
「部屋に入るから、そこをどいてくれないか」
言われて慌ててドアの前から身体をずらす。
黒羽さんは少し前屈みになり、鍵を開けてドアノブを握った。
ドアが開く風の流れ。
その空気の中に、ふわりと、石鹸の匂いが混じった。
同時に首筋に目がいく。
廊下の明かりが、その部分を一瞬だけ照らした。

「キスマーク…」
やっぱり、そういう事だよな。今日は早く帰ってきたのが意外だったけど、男が外に泊まってくるって言ったら、そういう事は、絶対アリだ。
「なんです?」
黒羽さんはオレの小さな呟きを聞き逃さずに、振り返った。
「いや、なんでもない。たださ」
心の中がほんのちょっとチクリとしないでもないけど。でも、大人の男なら当たり前だ。ちょっとふざけて、それでお終いにして、部屋に帰ろう。
「黒羽さんって、モテるんだなって思って」
「僕が?」
「うん。いいよなー。羨ましい。それだけ綺麗なんだもん。誰からも好かれちゃうよな」
「香澄には、そう見えるんですか? 僕が?」
「え? あ、うん」
ありゃ、敬語もどっちゃってる。ちょっと残念だけど、さっきまで雰囲気がなんとなく怖い感じだったから、まあいいか。
黒羽はすうっと目を細めた。
「それは何かの冗談ですか? 僕が誰からも好かれているように見えるとは、とても思えないな」
「ええ。ええっと…」

うーん。
これまた言われてみればその通り。
黒羽さんは綺麗だけど、どことなくみんなから敬遠されてるようにも、見えるもんな。
でもホラそれはさ、綺麗すぎるからってあるんじゃないのかな、なんてオレは思う。つい遠巻きに見ちゃうって言うか、ちょっと手が出ない所にいるって言うか。
イヤその…出しちゃってる人も、いる訳か。石鹸の匂いさせてるしな…。
白鳥が黙ったことを、黒羽は誤解したらしかった。
「やはり香澄だって、思っていないでしょう。僕が人に好かれているなんて」
「えっ、いや、そうじゃなくて」
「僕だって僕が好きじゃない。僕は人に好かれる価値はないし、そういう人がいるとは思えない」
ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりすごい言いぐさじゃんか。
それじゃオレは何だよ。黒羽さんが好きで、会いたくてここまで来たんだぜ。
…って、黒羽さんは知らないか、オレの事情なんて。
「そんな事ないよっ。黒羽さんはちょっと取っつきにくいかもしれないけど、でもみんな黒羽さんのことが好きだよ」
「香澄。僕がそんな嘘を聞きたいと、あなたはそう思っているんですか?」
「嘘って、どうして決めつけるんだよ」
うひゃあ、何でムキになってんだよオレ。最初の予定では、モテるね羨ましいね、ひゅーひゅー、ってなもんで、ちょっと黒羽さんをからかって、もう部屋に帰って寝てる筈だっただろ?
何だかどうも、黒羽さんの地雷を、どこかで踏んづけちゃったらしい。
まいったな。どうしよう。

「あなたは『みんな』の事なんか知らない。僕は見え透いた嘘が嫌いだ」
「だから嘘じゃないって」
「僕は誰かに好かれるような人間じゃない。そんな事は僕自身が一番よく解っている」
「勝手に解るなよ。解ってないじゃん、全然」
「香澄…僕を怒らせようとでも、いうのですか?」
「違うよ、悪かったよ。訂正する。オレは確かにみんなのことなんか知らない。だから、みんなってのは嘘」
「やっぱり…」
「でも、違うんだ」
「香澄、これ以上」
「違う! 聞いてよ。だって黒羽さんのことが好きだって人間はいるんだから。だから嘘じゃないよ」
「そんな人がどこに…」

「オレだよ!」

オレは思わず、大声で怒鳴ってしまう。
「オレだよ。オレが黒羽さんのこと好きなの。だからいるんだ。一人は絶対。ここにいるんだ。嘘なんかじゃない!」

何か言いかけた黒羽さんの口が開いたまま止まり、細められていた瞳が一瞬見開かれた。


……………………。


ええと…。
この長い沈黙は、何でしょうか。
黒羽さんは完全に虚をつかれた形になって、黙ってしまった。
まさかそういう答えが返ってくるとは、まったく予想していなかったって、そんな顔だ。
そういう答えって。

……うひゃあ。
いきなり顔に血液が上る。
オレってば、こんな廊下で思いっきり、大声で言っちゃったんじゃないか?
好きだとか何とか。
怒鳴りあっていたから、聞いた奴も愛の告白だとか、そんな風には思わないだろうけど。
そそ、それにしたって、売り言葉に買い言葉だったわけだけど、あまりにも露骨だ。
オレは慌てて開いたドアの内側に入り、後ろ手でドアを閉めた。
部屋に入っちゃえば、今顔を外に出した奴がいても、さっきのセリフを誰が言ったのか、確認は取れない。
でも、代わりにオレは、暗い部屋の内側で、黒羽さんと完全に対峙する形になってしまった。
なにせ向こうは沈黙してるし、そこはかとなく緊張感が漂う。

「え…ええと。オレはもちろん黒羽さんのことが好きなんだけど…」
まだ黙っている。
大きな瞳で、こっちを見つめたままだ。
うわ、やめてくれよ。そんなにじっと見られたら…オレ。
「それは本当だよ。だからその…」
まだ見てるぞ。ええと、ええと…。
「そ、そうだよ、それにさっ。く、黒羽さんのこと好きな人、ほ、他にだっているじゃん。だって、その首のキスマーク」
黒羽さんの瞳が、ほんの少し動く。
うんそうさ。最初にその事言って、それでおしまいって予定だったんだ。
エッチしてきたんだから、そういう人がちゃんといるんじゃん。
誰かに好かれてるって、証拠だろ? それってさ。
「これは…」
やっと何か言った。
「ホラ、いるんじゃん。オレの他にも黒羽さんのこと好きな人」
「これは、セックスしただけだ」

うわ、いきなり露骨に単語がでました。
解ってたけど、やっぱりちょっとだけショック。
でもまあその。これで好かれてるとかそうじゃないとか、そういう論争にはピリオドだ。
「好きだから、するんだろ? キスマークなんかあるんだから、風俗行ったわけじゃないだろうし。する相手がいるんじゃないか。なんだよ。誰も僕のことが好きじゃないとか。そんな事全然ないじゃん。それにオレだってさ、黒羽さんのことは好きだし、ちゃんと好かれてるよ、黒羽さん」
黒羽さんは殆ど無表情だった。
オレの言ったこと、解ったのかな。
黒羽さんは少しの間黙って、それから低く小さな声で、オレに聞いてきた。
「香澄は、僕のことが好きなんですか?」
「…えっ。うん、まあ、そう」
それはホントのことだ。
「じゃあ香澄は…」

一瞬の間。


「僕とセックスしたいんですか?」



えっ!?

オレの頭は完全に真っ白になった。
したい? したいって誰と? 何を?

ハッと我に返ると、再び黒羽さんがじーっとこっちを見ていた。
またそんな瞳でオレを…。
ええと。黒羽さんと…オレが、セックスしたいかって?
「そういう事じゃないんですか?」
そういう…ことなんだろうか。オレは黒羽さんのことが好きで。
確かにその。意識してたことは否定しない。
抱きしめたいって思ったり、何度もキスしたり。さっきだって、首筋のキスマークに、多分オレは嫉妬してた。
胸のちくちくは、たぶん、そうなのだろう。
だけど、その。いきなり…。

「ええと。ええと…そういうことじゃ…」
突然すぎて、口からでる言葉はしどろもどろになる。
だけど黒羽さんの声は、妙に静かで明解だった。
「したいわけじゃない?」
あっさりと切り返される。
ああ、畜生。そうじゃないって。
したいかって? 黒羽さんとエッチを?
キスから先をしたいかって?
触って、抱きしめて、そういう事をしたいかって?

したいよ。

なんかもう、解んなくなっちゃったけど、したいかしたくないかって聞かれたら、したいよオレは!


だって黒羽さん、ここでオレがしたくないって言ったら、『そうですか』って言って、そのまま引き上げちゃうんだろ? そしてもう二度と、こんな風になる機会はないんだ。
そのまま永久に逃げられちゃうんだ。
そんなのは嫌だって思う。
だからダメだ。ここで言わなかったら、オレは絶対後悔する。
もういい。
何もかも急で、いきなりどっちか選べって言われちゃって混乱かかってる気がするけど。
でも、選べって言うなら選ぶよ。
最初に会った時みたいに、黒羽さんの手をぎゅっと握って、きっぱりとオレは告白する。

「ううん、したい、いや、したいです。オレは、黒羽さんとセックスしたい」

黒羽さんの表情が、ほんの少しだけ歪んだ。
何だろう。複雑な顔。
オレが好きだって言ったことは、本当は迷惑だったんだろうか。
オレにこう云われるって、やっぱり思っていなかったのかな?
それとも男同士だし。
言われたら、困るんだろうか。
でももう、ここまで言っちゃったんだから、中途半端はやめて、最後まで言いきろうと決意する。
そうだよもう。好きなんだよ。好きだからセックスしたいんだ。

「さっき言った通り、オレは、黒羽さんが好きだ。だからセックスしたい。黒羽さんがいいって言うかどうか解らないけど、オレはしたい」

あんだけ迷って悩んだのに。オレはちゃんと言った。
言っちゃったら、もっと動揺するかと自分では思っていたのに。なのにむしろ、オレは心が軽くなった気がした。

 

 

だけどその…。
相変わらず黒羽さんは沈黙していた。
あの…。
オレもう言い終わったから、何かリアクション欲しいんですけど。
セックスしたいかって聞いたの、黒羽さんの方だろ?
これ以上はどうしていいか、オレ解んないよ。
これでも清水の何とかの覚悟で告ったのに…。

なんて思った次の瞬間、いきなり黒羽さんは服を脱ぎ始めた。
ええ? えええ?
いきなりそこで脱ぐ?
びっくり目を開いているオレの目の前で、黒羽さんは上着を脱ぎ、ネクタイを緩めてシャツのボタンを外し始める。
そして言った。
「解った、香澄。セックスしましょう」
 
ぎゃーーー。
そんないきなり。
いやもうさっきからいきなりの連続だったけど、でも今ですか? すぐですか?
告って、それでもうエッチに突入?
せ、セックスしちゃうわけ?
さっきまで、全然まったく、そんな気配とかつもりとか、心の準備とか、それこそ何もオレ、ないんですけど――っ。
心の中で激しくじたばたしている間に(実際にはオレは一歩も動けず、裸になっていく黒羽さんを前にして立ちすくんでいた)黒羽さんはどんどん脱いでっちゃって。
風呂場で見た、あの綺麗な肌と乳首が、再びオレの前に晒される。
でも、今度は風呂じゃない。
風呂場は裸になるのが当たり前だけど。
でも今オレの前で脱いでいるのは、その…セックスするためだ。
この、オレと…。

ごくりと緊張で唾を飲み込みながら、オレはどうしたらいいのかまったく解らなかった。
だけど黒羽さんの方は、ベッドへ行って、毛布を剥いだり枕をどけたりしている。
ええと。なんか、手際がいいっていうか、ムード無いっていうか。
結婚30年の夫婦じゃないんだから、それはどうかと思うけど?

オレが突っ立ったままでいると、黒羽さんは戻ってきてオレのシャツに手をかけた。
ボタンを外していく細くて長い指。
あのショットガンを軽々と操る筈の手は、なんだかずいぶん繊細に見えた。
シャツのボタンを外し終わると、黒羽さんは跪いてオレのズボンのベルトに手をかけた。ベルトを外し、チャックを下げて……

首筋のキスマークが、この位置からだとはっきり見える。
首から、胸にかけて、赤い跡がいくつも散っている。
黒羽さん、今日セックスしてきたばかりなんだ。
それで今度は、すぐに…オレと?
バカな話だけど、この期に及んでオレは迷った。
誰かの後は嫌だとか、そういう事じゃなくて。
だってその。黒羽さんのは、結構でかくて…。
これをあのビデオみたいに、オレのあそこに入れたりするんだろうか。
なんて、そんな事を今さら思ったりしちゃったのだ。
好きだからセックスしたい。
それはそうなんだけど。
だけどやっぱりちょっと怖い。セックスしたいって、あれだけキッパリ言っといて勝手な話だけど、でも、抵抗あるよ。

「わあっ」

いきなり、暖かいものにアレを包まれて、思わず声がでてしまった。
えっ? うそ。
黒羽さんが、オレのを咥えてる。
すげ。
………
めちゃめちゃ気持ちいい。

舌と唇が吸い付いてきて、たちまちオレのアレはビンビンになった。
黒羽さんは少しだけ苦しそうに眉を寄せたけど、それでも大きくなったオレのものを咥えてしゃぶり続ける。
ううう…。
なんか、もしかして。すごく上手くない? この人。
オレはそんなに体験豊富な方じゃないからなんともいえないけど、今まで付き合った女の子なんかメじゃない。
ああ、もう出そう。
ため息が口から漏れる。
だけど黒羽さんはそこでオレのを放した。

ううん。ちょっと、残念。
あのままイきたかったな。この人の口の中に…
………………

ナニ考えてんだよ、オレ!
はじめてなのに、えぐいことを。
飲んで欲しいとか、顔射したいとか。ヘンタイか!? 
変なビデオの見過ぎだって。

また心の中でじたばたしてるオレを放り出して、黒羽さんはなにやらごそごそしていた。
「何もないな。長い間こちらではセックスしていなかったから」
こちらって、どちら?
まさか警察寮の中じゃないよね。
「何か残ってるかと思ったんだけど。何もないけどいいですか?」
いいですか、と聞かれても、何の話だろう。コンドームのことかな。(どう間違ったって妊娠する訳じゃないから、まあ、いいよな)  
「ローションはこれで代わりになると思いますけど」

って、マヨネーズじゃねえの!? それ!

「バイブレータも浣腸器も捨ててしまったから。…必要ですか?」

オレはぶんぶんと首を横に振る。
なんか、とんでもない単語を聞いたような気がする。
ばいぶとか、かんちょうとか。
頭の中がチカチカしてきた。星が飛んでるぜ。
ええと、男同士のセックスって、そういうものを使ったり、する訳?
確かにその。あのビデオの中では使ってたような気もするけど…。でもその。ポルノビデオと現実は違うと、やっぱり思うんだけど。それとも定番なのか?
ついでに黒羽さん、すげえ詳しい気がするんだけど。
ええと…。
やってたセックスって、相手は男? 女?
「香澄?」
チカチカしてるオレに、黒羽さんは首を傾げる。
「マヨネーズが嫌いなら、何も使わなくても多分僕は入ると思うけど」
確かに、マヨネーズはヤだけど。
そういう問題じゃない気がする。
「じゃあ、入れますか? 初めは後ろからのほうがいいかな」
なんて言いながら黒羽さんはベッドに伏せて膝を立てた。
ええとその。
入れろって事は、つまりオレがタチって事…だよね。(タチとかネコとかも、一応勉強したんだ)
それはいいけど。ちょっと安心もしたけど。
だけど…。

オレはもう恥ずかしくって、黒羽さんを直視できないでいた。
「香澄?」
全然恥ずかしがってない黒羽さんの声。
これじゃ、オレバカじゃん。
セックスしたいって意気込んでさ。
それでしましょうって、身体さしだされてるって言うのに…。
解ったのは、今日の黒羽さんのセックスの相手が、間違いなく男だって事。
直視できないけど、でもその。
多分そこはさっきまで誰かのを入れてて。
それでその。すぐ後にオレが…。
いや、そんなことはどうでもよくて。
でもその。
オレ、黒羽さんが好きなのに。
セックスしたいって気持ちも、本気なのに。


「どうしました」
………
………
「ごめん」

黒羽さんはベッドに座り直して、微かに首を傾けながら、オレの顔を見上げた。
ほんの少しホッとする。
二人とも素っ裸な所がなんだけど、ドアの所で見た少し怖い黒羽さんでもなく、オレを置き去りにして、違う所へどんどん突っ走ってっちゃう黒羽さんでもない。
いつもの、無口で無愛想だけど、綺麗で誠実で、本当は優しい黒羽さんが、帰ってきたような気がしたんだ。
そりゃ黒羽さんは、いつでも黒羽さんなんだろうけど。
それでもさ。

オレは座っている黒羽さんの首に抱きついて、キスをした。
うん、いい匂いがする。
「ごめんなさい」
あんまり吃驚したオレのアレは、すっかり縮こまっていた。
「香澄…」
黒羽さんの声は優しかった。
「無理しなくても、いいんですよ」
「そうじゃないんだ。オレは黒羽さんが好きで、セックスもしたい。本気だよ。黒羽さんもその。いいんだよね?」
「いいですよ」
黒羽さんの身体は、暖かい。
オレはぎゅーっと、その身体を抱きしめた。
「でもその…オレ」
黒羽さんは、小さく笑う。
やっと和らいだその表情に、オレは今度こそホッとした。

「僕の方こそ、ごめん。香澄は男を抱くのは初めてなんだろう? 僕が悪かった。何もかも初めてで、どんどんあんな風に進められてしまって、できるわけがないな。僕が考え無しだったよ」
「コウ?」
オレは無意識に、黒羽さんの名前の方を呼んだことに気付かなかった。
黒羽さんの敬語が、ちょっとだけ消えてるせいかな。
それとも、二人とも裸で飾るものが何もないから?
「セックスをするなら、ゆっくりやろう。慌てなくていい」
「うん、そうだね。コウ、大好きだよ」 

「次までにはちゃんと揃えておくから」
 
何を!?

怖くてオレは、続きを聞くことが出来なかった。

END