恋する気分−香澄−



一歩踏み出してしまった。
そんな気がした。

パートナーとエッチする。
普通ないよなって思う。
したいかしたくないか。そう聞かれたから、したいって答えた。
そしたら、本当にエッチすることになっちゃって。
なし崩しって言うか、何だかビックリって言うか。
でも、オレは今、妙にハイになっていた。

そうか…って思う。
黒羽さんと、セックスできるんだ。
なんだかその。すごくうきうきって言うか、ワクワクって言うか。
新しい世界な訳だけど。
オレ、何だかすっげー嬉しいよ。
幸せな気分がする。
オレ、黒羽さんとエッチしていいんだ。そーいう関係になれるんだ。
それはオレにとって、嬉しいことなんだ。

オレに色々巻き付いてた鎖が、パッとほどけちゃった気分だ。
なんかさ、すっごく考えてた訳よ。ぐるぐるとさ。
男同士だから、とか。オレはどうしたいんだろうか、とか。黒羽さんに嫌われないだろうか、だとか。何だか本当に色々ぐっちゃぐちゃに考えていたような気もするんだけど。
エッチするんだ。そーいう関係になるんだって決まっちゃったら、全部すーっと軽くなっていった。
こういうのを、あれ。
「案ずるより産むが易し」
って言うのかな。



だけどその。
ちょっとだけ考える。
エッチしちゃっても、パートナーって言うのかな。
それともその…。こいびと…だろうか。(うひゃあ)
それとも両方? パートナーだけど、恋人…。そう言っても良いんだろうか。
まあその。成りゆきで勢いだったとはいえ、『好き』だって告白もちゃんとした訳だし、それでセックスオッケーなら、恋人と思っていいのかなあ。

オレのほうは、もちろんそのつもりだ。
前から黒羽さんのことが好きだったし、こうなれるって解って、きっちり自覚した。

本気で、好きだ。
エッチだってしたい。
(もっともまだ、成功…してないんだけど…)

エッチする気があるんなら、その相手は恋人なんだって、オレはそう思う。
たとえ相手が男だって、かわらない。
だってオレ、エッチは本当に好きな人とだけしたいんだ。
好きな人と一つになって、身体も心も気持ちよくなって。抱き合って、キスして、愛しあって…。
ああもう。
考えただけで勃っちゃったよ。
ちくしょー。今こんなになるのに、どうしてオレ、あの時できなかったかなあ。
何たるもったいない。
思い浮かべただけで、興奮しちゃってるじゃん。

舞い上がっちゃってる。
そんな感じなんだろうな、オレ。


だけど。
恋人って、そう言ったら、黒羽さんはなんて思うだろう。
ほんの少しだけ、不安が過ぎった。
「これは…セックスしただけだ」
あの時の黒羽さんの言葉を覚えている。
誰とエッチしてきたのか解らないけど、あの言い方からすると、相手は恋人とかじゃ、ないんだろうな。
そういうエッチも、するんだ。
オレはその。そういう事は考えた事もないんだけどさ。
(結構真面目だよな、オレって)
だからオレとエッチしたって、じゃあ恋人ですって、黒羽さんの方は、そうはならないかもしれないなって、なんとなく思う。

でも…。
少しだけ笑った黒羽さんは、とっても素直な感じがした。
誰にでもあんな顔するってわけじゃなさそうだ。
だったらちょっとだけ、期待しててもいいかな。
オレとのエッチは特別って、そう思って欲しい…よな。
無理に恋人と思って欲しいとか、そういう要求はしない。
でも、ちょっとだけ、期待しててもいいよな。
だってやっぱり、オレ達特別な関係になるんだって、そうは思うから。

だけど、むむむ。
まだオレってば、ちゃんとエッチに成功してないんだよね。
ただセックスしただけだ、なんて黒羽さんに言われないようにしたいと思うけど。実はそれ以前、だったりして。

『次までにはちゃんと揃えておくから』

…って、ううう。
そんなんじゃまずいだろう。
エッチするのに何が必要か、少しは勉強しとくべきかなあ。
男としては、相手に任せっぱなしってのも情けないじゃん。
(相手も男だという事実は、なんとなく視野に入っていない香澄ちゃんである)

ゲイ雑誌とか、買うべき?
ネットとかで調べてみようか。
それともどうする?

たわいのないことに悩みながら、それでも恋の気分はふわふわと、すべての不安をぶっ飛ばしていった。

END