情事の裏



「僕とセックスしたいんですか」
そう言ったら、香澄は酷く面食らった顔をして固まった。

それは、本当に偶発的だったのだと思う。
いや、そうじゃない。
自分が誘ったのだ。巧妙に。

香澄とは何度もキスした。
最初は、彼の方からキスしたいと言ってきたんだ。
彼の部屋にも行った。病院でも、声をひそめて抱き合った。
それでも僕は、彼が何を自分に求めているのか解らなかった。
他人が何を考えているのか解ろうとする努力を放棄してきた、その報いなのだろうと思う。
何もかもできるだけ考えず、見ないようにしてきた。
冬馬にたいして目を瞑ったら、他の何もかもに目を瞑ることになってしまった。
あの頃は、冬馬涼一が世界のすべてだったから。彼を失いたくなかったから、目を瞑った。
だが、そんな事もすべて、言い訳にすぎなかった。
その道を選んだのは僕だ。
解っている。
冬馬の手を選んだのは、僕だったのだ。


香澄から好きだと言われて、本当に驚いた。
彼と何度も抱き合ったのに、そんな事を正面から言われるとは思っていなかった。
僕は腹を立てていた。
自分の部屋の入り口に香澄が立っている事に、何故かムッとしたのだ。
彼がずかずかと自分の中に入り込もうとしている。
…いや、そうじゃないな。
そうじゃない。
僕は、男達とセックスしてきた所を彼に見られたことが不愉快だったのだ。
汚い歪んだ欲望。
それを満たしてきた所を見られた。
傷を撫でられたような、そんな気がしたのだ。
あの時の気分は、八つ当たりに近かった。
更に好きだから、そういう事をしてきたのだろうと、彼に思われたことで、余計に嫌悪感が増した。

僕が今やってきたことが、愛だって?
セックスをしてきたのだから、それは好きだって事?

何もかもが恐ろしくずれていた。
僕がやってきたのは、単なるセックスだ。
相手に身体だけでも求められることに、僕は快楽を感じる。
貪られて、しゃぶられて、姦されて。
この身体がいいんだと、そう呟く声を聞きたい。
その瞬間だけ、これほどまでに価値がない自分にも、まだ何かあるのだと、そう信じることができた。
しかしあっさりとその一瞬は過ぎ、僕はまた自己卑下と自己嫌悪に襲われる。
セックスの後は、いつでも最低だった。

そんな姿を香澄に見られた。
僕は何処までも最低の人間になったような気がした。

八つ当たりだ。解っている。
僕は香澄と寝たいと思っていたくせに、そう思いながら、外へ行って違う男とセックスしてきた。
その事実を突きつけられたような、香澄に、それが見透かされたような気がしたのだ。
僕の勝手な想像にすぎないと解っていたけれど。
でも…。


だから聞いた。
「僕とセックスしたいんですか?」

好きだからセックスするというなら、あんたは僕とやりたいのか。
男とセックスしたいなんて、あんたは僕に言えるのか?

香澄は驚いて目を見開いた。

卑怯だと思う。
決断を彼に委ねたのだから。
本当は、セックスしたかったのは自分の方だったくせに。
言い訳が欲しかったのか。
彼に求めて欲しかったのか。

だが、一瞬のためらいを振り捨てて、香澄は言った。

「したいです。オレは、黒羽さんとセックスしたい」

 
自分の卑怯さを突きつけられたような気がした。
勝手に考えて、勝手に望んで。
なのに相手から「欲しい」という言葉を引き出す。
向こうから求めてきたのだと、自分の汚い欲望をごまかす。
そんなに求めて欲しかったのか。
香澄が望むなら。
そんな風にすり替えて、また目をそむけるつもりか。

セックスするだけなら、簡単だった。
しかし香澄はパートナーで、ヤッたらそれきりでお終いになる、他の男達とは違った。
香澄は、僕の身体だけが欲しいのだろうか。
そうじゃないことは、たぶんわかってる。
香澄は、そんな男じゃない。
欲しいなら、心ごと。
でも。
僕の中には彼に応えられるだけのものがなかった。
だから……。

だから、せめてこれ以上卑怯にならないために。
僕は服を脱ぐ。
香澄の前で全裸になり、ベッドを整え、香澄の服に手をかける。
僕の手が震えていることに、気づかれたろうか。

 

 

 香澄の上に跨がり、彼のモノを受け入れて、僕は昇りつめる。
それはひどく気持ちがいい。
香澄…。香澄も僕の身体がいいだろうか?

こう、なりたかった。
セックスは、簡単だったから。
色々考えたり悩んだりする必要がない。
香澄が僕の身体を抱いて、それで満足してくれるなら、
それで彼と上手くいくなら、セックスする事に、なんの躊躇いもない。
彼から望んでくれたことで、罪悪感も自己嫌悪も、薄れていく。

「ああ、悦い。香澄、もっと。…いい」
彼に貫かれながら、熱に浮かされたように僕は訴え続ける。
もっと。もっと酷くして欲しい。
何もかも忘れられるくらい、メチャクチャにして欲しい。
香澄がとまどっているのがわかる。
でも、どうしようもない。
香澄…。僕はこんなセックスの他に、やり方を知らない。
どれほどの悪夢だろうと、僕にはあの男の手形がべったりと付いている。
あいつに教えられたこと。
あいつのやり方。
ごめん、香澄。
でも、どの男もこれで喜んだよ。
だから、香澄にも喜んで欲しい。
僕のできる限りのことをするから。
せめて、身体だけでも悦ばせたい。

だから香澄。僕に求めないでくれ。
卑怯者の僕は、君に何も返せない。
欲しいとそう思われたいくせに。
なのに僕が本当は空っぽだということを、君に知られたくない。

僕のことが好きなら、セックスしてくれ。

愛してるなんて、言わないで欲しい。
答えられない質問を突きつけないで欲しい。
 
お願いだから。
 
香澄。

END