キスより簡単



 なんでこんな事になってるんだろ。
オレは廻らない頭で考える。
頭が回るわけないじゃん。
だって、今オレは黒羽さんの背中を抱き締めて、黒羽さんの中に入って、
ああああ。
だめ。
もう、でるっ。
早いよ、オレ。
でもこんなトコでゆっくりなんてのも困るか。

だってここ、署内のトイレなんだぜ。

トイレですよ、トイレ。
もちろん個室の中だけど、どうしてそんな所で事に及ぶことになっちゃったのか、オレは釈然としない。
もっとも釈然としてもしなくても、黒羽さんの中に、もう入り込んじゃってることも確かだし、エロマンガのシチュエーションじゃないんだから、とか思っても、始めちゃったものはどうにもならない。



 確かに先にちょっかい出したのは、オレの方だった。
トイレで鉢合わせして、(女の子じゃないから、いくらパートナーだってさすがに一緒にトイレに行ったりはしない)黒羽さんの顔を見たら、どうしても触りたくなって。
個室に引っ張り込んでキスしたんだ。
個室といっても身障者用の車椅子が入るでかい個室だ。もちろん砂城の公的施設は、全部バリアフリーだ。警察署も、例外じゃない。お役所仕事に感謝、だ。だって、このトイレが使われることなんて、ほとんど無いんだから。
大体二人っきりになれる事なんて、そうそう無い。
ちょっとでもチャンスがあるなら、オレは逃したくなかった。
仕事の合間にほんの少しキスするくらい、許されたっていいよな。

だからその。抱きしめて、キス。
背伸びしなきゃならないところが何とも情けないけど、柔らかい唇の感触がうっとりだ。
舌を絡めてディープキス。
黒羽さんは別に嫌がりもせずに応えてくれた。
ああ。
良いなあ。
場所はナンだけど、恋人がいるって、こうしてキス出来るって、ちょっと、いい気分だ。
黒羽さんがオレの事を恋人だと思ってくれてるか、イマイチ自信はないけど。
(何せ実はオレ、黒羽さんに好きだって言って貰ってないのだ)
でも、黒羽さんは口べただし(その前に無口だし)オレが触っても、嫌がらないし、エッチの時は凄く気持ちよさそうだし。
それに気付いたんだけど、初めてのエッチ以来、黒羽さん外に出かけないんだぜ。
つまりそれって、エッチはオレとだけしてるって事だ。
束縛したくないとは思ってるけど、でもやっぱり嬉しい。
オレだけでオッケー?
充分満足させてるなんておこがましいこと絶対言わないけど(オレの実力じゃ言えねえよ)でもオレとのエッチで、一応満足してくれてるって事だよね。
ふっふっふ。
恋人だよなって、押しつけるつもりはないけど、見通し有望って気分。

だから、いいよな。
エッチありの、恋人未満。
キスできて抱き合える好きな人がいるって、それだけで幸せ。

なあんてオレはローマンチックなドリームに浸っていたわけなんだが、いきなり黒羽さんてば、オレの前を開け始めた。
えっ!? すばやい、じゃなくて。ちょっとキスして、それだけのつもりだったんですけど。
戸惑っているうちに、黒羽さんは膝をついてオレのナニを口に含む。
う、うわっ。
まってまって。 
こ、こんなとこでッ!?
だめだって。治まりつかなくなっちゃうよっ。
慌てて引き抜くと、何を勘違いしたのか黒羽さんは自分のベルトを外し始めた。
「コウ…?」
なんて目を丸くしてたら、あれよあれよという間に、オレのを自分のそこにあてがって、挿れようとする。

うそだろ? ここで、セックス?
今セックス? するの?
キス→フェラチオ→挿入 まで、3分かかってないんですけど。
インスタントラーメンじゃあるまいし。
(オレのナニは3秒で突撃可能になっていたが…)
そりゃ今入ってるトイレは普通の個室よりは広くて、男二人がエッチしても大丈夫なくらいの余裕はあるけど…って、そういう問題じゃない。
でもここまでさせといて(オレがさせたんじゃないよぅー)そんな事言ったら、コウは気を悪くするだろうか。
せっかくオレとのエッチだけでオッケーって思ってくれてるみたいだし、誘われたら乗らなきゃダメだろうか。
せっかくの据え膳食わないのは、バカかな?

思考はぐるぐる回る。
ホントにコウにはいちいち吃驚で。
でもエッチの度に仰天してたら、神経持たないだろ、オレ。
それにいちいちビックリしてたらコウに悪いような気がするし。
…って、ええと。ナニ考えてんだ、オレ。

でも、ただびっくらこいてコウのなすがままだったオレも、ここまで来たら止まったり引き返したりできる訳がなかった。
中途まで導かれていたモノを、思い切り押し込む。
小さな声を上げて、コウが首を仰け反らす。
大丈夫かな。なにも潤滑剤とか使ってないけど。
なんて思いながら、きつい中を押し入って、抱き締めて。

で、
こういうわけ。

 

 

「香澄…」
小さく言われて我に返る。
「ごめん、オレだけイッちゃって。コウも」
触ろうとする手を遮って、コウは身体を引く。
オレのが抜け出して、コウの脚をオレの出したヤツが伝う。
「僕はいいから」
「でも」
「声を抑えられる、自信がないから」
そういって、コウは薄く笑った。

一瞬、どきっとした。 
すごく、
キレイだと思った。
こんな場所でなかったら良かったのに。
バカだ。オレ。
据え膳とか…。
今やらないと、また外に誰かとエッチしに行っちゃうんじゃないかとか。
そんな事ばっかり思って。
コウは恋人だろ。オレはそう思っているんだろ?

もう絶対やめよう。
オレだけ気持ちよくったって意味無いじゃん。
何度しても、オレだけ突っ込んで出したんじゃ、愛のあるセックスじゃない。
コウの気持ちは嬉しかったけど、でも、やっぱりダメだよ。

コウの声が聞きたい。
コウにも気持ちよくなって欲しい。
これからはきっと、ちゃんとムードのある場所で、ゆっくり愛し合おう。 
 
オレは心に、そう誓った。

…はずだった。

END