ポスターの秘密



 いわゆる一人エッチっていうのを覚えたのは、いつ頃だったろう。
オレには兄貴が二人もいたから、案外早かったのは確かだと思う。
ちびでやせっぽちで、それほど早熟な子供じゃなかったけど、頭の中身だけは進んでた。
エッチな雑誌とか、見る機会も多かったし、兄貴たちのエッチな話とか、彼女の話とか、とにかく男って、特に十代の男なんて殆どの時間エッチなことしか考えてないんだから、オレが頭でっかちの子供だったのも当然だと思うよ。
まだろくに勃ちもしない頃から、ちんちんをいじることだけは識ってた。

も少し大きくなってからは、上の兄貴の部屋からエッチな雑誌を持ってきて、好みの女の子を見ながらやった。
好きでもない娘とエッチしたいとは思わなかったし、相手もオレのことを好きじゃなきゃ、もっと意味がない。
女の子とエッチするっていうのは、そういうことだって、思ってた。
でも、ひとりえっちは好きにできるだろ。
誰にも遠慮もいらないし、写真の相手の娘に断わる必要もないじゃん。
そう、
思ってた。

日曜の昼間だ。
家には香澄の他に誰もいない。
上の兄が家を出ていって、やっと個室がもらえた。それまでは、上のベッドで武史がごそごそやるのを聞きながら寝ていた。尤も香澄の方だって似たり寄ったりのことをしていたわけだが。
個室になったからといって、好きな時にひとりえっちができるというわけじゃない。容赦なく乱入してくる母親や、いきなり戸を開ける兄を警戒しながらでなければ、夜、皆が寝静まってからが一番ということになる。
でもたまには昼間ッからヤりたい時だってある。
何たって、ヤりたい盛りなんだから。

家に誰もいなくて、留守番頼まれてて、全員しばらく帰ってくる予定もない。
という訳でオレは、押し入れの奥から兄の聡が置いていったエロ本を引っ張り出してきた。
うるさくて高飛車な兄貴だが、こういう時だけは感謝だ。
このテの本、その辺の本屋でちょっと買うって訳にもいかないもんな。

いそいそとエロ本を開いて、どの娘がいいかな、と物色する。
ちょっと面長の娘が好みだ。
可愛いっていうより、綺麗系?
胸も、あんまり巨乳は好きじゃない。
でも痩せてる子がいいかっていうと、それもちょっと違う気がする。
オレって結構えり好み激しいよな。
もっとも実際に女の子と付き合う時は、そんなにタイトじゃない。
かわいい系の子も好きだし、胸のおっきい子も、どきどきする。
見るだけの女と、話したり触ったりできる子は別もんだ。
やっぱり性格が一番だしさ。
まあ、ただのオカズならえり好みしたって誰も文句は言わない。
でも、いい娘いないなあ。
仕方ないから適当に選んで始めちゃう。
 
キスして、胸に触って、アソコに指を挿れて。

女の子の手を想像する。
オレのに触ってくれる手。
触って、握って、その手を…

温かい手。
細い指でも柔らかい皮膚でもなくて、ううん、仕事をする男の硬い手だったけど。
あの手が。

思わず顔を上げて、ポスターの微笑みと目が合う。
一瞬だけ触れていった、あの唇。
綺麗な顔。
綺麗で、強くて、でも、ひとりぼっちで迷子になってしまった子供みたいに頼りなげだった瞳。
あの。

ああああああ。

…………。

何やってんだろ、オレ。
シーツ汚れちゃったよ。てゆうかこんなに早くてどーする。
それに。
 
やっぱいけないよな。
尊敬してる人をオカズにするなんて。
それに、あの人男じゃん。
そりゃポスターに性別はないけどさ。
それに、その辺の美人女優なんか足元にも及ばないくらい綺麗な顔だしな。
これだけなら男装の麗人に見えなくもない。
だけど。

オレはこの人が確かに男だって知ってるわけで。
もしかして、オレってホモ!?
いや、女の子好きだし、ホモって事はないと思うけど。
でも、その…。
なんとなく胸がドキドキする。
これって…なんなんだろう。

…ああ、もう。
何をごちゃごちゃ。
そんな事、考えてもしょーがないじゃん。
いいよ、別に。
ホモでも。

だって…。

すごく良かった。
今までどんな女の子のグラビアをオカズにした時より興奮した。
あの、
唇。
あの、手。

ごめんなさい。
黒羽 高。

でもオレ、我慢出来ない。
もう、
一回。

今度は最初からポスターを見詰めてやる。
思い出す、あの唇の感触。
本当はもうそんなの、オレの妄想なんだと思う。
でも。
あの人の手でオレのを触って貰うことを考えただけで、イきそうになる。

そうか。
オレ、この人が好きだったんだ。この人の顔。
綺麗系の女の子なんかじゃない。
こんな顔の子を、探してたんだ。
その理想と、目の前の現実が重なって、くらくらする。
気持ちいい。
最高にいいよ。
オレ、すごく興奮してる。
頭の中、真っ白になりそうだ。
初めて女の子とセックスした時よりも、興奮してるかも。
コウ。
コウって、呼んでみたい。
いいよね、これは想像だから。
想像の中の黒羽 高は、オレだけのものだ。

コウ…。

名前を呼びながら、もう一度昇りつめる。
頭の中で微笑みかける黒羽 高は、本当に、最高に綺麗だった。


その日から時々、香澄は黒羽のポスターを見ながらマスターベーションした。
時には頬が触れるほど近づいて。
実は、ポスターの端っこにちょっとだけアレがかかっちゃったこともあるのだ。
でもそれは絶対コウには内緒だ。
そんなポスターをいきなりコウの前に拡げて見せたなんて、そんでもってサインまでして貰っちゃったなんて、ハズカシクってとても言えない。
別に言わなくたっていいしさ。
人には誰しも秘密があるものだよな、うん。

香澄はポスターを見てしみじみする。
しみじみするような想い出でもなく、しかもあまりにも低レベルの秘密であることも、この際無視だ。

だって、
オレがコウを好きだっていう気持ちだけは、ずっと変わってないんだから。

END