| Secret access  未来−いつかあり得るはずの−
 
 「白鳥警部、書類にハンコお願いします」「警部ー、昨日のコンビニ強盗なんですが」
 白鳥警部は今日も忙しい。  『あと5年、後5年』心の中で唱える。
 仕事が嫌いなわけじゃないけど、デスクワークはもともと苦手だ。
 それに、去年黒羽が退職してから、めっきり署内が淋しくなった。
 もう長い間同じ部署にも居なかったけれど、やはり顔が見えないのはつまらない。
 早く終業時間にならないかな。
 まるで小学生の子供のように、そわそわと時計ばかり見てしまう。
 だって、今日はオレの誕生日だからな。
 
 誕生日とか記念日とか、白鳥はそういうことを大事にするタイプだった。黒羽は全然頓着しない方だったけれど、長年の教育の成果あって、最近はキッチリ覚えているようになった。
 『だってやっぱりそういうのって、大切だよな』
 幾つになってもロマンチストな性格は変わらない。
 『二人で記念日を祝ってこそ、カップルってもんだろ』
 次第に顔がにやけてくる。
 「警部」いかんいかんいかん。
 まだ勤務中じゃないか。
 「ちょっとよろしいですか」
 交通課の主任がドアから覗く。
 本当は、『上司の部屋にはいる時はどうたら』っていう規則があるんだが、ここではそんなものは無視だ。
 「なに?」
 ばっとドアが開いて、女性陣が乱入してきた。
 一人の手には大きなバラの花束。
 「お誕生日おめでとうございます、白鳥警部」
 
 
 「黒羽さんによろしく〜〜〜♪」花束を持って車に乗り込む白鳥を、女性職員たちが見送る。
 いつから、なんだって、こんな事になったのかよくわからないけれど、白鳥と黒羽のカップルは、西署の名物で女性職員の人気者だった。
 五年前、二人で家を買った。二人とも現場の業務を離れて緊急の出動が無くなったので、住居が少し署から遠くても良くなったからだ。
 どうって事のない一戸建てだが、二人の貯金を頭金に、二人で借金して買った家だ。
 それまでも二人でアパートを借りて住んでいたのだが、家を買うというのはまた格別だ。
 特にカミングアウトした事もなかったが、いつのまにか公認の仲になっていた。しかも、西署において二人は女子職員にとって『理想のカップル』であるらしかった。
 黒羽さんは綺麗でストイック。
 白鳥さんは一途で情熱的。
 どんな障害があっても、決して離れたりせず、変わらずにお互い愛しあっている。
 とかいうのが理由だとかなんだとか…。
 女ってのは、よく解らないよな。
 理想のカップルが『男同士』という辺りは構わないんだろうか?
 と思ったりはするが、まあ、人気があるのは結構なことだ。
 花束を助手席に、鼻歌交じりに白鳥は車を飛ばす。アンダーでは比較的高台の高級住宅地の外れに、その家はあった。
 ごくごく普通の家。
 小さな庭もあるが、これといったものが植えてあるわけでもない。二人ともあまり園芸には興味がなかったからだ。
 ガレージに車を入れて、いそいそと玄関を入る。
 「ただいまーーーっ」いい匂いがする。
 これは、グリルチキン。
 白鳥の好物だ。誕生日だもんな。
 思わず顔がにやけてくる。
 退職してから、黒羽は結構まめに食事を作ってくれていた。
 最初のウチはどうにもやっと食べられるか? というようなものだったが、元来真面目で努力家な性格だ。本を片手に、ビデオなど見ながら練習したらしく、じきにかなり手の込んだものも作るようになった。
 「おかえり」
 キッチンから、黒羽が顔を覗かせる。
 ?  顔はすぐ引っ込んでしまったのだが、白鳥には妙な印象が残った。何か見慣れないものを見たという感じ。
 なんだ?
 首を傾げながら、キッチンへ向かう。
 二人きりの生活のためのダイニングキッチンだから、さほど広くはない。
 キッチンに足を踏み入れて、白鳥はあんぐり口を開けた。
 そこで料理していた黒羽の後ろ姿は、  ほとんど素裸だったのだ。  目をぱちくりして自分の見ているものが幻でないことを確認する。ヤッパリ裸だよ。
 裸で料理?
 ぜんたい、何事だろう。
 いや、よく見れば、まるきり裸ってわけじゃない。
 首の辺りと、腰の辺りに白い布が。
 それも、よくよく見ればひらひらのレース。
 ぎゃあ。   白鳥は心の中で悲鳴を上げた。これって、
 これって、
 いわゆるあの、
  はだかえぷろん 
てやつーーーー!?  鼻血噴いて倒れそうだ。いろんな意味で。
 それでもかろうじて、白鳥は踏みとどまった。
 
 毎日適度なトレーニングを欠かさない黒羽の身体は、年令を感じさせない。そりゃ若い頃に比べたら多少筋肉は落ちてるけど、肌の張りもそんなには変わらないと思う。
 後ろ姿なら、三十代でも通る。
 すんなりと長い足。
 綺麗な線を描く尻。
 引き締まってなめらかな背。
 広い肩。
 肩胛骨の線。
 それにしたって、この年になって黒羽の裸エプロンを見るとは。
 た、たまんない。
 「香澄、座ってて。もうじき出来るから」くる、と黒羽が振り向いた。
 直撃ーーーっ!!  ほんの少し笑みを浮かべた顔。ひらひらのエプロン。
 に、似合ってるのか?
 似合ってるって言うのか、これ。
 良くわかんねえ。
 だけど。
 「コウ」白鳥は一気にキッチンを横断すると黒羽を抱き締め、その唇を貪った。
 忙しなくエプロンをかき上げて黒羽のモノを手にする。僅かに勃ち上がりかけている。
 白鳥の手を感じて、それは力を増す。
 「ん、んん」
 黒羽は身体を捩ったが、放さない。
 そのままキッチンの床に押し倒して、強引にキスを重ねた。
 
 「あっ、あ、あぁ」
 調理台に手を付いて身体を支える黒羽を背後から貫く。
 仰けぞって喘ぐ口に指を挿し入れる。
 黒羽の舌が白鳥の指を舐める。白鳥のアレにするように。
 もう一方の手は黒羽のそれを愛撫する。
 「愛してるよ、コウ」
 「んん」
 「愛してる」
 黒羽の中を突き上げながら、白鳥は快感と幸福感に酔った。
 愛してるよ、コウ。
 身体も心も繋ぐことの幸せ。
 それは、数十年をかけて二人が築いてきたものだ。
 時間をかけることによってしか、得られないものは確かにある。
 それでも時々意外な面を見せられて驚いたりするけど。今日みたいに。
 それもまた悪くない。
 裸エプロンは喫驚だったけどな。
 
 
 二人でシャワーを浴びた後、冷めて硬くなりかけたグリルチキンを食べる。いくぶん機嫌の悪い黒羽はもう普通の服に着替えていて、白鳥としては安心したようなちょっと残念なような複雑な気持ちだ。
 「美味しいよ。これ」
 うんうん、と頷きながら、せっせと口へ運ぶ。せっかくの料理を台無しにしたお詫びとしては、とにかく食べるしかない。
 でも誕生日のプレゼントとしては、裸エプロンのコウとのセックスと、手料理という趣向は悪くなかった。
 チキンは硬くなってしまったけれど、どっちも味は最高だ。
 「あれ、どうしたんだ?」「あれ?」
 ようやく機嫌の直ってきた黒羽に、おそるおそる尋ねた。
 「あの、エプロン」
 まさか自分で買ってきたんじゃないよな。その光景を想像して、さすがにくらくらする。
 「貰った」
 「だ、誰に」
 「署の子たちに」
 うへえ。
 そういうことか。
 「裸で着ろって?」「箱にそういう写真が載ってた。そういうふうに使うものらしい」
 ほんとかよ。
 まあ、いいや。
 確かに悪くなかった。
 まあ、コウは何を着たって似合うもんな。
 「なに笑ってるんだ」
 「いや。明日の朝もまたあれ着てくれるか?」
 「朝は駄目だ」
 「なんで」
 「遅刻するだろうが」
 むむむ…。白鳥が思っているより、もしかして黒羽はずっとよく白鳥の行動を読んでいるのかもしれない。
 それもまた、長年のコミュニケーションのたまものというところだろうか。
 結局朝を待たず、エプロンはその夜のベッドでもう一度使用されることとなったのだった。
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