仮面の告白−bitter−



「おお、マスカレード用の仮面だぜ、コウ。買って仮装の気分を楽しもうよ」
そう言って白鳥香澄しらとりかすみが差し出した銀の仮面を見た瞬間
黒羽くろはね こうの体は震えた。
見た事がある…、と思う。
目と鼻を覆うだけの、小さな銀の仮面。

「真実の仮面だってよ、コウ。これをかぶって、恋人同士がお互いに告白しあうらしいぞ」
香澄の楽しそうな声が、妙に遠くに響いた。

真実の仮面。
そんな口上は、もちろん嘘に決まっている。
しかし、嘘は楽しむ事が大切なのだ。
恋人達は嘘と解って、それでも信じて睦言を紡ぐのだろう。


「おにーさん、買うの?」
魔女の格好をした男性店員が、姿に似合わない江戸っ子風な呼びかけをする。
「買う! 二つよろしく」
香澄はさっさと財布をとりだした。
そう、香澄はこういうイベント的なアイテムが大好きなのだ。
「おっと、可愛い恋人がいるんだ。いいなあ」
「いるさぁ、もちろん」
言いながら、チラリと黒羽の方を見上げる。
もちろんその恋人が、隣に黙って立っている背の高い『男』だなどとは言えない。
しかしそれでも香澄は、誰かに少々自慢したいようだった。

「ムチャクチャ美人なんだぜ。その辺ちょっと歩いただけで誰もが振り返っちゃう」
「そうかー、そんな美人なんだったら、しっかりつなぎ止めておかないとね。これをつけて、今夜はファンタジー気分だ」
店員は意味が通っているんだかいないのだか、よく解らない口上をまくし立てながら、香澄に仮面の入った袋を渡した。
「そっちの綺麗なお兄さんは、仮面買わないの?」
黒羽は黙って首を横に振る。
店員はそれ以上強く勧めることなく、片目を瞑って左奥の方を指さした。
「これをつければ簡単にハロウィーン気分だけど、もっとちゃんとした仮装をしたいなら、あちらに貸衣装コーナーがあるから、行ってみるといいよ。もちろん彼女が来たら、一緒にね♪」

  

 ハロウィーン。10月31日。
あらゆる聖者を称えるAll Saints'Day(万聖節)の前夜。
邪悪なものたちが跳梁跋扈すると言われている夜のお祭り。
オレンジのカボチャをくりぬき、明かりを灯す。
子供達は仮装をして家々を尋ね、お菓子をもらって歩く。

砂城のスカイにある巨大遊園地「東京ドリームパーク」は、昨日、今日の二日間、完全なハロウィーン仕様だった。
案内係やショップの店員だけでなく、一般の客も様々な仮装をしてやって来るし、園内の催し物も、何となくカーニバルな雰囲気を漂わせている。


「ハロウィーンってさ、日本では普通やらないよな」
香澄が珍しそうに、辺りをキョロキョロ見回しながら言った。
「日本どころか、こんな感じのハロウィーンの祭りは、アメリカとカナダしかしないそうだ」
「えっ。そうなのか?」
「そう聞いた」
「そっかー、これってアメリカの真似なのかー。まあいいよな、クリスマスだってキリスト教でもないのにやるんだから。要は楽しければいいのさ」
「そうだな。だから遊園地ではやるんだ。人を集める良い口実だから」
「確かに。すごい人だよな。今日をデートに選んで良かったんだか、悪かったんだか」
「何が良くて、何が悪い?」
「珍しいもん見られるのは、良かったじゃん。カボチャのランタンなんて、話には聞いても、実物は滅多にお目にかかれないしな。でもこれだけ混んでたら、あんまりアトラクションに参加出来ないよな。それが悪い事」

香澄はそこで言葉を切って、チラリと上を見上げ、口の中でぼっそりつぶやいた。
「あ〜、でも。あんまり人混みが煩いようだったら、早めに抜け出して、二人っきりになっても…いい、よな…」
辺りの賑やかさに呑み込まれて、香澄の言葉は殆ど聞き取れない。
「何だって?」
「なんでもない。さっきの兄ちゃん面白かったな。男なのに魔女の格好しちゃってさ。そんでもって、彼女だって」
香澄はひひひ、と変な笑いをする。
「彼女じゃねえよ。でも恋人だ。そんでもって、サイコーに美人だ」
「香澄…」
「いいのか、僕で、とか言わないように。何でオレがデートに誘っていると思ってんのさ。言っとくけど、男が恋人をデートに誘ったら下心がいっぱいなんだぞ。覚悟しとけよ…って、コウも男なんだから、その辺は解ってるかぁー」
香澄は手を伸ばし、黒羽の身体に触って、それからフン、と鼻を鳴らした。
「でもアレだな、これだけ混んでると、やっぱりおおっぴらに手とか繋ぐわけにはいかないな。ちぇっ。ちょっと誤算だったぜ」

ぶつくさ文句を言いながらも、香澄は嬉しそうだった。
基本的に賑やかな所が好きなのだろう。
「あっち、今度出来た新しいアトラクションに行こう。せっかく来たんだもん。どんなに並んでも、あれだけは絶対外せないぜ」
「その仮面は、どうするんだ、香澄」
「これは、後だよ後。もっと後のお楽しみ〜♪」
さすがに鈍い黒羽も、香澄がそれを使って何かプレイをしようと思っている事だけは解った。

それが、下心なのか? 
下心って、そんなに透けて見えてていいのか?

香澄は黒羽の腕を掴むと、どんどん引っ張っていく。
手を繋げないと言ったばかりなのに、腕を掴むのはいいのだろうか?
同性の友達とのつき合いを殆どした事のない黒羽には、どうもその辺の区別がよく付いていなかった。

 

 

「コウ目立ちすぎ」
香澄がまるで子供のように拗ねた口調で不平をたれた。
「でも、高得点をとれば台に乗って表彰されるから頑張ろう、って言ったのは香澄だろう?」
黒羽は憮然としながら言い返す。
「香澄がやろうと言いだした事で、上手くやりすぎたと僕が怒られるのは理不尽だ」

新しいアトラクションというわけではないが、香澄が好きな体感シューティングゲームがある。
新作アトラクションの列に続けて並ぶのを嫌がった香澄が、やろうと言い出したのだ。
そのゲームで、黒羽はブッちぎりトップの成績を収めた。
どのくらいブッちぎりかというと、この先ゲーム内容がリニューアルしない限り、これ以上の高得点は望めないと言うくらいのダントツトップ。
つまり命中率100パーセントの成績だ。
さすがに100パーセントの成績は誰も予想していなかったらしく、黒羽は一気にその場のヒーローとなってしまった。
台に乗せられて音楽をかけられて、写真に撮られ、挙げ句インタビューまでされた。
どこから来たかとか職業とかは曖昧に誤魔化して、さっさとその場を抜け出そうと試みる。
しかし集まった一般の客が、黒羽を簡単に逃げ出させてはくれなかった。

188センチの身長。
誰もが振り向く美貌。
これ程鑑賞に値する男が、ブッちぎりトップをとって台の上に立ったのだ。
女の子の黄色い声。
カメラのフラッシュ。
どこかの芸能人のお忍びかと勘違いして寄ってくるヤツ。

大抵の男は黒羽の前ではビビって引くが、女の子はそうじゃない。
そして黒羽は、女の子を無下に扱ったり乱暴に押しのけたりは出来ない性格だった。

「オレだってかなりいい成績とったのにさ」
「そうだな、最高だったな」
「最高はコウだろう」
「だからどうして、僕が香澄に怒られなくちゃいけない?」
「あーいい。いいよ。コウは他の奴らに囲まれてれば」
顔をそむけてヒラヒラと振られた手を、黒羽は掴んだ。
「なんだよ」
「どうして他の人達の事で、僕たちがケンカするんだ」
「……」
「他の人が何をしようと、僕たちに関係あるのか。僕が誰に囲まれたって、こうやって香澄と一緒にいるじゃないか。どうして僕に他のヤツの所へ行けというんだ。他の人間なんか、僕は一人も知らないぞ」
「…知ってるヤツなら、行ってもいいのか?」
「香澄…。わかった」
黒羽は頷いた。
「他の人間が邪魔なら、二人きりになろう」
「えっ…。えええ? でも、二人っきりって、ど、どこいくの」
いきなり慌て始めた香澄の腕を、今度は黒羽が掴んで移動し始めた。
「あれだ」
黒羽は空の一角を指さす。
「え…あれって…」




 20分後、2人は観覧車の中に収まっていた。
男2人で向かい合って観覧車というのもナンだったが、周りの目などまったく気にしない黒羽が、強引に乗り込む。
(なにせここの大観覧車は世界最大。その上非常にゆっくり回るので、二人きりでいちゃつきたいカップル御用達だ)
ドアを閉めて地面を離れたら、後は2人だけの空間だった。

「え…ええと、コウさ」
一言何か言いかけた瞬間、唇をふさがれた。
舌が甘く、熱く、香澄の中に忍び込んでくる。
「ん…」
香澄は目を瞑り、夢中でそれを味わった。
長いキス。
息をついて唇を離すと、黒羽の顔がごく至近距離で香澄を見つめていた。

「香澄、僕にどうして欲しいんだ?」
「え? ええと…オレは…」
「不機嫌なのは、僕が射撃が上手かったからじゃないだろう? それくらいの事は、最初から解っている筈だ」
「あ…うん。まあ、な」
言えるかよ。
今さら恥ずかしくなって、香澄は軽くため息をつく。
コウがオレの、オレだけのモノじゃないって思ってしまう事が嫌だったなんて、そんなみっともない事が言えるか。
だが、顔を逸らす香澄に、黒羽は思いもかけない事を言った。



「香澄は僕が恋人だと言うが、僕はまともに自慢も出来ない恋人だ」
「えっ、コウ、なに言ってるのさ」
香澄はあわてて黒羽に視線を戻す。
「あの仮面を売ってた店員の前で、もしも僕が男じゃなかったら、香澄は自慢出来ただろう? 手も繋げた。こんな風に閉じこめられた空間じゃなくても、男と女なら、手を繋げるんだ」
「それ、関係ないよ、コウ」
「そうか? 香澄は他の人の事が気になるんだろう? 僕と一緒に歩いても、恋人には見えない。手を繋ぐのも変だ。男だから。男同士だからだ」
黒羽は苦しそうに目を瞑って眉を寄せる。
「もともと、どこかおかしいんだ。男で男を好きになるなんて。僕はゲイだ。香澄とセックスしたかったのは僕の方だ。その事を香澄のほうから言わせたのは、僕が卑怯だったからだ」
「コウ! ちょっとコウ。やめろよ」
「香澄は一体、僕の何が欲しい。僕に何をして欲しい? セックスを望んだのは僕の方だ。だから恋人だなんて思わなくていい。セックスをしたからって、別に僕に縛られる必要はないんだ」
「コウ! 畜生。何だっていうんだ。何でそんな話になるんだよっ」

思わず手を出しそうになって、香澄はその衝動をこらえた。
殴ったってダメだ、と思う。
コウにはオレが殴る意味が解らないだろう。
代わりに香澄は、黒羽の体を思いっきり抱きしめた。
「好きだよ。畜生。男が男を好きになるのがおかしいなら、オレこそとっくに変なんだ。だってコウの事、好きで好きでどうしようもねえよっ。セックスしたからコウの事好きになったんじゃない。好きだから、コウとセックスしたんだ」
思ったより露骨な告白となった事に気付く。
しかし耳元で、感情を殺した声が呟いた。

「…愛していなくても、セックスは出来る」

香澄は唇を噛みしめて、それから叫んだ。
「ああ、そうさ。そうなんだろうさ。コウは別に、オレの事を好きだったからセックスした訳じゃない。知ってるさ、解ってるよ」

でもコウ、そんな事、言葉にしたくなかったよ。
だって口に出したら、思い知らされるじゃないか。
オレはずっと思ってたんだ。最初なんか、きっかけなんかどうでもいいって。
オレは最初からコウが好きだからエッチしたんだし、コウはそうじゃなかったとしても、後になればそんな事関係なくなるって。

「でも…。でも、畜生。オレは、下心いっぱいなんだ。だって、セックス…したら…」

ああ、もう。声が震えてくるのが解る。
コウにどんな事をして欲しいかって?
聞きたいのか? コウは聞きたいのかよ。
それを言ったら、コウは逃げだしたくなるんじゃないだろうか。


「セックス…したら、コウがオレの、ものになるんじゃないかと、思ってるんだから」
「香澄」
「ダメだ。ああ、ダメだオレ。言いたい事はあるのに言えない。だってオレ、嫌な事いっぱい考えてるんだ。
オレが他の人の事気にするのは、コウが言ったみたいな理由じゃない。
オレ…もっと、ずっと、自分勝手で、汚い」
香澄は目を瞑ってうつむいた。瞼が微かに震えている。
黒羽は後悔した。
「香澄…」
囁きながら、手を香澄の身体に滑らせる。
「期待…してたんだ。オレ、ずっと」

「香澄、やめよう。もうこの話はやめよう。僕は香澄とセックスしたい。今すぐしたい」
黒羽のキスが香澄の瞼に、頬に、唇に散らされる。
「僕は香澄が欲しい。香澄がそれでいいなら、もう、その話はやめよう」
手が香澄の中心に触れ、その形を確かめるように動き始める。
たちまちそれは手の中で、硬く勃ち上がっていった。
「コウ、やめろよ。第一無理だよ。こんなところじゃ」
香澄は黒羽の身体を引き離そうとする。しかし黒羽は首を振った。
「ちゃんと抱き合うのは、下に降りてからにしよう。だけど、今すぐ僕は香澄が欲しいんだ」

ボタンを外し、ジッパーを下ろし、前を開ける。
香澄のモノを手の中に熱く、感じた。
それが自分の中に挿入って来た時の感覚が甦って、黒羽のモノも反応する。
黒羽は体を下へずらし、香澄の足の間に跪き、勃ちあがったそれを下から上まで舐め上げる。
それから先端を唇で挟み、ゆっくりと彼のモノを呑み込んでいった。

「…っ」
香澄が体を震わせるのが解る。


香澄、ゴメン。

僕は自慢出来ない恋人だ。
その上いつの間にか、君を責めて追いつめている。
結局セックスくらいしか、僕は香澄の為に出来ないんだ。
でも、決して無理にしているわけじゃない。
愛していなくても、セックスは出来るけれど。
でも僕は、香澄とするのが好きだ。
望んだのは僕の方。
君としたいと思ったのは、僕の方なんだ。

僕にこうされた男は、みんな喜んだよ。
だから、香澄にも喜んで欲しい。
僕には香澄に応える事が出来るだけの、価値は無いかもしれないから。
だから、せめて。


かつての恋人が一番喜んだやり方で、自分が知っている最高の方法で、香澄のモノを愛撫する。
程なく香澄は自分の口の中で達した。
黒羽はそれを全部飲み込む。
香澄が荒く息をつきながら、熱っぽい目で黒羽を見下ろしていた。


「コウ…オレ」
「香澄」
「オレ、コウが欲しい」
「うん、香澄。僕も香澄が欲しい」

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