おまけエピソード


 着物を拾い集めてたたもうとしていたコウの手が、途中でぴしっと硬直した。
「香澄…」
「ん? なんだー? 着物の畳み方なら、オレだって解らないぞ」
「そうじゃなくて…」
差し出された着物を見て、オレは思わずうめき声を上げた。

「うっ…」
「着物…着たままでやりたいと言ったのは香澄だ」
コウが恨めしそうな光を目に湛えてオレを睨む。
「お、オレだけに責任を押しつける気かよっ」
「どうする。洗って大丈夫なのか、これ」
差し出されたのはコウが着ていた男物の着物。
そう、着たままヤッたわけなので。

着物は、コウが放ったものと、オレが出したものとで、バッチリくっきり汚れていたのであった。


「借り物だろう、これ」
「知らん顔…するわけにはいくらなんでもできないよな」
「化繊って、洗っても大丈夫なんだろうか?」
「大丈夫じゃなくても洗う以外にどういう解決法が?」
再びコウにじろりと睨まれる。
「今度からする時はコンドームを持参してくれ」
「えっ…。えええ? コウもつけるの? オレも? な…中出し禁止?」
コウはぶすっとしたまま、ナニの付いた着物を丸めて紙袋に押し込んだ。
「なあ、今回はオレが悪かったよ。これから気をつけるよ。外ではあまりムチャしません。だからさあ、な」
コウはオレに、ぐいっと紙袋を差し出す。
「洗ってくれ」
オレは黙ってそれを受け取り、そのまま誰にも見つからないように、そ〜っと洗面所へ持っていって洗った。

うん、仕事場でセックスってのは、やっぱりあんまりよくなかったよな。
特に今回、着物なんて特殊な格好してたもんだから、普段なら気を遣う所が全部ぶっ飛んでたしな〜。(^_^;
でもコウの奴。外でするなとは言わないんだよな。
ま、コウはやり始めたら、何もかも気にならなくなっちゃうタイプだからな。
そこがまた、やっかいだけど可愛いっていうか…。

 

 

「あれっ! 白鳥さん。どーしたんですか着物」
ぐええっ!!
いきなり洗面所に誰か入ってきやがった。
ていうか、岸本じゃん。
「洗ってるんですか? どうしました」
「ちょっとオレが、コウの着てたもの汚しちゃって…。これ、洗っちゃだめでした?」
嘘じゃないもんね。
何で汚したか…ナニで汚したなんて事は、もちろん言わないけど。
「いや、洗濯機でも洗えますけど。でもそのまま出してくれれば私がちゃんとしたのに。どれ? どんな汚れです?」
「う、うわっ。いや、いいから。せめてもうちょっとだけオレに洗わせてっ。せ、責任あるしっ」
マジマジと布地を覗き込もうとした岸本の手から、オレは着物をひったくって、荒っぽく水の中に突っ込んだ。

岸本はその剣幕にびっくりしたように目をぱちくりさせたが、そうそう、と呟きながら手を叩いた。
「スリ集団の方は、全員検挙したそうです。ご協力ありがとうございました」
「それはよかった。こちらこそ大変勉強になったし、色々と…」
オレはワシャワシャと着物を水洗いしながら、早くあっちへ行ってくれと心の中で祈る。
だが岸本は、何故かそこに突っ立ったまま話を続けた。



「それにしても、噂には聞いてましたけど、黒羽さんって本当に綺麗な人なんですねえ」
「ええ、まあね」
綺麗で色っぽいから、オレが今困っちゃってる訳なんだよ。
「最初は綺麗だけど怖い人だと思ったんですよ。でもあんな風に台の上に乗って笑ってると。変な意味にとられると困るんですけどねえ。こう、ボーッと見蕩れちゃいましたよ、オレ」
「みんなそうだから、別に変って事は…」
「あっ、そうですか? そうですよね。あれだけ綺麗な人だったら、男とか女とか関係なく、見蕩れちゃいますよね」
嬉しそうに頷くなって。
オレなんか関係なく、エッチまでしちゃってるんだっつーの。

「で、黒羽さんはどこです?」
「…着替えてますけど」
何だよ、ホントはコウの方に用事かよ。
「男物の着物は、ちょっとそれじゃダメだし…。女物の方は無事ですか?」
「大丈夫だと思いますけど。何ですか?」
あっちはさっさとオレ。脱いじゃったしな。
「ええ、もう三係のみんなにね、どれくらい黒羽さんが綺麗だったか、つい話しちゃったんですよ。そうしたら全員が見たいって」
「コウの着物姿を…ですか?」
岸本は、大きく頷く。
「無事仕事も一段落したし。新年ですし。まだ色々やらなくちゃいけない事は、そりゃあるんですけど。一度簡単な新年会って言うか、乾杯しようって話になりまして。
ぜひ黒羽さんと白鳥さんも、来ていただけませんか? もちろん…そっちは仕方ないとしても、女物の着物の方だけは。持ってきていただいて…」
岸本は弁当箱のような四角い顔を、更に四角くさせて、顔中で笑った。

…絶対…コウに着物を着せる気なんだな。

それでわざわざ迎えに来たって訳ね、着付けが出来るあんたが。
オレはそっとため息をついたが、しかし実のところ『コウの女物の着物姿』が早速見られることに、ちょっとワクワクもしてしまった。


「いいですよ。コウもきっとオッケーですよ。リクエストには完璧にお応えするのが、コウのモットーですから」
「そうですかー。みんな喜びますよー。いやあ、怪我の功名ですか? 女物の着物も、きっと黒羽さんには似合うと思うんですよね。綺麗に着せちゃいますよ、オレ」
「新年会の、まあ余興ですよね」
「ええ、そういう事になります」
「余興だったら…」
「えっ? 何ですか?」
ぼそぼそ呟くオレに、岸本は耳を寄せる。

「いや、余興だったら、帯をくるくる〜ってのもありかな〜。なーんて…」
「帯をくるくるですかっ。いいですねえ。女の子に着せてそんな事やったらセクハラになっちゃいますが、黒羽さんならオッケーですよねっ。きっと綺麗でしょうしねっ。
やりましょう、やりましょう。くるくる出来るように、帯を調節しましょう」
「やっぱりっ!? 帯くるくるは男のロマンですよねっ。いやあ、意見が合うなあ〜」
オレと岸本はすっかり意気投合して、コウ女装計画をあれこれ言い合った。

ううん。
当初描いていた絵とは、ものすごく違うけど、結構な新年が迎えられた様な気がする。
仕事だったおかげで、和装プレイなんて出来ちゃったし。
ナニをひっかけちゃったおかげで、コウの女装姿が見られる訳だ。
わざわい転じて福となす。
へへへ。やっぱりオレって運がいい?

まあなんだ。
帯はくるくるされちゃうかもしれないけど、きっと雑煮も食えるぜ、コウ。
「コウ〜。岸本さんがね、新年会に参加しないかって〜」
笑うかどには福来たる。
オレは最高の笑顔を作って、コウが待つ部屋のドアをノックした。



この後、
女物の着物を着せられたコウを巡って、色々あったりするんだけれど。
まあそれはまた、別の話になる。(^.^)


END