日常の微熱−オフはゲームで−



白鳥香澄しらとりかすみはワクワクしていた。
『デス・ファイター3』がついに手に入ったのだ。
興奮しているのか顔が熱い。
手の中の小さな箱を握りしめながら、警察寮の自分の部屋に駆け込んだ。
そのままどかっとテレビの前に座り込み、箱の包装をバリバリと破っていく。
「やっぱゲームは予約しとくに限るぜ。1はホントずっと手に入らなかったもんなあ…」
ま、警察官がゲーム店にならぶという訳にもいかないしな。
ふっふっふ…。
思わず笑みがこぼれる。
きらきら光るDVDを取りだし、ゲーム機に突っ込んで蓋を閉めた。
さあ、お楽しみの始まりだ。
久しぶりのコントローラーの感触に、胸が高鳴った。


『デス・ファイター・シリーズ』
いわゆる格闘ゲームである。
大作RPGとは違い、それ程話題性があるわけではない。
しかし熱狂的なファンが大勢いて、新作が出ると必ず買う。
一部の人間に激しく支持されている、そんな少々マニアックなゲームだった。
白鳥香澄も、もちろん“少々マニアック”の一人である。
ゲームを立ち上げると、さっそくお気に入りのキャラ「海棠豪かいどうごう」を選択する。
『フツー男の子って、女キャラを選ぶもんじゃないの? そうじゃなかったら、もっとごついタイプとかさぁ。豪はあたしが選ぶよーなキャラだってば』
友達のオタク女に、前にこんな風に言われた事があった。
いいじゃんかよ、オレはずっと豪でやって来たんだから。

格闘ゲーマーは、大抵自分のお気に入りのキャラを一人持っており、殆ど変えることなく同じキャラで戦い続ける。
白鳥のお気に入り「海棠豪」は美しい系の男性キャラだった。
女の子に絶大な人気を誇っている。
白鳥はオタク女の友達から、女の子が作った海棠の同人誌を、幾つも見せられた事があった。
もちろん全部えっちなヤツだ。
ついでに言うなら、男同士のエッチだ。
さすがに白鳥は、彼女から散々そのテのものを見せられ続けたおかげで、すっかり免疫が出来ていて(最初は、そりゃー、驚いたけど)かなりハードなものを見てもびびったりはしない。
むしろ慣れてきて、そーいうものを作品として見られるようになってきた。
したらそれなりに、面白いものもある事に気がついたりする。

うーん、だけどな…。
ちょっとだけ思う。
海棠豪はいいキャラなんだけど、なにせ格闘ゲームのキャラクターだ。
顔は綺麗でも、筋肉もりもりなのだ。
別に激しくぱっつん、ぱっつんしている訳じゃないけど、でもかなり筋肉質。
んで、同人誌の海棠は、きっと筋肉好きな女の子が書いているのだろう。
ものによっては本物よりたくましく描いてあったりする。
まあ、なよなよした女の子みたいな海棠も気持ち悪いけど、オレの好みとしては、もーちょっと、こう、スレンダーな…。

……………………………。

何考えてるんだよ、オレっ!
どーして格ゲーの、しかも男のキャラなんかに、筋肉がどうとかって好みなんか考えているんだって。
知らず頬に血が上る。
海棠は強いの。
技がたくさんあってさ。
でも技を上手く出すのは難しいキャラなんだ。
だから海棠を選択して、ずーっとラストまで行けるヤツは少ない。
でもオレは、必殺技を出すのにテクニックがいる所が好きなんだよっ。
難しいキャラでラストまで行くのが快感なんだ。
顔が綺麗とか、筋肉がどうとかじゃなーい!



頭ぐるぐるしながらファイトに望んだバチが当たったのか、たった2R目でマイキャラ海棠はグラウンドに沈んでしまった。
「うげげげげ〜っ。早すぎーっ」
continue? の文字が画面いっぱいに広がり、白鳥は慌てて○ボタンを押す。
「2に比べて操作性が悪りィんじゃねえの? あ、でも新しい必殺技があるって話だったよな。出せないかなー」
再びゲームが始まり、指はせわしなくコントローラーの上で動いた。
「ほんとはなー、格ゲー用のジョイスティックが欲しいよなー。買おうかな、マジで」
ぶつぶつ呟きながらも、だんだんとゲーム世界の中にのめっていく。
ちらちら輝く光の中のキャラクターに、自分自身を投影する。
…なんか、悪くない。
新技が出せそうな気がする…。

完全に集中しかけた、その瞬間だった。
いきなり部屋のドアがバタンと音をたてて開いた。
白鳥は飛び上がった。


「香澄、コーヒー入れるけど、ついでに飲む…」
そこまで言いかけて、黒羽くろはね こうはドアノブを握ったまま固まった。
テレビの前であぐらをかいて座り込んだ白鳥が、ものすごい目つきでこちらを睨んでいる。
「………」
黒羽は何も言わず、そ〜っとドアを閉めてフェードアウトを試みようとした。
だが白鳥は逃がさなかった。
「コウ!」
「ご、ごめん」
何だか知らないが、思わず謝ってしまう黒羽だ。
「ノック位しろよ」
「したが…」
「こっち!」
「コーヒー…」
言いかけて黙る。
黒羽は白鳥に手招きされるまま、ドアを閉めて部屋の中まで入った。
足元にぐるぐるとうずまくコード。
テレビ画面には大きくGAME OVERの文字。
どうやら自分がタイミングの悪い時に入ってきてしまった事は、鈍い黒羽にもよく解った。

集中をぶち切られ、ファイトはおじゃん。
せっかく新技が出せそうだったのに。
一瞬で頭に血が上ってしまった白鳥だったが、叱られた犬のようにそっと部屋に入ってくる黒羽を見ていたら、なんとなく機嫌が良くなってきた。
どっちにしろ、マイナスの気分を長く引き摺る白鳥ではなかったのだが。
「邪魔をしたのか?」
言いながら黒羽は白鳥の隣に座る。
「したした。新技が出せそうだったのにさ」
ううん。まあゲームの途中で風呂に入れとか言われて、集中切られるのは、考えたらよくある事だよな。
隣に座る黒羽を見ながら、どんどん機嫌がよくなっていく自分に気がついていく。
白鳥は思わず笑った。
コウの綺麗な顔が、少しとまどったように傾く。

待ち望んで買った新作ゲーム。
のんびりしたオフ日。
隣には恋人。
うーん、悪くないじゃん。

白鳥は黒羽の体に手を伸ばす。
そばに来ると、つい触りたくなっちゃうんだよね。
勤務中には出来ないからさ。
なんつーかその、これはポスターを見続けてきた弊害だな、なーんて思う。
オレが部屋に飾っていたポスターは、当たり前だけど触るとつるっとして冷たかった。
だからずーっと、本物のコウは、触るとどんなだろう、なんて思い続けてきたのだ。
そりゃ、オレとコウは会ったその日にキスしちゃった仲だよ。
(ちょっと語弊があるけどな)
だけど子供の頃の思い出なんて、はっきり言って、もう幻だったから。
だからずーっと思ってたんだ。
オレって変態じゃないだろうかって、時々悩みながら。
本物は触ったらどんなだろう。どんな手触りなんだろう。
そんな事を、ずっと、ずっと…。
自分は変態なんじゃないか、なんて考え始めたらしょーもなくなるから、なるべくその事について考えるのは避けてきたんだ。

だけど、もういい。
今はそう思う。
だって、もう問題じゃなくなっちゃってるもんな。
まさかそういう関係になるとは思ってなかったが(全然期待してなかったか? と言われると困るけど)コウとはエッチしちゃったし。
そういう事するのは、恋人だろ?
恋人だったら触りたいって思うのは当たり前だよな。
別に変態じゃない。
(相手が男だって事は、変態じゃないぞ。ホモだとは思うけど)
もっともコウがオレの事を、ちゃんと恋人だって思っているのかは、時々疑問に思う所だ。
だけどオレには弱みがあるので、その辺を深く追求できない。
まあいいや。それに関しても、今はあまり考えないようにしようと思う。
とりあえず、触っても嫌がらないもんな。
てゆーか、むしろ積極的? もしもし? コウ?


オレが触っていたはずなのに、いつのまにかコウの手がオレのズボンに伸びてきている。
えーっと。う、嬉しいんですけど、ドアの鍵、掛けてません。
(↑敬語は動揺の印)
それ以上進むと、オレの方が収まりつかなくなっちゃうよ。
我を忘れて押し倒した所で、他の誰かがドアをバタン、なんて事。絶対にぜーったいに避けたい。
超もったいないけど、でも、理性があるウチに、とりあえず一度引くんだ。
それに第一、ゲームが、ゲーム…。
そうだよ、ゲームの事で怒ってコウを部屋に入れたんだろ?
「コウ、ゲーム」
「うん?」
「ゲームがさあ、だからその…」
わあちょっと、ジッパー下ろすの待ってってば。
「コウ、ゲームやろっ。格闘ゲームなんだ。新作バリバリ。面白いぜ」
「ゲーム?」
やっとコウが顔を上げた。
黒い髪がさらりと額にかかり、めちゃくちゃ色っぽい。
ううう。危機一髪。もうちょっとでコウに咥えられる所でした。
(なんてもったいない危機一髪)



「そうそう。コウはオレのファイトの邪魔したんだから、償って貰わなきゃ。オレと対戦しようぜ」
「…いいが。でも、僕はゲームはやった事がない」
「マジ? え、マジで? 全然? ゲーム機触った事もないの?」
黒羽はこくりと頷く。
砂城にだって、ゲームの店はいっぱいある。
新作だって発売日に入ってくるし、年のいったおっさんじゃあるまいし、普通の男の子として育ったなら、コウの年で一度もゲーム機を触った事すらないなんて、ありえない。
まあもっとも、確かにコウは、あまり普通の男の子の育ち方はしていないかもしれなかった。

「解った。オレが教えるよ。これがコントローラー、解るよな。握って」
白鳥は対戦用のコントローラーを引っ張り出し、ゲーム機につなぐと黒羽に握らせた。
うん、ちょっと先生になったみたいで、気分がいいぞ。
「セレクトでキャラを選ぶ。これで上下の移動。こっちは左右。○ボタンで必殺技が出る。ガードは△ボタンと↓キーとの組み合わせ。ジャンプは…」
黒羽は黙って熱心に説明を聞いていた。
「まあ基本動作はこんなとこ。解らなくなっても、やってるうちに覚えるよ。ちょっと実際にやってみようぜ。質問はある? コウ」
黒羽は教室の生徒よろしく、手を挙げた。
「どこが解らないの?」
黒羽は少し黙り、それから困ったように口を開いた。
「…香澄。これは何をするゲームなんだ? 移動って…。どこかに行くゲームなのか? 対戦って、何?」


…あかん。
どうやら基本の基本から教えなくてはならないらしかった。

 

 

 しかし30分後、白鳥はひっくり返っていた。
「ひでぇ、詐欺だ…」
思わずため息が出る。
さっきから自分相手に、黒羽が圧倒的な強さで連勝を続けているのだ。
最初の一、二戦は、確かにもたついてぎこちなくキャラを操っていた黒羽だったが、一度動きと理屈を呑み込むと、後は早かった。
早すぎるぜ、畜生。
オレだって海棠の必殺技を上手く出すのに、結構時間がかかったのに…。
黒羽はキャラのセレクトがよく解らず、白鳥と同じ海棠を選んでしまった。
そういうわけで、海棠同士の対戦になった訳なのだが。
(注:ゲームをやっていない人への説明(^.^) 同じキャラ同士の場合、どちらか一方が2プレイキャラというものになる。キャラが同じでも、着ている服が違ったり、色が変わっていたりして、見分けられるようになっている)

同じ海棠同士なら、プレイヤーの腕がものをいう。
オレはなあ、こう見えても、ずーっと海棠ひとすじでプレイしてきたんだぞーっ。
それを、くそーっ。
30分前に初めてコントローラーを握った様なヤツに、5連敗かよっ。
く、悔しい。
「…香澄」
「うっせえ、もう一回勝負だ。いいか、コウ。手を抜いたら承知しねーぞっ」
床からはね上がり、再び勝負に突入する。
隣に座るコウが、一瞬で画面に集中するのが解った。
この集中力とか、反応の早さとか、抜群の動体視力とか、オレは全然勝てない。
だけどオレにだって意地ってもんがある。
海棠使いが、海棠でシロートに負けるなんて、それだけは出来ない。
それにまだ、新必殺技も出していないしな。
うーんだけど、ムキになってコントローラーを握っていたせいか、指がちょっとじんじんしている。
力入れてボタンを叩いても技が出る訳じゃない。
もっとこう、軽く握ってだな。
そう思った途端、汗でコントローラーが滑った。
「あっ」
慌てて握り直そうとして、いくつものボタンに指を滑らせた。

その瞬間だった。
ゲーム画面の海棠の体が光った。
ああっ。必殺技だーっ!
しかもクリティカルヒット!
黒羽の2P海棠は、派手に回転して、地面に叩きつけられた。
う、嬉しいーっ。
新必殺技。出た、出ましたーっ。
だけどオレ、どういうコマンドで出したんだ?
偶然だったから覚えてねえよーっ。
もう一回やりたい。さっきはコントローラー掴むのに気を取られて、どういう技なのか、よく解らなかったし。
もう一回…って、あれ?



気がつくと、いつの間にかゲームは終わっていた。しかも。
「オレの、負け?」
クリティカル出たのに?
どうやら黒羽の海棠は、地面に転がっても、完全に倒れたわけではなかったらしかった。
オレときたら、倒れた所をあと一蹴りでもすれば、ダメージバーは完全に0になったというのに、必殺技に気を取られてコウの反撃にあったらしい。

…がっくし…。

白鳥は再び床にひっくり返った。
これってアレか。勝負に勝って試合に負けたってヤツ?
ううう。オレとした事が、勝てる試合を自分で捨ててしまった。
ああ、目がしょぼしょぼする。妙に汗もかいてるし。
なんか、顔が熱いぞ。ぽーっとする。
興奮してのぼせたのか? オレ。

「香澄?」
なんとなく所在なさげな顔で、黒羽が上から覗き込んだ。
コウ、そんな顔するなよ。
「結構ゲームも、面白かったろ?」
「ああ。初めてやったけど、思ったより…」
「だろー。新作ゲームだもん。オレ予約して買ったんだぜ」
コウの口元が少しだけ緩んだ。
んー、悔しいけどな、まあいいよ。
新必殺技出たしな。次は勝てるぜ。
白鳥はちょっと笑って、覗き込む綺麗な顔に手を伸ばした。
そうやってると、髪が下に流れてきて、誰かに似てるな。
ああ、そっか。海棠にちょっと似ているのか。
いや、逆だな。
海棠がコウに似てるんだ。
だからオレ、きっと海棠をマイキャラに選んだんだ。


綺麗で、技を出すのにテクニックのいるキャラ。
その難しいキャラで、ラストまで行くのが快感なんだ。
うん、やっぱりなんとなく似てる。
コウも、完全に手に入れるのは、とっても難しそうだ。
だけど…。
コウの体に手を滑らせながら思う。
コウの方が、海棠より華奢だよな。
なよなよした女みたいなのも気持ち悪いけど、やっぱりオレ、これくらいスレンダーな方が好みだ。
そっか、そうだったのか。
オレって何だか嫌になるくらい、ずっとコウの事が好きだったんだな。


「香澄、ドアの鍵…」
ああ、コウもオレと同じ事気にしてたのか。
まあそりゃ、そうかもな。
「さっき閉めたから…」
そう言って、上から唇を重ねてくる。
ええ、さっき? さっきっていつ? いつの間に?
ドアを閉めた時にそうしたんなら、手際がいいって言うか、最初からそのつもりだったっていうか、それってオレの我慢は無駄だったわけじゃん。
こんな事なら連敗なんて醜態晒す前に、大人しくコウに咥えられていればよかった。
そうすれば今ごろ天国に…。
いや、だけど新作ゲームもやりたかったのは確かで…。

妙にぼけた頭でそんな事を考えながら、コウの舌を味わう。
柔らかい。うっとりする。
気持ちいいけど、でもオレ、ちょっと、何だか、ヘン…。
「香澄? 熱があるんじゃないのか?」
唇を離して黒羽が額に手をおいた。
「やっぱり熱い。どうもさっきからおかしいと思っていたんだ。顔は赤いし。興奮しているのかと思っていたが」
「朝からちょっとぼーっとしてたけど、今日ゲームの発売日だったから…」
「それで外出したのか? 人混みの中に出れば、ひどくなるだろう?」
「風邪くらい、どーってことないよ」
「風邪じゃないかもしれないぞ」
「え?」
「インフルエンザ」
「ええええ?」
「解らないけど、すぐ医者に行こう」
ええ? でもゲームの続きは?
これからコウと、いい事だってする予定だったのに…。




 もちろんオレの抗議は完全に無視され、そのまま病院へ直行になった。
結論から言うとインフルエンザではなかった。
しかしオレは高熱を出してぶっ倒れた。
たちの悪い風邪には間違いない。
オレは新作ゲームも、コウといい事も、全てお終いにさせられ、ベッドの中に押し込まれた。
ただ一ついい事があったとすれば、コウがずっとオレの看病をしてくれた事と、それからあの時出た新必殺技がどういうものだったのか、詳しく説明してくれた事だった。
(しかし何で、あの速い動きをそんなに正確に把握できるんだよ)

ううむ、治ったら絶対新必殺技を出して、リベンジだ。
次は完全にコウに勝つ。
そんでもって、今度こそドアの鍵をちゃんと閉めて、コウにも新テクニックを使ってやるぞ。
あーんな事とか、こーんな事とかなっ♪
実はベッドの下に、ゲームの攻略本と一緒に、“そのテの攻略本”が押し込んである白鳥だった。

熱に浮かされた頭で、楽しい妄想は爆裂展開したが、しかし白鳥のぼけた頭は、一つだけ見落としていた。
あんなに詳しく説明できる必殺技なら、次は黒羽も使えるようになっているだろう、という事を…。

END