おまけエピソード

「コウ…なんか視線を感じるんだけど」
帰ってくるのが待ちきれず黒羽を迎えに来た白鳥香澄は、いま背中に、熱い視線を感じていた。
黒羽は目を背後に滑らせて、それからクスリと笑う。
「日比野くんの視線だな」
「日比野くんって…誰さ。まさかコウ、そいつに迫られたとか?」
「迫られたと言えば、迫られたかもしれない」
「な、なんだよー、それっ。昨日、オレしか会いたい人はいないって言ったじゃんか」
「言ったよ、ホントだよ」
「じ、じゃあその、日比野ってヤツは何なんだよ」

黒羽は本当に可笑しそうにクスクス笑って、首を横に振った。
「日比野くんは今は僕を見ているんじゃないと思うな。きっと香澄を熱い視線で見ているんだよ」
「ええっ? なんだよそれ。オレはコウ以外の男はパスだぞ」
白鳥はギョッとしたような顔で後ろを窺う。
「日比野くんはどうでもいいじゃないか。もう香澄の所に帰るんだから」
黒羽はポツリと呟いて、身体を寄せた。
門を曲がったところで白鳥は、その身体をぐいと自分の方に引き寄せる。
「キスは、車に乗ってからしようぜ」
「香澄、わざわざ迎えに来たのか」
「うん、もうこのままコウを誘って、昨日の続きしたくてさあ。朝から大変」
「大変ってどこが? 下の方か?」
「ちゃんと解ってんじゃん」

黒羽は白鳥の身体に手を回し、髪に顔を寄せた。
「ち、ちょっと、コウ」
「解ってる。キスは車に乗ってからだ」
「コウ……」
「香澄、いい匂いがする。今日一日、長かったよ」
「うん、オレも起きたときから、ずっとコウに会いたくて仕方なかった。コウが帰ってくるの、待ちきれなかった」
「早く、二人きりになろう」

車のドアを閉めると同時に、二人は唇を重ねた。

「ん……うぅん」
南署から車を少し走らせて居住区の外に行く。
そこで車を一度止めて、二人は再び深く唇を重ねた。
軽く吸って、それから舌を絡ませる。
お互いに相手の一番近くに行きたくて、二人とも夢中で唇の感触だけをむさぼった。
昨日ベッドで愛しあって、今朝別れたばかりなのに、その前の何日もの不在を埋めるには全然足りなかった。
助手席に座る黒羽の手が、白鳥の膝の上に延びる。
唇を吸いながら、手のひらは膝を撫で、次第に上へと這い上がっていった。

「うっ…コ、コウ」
「なに? 香澄」
何と聞いたくせに黒羽は白鳥の唇を、答えを待たずに塞ぐ。
白鳥は目をつぶってキスに応じたが、黒羽の手が中心に伸び始めると、再び唇を引き剥がした。
「ま、待ってってば、コウ」
「んん……」
唇を離された黒羽は、少し不満そうな顔を白鳥に向けた。
白い顔はほんのりと上気し、唇が濡れてかすかに開く。
完全に誘っているその表情に、白鳥はごくりと喉を鳴らした。
「なに? 香澄」
「何ってコウ、このままカーセックスに突入する気か?」
「カーセックス…ああ」
「ああって、じ、自覚してなかったわけ?」
黒羽はほんの少し首を傾げて車内を見回し、それから唇を舐めた。
「ダメかな」
「だめって、えーと…」

絶対ここがどこだかあまり考えてなかったに違いない、と白鳥は思う。
仕事中ならこれでもかって位用心深いくせに、ことこういう状態に突入すると、パーッと色んな事を吹っ飛ばすよなあ。
黒羽は相変わらず上気した顔で白鳥を見つめていた。
何もかも忘れてここでしたいって、そういう発情した表情。
もちろん下半身直撃だ。
ううう、色っぽい。押し倒して脱がして舐めてしゃぶりたい。
でも、ここで今すぐはマズイでしょう。色々と。
「拙いかな」
「かなって、コウ。そりゃーキスくらいならいいけどさ、車だといくら密室でも、中をのぞかれたら一発でアウトだろ。まだ明るいしさ。ここから先は、二人っきりでしたいよ、オレ」
「でも居住区からは外れてる。南署の近くなら拙いと僕も思うが、もう誰も見ないだろう?」
「うん、まあー、そうかもしれないけど。でも車って狭くない? コウは特にでかいしさ。シート倒したとしても、難しいって言うか」

と白鳥が言うか言わないうちに、黒羽はさっさとシートを倒した。
「コウ、聞いてんのかよ」
「どうかな。確かに狭いけど、出来ないことはないと思うけど」
「あー、もう。コウ、昨夜のこと忘れたのかよっ」
「昨夜の事って?」
「ホテル探すのメチャクチャ苦労しただろ」

そう、昨日はクリスマスだった。
クリスマスに突然、予約も無しでホテルにはいる。
それがどれだけ大変か、経験が無くてもなんとなくは想像がつくと思う。
程度の良いホテルはもちろん恋人達にとっくに占領されているし、ラブホテルだってよさそうなところはやっぱり売約済みだ。
結局、女の子がここでクリスマスはちょっと遠慮したいわ、と断りそうな古くてボロくて野暮ったいラブホテルに二人は落ち着いたのだった。

そりゃーね、と白鳥は思う。
オレもコウも男だし。女の子みたいには、ロマンチックにそれほどこだわらない。
特にあの時はとにかく抱き合いたくて、それが最優先だったから、場所はあればいい、という感じではあった。
それでも思い返すと、せっかくの初めてのクリスマスエッチがあれでお終いってのはなあ、と思うわけだ。

だから白鳥は、実は今日はちゃんとしたホテルを予約してきた。
ラブホテルではない。
クリスマスからは一日はずれてしまったけれど、きっちりディナーをして、それから上の部屋で思う存分抱き合う、そういう計画だ。
クリスマスじゃないので、部屋は余裕でゲットできた。
最初はそこに車ぶっ飛ばして直行するつもりだったのだが、どうしても我慢ができなくなり、途中で車を停めてキス。
そうしたら今の流れになってしまったと、そういうわけである。

「だから解るだろ? 今日はちゃんと食事してさ。で、エッチしようぜ。こんな狭くて不自由な場所じゃなくてさ」
「僕は別に場所にはこだわらないけど…」
「こだわらないって、じゃあたとえば、道端で立ったままエッチするんでも、コウはいいわけ?」
黒羽はその状況を想像したらしい。少し考えてから、大きく頷いた。
「香澄がしたいなら、道端でもいい」
「オレは道端ではしたくないよっ!!」
そんなとこでコウのいい顔とかイイ声とか大公開してたまるもんか、もったいない。
……じゃなくて。
香澄とならどこでもいい、という言葉は果して嬉しいのか嫌なのか、よく解らなくなってしまった白鳥である。

「…解った、ホテルに行こう」
黒羽がそう言ったので、白鳥はホッとする。
だがシートは倒されたままだった。
「コウ?」
「行くけど、香澄。お願い、少しだけ…」
「少しだけって…?」
言い終わらないうちに、黒羽の唇が白鳥のそれを塞いだ。
歯列の間から舌がすべり込んでくる。
「んん……コウ…」
「香澄、行くけど。でも…少しだけ」
「わっ、コ、コウっ」
黒羽の手が素早く白鳥のズボンにかかった。
ファスナーが下ろされ、指が忍び込む。

「む……うっ。コウ…」
黒羽はたちまち硬くなっていく白鳥のペニスをもてあそびながら、耳元で囁いた。
「香澄、我慢できないんだ。今日一日すごく長かった」
「そ、そりゃー、オレだってさ」
「君が迎えに来ると思わなかったから、もう少しお預けにするつもりだったのに。なのにいきなり香澄を見てしまったら…。我慢できそうにないよ。ホテルで食事してからなんて、そんなに保ちそうにない」
「コウ……」
「だから、少しだけ。ちょっと触りあって、身体を慰めてくれたら。そうしたら大人しくホテルに行くから…」
「コ、コウっ……」
白鳥は息荒く黒羽をシートに押し倒し、ネクタイを緩めた。
はだけた白い首筋に唇を寄せ、舌を這わす。
「…あっ」
黒羽は嬉しそうに白鳥の背中に手を回した。
一応段取りを考えてきたからグダグダ言ったわけだが、白鳥のほうが若い分だけ、本来我慢はきかないのだ。
狭いシートの上で、二人の身体は絡み合った。

「待って、下、自分で脱ぐから」
「さ、触るだけって、言ってなかった? コウ」
「そうだけど、でも……」
黒羽の視線は白鳥の下半身に向けられる。
「そうだけど、香澄がそんな風なのに、服越しだなんて嫌だ」
「えっ、えーと…」
でもこういうのはホテルに行ってから……などとブツブツ言いながら、それでも白鳥は不自由な体勢で、黒羽のズボンと下着を片方だけ引き抜く手伝いをした。
「なあ、コウ、オレ、どんどんコウの術中にはまってない?」
「どうして? あっ…いい。すごく、気持ちいい、香澄」
黒羽は脚を絡めて、腰を動かす。
直接肌が触れあう感触に、白鳥の口からも声が漏れた。
「コウ、オレも、気持ちいい。コウ…あっ」
「指でもするから、香澄」

黒羽は嬉しそうに腰を上げて押し当てながら、白鳥の下半身に手を伸ばした。
「うっ……」
勃ちあがったものを掴み、自らのモノに押し当てて、一緒に扱く。
「うわ、コ、コウ…」
「いい…香澄、すごく熱い…」
「コウ…オレ、オレ……」
「挿れる?」
「え…えっ?」
「少しだけ。ここまで来たらいいじゃないか。少し、挿れて。香澄を感じたい」
黒羽は腰を動かしながら、唇を舐めた。
「ど、どうして今日は、そこまで積極的なんだよ、コウ…」
「僕は、この一週間、君と寝る夢まで見たんだぞ」
「ええっ?」
「香澄、だから、ね。お願い」
下にまわされた黒羽の手は香澄の勃ちあがったモノを掴み、ゆっくりと自分の肉に押し当てた。
腰を上げて、自ら呑み込むような体勢をとる。

「…香澄、少しだけ……」

ここまで来て引き返せる男がいるはずもない。
もちろん『少し』で終わるわけもなかった。

白鳥香澄は怒張したペニスを深く黒羽に挿入し、激しく突き上げた。
「あっ…あああっ。香澄っ」
狭い車内で、より深く咥え込むべく、黒羽の足が上がる。
慣らされていない黒羽の中は緊い。
白鳥は荒く息をつきながら、黒羽の足を掴み、自らに引き寄せてぐいぐいと腰を振った。
「香澄、もっと。いいっ。……っ。ああぁっ」
「コウ、好き。好きだよ、コウ」
黒羽は当然だが、白鳥もまったく頭が働かなくなっていた。
ただひたすら熱い欲望で身体を穿ち続ける。
ギシギシとシートは揺れ、二人の息でガラスが曇っていった。

夕闇がだんだんと降りてくる。
だが、まだしばらくは、辺りは明るいままだろう。
黒羽の言うとおり、居住区を外れた郊外には誰の姿もなかった。
少なくとも近くに人の姿はない。
しかし男が二人、車の中で熱心に励んだら、もちろん車自体も激しく揺れる。
そんな風に揺れる車で何が行われているのかは、中を見なくても一目瞭然だ。

郊外には建物など、遮るものはひとつもない。
そこにぽつんと、激しく揺れる車が一台。
通りかかった人がいたら、かなり遠くからでも状況は丸解り。
その事を車内の二人は、まったく意識していなかった。
更に『少しだけ』なんて言葉は、もはや二人の頭からはぶっ飛んでいた。
きちんとホテルに行けるかどうかも怪しい。


優しい夕闇がじわじわと車のシルエットをぼかして行きつつある中、車は長い間揺れ続けていた。

END