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Sugar White Day


「手伝うって言っただろう?」
「えーと…。そりゃそうなんですけど」
小さな声で呟きながら、手の中にどっさりのキャンディーの包みを見下ろす。

これが何かというと、ホワイトデーのお返しだ。
そう、大体の男はバレンタインデーはわくわく期待するが、ホワイトデーは忘れてしまうか、そうでなければなんだか面倒臭いなあ、と思うはず。
…思うよなっ。オレだけじゃないよなっ。
だから大抵の男はモテないんだよ、とは高田さんの主張だが、確かに気が回って細かいフォローができる男のほうが女にはモテるらしい。
(言っておくが、高田さんだってとてもモテるようには見えない)

    

そして砂城西署には、特別にモテる男が一人いた。
名前は黒羽 高。
なーんて口に出さなくたって誰でも知ってるよな、そんなこと。
背が高くて超美形で銃の天才で有名人。
これでモテなかったら、誰がモテるんだって男だから、だーれも嫉妬もしない。
あれは、特別。
と誰もが思っている。
思ってないとやりきれないってのが本音だが、まあその辺りはどうでもいい。

とにかくモテる訳なので、バレンタインの時は大変だ。
チョコの、山また山。
署内の女性達はちょっと控えめだが、民間人は遠慮も容赦もしない。
次から次へと、ほとんどレクリエーションのつもりではないだろうかの勢いで、手渡し郵送様々な方法でチョコが届けられる。
黙って置き去りと出所不明な郵送は禁止されているので(不審物として処分します) みんな身分を明かしてチョコを置いていくから、2月14日は姦しいことこの上ない。

それでまあ普通はだな。
そんなにチョコがやってくるような超モテ男だったら、ホワイトデーのお返しなんて、とても手が回らないから放置ってアリだと思うわけよ。
アイドルとかスポーツ選手とか、別にバレンタインのお返しなんてしてないだろ?
(多分な。知り合いがいる訳じゃないから実情どうなっているのかは解らないけど)

「僕は芸能人でもスポーツ選手でもない。公務員だ」
「そりゃそうだけど。芸能人じゃなくてもアイドルなんじゃない?」
僕がか? という目でジロリと見下ろされる。
そうそう。愛想は悪いんだよな。
普通それって傷になると思うんだけど、コウくらい飛び抜けて綺麗だと、女の子は逆に、クールでいいわ。無表情なところがまたステキ。
などと萌えるらしい。
「だってただの公務員に、普通あれだけのチョコは来ないぜ。別に仕事にしてなくたってアイドルって言葉使うじゃん。みんなのアイドル、とかさ」
「……」
コウは口を引き結んだまま、憮然としている。
「えーと…コウ。もしかしてって思うけど。いくらなんでもバレンタインのチョコが収賄しゅうわいに値する、とかは誰も言わないと思うよ」
まさかそーいう事も思ってた?
コウは軽く首を横に振った。
「いや、純粋に好意からだろう」
純粋ねえ。まあ、人を愛する気持ちは純粋かもしれないけど。
でも恋って駆け引きな所もあるから、こんなものをあげたらこっちを向いてくれないかな? くらいの賄賂めいた気持ちはあるかもな。
でもやっぱり、それが収賄だって言い出す奴はいないと思うけど。

「とにかく、毎年お返しをしている。手伝ってくれ」
「うんまあ、約束したからするけどさ」
「けど?」
ジロリと睨まれる。
「手伝うよ、ちゃんと手伝いますって」
いやあ、バレンタインの時にチョコの仕分けを手伝ってくれと頼まれたんだけど、結局オレ、なんだかんだでやらなかったんだよな。
コウは何も言わなかったけど、そこはかとなく根に持ってる事は解った。
で、オレは気軽に約束しちゃったわけだ。
ホワイトデーの方が大変だろうから、そっちの方を手伝うよ、って。

でもなあ…。
あらためてこうして、腕いっぱいに抱えても持ちきれない量のキャンディーを見てしまうと、やる前からうんざりしてしまうのは仕方ないと思う。
さすがに今回もサボったら軽蔑されてしまいそうだから、やるけどね。
コウは、全員にお返しをする気満々だしさ。

もらったのだから返さなくては、と思っているわけだ。
そりゃーコウだったら、どんな膨大で繁雑な仕事でも黙々とやりこなしちゃうんだろうけど。
オレには、それほどの根気も集中力もないんだよなあ。
だってオレ、フツーの人だし。

もっともコウの「お返し」の気持ちの中に、多少の罪悪感があることをオレは解っている。

コウはゲイだから。
男しか好きになれないから。
どれだけ真剣なチョコレートをもらっても、心でも身体でも返せない。
だから『もの』を送ることにこだわるんだろう。

いっそのことゲイだって、カミングアウトできちゃえば楽なんだろうけど。
そうすることも出来ない心情も知っている。
黙って取り繕っていること、結局『もの』しか返せないこと、好意に対して仕事のようにしか対応できないこと。
もろもろの罪悪感が、コウをこれだけ熱心にさせている。
ギリギリな位置で踏みとどまって、少しでも誠実であろうとしている。
コウのそういう真面目さって、時々息苦しくなることもあるけど。
でも基本的にはオレは好きだ。
だってつまり、オレに対してだっていつも誠実でいてくれるって事だもんな。
まあ今のコウの恋人はオレだし。
ここはおとなしく手伝うしかないでしょう。

「それで具体的に何をするの? チョコくれた女の子の住所は解っているわけだから、まさか個別に家まで渡しに行くとか? はっ! 大体コウがもらったチョコって幾つだよ」
「324個」
すらっととんでもない数字を、コウは唇にのせる。
「さっ…さんびゃくっ…」
オレは危うくひっくり返りそうになった。
たくさんあると思ったけど、まさかそんなに来てたとは。
たとえただのキャンディーだとしても、お返しに結構な金かかってないか?
「名簿か何か…あるわけ?」
「作った」
そう言ってコウはレポート用紙をオレに渡した。
うわあ…。住所と名前がぎっしり。外に流しちゃマズイ名簿ではあるな。
「えーと、これ全部」
「覚えた」
またしてもコウが、すらっと恐ろしいことを言う。
「覚えたーっ? マジで?」
だってコウ、人の名前とか覚えるの、得意だったっけ。
オレのびっくり目に、コウは顔をしかめながら答えた。

「…仕事なら、できる」
うっ、そうでした。クールビューティーな外見に似合わずボーッとしているところがあるくせに、いざ仕事になったら、コウは天才でした。
だけどオレッてば、またコウの罪悪感つついちゃったよ。
仕事って言葉、言いたくなかっただろうに。
「そ、それでえーと…。さんびゃくにじゅうよん個。ど、どうするわけ?」
慌てて質問を戻したが、気に触ることなど何もなかったみたいに、コウは再びすらっと答えた。

「だから言っただろう? 仕事だ」
「へっ?」

 

 

その後、気がついたらオレは、西署内の講堂で防犯を語るコウの手伝いに走り回っていた。
演壇に立つコウの、滑らかな説明や講義に合わせて、スライドを取替えたり資料を手渡したりする役目だ。
講堂にはみっしりと聴衆がつまっていた。
ざっと300人以上。全員女性。
十代〜二十代の女の子が多いけど、中にはいかにもオバサンな雰囲気の女の人もいる。
ええとつまりは…。
ここに集まっているのは、一ヶ月前コウにチョコレートを渡しに来た女の子達なのだった。
みんなうっとりと壇上に立つコウの姿を眺めている。

オレときたら、いきなり講堂に連れてこられて
「まず椅子を並べてくれ」
と言われたときは、頭の中に「?」マークが飛び散っちゃったぜ。
詳しくは後で聞いたが、簡単に説明するとこういう事。

バレンタインの大騒ぎは、コウが奉職した時からずーっと続いているらしい。
最初の何年かはチョコを渡す行為自体をやめさせようとか、色々あったらしいのだが、禁止しても勝手に送られてくるし、抗議の投書はどっさり来るし、あげく市民と警察の間のコミュニケーションを拒否するつもりか、なーんてことまで言われたらしく、結局警察としては一定のルールを作って線を引いたらしい。
チョコを持ってくるときは身分を明かすこと、とか言うのもそのルールの一つだが、このホワイトデー防犯講演も、その一つ。

コウが頑なにお返しをすると主張するので、だったら仕事として、お返し対象の女の子を集めて、「ひったくりに関しての注意事項」とか「痴漢対策について」とか「警察が行っている様々な試み」とかそういう事をアピールする場を作ったわけだ。
もちろん参加は自由だけど、ここに来て講義を聴けば、コウから手渡しでキャンディーがもらえるという特典付き。
なるほど。何もかもダメダメと禁止するより、ずっとソフトでいい手だ。
それにコウの信条から、お返しの品物は全部コウの自腹なので、警察は場所と時間を提供するだけでどこも痛まない。

すごいよなー。
この女の子達、別にハガキとかのお知らせが行ってる訳じゃないんだぜ。
時間や場所は西署入り口の広報ボードに貼り付けていたらしいが、それだって小さいお知らせだし、わざわざ西署に来なければ見ることもできない。
なのに時間になったら、自主的にゾロゾロ集まってくる。
女子中学生から、OLっぽい人(仕事はどうしたんだろう?)、近所のオバサンまで。
ずらっと女、女、女の集団。
壮観だなー…なんて、オレは感心してしまった。

で、いよいよ彼女たちにはこっちがメインイベントなんだろうけど。
講義が終わって、コウからの手渡しのホワイトデーお返しが始まった。
女の子達は楽しそーに、行儀よく列を作ってキャンディーをもらっていく。
すげー…、と思ったのは、コウが全部の女の子に名前で呼びかけて、何かひと言二言話していたこと。
この為に名簿覚えたんですか?
でもレポート用紙に顔写真は無かったと思うけど。
「毎年半分は去年と同じ人からだから、300人新しく覚える訳じゃないよ」
なんて、後でサラッとコウは言ったけど、半分の150人だって、きっちり覚えきるのはオレには無理だと思う。
顔は? の質問にはコウはちゃんと答えてはくれなかった。
西署に手渡しに来た人なら、入り口のカメラに顔が記録されてると思うけど…まあチョコを渡しに来るくらいのファンなら、街でコウと一回くらい接触している率は高い。
さすがに本物のアイドルと違って、不特定多数のファンがいるわけではないということだ。(テレビにも出てないしな)

基本的に人と喋るのは苦手なコウだが、こういう時は結構よどみなく会話したりするんだよな。
さすがに笑顔までは振りまかないが、その辺りの仕事モードなところも、女の子達にはクールでいいんだろう。
オレはコウの隣に突っ立って、袋の中からキャンディーの包みをとりだしコウに手渡す作業を、ひたすら機械のようにくりかえしていた。
女の子達は誰もオレを、チラリとも見ない。まるでそこに人なんかいないように、オレの存在は無視される。
でも別に腹は立たなかった。
それはやっぱりアレかな。
結局この儀式が、別れの儀式だって解っているからかもしれない。

女の子がコウに好きですって言って、コウがごめんなさいと返す。

もちろん殆どの人はレクリエーション気分で、普段ポスターとか遠くからしか見られないコウの綺麗な顔を間近で見て、声までかけてもらうことを楽しんでいるんだろうけど。
それでも中には、ダメかもしれないと思いつつ、真剣な気持ちをチョコにこめた人もいるだろう。
そういう人には、こんな風に、みんな同じに会話してキャンディーをもらって
『ありがとう、それじゃ気をつけて帰って』
と言われることは、嬉しいと同時に、ひどく寂しくてつらくて切ないだろう。

だからいいんだ。
そんな一瞬なら、好きな人だけ見ているのがあたりまえ。

だからオレは、黙々とコウにキャンディーを手渡し続けた。
こんなに沢山の人が、コウを好きだって事、コウにも解って欲しい気がする。
難しいとは思うけど。
だって愛の形はみんな違うから。
コウには色々事情があって、受け取れる愛の形が、まだほんの少ししかないんだ。


女の子達はみんな、楽しそうに笑いさざめきながら、キャンディーを抱きしめて帰って行った。
なんだか『そんな事とっくに解っているわよ』と言われてるみたいだった。
オレはコウの恋人だけど、彼女たちはきっと、オレの知らないコウを知っているんだろう。
きっと女の子にしか見えないものはある。
そして……。
今日サヨウナラと別れても、明日も彼女たちはコウのことが好きなんだ…。

        

「……疲れた」
最後の女の子が帰って講堂の扉が閉められると、コウはがっくりと椅子に腰を落とした。
長い足が無造作に投げ出され、首が前に落ちる。
コウはネクタイを緩めて、ため息を漏らした。
うつむいた顔に、艶やかな髪がさらりと影を作る。
うーん。
疲れ果てた男ってのも、結構色っぽいもんだな。

しかし、どれだけ過激な銃撃戦やアクションの後だって、こんな姿は見たことがない。
たぶん肉体的にではなく、精神的に疲れたんだろう。
まあそうだよな。
基本的にコウは人とのコミュニケーションは得意じゃない。
なのに300人もの女の子と会話をしなけりゃならなかったのだ。
見た目そつなくこなしていたから、そうは見えなかったが、内部の疲労は激しかったみたいだ。

「お疲れさまー。はい、コウ。水」
「…ああ…、ありが…とう」
掠れた声でなんとか礼を言うと、長い手が差し出される。
オレは水の入ったコップをその手に持たせてやった。
コウは一息に水を飲み干して、それからオレの顔を仰ぎ見た。
疲労がにじんだ顔が、フッと緩む。
安心したような無防備な表情に、吸い込まれるようにオレはコウの上にかがみ込んでいた。

唇が触れるだけの、軽いキス。

いけね。思わずやっちゃったよ。講堂なんかで。
誰も見てはいなかったと思うけど、どこでもいつでもすぐその気になっちゃうクセは、どうにかしないといけないかもな。

「毎年やっているわけ? これ」
「今年で4回目…」
空っぽになった広い講堂をオレは見渡す。椅子だけがずらっと並んでいる風景は、なんとなくつわものどもが何とやらって雰囲気だ。
「大変だなあ。いやあ、実感したよ」
「…うん。でもこういう方法をとるようになってから、大分楽になった。最初は大変だった。どうやってお返ししようとか。業務に差し支えるのは困るし」
そう言ってコウは、ニッコリと笑った。
「でも仕事にしてくれて助かった。これなら全員にちゃんと返事が出来る」

うん…。
コウは仕事が好きなんだよな。
オレは思わず女の子達に言いたくなってしまう。
確かに今日、コウは仕事としてやったけど。
でもコウは仕事をするのが好きだ。たとえどれだけ疲れたって、それでもコウはやりたくてやったんだ。
少し方向性はずれているかもしれないけど、あのキャンディーには心がこもっていたと思う。

「さて…」
コウは椅子の上で軽くのびをした。
「あと一仕事…」
「えっ!?」
オレはギョッとして目を見開いてしまった。
これで終わりなんじゃないの? まだ何かあるわけ?
オレの様子に気付いたのか、コウは眼を細めて薄く笑った。
ぐぐぐっ。その表情は意地悪に見えるぞ、コウ。
「18人、今日は来られなかったから、その分は郵送で送るんだよ。だから宛名書きと梱包作り。寮に帰ってからやる」
あ…ああ。
オレはちょっと力が抜ける。
18人。18人ね。
ふう。300人に比べたら、何だそれくらいって感じだよな。
二人でやればあっという間…。

「その前に香澄。ここの椅子を片付けて掃除だ」

もちろん手伝ってくれるんだろう? とコウの瞳は言っていた。
手伝う…手伝うけどさ。でも。
300あまりの椅子を今から片付けて、更に掃除〜っ!?

オレは完全にガックリと膝を折ってしまった。

 

 

「終わった、終わったーっと」
やっと宛名書きと梱包が終わり、オレはうーんとのびをして、そのまま床にひっくり返った。
ちなみにここは、独身寮のコウの部屋だ。
「なんか身体がボキボキ言ってる」
首とか肩とか腰とか、妙に凝ってる気がするなあ。いつもと違う感じで色々動いたせいかもしれない。
「お疲れさま。コーヒーでも入れよう」
女の子との会話の後はあれだけガックリ疲れていたコウは、今はすっかり元に戻っていた。
精神的な疲れだもんな。日常に戻れば復調するか。
でもオレはめったに見られない、疲れ切ったコウってのもよかったなあ、なんて思い返していた。

「ところで、香澄はお返しはしないのか?」
コーヒーを差し出しながら、ふとコウが聞いてくる。
「へ? え、ああ、そうだねえ」
オレはボーッと答えにならない返事を返した。
うーん、お返しって言ってもなあ。もう誰からもらったか忘れちゃったよ。雅ちゃん他交通課の人達からもらったのは覚えているけど。
外からも幾つか来たみたいだけど、コウみたいにきっちり調べたりしなかったもんな。
オレはコーヒーを啜りながら、うーん、と唸った。

「チョコくれるのは好意からだよねえ」
「そうだな」
「まあ義理もあるわけだけど。義理でお返しされても嬉しいかなあ」
黒羽は眉をひそめた。
「それは僕の行動を非難しているのか?」
「いやいや、違うって。お返しに対する思いは人それぞれだし。だいたいコウは義理だとか言うより、もらったら返すのが当たり前だとどこかで思っているわけなんだろ? 信条ってヤツ? まあお返しは大人のおつきあいの基本だけど」
「何が言いたい」
「えーと、要するに。オレは本当に返したい人だけにお返ししたいと思っているわけ。仕事上のつきあいならともかく、愛の告白のお返しだもん」
「…なるほど」
どこか釈然としない風ではあったが、コウは頷いた。

「だからさあ…」
いきなり被さって、コウにキスをする。
座ったまんまだと高さが足りないから、オレはどうしても膝立ち状態になるけど(畜生)まあそれは置いといて。
少し乾いているけど、柔らかくて気持ちいいコウの唇を、軽くついばんで、舐めて離れる。
コウはちょっと驚いたように目を開いていた。
うん、そういう不意をつかれた顔、オレ好きなんだよな。

「香澄?」
サッパリ解らないという顔をしている。
いや、オレからのいきなりキスは慣れていると思うけど(講堂でもいきなりだったし。いつでも突然したくなっちゃうんだよな、オレッてば)
『だからさあ…』
がキスに繋がる流れが理解できなかったらしい。
という訳でオレは、もうちょっと濃厚なキスをすることにする。
ついでにワイシャツのボタンなんか外しちゃったりして。

「…待て」
解らないながらも、いい感じでキスに応えていたコウが、ボタンを外そうとしたオレの手をつかんだ。
「もしかして今していることが…お返しか?」
「うん。だってコウ、オレにチョコくれたじゃん」
「あれはバレンタインのチョコじゃないぞ。香澄が欲しいと言うから買ったんだ。バレンタインは女の子がチョコをあげる日だろう? 僕にお返しなんて必要ない」
「コウは必要だからお返しをするんだよな。でもオレは、したいからするの」
「だいたい今していることがお返しになるのか?」
「あたしがプレゼントって、よくあるパターンだけど」
「香澄は男だ」
「女からこうされたいわけ?」
「……」

ヤッタ、黙った。
論理は既に本筋から外れて行きつつあるが、コウは気付いていない。
エッチになだれ込むのに二人の気分がバラバラな時は、黙らせたほうが勝ちなのだ。(なぜ勝負?)
女の子から迫られても困るよなあ、コウ。
だってコウはゲイなんだから。
じわ〜っと幸せ気分が湧き上がってくる。
コウがゲイでよかった。
だって、どれだけモテたって、最後にはオレがコウを独り占めできる。
「何を笑っている」
ジロリと睨まれたが、こういう流れで睨まれても全然怖くない。
むしろ、あ、理屈で反論することやめたんだ。じゃあ押し切っちゃってもいいかなあ。なんて思ったりして。

脚の間を膝でじりじりと割っていく。
次第にコウが屈服していくのが解った。
力が抜けて、オレの侵入を許していく。

う〜ん。オレに押されて、だんだん身体を開いていく姿って、すごく燃える、っていうか、そそるよな。
色っぽいって言うか、淫靡って言うか。どーにも我慢できない。
無理矢理っての、もちろんオレは別に好きじゃないけど。
本気で嫌がっている訳じゃないこういう場合は、男の征服欲が満たされる感じっていうのか?
がばっと押し倒して白い肌を味わって、突っ込んで啼かせたい。
欲望を直撃する気分。
まったくコウは男の誘い方を心得てるぜ。
というか、無意識なんだよな、きっと。
他の男にはするなよって、時々思う。(かなり不安…)

「でも香澄…」
ん? まだ抵抗しますか? でも語尾が震えているけどな。
オレはもうかまわず、舌を首筋まで這わせて舐める。
「これはお返しと言うより…あっ…」
力が抜けたコウの身体をラグの上に押し倒し、シャツのボタンに指をかける。
「ただ香澄が…したいだけじゃ…ないのか?」
「うん、そう」
あったりまえじゃーん。
さっきから言ってるだろ、したいからするんだって。
「コウは、したくない? オレと…」
またオレは論点をずらす。
コウとつきあっている内に、そういうテクニックを覚えて来ちゃったぜ。
「…したい…と思うが…」
うんうん、そう来なくっちゃ。だってもうその気になってるよな。
オレはシャツのボタンを外しながら、コウの脚の間に手を伸ばした。
「…あっ」
「いい声。もっと聞かせて」
耳元で囁きながら、オレはコウの上に覆い被さった。
コウは、もう抵抗しなかった。 




「しかし…セックスがお返しというのが釈然としない」
「でもコウも気持ちよかっただろ?」
ラグからベッドの上に場所を移して一戦交えた後、コウがフッと呟いた。

まーだ言ってるよ。
というか、終わったから話を蒸し返したんだよな。
まったくオレなんて、エッチが終わるとほとんどの事がどーでもよくなっちゃうってのに。どうしてコウは違うんだろう。
もしかして……
「それとも…オレとのエッチ、あんまりよくなかった?」
「…いや、そんな事は」
コウは吃驚したようにオレの顔を見て、それから頬に朱を散らした。
あれっ。ここって恥ずかしがるところなのか?

「声…大きくなかったか? 僕は」
「大きかったけど?」
途中で口塞いだの解っただろ? それとも気付いていなかった?
ラブホテルならそんな事しないで、喘ぎ声を存分に楽しんじゃうとこだけど、なにせ独身寮だからな。
「すまない…。セックスの最中は、制御が…その。まったくきかなくて」
コウの顔がまた赤くなる。
「それは、えーと。よかったって事だよね? オレとのエッチ」
コウは黙って小さく頷く。
オレはちょーっとホッとした。
だってコウは経験豊富だからさ。オレよりエッチ上手い奴たくさん知ってるだろ?
オレは男はコウしか知らないし、ちゃんと気持ちいいのか、どこかで自信に欠けるところがあったりするんだ。
でもそうやって恥ずかしがってるって事は、一応合格って事だ。

ホッとすると同時に、コウの何だか初々しい反応に、再びオレは萌えてしまった。
なんだよー、もう何度もエッチしてるのに、感じてるのが恥ずかしいわけ?

しかしコウは、伸ばされたオレの手をスッと遮った。
「確かに気持ちはよかったが、でもいつものセックスだろう?」
あう…。その話、まだ続いていましたか。
仕方ない。オレは大きく頷いて言った。

「解った。じゃあただのセックスじゃなくて、特別サービスつけるよ」
「ええ? 香澄あのな…」
「要するにいつもやっていることでは、お返しとしては不十分って事だよな。だったら特別なエッチなら、お返しにならないか? オレも楽しいし、コウも楽しい。なっ。
そうだ、リクエスト受け付けるよ。コウ、オレに何して欲しい? …えーと、ディープスロートとか難しそうなことは要練習だと思うけど」
「結局、どうやってもセックスなのか…?」
あきれたようにコウは睫毛を伏せた。
「何する? コウはオレに何して欲しい? バレンタインのお返しなんだから、遠慮したり恥ずかしがったりしちゃダメだぜ。えーと、フェラチオがいい? それともコウの一番好きな体位でヤル?」

コウはしばらくの間考えていた。
あきれながらも、とりあえず真面目にオレの申し出を検討する事にしたらしい。
オレは黙ってコウの答えを待った。
うん、こういう時は少し待つのが楽しい。
普段ほとんど自分の要求を言わないコウが何を求めてくるのか、オレは知りたいのだ。

少し黙った後、コウは上目遣いにオレを見上げると、フッと息を吐いて呟くように言った。
「……抱いて…欲しい」
「普通のエッチ?」
「そうじゃなくて…」
コウは下を向いた。
ありゃ、そうとう恥ずかしいことらしい。どんなプレイさ、それは。
……などと思った次の瞬間、オレには解った。

「コウ…」
オレは手を伸ばしてコウの背中にまわし、そのままぐいっと引き寄せて抱きしめた。
汗が乾いて少し冷えた肌に、コウの体温が暖かい。
少し下を向いたままのコウの身体を、ただ抱きしめる。
それ以上なにもしないで、ただじっと抱きしめる。
抱きしめられた瞬間、コウは束の間体を硬く緊張させたが、それからゆっくりオレに身体を預けてきた。
目を瞑って、呼吸が緩やかに吐かれて。
オレの腕の中で、コウの身体が溶けていくのが解る。
オレはちょっときつめに、ギュッとしてみた。
「ん…」
小さな吐息と共に、コウの身体が完全に密着する。

何もしないで、ただ抱きしめるだけ。
コウがして欲しいこと。
オレの腕の中で、コウは小さな子供みたいだった。

どんな過激なセックスしたって、全然平気なくせに。
ただ抱きしめてくれって言えないってのは、逆じゃないだろうか。
そんな風にも思うけど。でも。
甘えること自体が恥ずかしいんだよな。子供みたいになっちゃうしさ。
だって、エッチだったらコウはそれこそオレなんかより何十倍も、相手をよくさせるテクニックを持っている。
そのテクニックを全部放棄して、ただ相手に寄りかかって抱きしめてもらうこと。
無防備に自分を相手に預けてしまうこと。
コウにはきっとひどく難しいだろう。
年下のオレに要求すること自体も、恥ずかしいのかもしれない。

ああ、畜生。オレは、早く大人になりたい。
もちろん年齢的にはもう成人だけど。
でも、そうじゃなくて。
コウをこんな風に抱きしめて、充分安心させてやれるような、大人になりたい。
年を重ねれば大人になれる訳じゃない。
でも一足飛びにも大人にはなれない。
だからオレ、頑張るよ。
出来るだけ早く大人になるために。
余裕でコウを甘えさせることが出来るような大人になるために。

コウを抱きしめるために頑張るなら、きっと楽しいと思う。

……しかし。
やがてオレはコウの要求の難しさに気がついてきた。
いや確かに、今のオレには大人の余裕はほとんどありませんが。
でもまあコウがそれでも少しは安心して抱きしめられているみたいだから、今はそれで仕方ないとして。
そういう問題じゃなくて。もっと実際的な。
えーっと…。

だってさっきから、ずっと身体が密着してるんだぜ。
このまま穏やかーな気持ちになれって方が、無理なんじゃないでしょうか。
一回終わったからね、そりゃまあ短時間は何もせずに抱きしめてもいられるけどさ。
でもオレ、基本的にコウに欲情してるし。
こう、ぴーったり密着してたら、反応するなって……。
難しいーっ。

ああっ。
そういう所でも早く大人にならないといけないのかな。
当分無理だよな。身体若いし。
どうしてもムラムラしちゃうし。
も、もうダメかも。えー…と。

オレの腕の中で、コウがスッと笑ったのが解った。
やっぱバレバレだよね。男の身体は正直だからなあ…あああ。
「香澄…ありがとう」
「う…うん、ごめん。短時間しかできなかっ…うっ」
コウの手がオレの脚の間を探る。
勃ちあがっているものに指を這わせて、コウの身体に押しつけるようにして刺戟する。
き…気持ちいい。
「今度は僕からのお返しだ」
「…えっ? オレのがチョコのお返しだろ? だからそれにお返しってのは変なんじゃ」
「じゃあいらないのか? 香澄は」
「えーっと…。えーっと。それは〜…」
もちろん続きはしたいけど。
ええい畜生。コレってさっきオレがコウにかました論理のすり替えそのままじゃないか。大体こういうお返しを、理屈にあってようが無かろうが、オレが断るわけないだろっ?

「最初に言った。僕のチョコはバレンタインのチョコじゃない。僕にお返しは不用だって。でも香澄は僕の要求に応えてくれた。だから、今度はそれのお返しだ」
コウの頭がオレの胸から、下の方に下がっていく。
「ん…うっ」
コウは存分に、オレの下半身に、持てるテクニックを公開してくれたのだった。

END

おまけエピソード