6月のキス
人工地下都市「砂城」に降る雨は、すべて予定だ。
予定表は一応出ているんだけど、なにせ普段降らないもんで、オレはかなりの確率で雨の予定を忘れる。
そういう単純な理由で、今日オレはずぶ濡れになっていた。
「香澄…。せめて6月だけでいいから、予定を見ればいいのに」
オレの相棒で恋人の、黒羽 高が、少々あきれた声でバスタオルを放って寄こす。バスタオルは放物線を描きながら、計ったようにきっちりオレの手元に届いた。
「一歩も動く必要ないんだもんな…」
コウの空間感覚って、どうなっているんだ、と時々思うよ。
「なんだ?」
「あー、いや、コウって野球選手とかになっても、よかったかもしれないよな…」
「どうして?」
「だって、思ったところにピッタリ投げられるだろ?」
「できるけど……」
コウは不思議そうな顔をこちらに向けた。
「誰だってできるだろ?」
「できません!」
オレはキッパリと言いきり、大きく首を振る。
「こういうのはね、たゆまぬ練習が必要なの。それも、才能がなかったらなかなか上手くいかない。いい? コウは恵まれてんだよ」
コウはしばらくの間、妙に眩しそうな表情をしてオレを見ていたが、ふいっと近寄ってきた。
「おっ…。おおっ? なに?」
まったく予備動作無しに、音もたてずに動くから、大抵オレはギョッとするんだけど、コウはそのまま腕を伸ばすと、オレの手からバスタオルを取って頭に乗せ、ごしごし擦り始めた。
「香澄、身体を拭かないと風邪をひく」
「あっ、うん。解ってる。…いいよ、オレ自分でやるから」
バスタオルで完全に視界を隠されてしまった状態で、バタバタと手を動かす。
だ、だって。
コウは気にならないんだろうけど。
濡れた頭を上からバスタオルでごしごしされるって構図、オレが子供みたいじゃないか。
気にしすぎなのは解ってる。
でも、常にオレはどこかで、コウの上手でいたいと思っているのだ。
そんなこと滅多な事じゃ出来ないって解っているから、余計そう思う。
コウはオレより背が高くて、年上で、仕事上の先輩で……。
でも。それでもオレが、コウを護ってやりたいんだ。
形だけでも、子供みたいには扱われたくない。
そう思って、バスタオルのカーテンをかき分けた瞬間だった。
コウの顔がびっくりするほど近くにあって…。
オレはボーッと見とれた…と思っていたんだが。
すげー綺麗だな、とか思いながら、オレはその綺麗な顔を自分に引き寄せていた…らしい。
気がついたら、バスタオルをかぶったままの、キス……。
唇の柔らかい感触。
コウの甘く湿った息。
バスタオルのせいで、ほんの少し閉じこめられたような、狭い秘密の場所にいるみたいな、不思議な気分。
ふんわりと、オレって幸せだなよな、って気分がただよう。
だって、コウはオレのだ。
形のいい唇も、甘い舌も、オレの胸にかかっている長くて白い指も。
全部オレのもの。
一目惚れで、初恋で。追いかけては来たけれど、男同士だし。
恋人になれるとか、可能性ですら考えることさえ避けてきた。
なのに今、こんな風にキスできてる。
このまま抱きしめて、熱い身体を味わうことだって出来るんだ。
たぶんコウは、拒否しないと思う。
唇を離したコウの瞳は、誘うように潤んでいたから。
でもコウは、ひっそりため息をついて、小さい声でささやいた。
「どうして…。素直に身体を拭かないんだ。風邪ひくって言ってるのに…」
「うん、そーだね。ごめん」
「最初から濡れなきゃいいんだ。香澄が雨の予定を見ないから…」
バスタオルの内側で交わされる言葉は、こんな内容なのに、甘ったるく響く。
「雨に濡れたオレ、色っぽくない? ほら、えーと。水も滴る…ってヤツ」
「色っぽいよ。シャツが透けて、目に毒だ」
そう言ってコウは、バスタオルの下からスルリと抜ける。
おっと、今のは冗談の一種かな?
コウにはほとんど遊び心みたいなのが無くて、冗談とかも言わないんだけど。
でもオレがふざけた時は、なんとなく返してくるようになった。
最初は通じなくて首を傾げられたりもしたんで、そういうさりげない会話ができることも、オレは嬉しかったりする。
しかし、さすがにおふざけが長すぎたらしい。マジに寒くなってきた。ぶるっと身体が震える。
いかんいかん。ホントに風邪ひいたら、イイこともイケナイ事も出来ないぞ。
オレは慌てて頭のバスタオルを取ると、上着の布地の玉になった水を払い落とした。
いやあ、スーツってすごいよね。上着にかかった分は、水染みこんでないや。
さすが日本のサラリーマンが、夏でも冬でも雨でも晴れでも、毎日袖を通す服だよな。
汗にも負けず、雨にも負けず。
全天候対応性能ハイレベル。
上から下までずぶ濡れになった割に、どうということは無さそうだ。
もっとも、中に着ているシャツは、コウの言うとおり濡れてスケスケになっていたけどな。
シャツには撥水性は無いから仕方ない。
オレはその場で全部脱いで、上から下まで身体をぬぐった。
「香澄……」
ほかほか湯気が出ているコーヒーを運んできたコウが、何やらあきれたようにこちらを見つめた。
「いきなり全裸か」
「えー? コウの部屋だし、見てるのコウだけだし、いいじゃん」
身体を拭きながら、オレはコーヒーに手を伸ばした。
コウはわざとらしくため息をつきながら、オレが床に放り投げた上着やらシャツやらパンツやらを拾い上げ始めた。
あ、床がびしょびしょ。
もしかしてそれが、あきれた原因か?
「えーと、6月だけでも予定を調べろって、どうして?」
もう一枚、乾いたふかふかのバスタオルを身体に巻き付けながら、何か言いたそうなコウを遮るように、オレは話題を変えた。
思惑通り、コウはそれに乗る
「梅雨だから、雨が多いだろ? 調べておいた方がいいじゃないか」
「梅雨?」
ホントにフツーに、当たり前みたいにコウは言ったが、オレはせーだいに首を傾げてしまった。
「えー? 梅雨って。…そりゃまあ6月は上では梅雨の季節だけど」
「ああ、上でも梅雨の季節なんだ」
「上でもって…。上が梅雨なんだよ。でも砂城は地下都市だろ? 梅雨、関係ないじゃん」
コウはオレが何を言ってるかまったく解らない、という表情をした。
「……砂城も梅雨だよ?」
「待て待て待て。ちょーっと待てよ。コウが言ってることと、オレが言いたいことは、根本的にズレてると思うぞ」
「どの辺が?」
「あー、えーと。コウが言いたいのは、つまり。砂城は梅雨の季節には、雨をいつもより余計に降らせますって事だよな?」
コウは、大変素直に頷いた。
「ああ、通常は一ヶ月に1回、雨を降らせるくらいだけど、6月はその回数が増える。決まった日じゃなくて、年ごとに変わるから、5月の終わり頃に出る予定を確認しておいた方が便利だ」
オレが、その予定を確認し忘れたために、ずぶ濡れになったことを思いだしたらしいコウが、オレの方をじろっと睨む。
「まあまあ、その辺りの砂城の事情はともかくだな。オレが言いたいのは、砂城は地下都市なんだから、上が梅雨の季節だからって、地下に余計に雨を降らせる必要はないんじゃないの? という疑問だな」
「疑問…なのか」
「ああ、だってそうだろ? 雨なんて降ったらこのザマになることもあるし、面倒くさいじゃん。まあ時々は水分を空気に含ませた方がいいんだろうから、まったく降らせないってのも支障があるんだろうけど。
それにしても、いつもの通りでいいなら、6月に特に増やす必要は、オレは感じないけどね」
「梅雨だから……」
途中まで呟いて、フッとコウが考え込む。
うん、生まれたときから6月には雨が増えていたんだろうから、コウには今さら当たり前すぎて、何も考えたこと無かったんだろうな、って思う。
そして、オレはこんな風に考え込んでるコウの顔が、とっても好きだった。
視線は下に落ちて、黒い瞳に長い睫毛の影が落ちる。
額には艶やかに黒い前髪が無造作にかかって、大変色っぽい。
その髪をかき上げて、白い額にキスして。
メガネとって、瞼にもキスして…。
妄想の途中で、コウは顔を上げた。
バッチリ真っ正面から視線が合って、オレは一瞬たじろいだ。
コウの唇の端に、薄く影が作られる。笑った…らしい。
「な、なんだよ」
「香澄、なにかイヤらしい顔してたぞ」
「えっ? えええっ?」
そんな。イヤらしい顔だなんて失礼なっ。妄想では、まだ服すら脱がせていないのにっ。
……って、全裸なのはオレの方じゃん。
「コウ、えーと…。何考えてたの?」
「香澄こそ、何考えてたんだ」
「し…質問に質問で返すって、どうだよ」
「寒くないのか? 香澄」
「濡れたところは全部拭いたし、部屋は寒くないから別に…って、ええーと…」
コウの瞳が妙に潤んでいることに、オレは気付いた。
「香澄、忘れているようだが、僕は男だぞ」
「え? あ、うん」
「風邪ひくと思って、キスの時は我慢したのに…」
オレの裸の胸を、コウの指が這う。
「他人ならともかく、恋人が目の前で裸になってて、手を出さない男がいるか?」
えっ!?
オレの頭の中は一瞬、真っ白になってしまった。
手を出す? ってどういう意味?
確かにコウの手はオレの胸にかかってるけど。
というか、胸から腹筋に下っていって、更にそこから下へ…。
……って。ええっ?
手を出すってそういう事っ?
「コ、コウ、あのさ」
「なに?」
完全に甘ったるくなったコウの声が、耳に吹き込まれる。
コウの唇が、耳から口元へ、更に首筋へと下がっていく。
オレはびっくりした後、妙にうろたえてしまった。
考えてみたら、その通りだよな、とは思う。
オレだって、部屋で恋人と二人っきりでいて、その恋人が裸だったら…。
そりゃー確かに手を出すわ。
出すけど…。でも今は。えーと…オ、オレが出される方?
そっか。男同士の恋人だと、そういうことがあるのか。
コウからせまられることだって何度もあるのに、オレが手を出される方になるって、な、何か頭から抜け落ちてたよ。
だって。いや、その。
別にコウのこと女だと一度も思ったこと無いけど。
でもセックスの時はコウの方が女役だから。
基本がヘテロなオレは、つい無意識のうちに、手を出すのはオレの方だって気でいるんだよな。
でも、コウも男なんだから。
オレの裸を見たら、ムラムラしちゃうって事だよな。
アホなオレは、そういうつもりがあって脱いだ訳じゃなかったんで、ちょっと動揺しちゃってるけど。
でも、男の前で裸になるって事は、性的に挑発するって事で。
他人ならともかく、オレは恋人なんだから。そのオレがゲイのコウの前で裸になったら、手を出されちゃうのは当然で…。
えーと、えーと…。それは…嬉しいって言うか。
確かに、う、嬉しいんだけど。
オレが手を出されちゃうってのは、やっぱり…なななんか、変な気分だよーっ。
とかオレがウロウロしているうちに、コウはのしかかってきた。
うわーっ。コウの顔のアップって、メチャクチャ迫力なんですけど。
「香澄……」
ピンクの舌が、すうっと唇を舐める。
白い肌が上気して、うっすらと色が付く。
すげー色っぽい。
「なんだ。キスしたあと裸になったから、僕を誘ってきたかと思ったのに」
「ああう…」
「違うのか。梅雨の話なんか始めるし」
「ご…ごめん」
「そのくせ、いつまでも裸のままで」
コウはオレの上にのっかったまま、口元だけでフッと笑った。
「僕の前で、そんなに無防備でいいのか」
そんな、ちょっと待って。
この展開、昔、女友達から借りて読んだBL小説みたいだぞっ。
ていうか、そのノリだと、オレが受けっぽい。
確かに今、手を出されちゃってるのはオレの方だし、オレはまだ体勢整ってないってーか。
コウ、早い。早いってば。
コウの指がオレのあそこに絡みつく。
「うひ〜」
思わず声が出てしまった。
「変な声だすなよ」
「だだ…だって。これじゃ。オ、オレが…やられちゃうみたいで」
「やられちゃうのも覚悟の上、みたいなこと、前に言ってなかったか?」
「言ったけど……ほ、本気?」
「本気って言ったら、どうする?」
言いながらコウは、キスをしてきた。
甘い唇と舌に、頭が痺れ始める。
「ん……んん〜」
「うん? それ、返事? 香澄」
「ああ……。返事っつーより。もっと…」
オレはコウの唇を、今度は積極的に味わった。
下を触られると気持ちいいのは当たり前だけど。キスして気持ちいいのって、ちょっと違うと思う。
これ…きっと。
恋人だから、感じるんだ。
好き…だから。
好きだから、舌も唇も。どこに触れても気持ちいい。
こんなに…感じる。
目を瞑って、舌で口の中を探っていくと、コウがぞくりと震えるのが解った。
「あ……」
コウの吐息が漏れる。
「ダメだ…。香澄…そんな…」
コウがなに言ってるのかよく解らないまま、自分が感じるところを探して舌を絡ませ続けていたら、急に上に乗っていた身体の力が抜けた。
「うう…ん…」
キスすらも出来なくなったみたいで、息を吐いて、ぐったりオレの上に倒れ込んでくる。
オレはコウの下から少し抜けて、半身を起こした。
けど、コウはそのままズルズルと下に落ちていく。
「コウ?」
「んん……。香澄…」
「どうかした?」
「気持ち…いい」
「ええっ?」
コウはうっすらと瞳を開けて、困ったようにオレを見上げた。
「香澄…。キス、上手くなったな」
「あ……。ほ、ホントに?」
「力…抜けた。起きられない…」
うっそー…。
オレはポカンと口を開けてしまった。
確かにオレも気持ちよかったけど。
だから、その気持ちよさをどんどん追いかけていたわけだけど。
ダメだ香澄…って、言ってたけど。あれって、気持ちよくてどうにもならなくなってたって事?
キスだけでイクって、あり?
でも、上手くなったとか言われたけど。オレ、どうやったのかよく解ってないんですけど。
ただ夢中で、気持ちよかったから…。
「コウ、オレがキス上手くなったって言うよりさ」
「…うん」
「好きだから、気持ちよかったんじゃない?」
「好き…だから?」
「ああ。そりゃまあオレも、少しは上手くなったのかもしれないけど。ていうか、ぜひそうだと思っておきたいけど。オレも、すごく気持ちよかったからさ。
それは…すごくコウのことが好きだからだと思う」
「僕のことが…好き?」
オレは大きく頷く。
「キスってさ。好きだから、気持ちいいんだよ。きっと……」
「好きだから…」
コウはうっすらと眼を細めながら、木霊みたいに繰り返した。
「うん、そう。だから、恋人同士しかしないんだ。あそこは誰が触っても気持ちよくなっちゃうけど、キスはコウが好きだから気持ちいいんだと思う」
「そうか…それは、いいな」
「コウ?」
「僕は香澄が好きだから、こんなに気持ちいいのか…」
「そうだろ? そうだよな、コウ」
「うん。好きだから、気持ちいい。うん…そうだな。僕は香澄が好き…」
長い睫毛を伏せて、コウはゆったりと繰り返す。
繰り返される「好き」はとても甘い。
オレは再び、幸せな気分がふんわり膨らんできた。
「なあなあ、もう、手を出さないの? コウ」
「出したよ。そしたら、返り討ちにあった」
「えー? コウはそれでお終いでいいのか?」
「だって……」
言いかけてコウは、いきなり笑った。
視線は、オレの裸の下半身に向けられている。
「キスもいいけど。やっぱり下の方も、どうにかしなくちゃダメなんじゃないか」
そりゃー、そうでしょ。
オレは唇を尖らせる。
軽くだけど、その長くて器用な指で弄られて、濃厚なキスまでしちゃったんだぞ。
それで勃ってなかったら、男じゃないってーの。
「下の方も、コウが好きなんだよっ」
「ソレは誰が触っても気持ちいいって、さっき言ったじゃないか」
「でも、実際触ったのはコウだろ?」
「確かに」
頷いてコウは、寝そべったままオレの勃ちあがったモノを握って、舌を這わせ始めた。
「コウ…う…」
「立てないから、口でする」
根本から上に向かって、ねっとりと舌が這い回る感触。
唇が開いて先端からゆっくり呑み込まれていく感覚。
アイスキャンディーをしゃぶるみたいに、舌と唇が蠢く。
あまりにもエロくて、気持ちよくて、あっという間にオレは口がきけなくなってしまった。
「ああっ…はあっ……」
コウの唇の動きに合わせて、荒い息だけが吐き出される。
「コウ…す、すげ……。んん…」
多分オレの、コウの中で大きくなってる。
快感を求めて勝手に腰も動いちゃってるから、きっと苦しいんじゃないかと思うけど。
それでもコウの舌と口腔は、オレのに吸い付いて。
まるで、そういうことをする為の器官みたいに、蠢き続けた。
一番好きな人が、脚の間でオレのを咥えてしゃぶってる…。
唾液の滴る湿った音が、更にオレを興奮させた。
コウとつきあう前、何人かの女の子とセックスしたことはある。
でも、口でやってもらったことはなかった。
だから、コウのが初めてで。
コウのやり方しか知らないけど。
これ以上よくなれるってことは…ないんじゃないかなって、思う。
ゾクゾクと、限界が近い感覚が身体を走る。
「ちょっとコウ…も、もう、いいから。もう、保たない。出…コウ……あっ…」
言い終わりもしないうちに、あっという間にオレはコウの中で達した。
「くっ……はっ…」
震えながら、コウの口の中に、残らず射精する。
コウはそれをしっかりと、全部受け止めてくれた。
「はあっ…。はっ…。はあ…」
一瞬の鋭い快感の後は、鈍いだるさと、ほんの少しの疲労感が身体を浸す。
「ああ…コウ。け、結局オレ、手を出されちゃったような…」
やられちゃった訳じゃないけど、ある意味やられちゃったかもしれない。
でもまあ。もう、なんというか。
こんなにイイなら、どっちが手を出したんでも、どうでもいいけどな。
終わった後も、少しの間コウはオレのをしゃぶっていたが、やがて緩やかに唇を開いた。
「気持ちよかった?」
「そりゃー、もう。最高」
「他のヤツがするより、気持ちよかったか?」
「えっ? えええっ? し、知らねえよ。だってオレ、コウにしか口でしてもらったことないもん。比較できないよ」
コウは一瞬、きょとんとした表情でオレを見上げたが、すぐに、ああ…、と小さく呟いた。
「なんだよー。オレ、コウより年下だし、経験値低いのは仕方ないだろ? ていうか、いいじゃん。コウにしてもらうのがすごく気持ちよければ。他のヤツは関係ないだろ?」
と、ちょっと自分の立場と置き換えた気分で言ってしまう。
だってさ、コウは経験値高いわけだから。絶対オレよりセックス上手いヤツ知ってるだろ?
比べられたくないじゃん。そーいうの。
「そうだな……ごめん」
なんだかひどく素直に、コウが謝った。
「他の人を知ってても、知らなくても、関係ないな」
「うんうん、そーだよ」
「香澄とのキスが、とても気持ちよかったから」
「う…うん?」
「キスが気持ちいいのは、僕が香澄を好きだから、なんだろう?」
「うん…」
「それなら僕がすることも、香澄にとって一番気持ちよかったらいいな、と……。そう思っただけなんだ」
「コウ……」
「誰が触っても気持ちいいのかもしれないけど。僕が触るのが一番気持ちいい。そうだったらいいなって」
「……」
「でも、他のヤツとか…。関係ないな。今は、僕だけだ」
コウの言い方だから、妙に淡々と聞こえるけど。
でもオレは、なんだか感動してしまった。
だってオレは、いつだってコウが一番で。微塵も揺らいだことがないから。それは当たり前で。
あんまり当たり前だから、コウもそう思ってるって勝手に決めてた気がする。
オレにとって、コウが一番なのは当たり前。
でも、逆はきっと違うから。だからオレはコウの一番になれたらいいのにって。いつでも思ってた。
でもコウが言ったのって、オレの「当たり前」の逆バージョンじゃん。
コウは今、オレの一番になれたらいいなって、そう思ったって事だろ?
自分の事を香澄が一番好きであってくれたらいいなって、思ってくれたって事だろ。
なんか…。すげー嬉しくないか?
いや、ないか? じゃなくて。嬉しい。
オレ、すごく嬉しい。
オレ達、両思いって事だよな。
オレはもう、どうしていいか解らなくなって、コウの頭を、ぎゅーっと抱きしめてしまった。
「か…香澄?」
「一番に決まってるじゃん。他の誰を知らなくても、知ってても、関係ない。コウしかいないし、コウだけでいいよ」
「香澄のペニスを舐めるのは、僕だけ?」
「ちょっと。いい雰囲気なのに、そっちに話持っていくなよ」
「そうか? 僕は少し嬉しいな。僕、専用なんだろう?」
「ああう〜……」
確かに専用だけど。あまり言われると、経験値低いことを連呼されてるようで、ビミョ〜な気分がする。
なんかその辺りが、男と女の違いだよな。
別に経験人数が多いか少ないかなんて、どうでもいい筈なんだけど。
なんで男だと、少ないことがダメみたいな気分になっちゃうのかなあ〜。
オレみたいに、他のヤツとなんかしたくない。コウだけしか欲しくない。
って男でさえ、そこはかとなく、声高には言われたくないって思うわけだし。
不思議だ。
「コウ、起きられないなんて、嘘だろ?」
「うん? 今はもう立てるよ。でも、さっきは本当に、一瞬力が抜けた」
「マジで? 大げさに言ってるんじゃなくて?」
「嘘をつく必要が、どうしてあるんだ」
そう言いながら、コウはオレの顔に手を伸ばした。
オレは上から被さる形で、もう一度キスをする。
今度は軽く、唇を舐めて離れるだけの、キス。
そんなキスでも、オレはメチャクチャ感じた。
触れたところに、熱が残る。
コウがふわりと溜め息をついた。
「香澄……やっぱりキスが上手くなった」
「違うよ」
「だって、すごく…」
「コウがオレのこと、好きだからだよ」
コウはもう一度、ひどく眩しそうな顔をしてオレを見上げた。
「なあ、コウ。あのさ…」
「なに? 香澄」
「オレとのキスがそんなに気持ちいいなら…」
「いいなら?」
「コウの唇は……。オレ専用にしない?」
コウは一瞬、目を見開き。
それから笑って、うん、と小さく頷いた。
END
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