バースデースクランブル
「誕生日プレゼント何がいい?」
そう聞いたら、コウの奴
「いらない」
って答えやがった。
そのため白鳥は、少々機嫌が悪かった。
いらないって事はないだろう?
せっかくオレがかなり高いものを口に出されても大丈夫なように、何ヶ月も前から貯金してたって言うのにさっ。
ぶーぶー。
オレはね、そういう誕生日とか記念日とか、大切にしたいタイプなのっ。
女と違うから花とか宝石とかには興味ないだろうし、服をあげても喜ばない事は知ってる。(黙って着るだろうけどな)
中身が解らないプレゼントっていうのも楽しいかもしれないけど、やっぱり相手の喜ぶ顔を見たいじゃん。
そう思ったからこそ、わざわざ聞いたのだ。
よーし解った。
コウがその態度なら『オレが好きなもの』を買ってしまおうじゃないか。
そんで、絶対受け取って貰う。
いらないと言えないものを買ってやるぜ!
という訳で、誕生日当日、白鳥が可愛ーいリボンを付けて差し出した包みの中には、とんでもないものが入っていたのだった。
デザートイーグル50。
イスラエル製オートマチック。
50マグナム。装弾数7発。
全長260ミリ。重量2キロ。
要するに世界で一番でかい拳銃だった。
「か、香澄…?」
「誕生日おめでとう、コウ。これ、プレゼント♪」
いやあ、砂城って所はやっぱりすごいね。こんな銃も(もちろん弾も)あっさり手に入っちゃうんだもんな。ホントにここは日本かよって、時々思う。
「プレゼントはいらないって言わなかったか?」
「オレはあげたかったの。いいじゃん。使えれば役に立つぞ。なにせ威力は絶大。これに弾を込めればジャンクだって一発でやっつけられるかも」
「……」
ジャンクの言葉に、コウはしげしげとデザートイーグル50を見つめた。
ふっふっふ。ジャンクをやっつけられるってセリフにコウが弱いの、オレ知ってるんだ。
「せっかく買っちゃったんだし、試し撃ちしてみれば?」
「…ああ」
ほらほらほら。もう心が動いてる。
試し撃ちしちゃえば、いらないとは言えなくなる。
そうなればオレの作戦勝ちだった。
「う、うん…」
あーあ、しっかり握っちゃって。オレもちょっと銃マニアだけどね、コウも銃に目がない事は知ってるんだ。
そりゃあ拳銃で人を撃つのは、オレだって嫌いだ。
でも、それとこれとはちょっと違う。
威力があるもの。
強いもの。
男だったらこの魅力には逆らえない。
コウもそういう所は男だよな、なーんて思ってしまった。
西署の射撃練習場で撃つ事にする。
へへへ。これを実際に撃つ所を見るなんて経験初めてだぜ。
片手撃ちを信条とするコウも、さすがにこの怪物は両手で保持する。
オレもゴーグルとイヤープロテクターをつけ、完全装備で見学した。
『50弾撃つんだって?』
なーんて嬉しそうに言う里村恵美技官のご厚意で、的もちょっと用意させて貰った。
いつもの射撃練習だと人体のどこに当てるかの命中精度が問題なので、人型のターゲーットペーパーがあるんだけどね。
この場合は威力を見るだけなので(それにコウなら、いつだってど真ん中ヒット間違いなしだしさ)コンクリートブロックを的にしてみた。
コウがキョーレツでかい化け物のようなスライドを引いて、初弾を装填する。
うわあ…ドキドキ。
コウの指がトリガーにかかり、ゆっくりと絞る。
次の瞬間イヤープロテクターをしてても、思わず肩をすくめてしまうくらいの大音響が辺りに鳴り響いた。
「うわっ、何ーっ!?」
もちろんその音の殆どはコンクリートブロックが弾けた音だった。
「………」
粉々かよ…。
噂には聞いてたけど、すごい威力だった。
コウも驚いたように手元の銃を見つめる。
「見た目より反動はマイルドだけど、でも威力は確かにすごいな。ただ、使いこなせるかどうか」
使い…こなすつもりなんですか、やっぱり。
まあ銃は確かに飾り物じゃないけど。
コウはその後色んなものを的にして30発ほど撃った。
人体を模したゼラチンの的もぐしゃぐしゃだし、ふざけて置いたスイカは一瞬で弾けて無くなってしまった。
「すげえ〜…」
「いや、掃除が大変だ。スイカはやめればよかった」
「掃除とかどうでもいいじゃんっ。コウ、オレにもちょっと撃たせてくれよっ」
「いいが」
すっかり熱くなった拳銃が、マガジンを抜かれて無造作に手渡される。
うっ…さすがに重いぜ。
「的がもう無いから一発だけだな」
「えええー? そうなのか。つまんねえの。コウくらい撃ちたかったな」
オレはちょっとふざけて唇をとがらせてから、改めてイーグルを構えた。
マガジンを装填し直して、一発チャンバー内に入れる。
反動はマイルドだとコウは言ってたけど、しっかり保持しねえとやっぱり怖いよな。
オレは充分注意しながらがっちりと両足を開き、そして引き金を引いた。
「で…それきり香澄が口をきいてくれなくて…」
黒羽は歯切れ悪く言うと、目の前でニコニコ笑っている男を、上目遣いでチラリと見つめた。
「そういう相談をボクにしてくれるわけ? 嬉しいなあ」
古いビルの一階にある喫茶店の隅の席で黒羽と向かい合い、ご機嫌でニコニコしている男は、名前を松本一彦と言った。
年齢は四十そこそこくらいだが、年より老けて見える。
職業はイマイチ何をやっているかよく解らないのだが、雑誌編集みたいな事をメインでしているらしい。
実は黒羽は、少々この男が苦手だった。
けっして嫌いではない。松本は立派な社会人だし、常識もある。
何か彼から不愉快な事をされた覚えもないし、むしろ好意を抱かれている事も知っていた。
しかし、苦手なのだ。
たぶん彼と、まだどう距離をとっていいのかが、よく解っていないのだろう。
松本一彦は誰に対しても非常にフレンドリーな男で、そして黒羽が仕事以外で個人的に知っている、初めての「オネエタイプのゲイ」だった。
もちろん小さいとはいえ事務所を構えている仕事人だから、普段はオネエ言葉で喋ったりはしない。少し優しげだが、普通の男の口調で話す。
しかし興に乗ると、会話の途中でも、いきなり女言葉が飛び出した。
オネエで喋るのは個人の自由だが、しかしそれが出た時、松本はたいてい黒羽を口説きにかかってくる。
その口調は、どこまで冗談で、どこまで本気なのか、サッパリ解らない。
更にその言葉で迫られると、黒羽は対人関係の距離感を失うのだ。
もともと黒羽は、非常に人付き合いが下手だった。
香澄の影響で、何とか最近は他の人とも、ポツポツではあるが親しい関係を持つ事ができるようになった。
だが、それでも基本が『苦手』だというのは変わらない。
松本の、時にアクロバティックな会話は、あっと言う間に黒羽の頭に混乱をかけた。
単純に、セックスするというのなら、楽なんだが。
そんな事を言ったら絶対香澄に怒られる事が解っているが、松本の口説きに困惑すると、そんな不埒な思考が頭を過ぎってしまう事もあった。
寝る、寝ないなら簡単だ。
欲しければベッドに行けばいいし、そうでないなら、ただ別れればいい。
だが彼は『友人』なのだし、友人を寝る、寝ない、で量るわけにはいくまい。
けれど、友人に対しては、こんな時どういう態度をとるものなのだろう。
黒羽は、その辺りの距離感をとっていくのが、非常に苦手だった。
完全な無関心か、身体の関係。
AllかNothingか。
極端すぎる。
だから友人がいないんだ。
その思いは黒羽のコンプレックスの一つだったので、自分の不器用さに、黒羽はため息をついた。
「あれっ。ため息なんかついて。結構深刻に思っているわけなんだ」
「あ、いえ、これはそうじゃなくて」
黒羽が慌てて顔を上げると、松本はブンブンと手を振る。
「いいのいいの。恋愛はいつも大変なんだから。苦しいところも楽しいわけだけど、ま、当事者はただ苦しいだけだよね」
言いながら松本は、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを一口すすった。
そう、自分の不器用さを苦々しく思うからこそ、『友人』である彼に、あえて相談をしにやって来た。
いや、実は最初は、順当に桜庭に相談したのだ。
だが、何故か桜庭には逃げられてしまった。
仕方がないので、そんな事を訊ける知り合いが殆どいない黒羽は、たまたまやってきた海里に聞いてみた。
しかし海里も、最初は「黒羽さんがオレに相談〜?」などと顔を輝かせていたのだが、話を聞いた途端、不愉快そうな表情を浮かべ、ムッとした声でこう云った。
「そんな事は、おっちゃんに訊けよ」
おっちゃんとは、松本の事である。
そんなこんなで、黒羽は松本と喫茶店などで、こうして向かい合っているのだった。
「…海里に、あなたに聞けと、怒鳴られたんです」
「ああ、海里にその辺りを聞いてみたわけ? そりゃー怒るでしょうねえ」
うんうん、と松本は頷いた。
「えっ!?」
黒羽は一瞬目を見開き、それから困ったように視線を下に向ける。
「…やっぱり僕は怒られていたのか。どうして…」
「どうしてって、その」
「すみません。僕には解らないんです。あなたももしかして不愉快なのでしょうか?」
「いや、ボクは別に不愉快じゃないけど」
黒羽は端正な顔をまっすぐ松本に向けた。松本は少しだけ顔を赤らめる。
「じゃあ、誰でも不愉快になる話題を蒔いていたわけじゃないんですね?」
「う…うん、まあ、ね」
黒羽はホッと息を吐いた。
「よかった。二人ともに逃げられてしまったので、僕はそんなに不適切な話をしてしまったのかと不安に思っていたんです。
僕には僕の話のどの辺りが悪いのか解らなくて。でも、僕はあまりその…人とのつき合いが得意じゃないから…」
松本はニコニコしながら、黒羽の言葉に何度も頷いた。
「嬉しいなあ。黒羽さんがそんなに喋るのは、初めて聞いたような気がする」
「…そう、ですか?」
「うん。黒羽さんに相談されてるんだなあって、実感が湧いて、いい感じ」
友人に相談する。
どうも自分は、その辺りはちゃんとクリアしているらしい。
黒羽はなんとなく嬉しくなった。
「海里が怒ったのはね、そりゃー、黒羽さんが痴話ゲンカの話なんかをしたからですよ」
「え? 痴話…?」
「だから、男同士の痴話ゲンカだから、ゲイのボクに話を振ったわけ。でもね、あまり残酷な事しないでね黒羽さん。海里があなたの事を好きだって事は、知ってるでしょう」
「あの…僕は。誕生日に銃を撃った話をしていたんですけど」
黒羽の完全な困惑の表情に、松本は軽く吹き出した。
「やあ、そんな顔が見られるなんて、来たかいがあったわぁ」
オネエ言葉だ。
反射で黒羽の身体は逃げそうになった。
しかし松本は笑いながら首を横に振った。
「逃げないで。今日は困るような事は言わないから。だって黒羽さんは、ボクに相談しに来ているんだもの。困ってる人を更に困らせるような事は、ボクはしません」
キッパリ言い切られて、黒羽は浮かしかけた腰を、再び椅子に沈めた。
だが松本は逆に、椅子にかけた上着を取って、立ちあがる素振りを見せた。
「松本さん?」
「しっ。気付いていないようだけど、さっきからボク達、注目の的。黒羽さん、綺麗だからねえ〜♪ 羨望のまなざしが痛くて、ちょっといい気分だったからここに座ってたけど、突っ込んだ相談をするのはここではね…」
慌てて辺りを見回すと、喫茶店の椅子に座っている人達が、あちこちで視線を逸らすのが解った。確かに、何だか知らないが注目されていたらしい。
「移動するんですか?」
「うん、このビルの三階に、ボクの事務所があるから」
「汚くてごめんなさいね」
結局よく解らないまま黒羽は、松本の事務所だというごちゃごちゃした狭い部屋に通され、雑誌が積まれているソファーを勧められて、なんとか隙間を見つけて尻を落ち着けた。
そこにすかさず紅茶のカップが差し出される。
黒羽が受け取ると、松本は自分のカップにこれまた角砂糖を何個も放り込んで、立ったままそれを啜った。
「お仕事よろしいんですか?」
「今はオフ。だから従業員の娘も、3日ほどお休みとってるの。で、掃除できないからこの通り」
あははは、と口を開けて笑う。
屈託のない開けっぴろげな笑いは、印象こそ違うものの、香澄を連想させた。
「それでその…」
「ああ、うん続きね。銃を撃つ話がどうして痴話ゲンカになるかって言う」
黒羽は頷いた。
「もう、とても喫茶店では出来ない話だから、ここ呼んだんだけど」
くすくす笑いながら、松本は黒羽の向かいに積んである雑誌の山の上に座り込んだ。
そして妙に意味ありげに、にやりと唇を曲げる。
「その、何とかって言う銃、大きいんでしょう?」
「はい、イスラエル製の…」
「ああ、銃の種類とか詳しい事は解らないから」
松本はヒラヒラと手を振る。
「あのね、黒羽さん。拳銃とかナイフが、何の暗喩だか知ってる?」
「暗喩…?」
「知らない? その辺の心理学者とか、おやじギャグとかでも出たりするんだけどな。あのね」
松本は口の横に手をあてて、他に誰もいないのに、こっそり囁いた。
「男の、ア・レ」
「……」
「男の象徴。ぶっちゃけ、ペニス」
「…はい」
「マグナム下げてるとか。言うじゃない。聞いた事ない?」
「ええと、その」
「うん、だから。黒羽さん、そのでかい銃を振り回していたんでしょう? 白鳥さんの目の前で。ね? それはげんなりするんじゃないかなあ」
「…ああ…」
ようやく思い至ったらしい。黒羽はいきなり顔を朱に染めた。
わあ。
松本は心の中で歓声をあげる。
ちょっとー、可愛いじゃない。ひたすらクールですって顔してるくせに、こんな顔もするワケ? うーん、何だかトクしちゃったなあ。
松本はしっかりばっちり、滅多に見られないと思われる黒羽の表情を、頭の中に焼き付けた。
海里に話したらさぞや悔しがるだろうけど、でもボクの所に来させたのは、その海里だもんね。
だけど確かに…
こんな顔を見せられちゃあ、海里が押し倒したくなるはずだわ。
「あの、でもその。それは香澄からのプレゼントだったんですけど…」
黒羽の困ったような声に、松本はハッとして、不埒な想像を中断した。
いけないいけない。頭の中で服を脱がせてました、なんて事がばれちゃったら、すぐに逃げちゃうわ。この子。
「うん、で、彼自身はその銃を上手く撃てなかったんだよね」
咳払いをして、なんとか年上の頼りがいのある男を取り戻してみる。
「ええ、そうですけど…」
そう、的は貫いたものの、撃ち終わった後の香澄の両腕は、完全に上にあがっていた。
どう見ても反動に負けた形である。
香澄は目をまん丸にして自分の頭上にある銃を見上げると『痛い…』と呟いて、でも笑いながらこちらに銃を返してきた。
そしてそのままふいっと姿を消したため、結局射撃場の掃除は黒羽独りでするはめになったのだった。
「それで、それからちょっと態度が妙にぎこちないんですが、その、ホントに?」
「うん、そうだと思うけど? 男の象徴である、しかもでっかいものを、自分は扱えないのに、あなたが平気で振り回していた。そういう事でしょ?
でも彼も解ってると思うけど。自分が勝手に拗ねてるって事は。
可愛いじゃない。ただでさえ彼は身長であなたにコンプレックスを持っているみたいだものね」
「そんな…」
「持たざるものだけが、それに拘るの。金がないヤツは金に拘り、身長が足りない男は背の高さが気になる」
黒羽は少しうつむいた。
「んー、気にする事はないって。そりゃまあ黒羽さんが30発も撃った銃を、一発で降参したって所は、確かに彼のプライドを傷つけたかもしれないけど。
逆ギレだって事は向こうも解っているだろうし。
放っとけばそのうち元に戻ると思うな」
「そうでしょうか…」
うっ…。ちょっと口調が暗い。
こりゃ、白鳥くんの事を相当気にかけてるってことだね。うーむ、海里には可哀想だけど、分が悪いなあ。
「ええと、ええと。放っておいても大丈夫だとは思うんだけど〜」
黒羽がチラリとこちらを見る。
むむむ。何かアドバイスを待ってる感じ?
もしかしなくても、頼られてるかな、ボク。
松本はゴホンと咳払いをした。
「でもその、えーと…。何だったら仲直りの方法とか、提案しても、いいけど…」
「本当ですか?」
パッと、黒羽が顔を上げる。
その素直な反応に、再び松本は頭の中で不埒な想像をしてしまった。
それだけ可愛ければねえ、普通に甘えちゃえば、白鳥くんみたいな坊やなんて、めろめろだと思うんだけど。
本当に好きな人には不器用になるって、こういう事なんだろうな。
……しかしその。
まあ結局、拗ねた男には甘えちゃえば簡単なんだけど。
そういう普通の仲直りってのも、あまり面白くないわねえ。
じーっと、期待の瞳で黒羽がこちらを見上げていた。
視線に押されて、松本は尻に敷いている雑誌の方を見てしまう。
その雑誌は、ついこの間自分の企画が載ったばかりの本だった。
松本の瞳が、きらりと輝いた。
「その銃は、彼のプレゼントな訳だよね」
「はい」
黒羽の声は真剣だ。
松本はほんの少し罪悪感を感じたが、しかしこのアイディアは捨てるにはもったいなかった。
それに、悪くないと思うんだよね。
いっそのこと、これくらいしちゃったほうが。
黒羽くん、なんでも真面目に受け取りすぎだもんねぇ。
「で、これからその銃、仕事とかで使っていくの?」
「あ、いえ。使えない事はないんですが、実戦向きかと言われると…」
「ふうん。でも、大きいんだよね」
「はい…」
「じゃあねえ、いい考えがある。ただし、教えるには条件があります。
ボクの言った事を、絶対にそのままやること。自分流に変えたり、一つでも端折ったりしてはいけません。いいかな」
「はい」
黒羽はこくりと頷いた。
少しだけ、上司の命令を受ける警察官の顔になっている。
「OK。じゃあ、耳を貸して」
松本はニッコリ笑うと、黒羽の耳元に何事か囁いた。
黒羽は一瞬ギョッとした顔になったが、その後は妙に赤面しながら、じっとそのアドバイスに聞き入っていた。
「香澄」
ホテルの一室で、黒羽は誘う形で香澄の身体を引き倒す。
『甘えちゃうんだよ』
松本の言葉が頭の中で響く。
『男が拗ねたら何も言わず甘えてしまう。簡単でしょう?』
そんな事を言われても…。
誰かに甘える事は一番苦手な事だったような気がする。
なんとなくぎこちない感じの香澄を誘って、ホテルの部屋に入って、こうやって事に及ぼうとしてから気付く。
これは自分の一番不得意な分野なのだと言う事に。
甘える事も、媚びを売る事も、人とつき合う事も、何もかも下手くそだった。
独りでいる事に耐えられないくせに、そのくせ人と親しくなれない。
セックスで誰かと抱き合うのは、親しくなる事よりも、ずっと簡単だった。
何となく無愛想だった香澄も、こうして裸でベッドに入れば、いつものように夢中で自分の唇を貪ってくる。
身体で感じるだけの方が、何て楽な事か。
しかし松本からは、それだけでは駄目だと厳命されていた。
「香澄、あっ…」
香澄の手は、黒羽の身体を巧みに追い上げていく。
「香澄…」
何て言えばいいんだろう。香澄はいつも僕に何て言っていただろう。
『コウ、好きだよ』
彼の笑顔。見るたびに心奪われる、綺麗な彼の笑顔。
香澄に貫かれ、身体を揺さぶられて声をあげる。
いつものようにねだって、自ら腰を振る。
「あ、あ、ああっ…」
香澄、僕はプレゼントなんていらないと思ってた。
どんなものを貰っても、それは単なる『もの』にすぎないし、欲しいものも特別必要なものも、今はない。
でも僕は莫迦だから、気付かなかった。
貰ったものは、ただの『もの』でも、その気持ちは違うって事に。
オレがあげたかったの、と香澄は言った。
僕に、僕が生まれた事を祝うために。
プレゼントは、僕が生まれた事を君が喜んでくれている、ひとつの形だった。
香澄がそうしたかったという想いが、今ごろやっと僕を欲情させている。
香澄、何て言おう。
君が好きだって? 君が本当に好きだって?
それとももっとふさわしい言葉があるだろうか?
香澄の欲望を自らの快感に変えて、黒羽は声をあげて達した。
「ありがとう…」
「えっ? 何さ、いきなり、コウ」
黒羽の突然の言葉に、香澄が仰天したように飛び起きる。
「いや、誕生日プレゼントのお礼を言ってなかったから。嬉しかったよ。ありがとう」
「あっ…。ああそうか、そういう事。うひゃー、ちっと驚いたぁー」
「どうして?」
「だってその、急にありがとうなんて言うんだもん。オレ『今までありがとう』って別れの言葉言われてるのかと思っちゃったよ。びびったぁー…」
「どうしてそんな事」
「いや、急にホテル行こうって、すげえ積極的に呼び出すし、それにオレ、最近…」
最後の辺りはごにょごにょと言葉を濁す。
「香澄、もう怒ってないか?」
「おっ、オレがっ。どうして。最初から怒ってなんかいないよ」
「でも香澄」
「う…うん。まあな。オレが悪かったよ。確かにちょっとばかりいじけてたかもしれない。オレ、あの時突き指しちゃったんだ」
「本当か?」
「うっ。まあな。ちょっと銃の握りが甘かったらしい。大したこと無かったんだけど、でもしばらく腫れて痛くて…。カッコ悪いじゃん。コウはあんなに撃てたのに、オレは一発でさ。そりゃ銃に関してコウに勝てるわけはないけど、でも…」
「香澄は、いい男だよ」
黒羽はベッドの上で彼を見上げながら言う。
「へっ? コウ、う、嬉しいけどなに?」
「香澄は僕より、ずっと男らしい。保証する」
言いながら起きあがり、香澄の唇に自分のものを重ねる。
ついばむような、軽く触れるようなキス。
セックスの時の情熱的なキスとは違う。
お互いを確認するための、好きだと言葉で言うかわりの、キス。
「好きだよ…」
それでも言葉は必要だった。
「うん、オレも」
香澄が腕を背中に廻してくる。
しっかりと鍛えられた男らしい腕だ。
ちゃんと自分は甘えられたんだろうか。
いやもうとっくの昔から、彼にはずっと甘えているような気がした。
自分の弱さが少しだけ悔しかったが、香澄に甘えられる事は嬉しかった。
…ありがとう。
この言葉でいいのかな。
僕は生まれてよかった。
君に祝福されるなら、僕は本当に、生まれてよかった。
「こ、コウっ、そ、それはーっ…」
「あの、ええと…」
そこで終われば大変綺麗な話だったのだが、当たり前のように、この顛末にはオチが付いていた。
「あの、ええと、松本さんからの、誕生日プレゼント、らしいんだ」
「松本? どうしてあの人から?」
「ぐ、偶然街で会って。誕生日の話になって…。そうしたら…」
どことなくしどろもどろになってしまったが、半分は本当の事だ。
黒羽に『仲直りの方法』を伝授したあと、松本はにこやかに笑ってこれを渡したのだ。
『それにしても、誕生日だったんだ。じゃあちょっと遅いけど、これはバースデープレゼントの代わりって事で、ね』
そう言って手渡されたものは
大変露骨にも、セックスの時に使うラブローションとそれから…
「香澄が喜ぶから、絶対使えって…」
「喜ぶって、うっ…それはその。そ、そうかな。…そうか…も」
もうひとつは
フリルがひらんひらんのメイド服だった。
しかも…。
「スカートの、ケツの方が短いんですけど」
どうもこれは、エロ雑誌で(しかもゲイ雑誌)松本がやったキワモノ企画
『対決! 裸エプロンとメイドのコスプレセクシー勝負』
で使われた小道具らしい。
メイドと言ってもエロ雑誌だから、当然普通のメイド服というわけではないのだろう。
きっぱり、こんなものを着たら、尻がギリギリ見えたり隠れたりするはずだ。
「それでその…」
約束だったので守らなくてはならない。
充分甘えたあと、必ず言葉で、彼に想いを伝える事。
それからこの服を着て、言われたとおりにすること。
この二つが、仲直りの方法を伝授するための約束だった。
最初の方法は確かによかった。
だから、後半もやるべきなのだろうな。
黒羽は素直にメイド服を上から被り、それから件のイーグルを取りだして、そっとコンドームをかぶせた。
「げげげっ、コウ、何するのっ?」
「これ、せっかく貰ったけど実戦にはやはり向かないから。でも香澄がくれたものだし。それは嬉しいし…」
黒羽はコンドームをかぶせた黒光りするイーグルに舌を這わせると、松本から貰ったローションをたっぷりと塗りつけ、先端を自分のそこに押し当てた。
「わっ、コウっ!」
「あふ…っ」
世界一大きい銃の銃身が、ゆっくりと身体の中に沈んでいく。
「んんん…」
メイド服のヒラヒラに時々隠れながら、それは緩やかに身体を出入りした。
「うそぉー………………」
ぽかんと口を開けながらも、その光景を香澄はじっと見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
もちろん彼のモノも完全に反応している。
「香澄、香澄。あっ…」
本人を目の前にして、彼のくれたものでよがってみせる。
『彼の拳銃で犯されちゃいなさい』
松本は耳元でそう囁いたのだった。
もちろんそういうつもりでプレゼントしたんじゃないだろうけど。
でもまあ、普通に使っているのを白鳥さんが見たら、もしかしたら、また胸がちくちくする事もあるかもしれないし。
かといって、どこかにしまっておくのも、なんだしね。
ま、アレの象徴な訳だから。
しかも彼から貰ったナニな訳だし。(しかも大きいし♪)
それにヤられてよくなっちゃうのって、いいと思わない?
せっかくのプレゼントは、やっぱり使わなくっちゃね。
しかしメイド服は必要なんだろうか
首を捻る黒羽に、松本はキッパリ言った。
『それは衣装』
衣装?
『そう! こんなふざけた事をまともにマジに、いつもの格好でやっちゃダメ。笑いを取らなきゃ。ショウには衣装が必要でしょ』
ショウ…。
なんとなくボーゼンとしてしまった黒羽に、松本は、ほんの少ししんみりと言った。
『少しは黒羽くん、楽に生きなさい。たまにはこんな、ふざけたバカな事もやってね…』
霊験あらたか、かどうかは知らないが、メイド服とオナニーショーは、香澄を興奮させたらしかった。
黒羽は後ろに銃を咥え込んだまま、香澄の勃ちあがったものに舌を這わす。
「うっ…んん。コウ…」
はぁっ…と息が香澄の口から漏れる。
「すげ…なんつーか、その。…オレ、もう降参…っ」
香澄のモノが口の中であっさり弾けると、黒羽はそれを全部飲み下した。
「コウ…」
黒羽の紅い舌が、ペロリと唇を舐める。
「何かすごく、やらしいなー…」
香澄はホウっと息を吐くと、クスクス笑って、楽しそうにメイド服のヒラヒラを引っ張った。
「コウ、あのさ。つかぬ事をお聞きしますが、そんなモノ入れて、フロントサイトの出っ張り、痛くないの?」
「ヤスリで削った」
「マジー?」
どさりとベッドに寝っ転がると、バタバタ足を動かして香澄は笑い転げた。
「じゃあもう、仕事では使えないなあー」
「サイトを使わなくても僕は撃てるが、でもあれはやっぱり実践的な大きさじゃないな」
「うんまあ、そうかもね。でかけりゃいいってもんでもないか」
「香澄のモノの方が、ずっといいよ」
そう言って、黒羽は挿入れたものをずるりと引き出した。
思わず香澄が視線を向けるが、黒羽はその顔を自分の方に引き寄せて、唇をふさぐ。
「ん…コウ」
「香澄のモノがいい。まだ僕は、イッてないんだ」
潤んだ瞳で、じっと香澄の顔を見つめる。
「香澄のそれで…、僕をイカせてくれないか?」
「じゃあその…えーと。ヒラヒラ付きのまま、ヤッていい?」
クスクス笑いながら、二人は再びベッドに転がって抱き合った。
実は、さっきから黒羽の身体は妙に疼いていた。
一度抱かれたばかりなのに、何度もしたくて堪らない。
ううん…。
あの松本さんから貰ったローション、もしかして噂に聞く媚薬入りってものなのではないだろうか。
どうりでなんとなく、おかしな笑い方をしていたはずだ。
特別なプレゼント。香澄が喜ぶから絶対使えって、メイド服だけじゃなく、このローションも、だったのか。
最初のセックスでは出し忘れたが、さっきイーグルを咥え込むために、自分の中にたくさん注いでしまった。
熱く勃ちあがったこれが収まるまでに、どれくらいかかるんだろう?
などと思っていたら、目の前の香澄が、当のそれをたっっぷり自分のモノになすりつけている。
…まあ、いいか。
少し過ぎたけれど、バースデーを楽しもう。
香澄からのプレゼント、あとどれくらい貰えるかな。
何も知らない香澄が、嬉しそうに上から覆い被さってくる。
黒羽は瞳を閉じ、その熱い身体を期待を込めて抱きしめた。
END
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