泣かないでよ、という言葉が口に上りかけて、喉の奥に消える。
香澄は泣いている黒羽が好ましかった。柔らかく笑う。
「泣けるって、いいな」
「何?」
少し怪訝な感じで歪む顔が、微妙にアンバランスで、また可愛い。
「オレは砂場のアンダーで徹底的に泣くことを禁じられた。ジャンクが涙の臭いを追ってくるからだ。
だからオレは、上手く泣く方法を知らずに育っちゃった。
変だな、オレ。高が泣くのを見てると、なんとなく安心する。ここは、平和なんだ」
「僕が、甘いって言いたいのか?」
「ああ、違う、違うって。そんなに睨まないでよ。あんたに睨まれると、怖いじゃないか。そういう顔も好きだけどね」
「ふざけてんのか?」
「あれ? こんなにオレは真剣なのに。オレは安心するって言ったんだ。泣くってさ、心の中の澱を流していく作業なんだって、誰かが言ってたよ。
オレは上手く流せないんだよ。だから、あんたが泣いているのを見てると、なんだか気持ちいい。
こういうの、代償行為っていうのかな? すり替え?」
「ジャンク?」
たちまち顔が厳しく引き締まり始める。口が引き結ばれ、目が僅かに細められる。
うん、そう。ぞくぞくする。
やっぱりあんたはそういう顔のほうが似合う。
泣いてる顔も可愛いけどな。
と、口に出したらぶっ飛ばされそうなことが、こんな時だってのに頭に浮かぶ。
今のほうが、断然キレイで色っぽいよ。
そういう、なんにも考えないで反射だけで動いているときのような、ちょっと野生の獣じみた顔が美しい。
それこそが、オレの知っている“左利き”の顔。
「なんでアンダー5レベルのジャンクがここにいるんだ?」
なんでオレが先のとがった長いナイフを持っているか解るだろう?
ジャンクの目に突っ込むんだよ。その為に尖らせてあるんだ。
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