第二章 「観光と事件」


 次の日オレ達は、寺院とか市場とか色々観光して回った。
まあその、少しくらいは観光しなきゃ何してたんだって言われそうだし、土産だって買っていかないとな。
日焼け止めを山のように塗って、コウと2人、明るく雑多な雰囲気のただよう南の街を歩く。

やっぱり結構振り向かれるよなあ…。
もちろん視線の先にはコウがいる。
コウは知らん顔して歩いているけど、でも目立つ…。
美人は世界共通って感じだろうか?
もっとも単に綺麗な人って言うだけなら、思ったよりいっぱいいるんだよな。
(コウほど綺麗なのは、そりゃー滅多にいないけど)
やっぱそれとは別に、何か目を向けたくなる雰囲気がコウにはあるんだろうな。
最近特に、オレが思ってるだけじゃないと思うけど、妙に色っぽいしさ。
(昔はもっと険があって怖い感じだった気がする)
雰囲気が柔らかくなった。
よく笑うし、人当たりもよくなった。
もちろんそれって、誰にでもって訳じゃないんだけどね。
基本的に人付き合い自体が苦手みたいだから。
でもいいんだ。オレに笑ってくれれば。
愛想振りまく仕事してる訳じゃないし。

だけどそれにしても、うーん。
今サングラスかけてるコウは結構怖いかも。
「香澄、これはどうだろう?」
「似合う、と思うよ」
「じゃあ買おう」
生まれてからずっと地下都市で育ってきたコウには、日射しがキツく感じられるらしい。
サングラスを買うのはいいんだけど、ついでに確かに似合ってるけど、でも似合いすぎて、なんつーか…。

実はそれかけると映画に出てくるマフィアのボスみたいなんだよね。
なまじ美形だから、凄みも出ちゃう。
でも敢えてオレはそれを勧めた。
だってさあ。確かにちょっとコウを見せびらかしたい気分もあるんだけどさ。
その辺のヤツに馴れ馴れしく話しかけられるのも嫌なんだ。

特にさっきその角で声をかけてきた男!
絶対コウに気があっただろっ。
いや、あったってコウがどうする訳でもないけどさっ。
でも…。
ここに来るまでに10回以上も呼び止められてんだ。
勘弁して欲しいぜ。
男も女もお構いなし。みんなどこか下心ありありで近寄ってくる。
東京じゃ振り向くヤツは大勢いても、ここまで積極的に声かけてくるなんて事はないぜ。
さすが外国は違うって感じかなあ。
コウは素っ気なく対応していたが、さすがにちょっと煩そうだった。

んで、芸能人ぽくサングラス。
かければ美しきマフィアのできあがり。
昨日は天使で今日ヤクザ。
ぷっ。ちょっと吹いちゃうよな。
普段拳銃を振り回してんだから(しかも射撃の天才だぜ)ヤクザの方が近いか。

「香澄、なに笑ってるんだ?」
「いいえー、お似合いで」
「………」
ああっ、もしかしてちょっぴり不機嫌?
だから悪かったって謝ったじゃないか。
謝ったってーのは、もちろん昨夜の事だ。
昨夜ったって、殆ど今朝。
はっきし言ってオレ頑張りすぎました。


「ううーん…まだ腰がだるい」
歩きながらちょっとだけグチってしまう。
だってコウ、なかなかまいったって言わないんだもん。
コウとのエッチって、時々体力勝負だよな、なんて思ったりするよ、ホント。
まあ若さだったら完全に勝ってるし、体力だって負けないけどね。
でもオレの方がたくさんイかされちゃうんで、結構不利なんだよなー。
って、勝負かよ、セックスって。
太陽黄色いしっ…。

とにかく触れないって事で余計に興奮してしまって、しかも久しぶりのちゃんとしたエッチだったもんだから。
最後の辺りはついにオレ、コウを押し倒して組み伏せて、で、ヤっちゃったんだよねえ。
はい。手ぇ出しちゃいました。結局。
ルール破り。
背中がシーツに擦れて、痛いってコウは言ったんだけど、でも構わずガンガン腰を振る。

「香澄、待っ…」
コウのちょっとしかめた顔が、これまた、いい感じでさあ。
たまんないって言うかなんて言うか。
してくれって言ってんだろって思っちゃったりして、イヤその…。
「あっ…」
その声がそそるって言うの。
「香澄…ああっ…」
最後は背中にしがみつくようにしてよがってたんで、もういいと思ってたんですけど。それに、本気で嫌だったら、オレくらいに組み伏せられるコウじゃないでしょーに。
どんなに押さえて組み敷いたって、オレの下から抜け出すのなんて簡単だろ?

「そーいう問題じゃない」
きっちりイったくせに、終わった後コウはぶーぶー言っていた。
「…痛い…」
恨めしそうにオレの顔を睨む。
「はい、ごめんなさい…」
オレはちゃんと謝って、風呂ではコウの体を洗ってあげたし、背中にも薬用ローションを塗った。
とりあえず一緒のベッドでは寝ない、なーんていう拗ね方まではしてなかったんで、これでその件は一件落着、だと思ってたんだけどなあー。

「そうやって上からサングラス越しに見下ろすと、人相悪いぞ、コウ」
「腰がだるいのは自業自得だ」
「コウは平気なのかよ」
「平気なもんか、容赦なくやってくれて。殆ど挿れっぱなしだったじゃないか」
「ぶっ…」
日本語が殆ど通じない外国とはいえ、道端で堂々不穏当な表現。
こういう時、一般常識がコウよりずーっとあるオレの方が不利だよな。
「だいたい香澄は突っ込めばいいと思って…」
「あああっ、コウ。買い物、買い物しよう。何か土産選ばないとー…」
とりあえず話題を変えてみたりして。
夜の不満は、夜解消しようぜ。なっなっ。


  


 店内にはいかにも観光客用でござい、なTシャツや細工物がたくさんおいてあった。
それを片端からぐるぐる見て回る。
「へえー、綺麗な貝細工だなー。女ってこういうもの好きじゃない? 買うか」
「女って、誰にプレゼントだ?」
黒羽がちらりと睨む。
いや、サングラスで目は見えないけど、でも絶対睨んだ。

「さっ、桜庭さんだよ。決まってんだろ? あと兄貴の嫁さん」
「ああそうか」
「女ってちょっとしたものでも、みやげ無いと煩いからなー。仕事休んで来てるんだし、後で何か言われんのヤダ。
あーあ、オレって結構気配りの人だよな。コウもちっと考えてくれよ。野郎には食いもんでいいか。腹にたまりそうなヤツ」
言いながら見回し、それから少し笑う。
「なんだ?」
「いや、ちょっとね。今コウ嫉妬した?」
「……何を」
「だっていきなり女にプレゼントか、なんて言うからさ」
「………」
「オレが女に惚れちゃうって、まだ心配?」
コウは黙る。
ちぇっ。こんな展開になるならサングラスなんて買わせるんじゃなかった。
さすがのオレでも、瞳を完全に隠したコウの表情を読むのは難しい。

だけど、これでお互い様だもんね。
昨日いかにオレが海里の件でハラハラちくちくしてたか、コウにも味わって貰おうってもんだ。
幻の女に嫉妬なんて、可愛いもんじゃん。
オレの方は実際のライバルだぜ。
しかもオレより背高いし、けっこう強敵。
コウを信用してない訳じゃないんだけど、ううん。
でも、セックスに関しては、やっぱり…あんまり信用してないかも…。

だってコウ、人から必要とされるか否か、がすげー大事みたいなんだもん。
あんたが欲しい、必要だ、とか真剣に言われたら、絶対ぐらっと来てる。
心が頑なな分、身体に関しては簡単に許す傾向があるし。
オレが嫌がる事はしないようにしよう、なんて思っているらしいので(そういうとこだけ妙に可愛い)最近は他の奴とはヤってないみたいだけど。
(前はヤってたんだよう(T^T) ある日それに気付いた時のオレのショックときたら…って、まあそれは別の話だが)
でもそういうのって性格だから、またいつひょいっと『身体だけならいいか』な気分になるとも限らない。
そういう意味ではオレ、全然コウの事信用してませんっ。
ホントに弱いんだから。『必要』とか『欲しい』とか言う言葉に。

しかしどうしてそんなに自分の存在意義が不安定なのか、オレちょっと不思議。
まあ昔の話とかを聞けば、解らないでもないけど。
でもコウって見た目もいいし、砂城の同業者の間では、知らない者なんていないほど優秀な刑事で有名人じゃん。
バレンタインの時だって、どばーっとあちこちからチョコ貰っちゃって。
それで自分が必要とされてないかもしれないとか、見捨てられるのが不安だとか、普通言う?
そのまま聞いたら、かなり贅沢で嫌味っぽくない?
だいたいコウくらい綺麗なら、男でも女でもよりどりみどりだろうに、なんてオレなんか思っちゃうけどな。
(確かにモテモテになるには、性格に『かなり難あり』ではあるが)
もっとも、あんまり綺麗すぎても、いい事ばかりある訳じゃないみたいだけど…。
コウはこの顔のせいで、それなりの苦労はしてるみたいだし。
地味な性格なのに勝手に目立っちゃうってのも大変そうではある。

でも解ってる?
あんたを欲しがってた奴なんて星の数なんだぜ。
もちろん現在進行形だ。
オレだってコウが欲しくて頑張っちゃって。
まったくもう。
ここまで来るのに、どんだけ大変だったか。


だけど、そのコウが。
誰でも欲しがるコウが、今オレを誰かに取られたくないって嫉妬してる。
それはかなりいい気分だった。

じ〜ん。
特別って事じゃんそれって、オレ。

前は仕方ないとか言ってたクセに、少しはオレって存在に執着する気になったか?
ふっふっふ。
ここでどうだろうね〜なんて言ったりしたら、コウ絶対慌てるよな。
女がいるのか? それは誰だって聞いてくるだろうか?
それとも黙る? 怒る? 落ち込む? 心配する?
どれもちょっぴり見たい気はする。
だけどまあ、コウも昨日の海里をしのいだ事だし、あんまり意地悪は言わないでおこうか。

「女なんていないよ」
「…そうか」
「コウが一番好きだよ」
「……」
何とか言えよ。まったくもう。
オレ大サービスしてんのに。
外国人じゃあるまいし、ここまで口に出してあからさまに好きだって言い続ける男なんていないぜ。
ま、オレが好き好き言うのは、暗示にかかりやすいコウをその気にさせて取り込む、一つの手でもあるんだけどね。
何たって言葉はタダだ。
これで済むなら惜しむのはソンってもんだぜ。
もう一押し行く?
オレはさすがにちょっと背伸びしてコウの耳元で囁いた。

「コウが一番に決まってんじゃん。その顔も、性格も、それからすげーエッチな身体も好きだよ。テクニックも最高だし、アソコの具合もね」
「…香澄っ」
こう言っとけば、今晩のサービスが違ってくるってもんだよな。ふふふのふ。(だが、腰大丈夫か? オレ)
「コウは? ホレ、コウは? オレだけに言わせとく気か」
「あのな、香澄…」
あり? ちょっと言いすぎましたか?
何か呆れてる気配が漂ってくるぞ。
ため息をついて、コウはオレを店の隅に連れて行く。
それからおもむろに口を開いた。

「香澄が一番好きだよ。全部好きだ。そのよく回る口とか、どこから取りだしてくるんだか気がつくと何か持ってる素早い手とか、何回イかせてもすぐに回復する精力とか。硬くて大きいアレも最高」
「ここここ、コウ?」
「これでいいんだろ? 同じ事言っただろう」
「まあその、そうだね…」
そういう事言われたかったんだろうか? オレって…ハテ?
で、何の話だったっけ?

よく解らなくなって考え込むオレに、コウは奇妙な笑いを浮かべた。
それが、他の奴だったらニヤニヤ嗤いって言うか、からかってる笑いなんだって気付くのに、少々時間がかかってしまった。
だって、そういう複雑な情緒が必要な事を、コウがしたワケ?
バカにしてる訳じゃないけど、かなり驚いたぞオレ。
思わず口を開ける。
「おっ、オレをからかったな、もしかして」
「本当の話だよ。今晩も期待してるから…」
「うっ。き、今日はそのまま寝ない?」
「僕をイかせてくれないのか? 香澄のソレで」

コウ、いつからそんなはしたない言葉を連発する男になったんだ。
キャラが違うだろっ(汗)
そ、それに、いきなりフェロモン振りまかないで。

「じ、じゃあ今度は触るぞ。押し倒して好きなように攻めちゃうからな。それでいいんだな?」
「ん。何だか背中もよくなってきたし、いいよ」
あっさりオッケー出されてしまった。
ううう。嬉しいんだか、辛いんだかよく解りません。
まだ太陽黄色いんですけど…。

だけど何だかコウは、とっても機嫌よさそうだった。

 街を回って土産を買って観光地で写真を撮る。
紙袋を下げたオレ達って、なんかホントによくいる日本人観光客って感じ。
声をかけてくる物売りのあんちゃんは、みんなコウが片端から断っていた。
サングラスかけたコウは妙に迫力があって、怪しい事を言ってくるヤツはガンって減ったんだけど、それでも物売りはたくましい。
モロ観光客のオレ達を逃すような真似は、けっしてしなかった。

「コウ、腹減らない?」
「香澄は本当によく食べるな」
「だって昼は屋台で適当に食っただけじゃん。夜は何かレストランでちゃんとしたもの食ってから帰ろうぜー」
「そうだな…」
そこまで言った時だった。
人混みの向こうから、微かに何か悲鳴のようなものがあがった。


「…?」
すっかりリゾートボケしていたオレが、ん? なーんて思っている間、コウの動きは素早かった。
まるでパチンとスイッチが入ったかのように全身に力が入ったかと思うと、荷物をすべてオレの手に押しつけて、一瞬で人混みの中へ消えてしまった。
「えっ? 何? どうしたんだコウ」
あっと言う間に一人取り残されたオレは、かなり慌てた。
でも手にはどっさり紙袋だし、状況だってまったく解らない。
人混みの向こうで騒めきと、そして歓声のようなものが聞こえる。
「お、おーいコウ、ちょっとすみません、通してください。エクスキューズ・ミーって…、もしかして英語も通じない? ねえ通してくれってば」
オレは荷物振り回し、その辺の奴をぐいぐい押しのけながら、人混みをかき分けていった。

そして、なんとかやっと抜け出した所でオレが見たものは、男が一人、コウに地面に押さえつけられているシーンだった。
男は現地の言葉で何か口汚く喚きながらコウの腕から逃れようともがくが、もちろんコウはがっちり男の体をねじ伏せて、一ミリだって逃れる隙を作らない。

そりゃそうだ。
コウは今年の砂城逮捕術大会で、個人戦の優勝者だぜ。
それも素手、警棒、ナイフの部の三冠王。
射撃には出なかったから記録はそれだけだけど、出てたら確実にこれもブッちぎりで取ってたはずだ。
そのコウから、少しくらい体がでかかろうが力があろうが、シロウトが逃げられる筈もない。
何だか知らないがこの状況は、たぶん泥棒か何かをコウが押さえ込んだって所なんだろうなー…。
それはそれは、運が悪かった事で。
よりによってコウがいたこの場この時に悪い事するなんてねえ…。
だけどこれでは終わらなかった。
コウはオレを見上げて叫んだのだ。
「香澄、その右の黄色いシャツの男を捕まえろ!」

はい、とっさに体は動きましたとも。
命令に即座に反応する練習は、日々積んでるからねー。
特に砂城では、きっちり体に染み込ませとかないと命取りになる事だってある。
オレはためらうことなく全ての荷物を地面に放り出し、慌てて逃げようと動いた男の腕を押さえ、逆にねじり上げる。
同時に足払いをかけてやった。
そいつはあっさりとバランスを崩し地面に倒れ込む。
見ている観衆からどっと歓声が沸いた。

「そいつも仲間だ。いや、正確には違うかもしれないが、騒ぎに紛れて今財布を抜き取ろうとしてた」
あっ、そうなの?
オレは全然気付きませんでした。
地面にきゅうっと転がったそいつを押さえつけて睨む。
バカだねー。
騒ぎが起きたのをこれ幸いと思って便乗泥棒をたくらんだのかもしれないけど、コウの動体視力は並じゃないっての。
そんな事しなかったら捕まらなかったのに。


 街なかの捕り物劇は、えらくウケがよかった。
まわり中から歓声が沸き、人々の口笛や拍手なんかも聞こえる。
えっとー、ドラマのロケじゃないんですけど。
でも確かにコウのは熟練の技だから、滅多に見られないものを見ましたね、な感じかもしれないけどね。
オレ達がそいつらを立たせて辺りを見回した時だった。
急に英語で喋りかけてくる人がいた。
顔を上げると、そこに立ってたのは、目の覚めるような美少女だった。

…いや、正確には美少女と、背のえらく高い男前の兄ちゃんの2人連れ。
でも基本的にゲイじゃないオレは(コウは特別♪)男前の兄ちゃんの方はどうでもよかった。
うへー、目がぱっちりの南国美少女じゃーん。
彼女はしきりにオレ達に話しかけ、そして嬉しそうに頭を下げる。
「おっ? ええとー」
「彼女のバッグを取ろうとしたんだ」
「あ、そうなのか」
むむむ。コウの奴英語わかるのか?
いや、オレだって日常会話くらいはそこそこだけど、でも早口で喋られると聞き取りが難しい。
続けて男前がコウに話しかけた。

うわ…、この男でかい。
コウより高くないか? 身長190センチ超えてる?
すらりと背が高く浅黒い肌の美青年。
ラフな服装をしているが、いかにも上流階級出身でござい、な自信に溢れた物腰。
青年実業家とか、そんな感じかなあー…。
そいつはコウに二言三言声をかけ、そしてにっこりと笑った。
うっ…。
なんか、なんつーか、もしかしてこれって…。
コウは男に何か言い返してサングラスに手をかける。

わあ、やめてコウ。
そりゃあグラサンかけたままじゃなんとなく失礼っぽいのは解るけど、でもこの兄ちゃんの前でそれを取って素顔を晒すのはヤメて。
ちょっとオレ的にヤバイ気がするんだよう。
頭の中で警報がギンギンに鳴ってますー。
しかし、オレが心の中でバタバタしている間に、コウはさらっと人相の悪くなる黒いサングラスを取っていた。

…もちろん下から現れたのは、美少女も思わず目を瞠る超美形の男。

話しかけた男前が、微かに息を呑むのが解った。
まさかこんな顔が出てくるとは思わなかったのだろう。
そりゃーそうだ。誰だってそうなんですよ、兄ちゃん。
この顔にビックリしないヤツはいないの。
そんでもってほんの少しでも見とれない人間もね、オレ知りません。
あんたも少しくらいいい男かもしれないけど、コウのこれは、ちょっと次元が違うでしょ?
この男前も当然例外じゃなかった。
一瞬状況を忘れたように、じっとコウを見つめる。
美少女も、日本人なら『まあ』という声が出てきそうな口の形を作ったままコウの顔に吸い寄せられていた。

うううう…。
解っていたさ。解っていたんだよう。
みろよ、周りのギャラリーもちょっとざわついちゃってるじゃん。

印象的な捕り物劇。
取り押さえたのはヤクザ風な黒めがねの兄ちゃん。
ところがその下から現れた顔は、目の覚めるような美貌。
演出効果バッチリじゃん。
だからやめろって言ったのにー。
こんなに目立っちゃって、どうするつもりだよ、コウ。

 泥棒の2人を警察に引き渡すと、男前と美少女はお礼をしたいと言い出した。
「家によって食事でも、という話だが…」
どうする? と黒羽が目で聞いてくる。
飯は食いたいですよ、腹へってるし泥棒捕まえて一汗かいたし。
でもねえ、この2人がねえ…。
食事を理由にもうしばらくコウを見ていたい、というつもりなのは明らかだった。
いや見ていたいだけなら、オレだって『どーぞ、どーぞ』なんたげど、美少女はともかくこっちの兄ちゃんのほうがさ…。

コウはゲイだから、魅力的な美少女がコウと一緒にいても、オレは全然気にならない。
2人がどんなに仲良くしてても、絶対に『ただのお友達』だからだ。
コウは女ウケはえらくいい。
まあ女の子は基本的に綺麗な顔が好きなので、そのせいもあるんだろうけど、でもコウはすごく女に受ける話し方をするのだ。
(いや、もちろん基本的に喋らない方だから、ぺらぺら上手く話す訳ではないのだが)
男兄弟で育って、どーも女の子の心の機微ってヤツが解らないオレとは対照的に、コウはすらっと女の子の心のツボをつくらしい。
もっともそれ故逆に、最初はどんなにコウにラブラブで接近してきた女の子でも、親しくなればなるほど、いつのまにか女友達みたいな感じになる事も多い。
(そのせいもあるのかもしれないけど、ゴメンナサイしても、絶対恨まれないんだぜ)
そういう意味では、コウにとって女の子ってのは、しみじみ恋愛の対象外なんだなあって思う。

だから美少女はいいんだよ、美少女はッ。
(飯食う時に隣に綺麗な女の子がいるのって、オレ的には歓迎したいしな)
だが…。兄ちゃんの方がイカン。

コウは背が高いので、大抵の男と並ぶとコウの方が頭が上にでる。
コウってホントどんな男と寝ても(涙)ネコなんだけど、それでもコウの方が背が高いんだよね。
冬馬涼一はかろうじて並んでいたけど、でもけっしてコウより目立ってでかくは無かった。
なのに目の前にいるこの兄ちゃんはコウよりあきらかに背が高い。

そう、浅黒い肌の美青年と白い肌のコウが並ぶと、まるで何かの絵のようなのだ。つまり、見た目この2人、べらぼうにお似合い。

その上オレのカンが正しければ、このあんちゃん絶対男もオッケーなクチだ。
ヤバイ、ヤバイって。
どんなにお似合いだろうとホモフォビアなら、ぜんっぜんオレだって気にしません。だけど、だけどコウはさあ、ノンケの男だってその気にさせちゃう雰囲気があるんだよな。
普段は男なんて眼中にあるわけない男達も、コウを見た瞬間、目の色が変わったりする。
だからオレ、どんな男でも男がコウの近くに来るのってなんとなく安心できないんだ。
よっぽどのゲイ嫌悪の男だって解れば別だけどさ。
(もっともコウにも好みがある事をオレは知っている。コウは基本的に顔のいい男が好きだ。えへへ。オレだってこう見えても、ちょっとは女の子にモテたんだぜ)
そして、さっきの反応を見ていると、こいつはあきらかに『男もオッケー』なタイプに違いないと踏んだ。
最近そういう鑑定眼がついてきちゃったぜ。
(そのスキル、なんとなくむなしい…)

だめだっ! 絶対だめっ!
こんな育ちがよさそうで、押しも強そうで、顔もけっこう良い、男もオッケーな男なんて、危なくてコウの近くなんかには置いておけませーんっ。

そう思ってぷるぷる頭を振ると、あんちゃんと目があってしまった。
うっ…。
にっこりと笑われる。
爽やかに見えるが自信たっぷりな笑顔。
絶対コウ好み。(オレは嫌いだっ)

「香澄?」
いぶかしげな顔のコウを見ながら、オレは首を横に振った。

「コウ、やっぱり食事は二人きりでしよう。別に泥棒捕まえただけだし、オレ達警官なんだから当然だろ。特別な事じゃないよ。これでさよならでいいじゃん」
「ああ、そうだな」
オレの言葉に、コウの奴は妙に嬉しそうに頷いた。
青年と美少女に何か言って手を差し出す。
美少女は大変名残惜しそうな顔をこちらに向けた。
あなただけだったら、オレだって名残惜しいんですけどねぇ〜。
オレはつい彼女に、にっこりしてしまった。

「いやあ、まさか旅行先にきてまで、あんな事するとは思わなかったぜ」
「うん」
オレ達は再びぶらぶらと街を歩く。

「それにしてもコウ、よく解ったな。悲鳴聞こえたってホントかよ。オレ全然わかんなかったぜ」
「うん」
短く素っ気ない返事はいつもの事だ。オレは辺りを見回しながら勝手に喋る。
「さすがにマジ腹減った〜」
コウは口元を微かに緩めながらオレの手を握ってきた。
「香澄、何食べようか?」
へ? 素っ気ないどころか、なんかやけに機嫌いいじゃん。
この反応って、いったい?
そりゃ、オレはとりあえず気分いいよ。
危なそうな兄ちゃんはもういないし…。

そこまで考えて、はっ、と思いあたった。
もしかしてコウ、コウはオレとはまったく逆に、あの美少女のほうを気にしていたんだろうか?
た、確かにあの子はとってもオレ好みだった。
可愛いって言うより、ちょっと美人系で、胸は大きかったけど(オレは実は巨乳は苦手だ)ま、女の子としては、胸がそこそこ大きいのって魅力的ではある。
(触ったら柔ーらかいだろうなー…なーんて思うと、結構うっとりだ)
目があったらつい笑いかけちゃったしな。
だからコウ、オレがちょっと心惹かれちゃってたのに気付いて、隣で気にしてたんだろうか?
それでオレが帰ろうって言った時、嬉しそうだったのか。
もちろんオレは美少女じゃなく、兄ちゃんの方を気にしてそう言った訳だけど。

ふ、ふーん…。
お互い気にしてた訳かあ。
だったらあの時兄ちゃんの方は、コウの目に入ってなかったって事かな。
オレの方も、あの娘は好みだったけど、兄ちゃんの方に気を取られてたから、コウが思う程はオレの目に入ってなかったけどね。

えへへ…。

オレもぎゅっとコウの手を握り返す。
何だか可笑しいじゃん。
お互いに相手が自分以外の誰かに心惹かれるんじゃないかとドキドキしてたなんて。
うん、そりゃあいい人はいっぱいいるし、オレ基本的に人間好きだから、好きになる人もいっぱいいるよ。
だけど、コウに対してのそれは、やっぱり違う。

コウはオレのたった一人。
一人しかいない、オレの大好きな恋人。



 とりあえずガイドブックに載ってるレストランに入る。
現地の店を独自に開拓するってーのもいいかもしれないけど、大ハズレだったりしたら悲しいし。
もう腹減って仕方がなかったんで、とにかく初心者観光客らしくガイドブック様のお世話になる事にした。

しかし席に着いた瞬間、何故か奥の方からなんだか偉そうな人が、ささっと出てきてオレ達のテーブルの脇に立った。
「香澄、奥の方の個室へどうぞって言ってるんだけど」
コウが不思議そうな顔をオレに向ける。
「個室っ? どうして?」
「…コイって人からそうするように言われたって…」
「鯉?」
「香澄が何想像しているか、なんとなく解るけど、その人はさっきの人だよ」
「さっき…」
「さっき僕たちが助けた2人の、男の人の方」
「へっ?」

よく解らないまま、オレ達は豪勢な個室に案内され、座らされる。
そんでもって注文もまだなうちから、どんどん料理が運ばれるのを、目をテンにしながら見つめる羽目になってしまった。

「えっとー、えっと…。こ、これ全部その、コイって人の奢りな訳?」
「らしい」
「いいのかよ、すごく高そうだぞ、どれも」
「食べてくれなくては困るそうだ。香澄、よろしく」
「全部は無理だろう。いくらなんでも。コウも食べろよ」
「努力する…」
テーブルの上に載りきれないほどの食事って、幸せの象徴だとオレは思うけど、でもでも、なんつうーか、ここまでどんどん来るとちょっと圧倒されるってーかなんてーか。
過ぎたるは何とかって、この国の人は知らないのかもしれないけど。


 
だが、もちろん食事自体はめちゃめちゃ美味しかった。
ロブスターの刺身とか、オレは初めて食べたよー。
う、美味い…。このカニのボイルしたヤツも。ううう…。
コウも隣で大好きなエビを幸せそうに口に運んでいる。
「これも美味いよ、コウ。カシューナッツと鶏肉の炒め物〜」
デザートは色とりどりの果物を飾ったケーキと、ココナツ・アイスクリーム。
ココナツアイスは他でも食ったけど、これはココナツの実の中にアイスを盛りつけたものだった。
内側のココナツの果肉を削りながら、アイスを食う。

「こ、これも美味しい。すげー…」
「うん」

口数が少なくなるのは、コウが喋らないからだけじゃない。
オレだって食うのに夢中になっちゃってたからだ。
やっぱり美味しいものをたくさん食えれば、人生の半分くらいは絶対幸せだよな〜♪

「しかしさあ、ホントに奢られちゃっていいわけ?」
「いいんじゃないか? お礼だそうだし」
「ううん…、まあお礼はいいとしてだな。オレは不思議なんだけど、店に入ってすぐこうなっただろ? どうしてその人オレ達がこの店に来るって解ったんだろ?」
「さあ…」
コウも首を捻って、サービスしてくれているボーイさんに何か話しかけた。
ボーイはにっこり笑って答えている。
コウが目を丸くして、ちらりとオレを見る。
何だよ、気になるじゃんか。
「何だって? どうしたのさ、コウ」
「…この町のレストラン全部に、連絡を入れたらしい…」
「へっ?」
「だから、この辺のレストラン全部に僕たちが入ったらサービスするようにって、そういう電話がかかってきたんだそうだ」
「……………………」

そ、それって…。
なんか凄くない? 別れたのついさっきだよ。
それでレストラン全部に即座に連絡? 
オレ達2人がどこに入ってもいいように…って。
「あの、コイって兄ちゃん、何者?」
「知らない」
「結構偉そうだったよね」
「ああ」
「結構じゃなくて、もしかしたらこの国で、凄く偉い人だったのかな?」
「知らない」
オレ達はなんとなく、そおーっとお互いの顔を見合わせた。
「まあとりあえず、助けて奢られた訳で。これでお終いだろうから、あの人が誰でも、まあいいよな」
「そうだな」

なんかコウって、そういう偉そうな人とよく縁がないか?
一介の公務員は、平凡に平和に暮らしていきたいと思っているんですけど…。
絶対男もオッケーだと思われる兄ちゃんの笑顔が頭に浮かぶ。
これっきりにしたかったんだけど。
ここは外国だし、一度別れれば二度と会わないと思っていたんだけど。
その考えはなんだか甘いんじゃないか、これからもしかして色々大変なんじゃないか。
そんな思いが、ふと頭をよぎったオレだった。

next