ボクハキミガスキ
香澄が頭を撫でる。
すごく気持ちがいい。
安心…する。
親に撫でられた記憶は、実はあまり無いのだけれど、でもきっと、こうして頭を撫でられたことがあるのだろう。
こんな風に撫でられると、まるで子供に還ったみたいな気分だ。
ふわふわと柔らかく、どことなく気恥ずかしく、なんとなく嬉しい。
とても複雑な、不思議な気分。
このまま眠ってしまいたいと思った。
香澄に抱かれて、髪を撫でられて。
何の不安もなく。
近くにその人がいるだけで、何の疑問もなく安心だと思っていた。
そんな子供の頃みたいに…。
気がついたら、香澄に噛みつくようなキスをされていた。
ベッドに投げ出されて、どんどん服を剥がされていく。
あまりの勢いに、呆然とただ、僕はそれを見ているしかできなかった。
何だか色々な事がありすぎて、頭が働かなくなっているのが解る。
仕事で事務的な事なら、いくらでも頭に入って処理できるのに、こと感情に関する自分のキャパは、極端に少ないらしい。
あっと言う間に混乱がかかって、整理して納得する為には、沢山の時間が必要だった。
なのに今、容赦なく香澄は身体のあちこちを刺戟してくる。
そして僕の身体も、頭の混乱とは関係なく、勝手に反応していた。
さっきセックスしたばかりで身体中に、まだ生々しく感触が残っている。
そこに更に触られると、残った感触と実際の刺戟が混ざり合って、身体中を愛撫されているような錯覚に陥った。
「香澄、シャワー…」
やっと声が出る。
埃だらけで、僕は汚い。
「やだ、今すぐやりたい」
香澄は即座にそう言って、僕の上に馬乗りになったまま服を全部脱ぎ捨てた。
巨きく屹立した香澄の欲望が目に入る。
あっ…と思う。
条件反射のように、セックスへの欲望がせり上がってくる。
欲しい…。香澄のモノが。
鈍々した心を置き去りにして、身体は反応する。
さっきしたばかりなのに。
なのに僕の中は、香澄を欲しがっていた。
そこにはまだ、香澄を受け入れているような感触が残っているというのに。
香澄の出したものが、まだ中に残っているのに…。
香澄に唇を窒がれ、声は切れ切れにしか出せなかった。
香澄の舌が、絡みついて僕の舌を吸う。
「…ん。ふっ…」
乳首をいじられ、下腹を探られて、その刺戟にびくりと身体が跳ねた。
なんだか…いつもより敏感に、なっている気がする。
もう既に、二度も香澄を受け入れているせいだろうか?
それとも、吃驚するほど積極的な香澄のセックスのせいだろうか。
強引で、情熱的で、荒々しい。
ホテルレオニスで抱かれた時も、香澄はいつもよりずっと積極的で激しかったけれど。
でも、今はもっと力強い。
ベッドに押さえつけられて、大きな手で勃ちあがったモノを擦りあげられる。
「…ん。ふっ…」
身体がびくりと跳ねるが、香澄の身体で押さえつけられる。
声も唇を窒がれて出す事が出来ない。
こんな風に力で押さえつけられている事に、不思議な快感を感じる。
もちろん暴力は嫌いだ。しかしそれとは違う強引な荒々しさの中に感じられる『男』に欲情するのだ。
香澄は男だった。
優しげで少々中性的な外見からは、思いもよらないほどの『雄』を彼の中に感じる事がある。
その度に、僕は欲情した。
彼の中の雄に。
下腹に熱く当たる男の徴だけではなく
押し倒されて感じる体重に、掌の大きさに、思ったよりも広い背中に。
彼の『男』のなにもかもに、僕は欲情した。
彼の男に支配されて、蹂躪されてしまいたい。
そんな欲望が躰の中をじわじわと熱くしていく。
息が乱れ、肌が敏感になる。もっと香澄を感じるために。
彼の指を、彼の唇を、彼の舌を。
目を瞑って彼の舌を吸い、自ら脚を拡げて下腹を這い回る手の感触をひたすら追い求める。
香澄の手は的確に、自分の感じるところを責めたててきた。
思わず腰を浮かせて彼を受け入れやすい体勢をとってしまった。
そこにずぶりと指が入り込み、内部を刺戟していく。
「んっ…」
気持ちいい。
指が出入りするたびに、射精感が波のように襲ってきて体を震わせる。
「はっ…あぁ…」
どうしたんだろう。
「あっ…やっ…」
いつもより、敏感になっている気がする。
「あぁぁ…」
身体が…熱い。
精液とローションでぬるぬるになっている肉襞を香澄の指が蠢いて探る。その度にゾクゾクと背中を走る感覚。
それはお馴染みのセックスの快感だったが、でも何かが少し違うような気もした。
「はっ…。ん…。あぁ…」
身体はどんどん熱くなり、腰が勝手に香澄の指を求めて動く。
もっと、香澄…。もっと…。
もっと
どうして欲しいのか、よくわからない。
よく解らないから、息だけが唇から漏れる。
香澄の肩をぎゅっと掴んで、奥から湧き上がってくる熱に耐える。
「香澄っ…」
思わず名前を呼んだが、それは半分声にならなかった。
「ああぁっ…んんっ…」
香澄の指を咥え込んだそこが、ぎゅうっと収縮する。
勃ちあがった自身の先端から、透明な雫がこぼれ落ちる。
乱れる自分を見て、香澄が興奮しているのが解った。
香澄、香澄…。
何か変だ。
熱い…。
どうしたんだろう。
今すぐ君が欲しい。
すごく欲しい。
指じゃなくて、もっと大きくて硬い、香澄のモノが。
いますぐ…今すぐ欲しい。
「やっ……ああぁっ!」
僕は何か言ったのだろうか。それとも香澄も同じ気持ちだったのか。
無意識に浮かせた腰をぐいっと抱え上げ、熱に浮かされたような僕の身体を開いて、香澄が入り込んできた。
じらされて待ち望んだ行為。
我慢しきれないように淫らに厭らしく、彼を受け入れて自分の腰が動く。
既に二度受け入れているそこは、香澄の熱と形を存分に感じて味わう事ができた。
いい…。
すごく…いい。
もっと深く。奥まで。
香澄の全部を呑み込んで感じたい。
しかし、香澄のモノは奥に届く前に引き抜かれる。
無意識に追いかけようと動くと、腰を掴まれ、今度は一気に最奥まで貫かれた。
「ああぁっ!」
貫かれた激しさに、悲鳴のような喘ぎがもれる。
香澄はそのままぐいぐいと力強く責めたててきた。
浅く、深く、何度も何度も躰を揺さぶられる。
「ひっ…。あぁっ…」
さっきから欲しくて堪らなかったものの感触に、身体がどうしようもないくらい溶け出していくのが解る。
香澄の熱を僕の肉が受け入れて立てる。厭らしい音。
身体が打ち付けられるたびに轢むベッド。
香澄は勃ちあがった前には触れず、僕の肉襞を味わうように、ひたすら抽送を繰り返す。
熱い…。
すごく熱い。
気持ちいい。
ペニスに触れてもらえないので、直接的な鋭い快感はないのに、下腹から身体中を震わせるような熱が這い上がってくる。
「うんっ…。んっ…。ぁっ」
熱が次第に僕の身体を狂わせていく。
香澄が脚を抱え上げ、より深いところへ自身を突き入れてきた。
「香澄…あぁっ…。香澄、何か…ヘン…」
力強い香澄の動きに合わせるように、熱は次第に身体中に拡がっていく。
そしていきなり
弾けた。
「あああっ!! やっ…ああぁっ!」
驚くほど大きな声が、勝手に口から溢れ出る。
背中がきつく反り、下腹から波のような快楽が何度も身体を震わせる。
射精感に似ているが、それとは違う熱の塊が、痺れるように足元から這い上がってくる。
「香澄っ…ああっ!」
「コウ?」
香澄が少しだけ驚いたような声を出す。しかし僕の身体は押し寄せてくる快楽に完全に振り回されていた。
「もっと、あっ…やだっ。ああぁっ。何か…」
「なに、コウ…なに?」
「や…やめない…で。あぁっ!!」
無意識のうちに僕は香澄の腰を掴み、自分から動いていた。
夢中で尻を擦りつけ、快楽の波を逃すまいと香澄のモノを深く受け入れる。
「あっ…あああっ! 香澄っ」
香澄と一つになる。
彼を受け入れて感じる。
熱で身体が追い上げられていく。
堪らない感覚。
香澄とこうして抱き合う事が、どれだけ好きか、まるで身体が自己主張しているようだ。
セックスにいい想い出など無い。
欲望はあったけれど、でも好きだと思ったこともない。
けれど香澄。僕は好き…だった。
君と抱き合うのも、キスをするのも。
…不思議だ。
最初から、好きだったよ。
「やっ…あぁっ! 香澄…ん…香澄っ!」
波のような快感は急激に一つの高みに向かって上昇し、そして弾けた。
ビクビクと痙攣するように何度も身体が震え、香澄の手の中に僕は射精する。
ほとんど同時に、香澄が放ったのが解った。
熱い彼のモノが自分の中に拡がるのを感じる。
「ああ…ぁ」
香澄が大きく息を吐くと、がくりと上から倒れかかってくる。
その熱さと重量感を抱きしめながら、僕はまだ押し寄せてくる感覚を全身で味わっていた。
射精した瞬間の鋭い快感は終わった瞬間に去っていく。
なのに、それとは別の蕩けそうな熱が身体全体に拡がって、いつまでもいつまでも気持ちよかった。
上りつめて爆発する悦びとは違う、全身をとろりと柔らかく満たす様な快感。
目を瞑って香澄を抱きしめながら、その感覚を何度も噛みしめる。
頭がぼうっとして、考える事が出来ない。
息だけが、ただ口から吐き出され、動く事も出来ない。
ただ、感じるだけ。
嘘みたいな…感覚だった。
「コ、コウ?」
「ああ…」
呼ばれて、やっと声が出た。
瞳を開けると香澄がいる。
セックスの最中あれだけ雄の匂いを発散させていた香澄は、今少しだけ心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
顔を香澄に寄せる。
肌に残る熱さが気持ちいい。
「香澄…」
甘えるような声が出て恥ずかしかったが、頭の中はぼんやりと霞んで、あまりちゃんと考える事が出来なかった。
「な…なに?」
香澄の少しだけ戸惑ったような顔が愛おしい。
「すごく…よかった」
「ホント?」
たちまち表情がパアッと輝く。
思わず唇が緩んだ。
初めて会った時も、そんな顔をしたね。
誰でも一目で好きになってしまうような笑顔。
すべてを偽っていた僕に、その顔がどれだけ眩しかったか君は知らないだろう。
でも、あの時も今も、笑顔は僕だけに向けられたものなんだ。
それは、ひどく嬉しい認識だった。
「すごく、気持ちよかった。こんなに…」
こんな風にセックスが気持ちいいなんて…。
僕は知らなかった。
昇りつめて射精すれば快楽は得られる。
セックスはそういうものだと、ずっと思っていたのに。
「こんなの…初めてだ…。すごく、気持ち…いい」
ああそうか…。
目を細めて、ぼんやりした頭で考える。
セックスの後、君は抱きしめてキスをする。
それは気持ちいい。
すごく、いい。
そんな事をされたことはなかった。
セックスの後、優しくされるなんて。
思い出した。
僕はそれがずっと
とても好きだったんだ…。
好き…?
朦朧とした頭の中に、ぽっかりと言葉が浮かび上がる。
感情と意識の下に、無理矢理沈めておいた言葉が、ふわりと浮かんで開く。
身体の快感に、心の鍵がほんの少しだけ甘くなる。
優しい闇に落ちていく一瞬
僕の頭の中に、遠い星のような言葉が微かに瞬いた。
ため息が、出た。
そうか…
ボクハキミガスキダッタノカ
6ヶ月。
香澄から言われて、僕は一瞬意味が解らなかった。
理由を聞いて、かすかに頬に血が昇る。
確かに言った。
6ヶ月たったら正式のパートナーとして認めると。
僕は怖かったのだ。
いつか彼が消えてしまう日が絶対来ると、確信していたから。
今でも、香澄がいつか僕の前から去っていくだろうという不安は、消えてはいない。
きっとその不安と、僕は一生別れる事は出来ないだろう。
香澄は死なないと、僕に約束した。
約束するだけで人が死なないなんて、もちろん思ってはいない。
しかし、確かに最初の6ヶ月は過ぎたのだ。
彼は僕の前にいる。
それは、単純にとても嬉しい。
こんな時、言葉がまったく出ないけれど、たぶん香澄が思っているよりずっとずっと、僕は嬉しかった。
何度でもエッチしようって、君は言った。
いつか死ぬと言うなら、できる限り抱き合っていようって。
けれどそれは、僕が思っているよりずっと長い時間だと。
そう君は言った。
だから6ヶ月経った今日も、僕たちはベッドの上でお互いの服を脱がしあう。
抱き合うために。
君が生きている事を、身体で感じるために。
頬に、髪に、唇に。
香澄のキスが甘く降り注いでくる。
君は僕が運命を信じているのだろう、と訊う。
信じているのだろうか。
僕は僕自身すら信じられないのに。
なのに、何かを期待しているのだろうか?
香澄。
君に出会えた事が運命か?
もう一度出会った事が運命なのか。
それとも、こうして抱き合っている事が?
明日ももしかしたら、抱き合えるかもしれないという希望が?
君に再び出逢って、今日で6ヶ月たったのが、ひどく不思議だった。
もちろんずっとこうしていたと、そんな風に思えているわけじゃない。
一瞬だったような気もする。
だって君は、7年の時間を飛び越えて僕の前に来たのだから。
「コウさ…」
香澄が耳元で囁く。
「ん…」
「オレの事、好き?」
「え?」
「レオニスで、言ったろ? お、覚えてないかもしれないけど…」
覚えているかと聞かれたら、覚えていなかった。
レオニスで色々口走った。
その破片は断片的に思い出せる。でも僕はあそこで、香澄に酷い事ばかり言ったのではなかっただろうか?
好きだなんて言葉、言ったのだろうか?
「いや、いや…いいんだ」
香澄は舌を出して笑うと、頭を掻く。
「いいんだオレ。恋人じゃなくても。やっと今日、パートナー…だし」
そう言った香澄の笑顔は、まったく屈託がなかった。
どこまでも伸びやかな、素直な感情。
明日の自分を絶対に信じている、綺麗な心。
好きだよ、香澄。
好きだと思う心に資格が必要ならば、僕は失格だけれど。
でも、最初から好きだったよ。
会った瞬間から。
初めて身体を重ねた時も。
香澄。
僕の全ての犠牲者の生き残り。
君は僕を罰する権利があるのに、どうしてそんなに優しいのだろう。
「でも、友達とは違うよな。…こんなこと、しちゃってるもんな」
「ん…」
僕の身体は香澄の手が触れた所から熱くなっていく。
香澄の身体に触れると、彼のモノも勃ちあがって硬く張り詰めていた。
欲しいと思われている。
香澄のまっすぐな欲望が、躰の奥を疼かせる。
僕も欲しいよ香澄。
そして好きだよ、香澄。
愛が何なのか僕には解らない。
けれど君が好きだ。
こんな風に抱かれて、僕の中に君の印をいつでも付けておきたい。
香澄に愛されること。
香澄に抱かれること。
香澄に罰して貰うこと。
その全てが混ざり合っていく。
香澄は上から被さり、僕の脚を大きく割って中に挿入ってきた。
「うぅん…香澄…あっ」
彼の熱さが再び僕を包んで揺さぶってくる。
あっと言う間に、僕は熱に溺れた。
何度も何度も貫かれて、身体の中の香澄に感じる。
なんて気持ちいいんだろう。
君の腕の中で、僕は溶けてしまいたい。
香澄…僕が欲しいなら、全部キミにやろう。
僕の心も命も穢いけれど、それでも、ほんの一部でも君に使ってもらえるなら、少しは僕の罪は軽くなるだろうか?
…いや、罪は消えない。
決して消えない。
けれどそれでも君は、僕の身体が欲しいと言う。
こうやって抱きしめてくれる。
僕の中にいてくれる。
嬉しい。
すごく、嬉しいよ。
君の傍にいたい。それはとても苦しい道だけど。
でも僕は、この喜びを手放す事が出来なかった。
なんて我が儘で自分勝手なのだろう。
それでも僕は香澄に抱かれたい。
「オレも、すごく好き。コウとこうしていたい。大好き」
香澄の言葉が優しく心を撫でていく。
その度に僕は何かを言い返したような気がする。
何と言ったのだろう香澄。
君を傷つけるような酷い言葉じゃないといいのだけれど。
でも君がそんなに嬉しそうな顔をしているのだから、きっとそうじゃない筈だ。
そうでは…、ない、はずだ。
荒い息をつきながら、香澄が僕を抱きしめてキスをする。
髪を撫でて、好きだよと囁く。
僕はその腕の中で、大きな掌の暖かさと髪を梳いていく指の感触に、うっとりと目を瞑った
僕を抱く香澄の腕に力がこもる。
香澄…。
このまま眠ってしまいたい。
そして、香澄と一緒に朝までこうしていたい。
過去でもなく、遠い未来でもない。
6ヶ月とたった1日の明日を、香澄と共に迎えるために。
明日彼の顔を見たら、単純に嬉しいだろう。
6ヶ月の今日より、たぶん嬉しいだろう。
それは、僕にとって大切な一日だから。
なぜなら
君と抱き合える日が、一日増えるのだから。
END
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