現在−情事に至る過程2−



「白鳥さん、風呂行きませんか」
突然黒羽から、そんな風に誘われた。
え?  風呂?  風呂ってどこの?
まさか、黒羽さんの部屋の風呂に誘ってるわけ、無いよなあ。
サウナとか、それとも温泉センターとかがあるのかな。
しかし白鳥の疑問は3秒で氷解した。

「ここの3階に大浴場があるんですよ」
ここって、ここ? 警察の男子寮に?
それはまた…。結構って言うか何て言うか。
などと思いながら、実は「だいよくじょう」と言われた瞬間、頭の中で「大欲情」に変換してしまい、思いきり頭の中で自分にハリセンを喰らわせた白鳥だった。

まったくもう。
この間のキスから何か妙な方向に意識しすぎだぜ。
大体キスしたからって、全然何が進展してるワケじゃないじゃん。
何を進展させたいのか…とか聞かれたら困るけどさ、ブチブチ…。
でも、まだ名前で呼んでももらえてないしさ。

「石鹸とかシャンプーはありませんから。タオルも持っていってください」
そんな白鳥の思考にはまったく気付かず、黒羽はどんどん話を進めていく。
どうも、パートナーの面倒を見るのは自分だと決めたらしい。
まあ、他に誰も教えてくれる人はいないもんな。助かると言えば、助かる。
しかし風呂ねえ。

もう一度『大欲情』の文字がゴシック体で浮かび上がってきて、思わずブルブルと首を振る。
ううむ、それにしたって…。
裸になったらどんなだろう、なんてこの間思ったばかりだ。




「風呂は24時間入れるから、夜勤明けとか張り込みの時とか、助かる」
説明しながら浴場の戸を開ける黒羽の後に続いて、白鳥はきょろきょろしながらのれんをくぐった。

のれんだよ。
男湯と書かれている。
男子寮なんだから、男湯しかないだろうに。

脱衣場は結構広くて、30人くらいはいっぺんに入れそうだった。
ええと、ロッカーじゃなくてこの籠に服を入れるんだな。
ホントに旅館の大浴場みたいだなあ。
もたついているうちに黒羽のほうは、さっさと服を脱いでしまった。
トレーナーの上下だから、あっという間になめらかな胸が白鳥の目の前に晒される。
おっと。
知らず視線が釘付けになるのを、止められない。
まじまじと男の裸なんか見る趣味は、無い筈なんだけど。
でもその…。黒羽さんだし…。

へえ、胸毛無いんだ。
ていうか、男と思えないほど体毛が薄い。
白くて滑らかな肌。
こんなに身長あるのに、ごついって感じは何処にもない。
そりゃあ、女みたいに柔らかそうってわけじゃないし、筋肉だって綺麗についてるけど、でも、マッチョな感じは全然しないよな。
むしろなんて言うか、繊細って言うか。
ううん…乳首の色薄いなあ。

なんて思ったとたん、よからぬとこが反応しかけた。

うひゃっ。
ヤバイよ。まずいよ。
やっぱ大欲情はまずかったか?

ぐずぐずもたつく白鳥をおいて、黒羽はためらいもなく服を脱ぎ終わると、浴室へ入っていった。
あたりまえだ。男風呂で、ためらってる方が変だって。
だけど、しんぞーに悪い。
あの人のアレもばっちり見ちゃったぞ。
いくら綺麗でも、ちゃんと男だったんだな。(バカ)
髪の毛と同じつやつやして真っ黒なあそこの毛も、乳首と同じに色の薄いアレも。
形とかサイズとか、まあ標準だよな。
少し大きいかもしんないけど、身体があれだけあるんだから、当然だろう。
あれでちっちゃかったりしたら、惨めだもんな。

って、なに詳しく観察してんだよ、オレ!
男のアレなんか見て、嬉しいのか!?
 
………。
ちょっと、…嬉しい気がする。
だって、黒羽さんのだ。
ずっと、ずっと憧れてた人。
長い間、オレにとってポスターの中で微笑むだけだった人。
今はこんなに側にいて、アレなんか見ちゃったりしてる。
ほんの一週間前までだって、考えられなかったようなことだもん。
いいじゃないか。嬉しくたって。

    

浴室の戸が開いて、黒羽さんが顔をのぞかせた。
「なにか困ったことでも?」
オレがあんまり遅いんで、気にしてくれたらしい。かしましい、じゃない。かまびすしいでもなくて、ええと、そう、かいがいしい人だ。
だけど、わあ。また裸…(風呂だから当たり前だ)
それにメガネ外すと、ちょっと印象が違う。
どこか、ほんの少し無防備な感じがする。
メガネかけてるって事は、やっぱり目が少しは悪いんだろう。
とると曖昧に焦点がぼけるんだよね。
そのせいなのかなんなのか、こちらを見ている黒羽さんの瞳は、妙に柔らかく優しげに見えた。
それがまた、なんていうか…普段と違って…。
「ううん、今いくっ。ちょっと珍しくて、あちこち見てただけっ」
オレはあわてて服を脱ぎ散らして、浴室に飛び込んだ。
だからもう、意識するのはやめろってばっ。
なるべく黒羽さんを見ないようにしてささっと身体を洗い、湯船につかる。

「あちーーーっ」

飛び込んだ瞬間、悲鳴が口からこぼれてしまった。
なんだよこの温度!
江戸っ子の風呂か!?
「これ、これでフツーなのっ? めちゃめちゃ熱くない!?」
「そうか? いつもこんなものだけど」
嘘だろ。
どーしてこんなお湯にへーぜんと浸かれるんだよ。

 
「うるせえぞ、新入り」
湯船の奥からドスの利いた声が響いた。
先客がいたんだ。
「あ、すみません。オレ、初めて来たもんで」
「ふふん。おまえだろ。外から来た変わり者って」
「はいっ。特殊班に配属になりました白鳥香澄デスッ。以後よろしくお願いしますっ」
白鳥は思いきり元気良くそのごついおっさんに挨拶した。
裸っていうのがちょっとまぬけな気もしたけど、挨拶ははきはきと元気良く、だ。
案の定、もんもんでもしょってそうなおっさんは相好を崩して
「おう、俺は暴対の高中だ」
と答えてくれた。
「僕のパートナーです」
黒羽さんが横から言う。
おっさん、いや、高中さんは、ちょっとぎょっとしたように黒羽さんを見て、小さく、
「そうか」
と言った。
それきり口をつぐんで、それとなく目を逸らす。
 
なんだろ。
何かあるんだろうか。
まさか、オレみたいにこの高中さんも、黒羽さんの体を見てどこかぐるぐるしちゃうとか、そういうんじゃないよなぁ…。
でもそういえば、黒羽さんて、すこーしみんなから敬遠されているような気もする。
特殊班の仲間は、そりゃ仕事の時は別に普通に行動してるけど。
でも、黒羽さんとみんなが、何か積極的に会話を交わしているとか、一緒に食事してるとか、そういうシーンは見た事無いような…。
とっつきにくいのは、オレが外から来た新入りのせいだと思ってたけど、どうもそうじゃないのかもしれない。
そういえば、立場が特殊だったって、桜庭さんは言ってたけど、あれって、どういう意味だろう。

…あり?
色々考えていたら、なんかぐるぐるしてきた。
ぐるぐる考えてるからぐるぐるしてきた…んじゃなくて。
もしかしてオレ、のぼせてる!?
こんな熱いお湯に、長々と浸かって、考え事なんかしたから…。
ああ。だめだ。

ぶくぶくとお湯に沈んでいく。
 
「白鳥さん、白鳥警部補!」
黒羽さんの声が遠くに聞こえる。
ああもう、香澄って呼んで欲しいな。
実は2日前にフッとそういう提案をしてみた事はしたんだけど。
でも、呼んではくれてない。
仕方ないかって、思うけど。
だけど…。

黒羽さんはオレを抱いてお湯の中から引き上げて、そのまま脱衣場の方へ歩きだした。
ぐえ〜。みっともない。
お湯にのぼせて、子供みたいに、抱っこかよ。
みっともないし恥ずかしいし情けない。

と思う半面、今のオレは完全に、裸の黒羽さんにピッタリ密着していた。
もしかして、ちょっと嬉しいかも…。
あの色の薄い乳首が目の前にあったりしちゃうし。
そのうえ、お湯に入った黒羽さんの肌って、ほんのりピンク色で、すごくいい匂いもする。
へらへら。
ぼけた頭の考えるのはろくなことじゃない。

それにしても、一生分の恥を、もしかしてかいちゃったかなあ。
黒羽さんは全然なんとも思ってないみたいなのが、せめてもの救いだけど。

………。

救いなんだろうか。
それって、オレのことなんとも思ってないってことかも。
パートナーとしては、全然認めてもらってないって事かな。
いや、キスしても平気って事は、オレの存在自体をたいして意識してないとか…。
でもでも、浴場に案内するって言ったり、色々親切にしてくれるつもりはあるんだよな。
少しは期待しちゃってもいいって事かな。
うう、でもでも…いやいや…そのその…。

浮上したり沈没したり、なんとも一人で忙しい白鳥だった。
 

END