情事の裏2

first scene

 香澄が挿入はいってくる。
その熱さに、思わず声が出た。
「香澄っ…」
無意識に名前を呼ぶ。
セックスにまだ慣れない香澄の動きは、快感よりも苦痛を多くもたらしたが、それでも彼の力強さが心地よかった。


黒羽は、緊張していた。
男とのセックスなんて、何度もしているはずなのに、と思う。
なのにいやに落ち着かない。
その辺の男とセックスする時だって、もちろんリラックスしていた訳ではない。
誰に対しても心を許したことも、油断したこともない。
そんなセックスばかりをして来た。
だけど、そうだ。
白鳥香澄。彼は違うのだ、と改めて思う。
彼は正式のパートナーなのだから。
やるとなったら成功しなくてはならない。
これからもずっと、彼とは上手くやっていかなくてはならないのだ。
彼とのセックスは、絶対に失敗する訳にはいかなかった。
大丈夫、冬馬以外のパートナーと、前にもセックスしたことがある。
もっとも臨時のパートナーだったから、やはり香澄とは違うけれど。

彼はゲイなのだろうか。
そうでないなら、僕の身体を気に入ってくれるだろうか。
フッと気付く。
そんな事気にしたことはなかったな、と思う。
誰かに気に入ってもらおうなんて。
冬馬は特別だったし、あとはどうでもよかった。
欲しいと思われたがっているくせに、別に気に入ってもらえなくても構わない。

しかし、確かに僕の方から誘った訳だが、彼は僕を抱きたいようだった。
慣れてなかったし、あまりにも僕のやり方が素っ気なくムードに欠けていたせいで、途中でダメになってしまったけれど。
心の底から彼に悪かったと思う。
あのやり方は最低だった。
彼は男を抱くのは初めてなのだから、嫌な気分にだけはなって欲しくない。
こんな風なのは、僕だけでいい。
抱いて、気持ちよくなってもらって、それで彼と上手くいくこと。
それが望みだった。


男と…セックスしたいなんて、どこか変ではないのか。
ずっとそんな風に罪悪感を抱いてきた。
そういう嗜好の男達がたくさんいると解ってからも、あまり嬉しくない認識にかわりはなかった。
それでも仕方ない。
自分は男にしか欲情しない。
けれど、誰にでも抱かれたいわけじゃない。
そうは思ってきた。
冬馬とだけ。好きな人とだけ。
それなら…彼が許してくれるなら、たとえ自分が薄汚いと思っている行為でも、それでも許されるような気がしていた。
けれど冬馬のやることは、どれも自分にはよく解らなかった。
だから、彼のしたことを何もかも受け入れて肯定した。

そして結局…。
僕を待っていたのは崩壊だった。
仕方がない。僕が悪い。
僕は人殺しで、最低で、好きな人だけと抱き合いたいなんて、そんな事を思えるような上等の人間じゃなかったんだ。
今だって必要があれば誰にでも銃を向けるし、誰にだって脚を開く。
『えっちな身体』
『好きもの』
『どうしようもない淫乱め』
むかし冬馬に言われた言葉が、いくつも頭の中を通り過ぎる。
『頭でどう思おうと、身体は正直だよ。こんなに開いて呑み込んで悦んでいる。厭らしい身体。お前の身体は男とセックスするのが、本当に好きなんだろう?』
そうだ。僕は今、香澄とセックスすることばかり考えている。
ジェルを用意して、香澄をどんな風に受け入れようか、考えているんだ。
自分はそんな男だ。
それは充分自覚していた。


しかし黒羽は気付いてはいなかった。
黒羽は、自らの汚い身体に相応しいと思う性行為しか出来なくなっていた。
汚い身体を男達の欲望で更に穢す。
そんな風にしか誰かと抱き合えなくなっていた。
自分の汚さに相応しいところまで、自分を貶める。
それが何かの贖罪のように思える。
しかし黒羽は、自分のそんな行動原理を、まったく自覚していなかった。
だからこそ、いま自分は戸惑っているのだと、そんな事にも気付いていなかった。
白鳥とのセックスには、穢さはどこにもない。
彼は信頼すべきパートナーで、誠実な男だった。
彼に悪いとも思っていたし、自分の卑怯さにも嫌悪が走る。
せめて身体だけでも誠実であろうと思う。
そんなセックスをしようとしていることに、黒羽は緊張して、戸惑っていた。

 

 

 目の前でガチガチになりながら、香澄がシャツのボタンを外していく。
そんな彼が好ましかった。
セックスする相手にそんな気分になったことに、やはり少しだけ黒羽は戸惑っていた。
彼に気持ちよくなって貰おうと思う。
香澄の誠実さに、心では応えられないから。
だから、自分ができるせいいっぱいの事を。
彼は初めてなのだから、抑えめに、控えめに。
導きながら、でも押しつけないように、彼を誘う。
思ったよりずっと、鼓動が早くなった。


突然の挿入に、思わず声が出た。
寮の部屋であまり大きな声は出せない。
声は、押さえなきゃ。頭の隅に注意が点滅する。
だが、男を受け入れることに慣れているとはいえ、充分に潤すことをしなかったそこに、香澄の大きさをおさめるのは、少々きつかった。
セックス自体になれていないのだろうと思う。
香澄の動きは性急で、殆ど本能に任せた激しいものだった。
身体がガクガクと揺らされる。
快楽よりも、痛みの方が強い。
それでも、なんとなく自分がこのセックスに嫌悪感を感じていないことが不思議だった。
若い、未成熟なセックス。
ただひたすら、ひたむきに自分の身体を貪る姿。
不思議と、悪くない、と思う。
彼だって、男だろうに。
男に抱かれることを、自分は嫌悪しているのに…。

彼が自分の中で弾ける。
「香澄?」
どうも彼はそれがまずいと思っているらしかった。
彼とのセックスに失敗は出来ないと、そんな気持ちが、再び自分の中で大きくなっていく。
別にいいのに。
僕の身体なんかどうでもいい。
男とセックスする事に、これほど慣れていながら、自分がそれを好きかどうか解らないんだから。
快楽は感じる。誰かに抱いて貰って、射精する。
一瞬の快感。
男として出来損ないだとは思うが、それでも人並み程度に性欲はあるらしい。
でもまあ、それだけだ。
僕がイクかどうかはたいして大切な事じゃない。

でも、こっちがイク事にこだわる男はたくさんいた。
自分がイカせたって優越感にひたりたいわけだ。
抱いてイカせて、声をあげさせて。自分のセックスの虜にしてやったのだと、そう思いたい男たち。
そういう男達は声をあげてねだれば、おそろしく喜んで興奮した。
もちろん香澄はそんな男ではないだろう。
でも、僕がよがったほうが、彼が気持ちいい事も解っていた。

僕は決して人好きのする男じゃない。
何度も綺麗だと言われたが、綺麗な事と、人に好かれる事は違う。
人は僕を遠巻きにして、一線から近寄ってこなかった。
つき合いが苦手な僕にとっては都合が良かったが、そんな風に普段は寄りついても来ない男達が、不思議とセックスになると驚くほど興奮して、自分の身体を責めたてたがった。
解っている。
僕はセックスの時は、セックスで求められる姿に自分を変えるのだ。
意識しないでも、いつでも僕は男たちにそんな態度をとっていた。
感じやすく、どこまでも厭らしく男を誘う。
冬馬にたたき込まれた事を、決して僕の身体は忘れない。
今もそんな自分に変わりつつある事を、僕は自覚していた。
止める事は出来ない。
そんなセックスしか知らないから。

でも香澄。
僕は気持ちいいよ。
それだけは本当だ。
君はいい男だし、君によくなって欲しい。
僕なんかで、こんなセックスですまない。
でも、君と上手くやりたい。
僕の中で、もう一度イッて欲しい。

セックスの後はいつも最低な気分だった。
でも今日は、そうならないような気がする。
どうしてかな…香澄。

 

 

second scene


 最初に香澄とセックスしてから2週間がすぎた。
気がついたら、あれきり彼とセックスしていない。
その事に2週間もしてから気がつくなんて、僕は莫迦だと思うが、あのセックス以来、不思議と自分の中に性欲らしいものが湧いてこなかった。
まあ、一年くらい全然しなかった事もあるといえばあるのだが、なんとなくその時とも違った気分だ。
心身共に萎えて落ちてしまった時は、当然セックスする気も起こらない。
そういうのとは違う。
どちらかというと、なんとなく満ち足りていた様な、そんな気がする。
不思議だ。
彼とはセックスしただけだ。
セックスは身体だけだ。心がどこか遠くにあっても、応じる事ができる。
香澄とのセックスは、確かに僕にとって特別ではあったけれど。
でも、ただのセックスだった。
疑問は答えを出せないまま、ふわふわと宙に浮いていた。


しかし、香澄の方はそうでないだろう事に、いまさら気付いた。
香澄は健康な男だし、2週間もあったら、一度もしたくなかったなんて筈はない。
そう思って注意して見ると、どうやら香澄は、セックスしたいと思っているにもかかわらず、手を出しかねているようだった。
まあ確かに警察の生活は、プライバシーにも欠けるし、寮でもそうそう手を出す訳にもいかない。仕事の具合によってはセックスのためだけにどこかに行くことも、なかなか出来ない。
たとえば二人きりになれるような数少ないチャンスがあったとしても、経験の浅い香澄は、逃してしまうらしかった。
だが、したいと思っているのは確かなようだ。
そういう事だけは解るんだな、とふと自嘲の嗤いが浮かぶ。
いつでも冬馬のそういう気分を窺っていたから。
でも、それならこちらからセックスできるように仕掛けないと。
そんな風に思った。

風呂に入ったのはチャンスだった。
裸でも、誰も不審に思わない。この時間なら誰が入ってくることも滅多にないことを知っている。
僕は香澄の身体に手を伸ばした。
彼は驚いたようにこちらを見る。

セックスしよう、香澄…。

抱き合って、キスする。
肌の感触が心地よい。
香澄の熱い身体が好きだと、ほんの少しだけ思った。

 

 

one day scene


 トイレでいきなりキスされたのには驚いた。
しかし、数少ないセックスできるチャンスを、香澄が仕掛けてきたのだろうと思った。
なんとなくホッとする。
何度か彼と寝たが、どれも基本的には自分が仕掛けたものだった。
彼が慣れてくれたのなら、それは嬉しい。
彼がしたい時に僕が応じればいいからだ。
人のタイミングを読むのは、いつでも難しかった。
それに、香澄が積極的になってくれるのも、上手くいっている証拠のようで嬉しかった。

トイレでは、よく冬馬にフェラチオをさせられた。
姦されたことも何度もある。
どこでもいつでも、冬馬が求めたら身体を開くこと。
昔の僕は、そんな風に調教されていた。
香澄はもちろん冬馬とは違うが、個室に引き込まれたからには、当然キスだけのつもりはないだろう、と思う。
でも今ここに、ローションの類いは用意していない。
香澄が持っているとも考えにくかった。
しかしせっかく香澄から仕掛けてくれたチャンスだ。
ダメにしたくない。
あとは唾液か、そうでなければ、そうだ。
香澄の精液を代わりに使おう。
香澄はそんな事出来ないだろうから、僕が口で受けて、僕が用意しよう。

情熱的なキスに応じながら、彼のズボンを探る。
若い彼のモノは刺戟に敏感で、手の中であっと言う間に大きく硬くなっていく。
膝をついて口に含むと、ますますそれは張り切って喉の奥を刺戟した。
単純に、自分の身体も反応する。
セックスの気分になっていく。
しかし香澄はいきなり自分のモノを口から引き抜いた。
見上げると、妙な顔をしている。
何だろう。あまり良くなかったのだろうか。

ほんの少し焦った。
冬馬とのセックスが、かなりアブノーマルなものを含んでいたことを、今では僕も知っている。しかし、どこまでがノーマルでどこからがそうではないのか、その辺りの区別は、実はよくついていなかった。
僕は知らないうちに、何か香澄を驚かせるようなことをしてしまったのだろうか。
どこか非常識だったか?
精液を潤滑剤にしようなんて、それが拙かったのだろうか?

もちろん精液を潤滑剤なんて白鳥が思いつくはずもない。
当然思いつかなかったことにたいして、拙いともいいとも思うはずがない。
白鳥が『トイレでいきなりセックス』自体に、もうビックリしていた事に、黒羽はまったく気付かなかった。
(何せセックスすることが大前提だと思っていたので、しないという選択肢は思いつかなかったのだ)

黒羽は一瞬あせり、それから自分のベルトに手をかけた。
そういえば香澄はマヨネーズも嫌がっていた。
代用品の類いが嫌いなのかもしれない。
彼が何が好きで、何が好きではないか、その辺りは、もう少し解っていた方がいいかもしれないな。
まあいい。どっちにしろ何もつけないセックスも、僕は経験している。
少し大変ではあるが、香澄がそれのほうがいいなら、僕は構わない。

どこかずれていることにまったく気付かないまま、黒羽は香澄を導く。
彼のモノが中に入ってきたので、黒羽は満足した。
やっぱりこれでよかったんだ。
香澄から積極的に求められるセックス。
それは、悪くなかった。
何もつけない緊さに耐えられずに、彼が僕の中に放つ。

「ごめん、ええと…」
香澄が何を謝っているのか解らなかった。
僕は満足したし、香澄に謝られるような覚えはどこにもない。
香澄が引き抜くと、彼の出したものが脚を伝って下に流れる。
この感触はあまり好きではないけれど、彼のものだと思えば、それ程不愉快ではなかった。
「僕はいいから」
香澄が伸ばしてきた手を遮る。
「だってコウ、オレだけ…」
ああ、それで謝ったのか。
やっと解った。でも僕は、これで充分だから。
眉を顰める香澄に向かって、僕は首を振った。

「声を抑えられる、自信がないから」
そう言ったら、いきなり香澄に抱きつかれた。
香澄と抱き合うのは好きだった。
彼の髪が唇に触れる。
もう一度、キスがしたいな。
頭の隅にそんな思いが一瞬だけ掠めていったが、意識される前に、その思いは薄れて消えた。

うん。
今度トイレでする機会があったら、声を出しても聞こえないように工夫しよう。
口に何か詰めるとか、人の来ないトイレを選ぶとか…。


それなりにいい感じで抱き合っていた二人だったが
(黒羽も白鳥も下半身丸出しだという事は、この際置いておく)
実は心で思っていることが、果てしなくズレきっている事には、まったく気がついていなかったのだった。

END