仮面の告白−silent−
「これは、真実の仮面だ」
そう言って差し出された仮面を、黒羽 高は手に取ってじっと見つめ、そしてそっとかぶった。
「どうだ? 気分は」
細く開いた目の孔から、こちらを覗く冬馬涼一の端正な顔が見える。
「それをかぶると、本当の事しか言えなくなるんだ。隠されていた真実の自分が姿を現す」
仮面を付けたままの黒羽をベッドに横たえ、冬馬は服を脱がせ始めた。
黒羽は少しだけホッとする。
今日の遊びは、それ程過激な趣向ではないらしい。
実家に帰っていた冬馬から「スカイで会おう」という電話が入った。
冬馬が外で会おうと言う時は、大抵黒羽をゲイストリートに連れ込んで、そこで誰かに黒羽を抱かせて楽しむのが常だった。
(相手が複数だった事も一度や二度ではない)
冬馬以外の男に抱かれる事は、非常に苦痛だった。ましてや抱かれている姿を、彼自身に見られているのだ。
だが、どれほど苦痛でも、黒羽はそれを拒否する事が出来なかった。
冬馬がそれを望んでいる。
黒羽が知らない男に何回も貫かれてよがる姿を、冬馬が見たいと言う。
たとえ冬馬の望みでも、誰かを傷つけろと言う命令だったら、黒羽も躊躇しただろう。
しかしこの場合、傷つくのは自分だけだった。
自分を差し出せば、冬馬が喜ぶ。
冬馬涼一を、黒羽は喜ばせたかった。
愛していたから。
愛していると思っていたから。
自分には彼しかいなかったから。
だからどれほど屈辱的な行為でも、黒羽は言われるままにやった。
誰に犯されても、どんな事をしても、平気だと思った。思おうとした。
冬馬は気まぐれで、ほんの少しでも彼の意に背いたら、さっさと捨て去られそうな気分が、常にしていたから。
呼び出されて、またかと暗い気持ちにはなったものの、それでも黒羽は地上に出かけた。
しかし冬馬涼一は、その日に限ってゲイストリートに行こうとはしなかった。
代わりに世界一有名な遊園地、砂城が誇る東京ドリームパークへと連れ出した。
ドリームパークは夜にもかかわらず、観光客でいっぱいだった。
黒羽は不思議な気分で冬馬の後をついて歩く。
遊園地は確かにいつも人で混みあっているものだが、今日のここは少し雰囲気が違うような気がした。
「コウ、今日はハロウィーンだぜ」
「ハロウィーン?」
「ああ。クリスマスみたいには、日本じゃやらないけど、遊園地とかではやるのさ。客を集める格好の口実だろ? 今日のドリームパークはカーニバル仕様らしいぞ」
「ああ…だからみんな仮装しているのか」
「そうだよ。今日はコスプレしてきた客は無料。それと、子供に限り菓子袋もサービス」
涼一は黒羽を一つの建物に引っ張っていく。
「まあ菓子はともかく、衣装を持ってない人の為に、仮装用衣装の貸し出しもやってるんだ。やっぱりやらなきゃ損だろ?」
冬馬は嬉しそうに、貸衣装のカウンターに肘をつくと、顔見知りらしい受付の女性に愛想よく声をかけた。
「こいつに似合う衣装って、あるかな?」
女性は黒羽の顔を見ると、嬉しそうに顔を輝かせた。
「わああ〜。ムチャ綺麗な子じゃない。どこから連れてきたの? 涼一」
「オレの後輩。弟のようなもんさ。何か着せてやってよ。こいつ、顔は綺麗なくせに、妙に地味好みなんだ。一度ハデに飾ってやりたくてな。いい服ある?」
「あるある。じゃあ涼一と併せようよ」
「いいよ、よろしく」
よく解っていないうちに勝手によろしくされてしまった黒羽は、30分後、素晴らしくゴージャスなドレスを着せられていた。
「似合うぞー。よかったな。外国製でサイズが大きすぎて、誰も着られなかったんだってさ」
「り、涼一…これ…」
「でもまあ、女王様だってんなら、でかいのは逆に効果的だよな。ゴージャス感倍増だ」
「ハイヒールが、その…」
高く結い上げた形のウィッグは落ちてきそうな気分になったし、腰は締めつけられて悲鳴を上げてるし、何より踵が高くて先の細い靴が、これほど歩きにくいとは思わなかった。
しかし自分では顔をしかめているつもりだったのだが、周りはそんな風には思わなかったようだった。
「写真撮っていいですかー?」
「すごーい、綺麗…。芸能人?」
「男かな? 女かな? 女にしては、メチャクチャ背が高いけど…」
「外国人なら、あれくらいの女の人もいるんじゃない?」
たちまち多くの人に囲まれて、カメラのフラッシュ責めになる。
涼一はご機嫌で、姫に傅くナイトのポーズをしてみせた。
彼はそう言う芝居がかった仕草がえらくサマになる男だった。
ただ立っているだけの黒羽とのツーショットが、それだけで一枚の絵になる。
あっと言う間に、厚い人の輪が2人の周りにできていった。
「ああ…あーははは。面白かった。目立つ目立つ。だけど、あっちのテレビカメラからは逃げようぜ」
これ以上ドレス姿などを全国公開するのは黒羽もゴメンだったので、足が痛いのを我慢しながら小走りに冬馬の背中について走る。
「本当は、オレが王子役になろうと思ったんだけど…」
ニヤニヤ嗤いながら、冬馬は黒羽を振り返った。
「だけどヒール履いちゃうと、お前の方が背が高くなるからな。だから今日は、お前にお仕えするナイト役だ。悪くないだろう?」
どう答えていいのか解らない。
「姫、これから先はお忍びだ。顔を隠さなきゃな」
そう言って涼一が差し出したのは、銀の仮面だった。
「真実の仮面だよ」
目と鼻を覆う形の、小さな仮面。
しかしそんな小さなものでも、顔を覆うと妙に閉じこめられた気分になった。
「じゃあ姫。これからがお楽しみさ」
そのままの格好で手を引かれ、黒羽はホテルの一室に連れ込まれた。
「うっ…ううう…」
口に布を噛まされ、鬘とドレスをはぎ取られる。
「コウ、ずいぶん腰が細いじゃないか。こうやって締めつけられるの、嫌いじゃないだろ」
手間のかかる昔風のコルセットを外し、冬馬は黒羽の足を大きく開かせた。
脱がされ、身体の下に敷かれたドレスのレースが、白い肌にまとわりつく。
仮面は付けたままだ。
「いい感じだ。すごくそそる絵だぞ、コウ。とらわれの、淫乱な姫さまの図だ。さて、ナイトとしては姫のご期待に添えるようなご奉仕をしなくちゃな」
仮面を付けたままの狭い視界では、冬馬が何をやっているのか見る事は出来なかった。
「まずは姫さまに、少しはよくなってもらわないとな」
ぬるりと冷たいものが後ろに当てられた。
「ん…んん…」
指が中に入り込み、その冷たいものを身体の中に押し込んでいく。
黒羽は微かに首を振った。
間違いなく、何かの薬だろうと思われた。
合法と非合法スレスレの辺りにある、セックスドラッグ。
「あーあ。まだ薬利いてないだろう? なのにもう勃ってるのか? さすが淫乱な姫サマだな」
冬馬はくすくす笑いながら、指をぐいっと奥まで突っ込む。
「ぐ…ううう」
「いいだろ? こうやってかき回されるの、好きだろ?」
冬馬はもう片方の手で黒羽の勃ちあがったものを緩やかに掴み、そして根本から上に向かって舌を滑らせた。
黒羽の体がびくりと震える。
舌先がちろちろと一番敏感な部分を刺激していく。
それから冬馬は、ゆっくりと黒羽のモノを口に含んでいった。
「ん…」
涼一、涼一…。
頭の中が白くなっていく。
涼一にこんな風にしゃぶられるなんて。
それは久しぶりの行為だった。
痺れるような快感が身体中に伝わっていく。
涼一の指と舌が吸い付くようにまとわりつき、あっと言う間に黒羽を追い上げていく。
薬が効いてきたのかもしれない。
肌が恐ろしく敏感になっているのが解った。
だが冬馬は黒羽が果てそうになる度に、指で押さえつけた。
「う…ううう」
何度も繰り返される仕打ちに、黒羽は声をあげる。
しかし布を噛まされた口からは、唸り声しか出てこなかった。
「ん? 何が言いたいんですか? 姫。ああそうか。淫乱な姫は、そろそろ後ろにも挿れて欲しいんだよな。指じゃ物足りないよな。いいかげん良くなってきた頃だし、我慢しきれないだろう?」
冬馬が手に何か持っているのがチラリと見えた。
…道具は嫌だ。
そう思った次の瞬間、異物が身体の中に挿入り込んでくるのが解った。
指より遙かに太いもので、無理矢理身体を開かれる。
「……っ!!」
「姫さま、バイブ大好きでしょう?」
嗤いながら黒羽の中をかき回すと、手元のスイッチを入れる。
身体の奥に加えられる激しい刺激に、ベッドの上で黒羽の身体が大きく跳ねた。
「あっ…。あーあ。ちょっと姫。ダメじゃないか。こんな事でもう射精しちゃうのか?」
身体の上に飛び散った黒羽のモノを、冬馬は指で掬って黒羽の顔になすりつける。
「姫は我慢が足りないな。よっぽど良かったんだ、これが」
冬馬は黒羽の中でまだ動き続けるそれを見下ろして嘲笑った。
「でも、オレは怒らないよ。好きなものはしょうがないよな。姫に忠実なナイトとしては、たとえ姫がどんなにはしたなかろうと、望むご奉仕はしてやらなきゃな」
「うっ…ううう」
冬馬がもう一本別のバイブを取り上げるのが解った。
彼が何をしようとしているかが解って、黒羽は激しく首を横に振る。
「そんなに欲しいなら、もう一本挿れて差し上げますよ、姫」
嫌だ、やめて。
口の中で叫ぶが、やはりうめき声にしかならない。
どこかの知らない男に何回も犯される事よりは、今日の行為はマシだった。
それでも…。涼一。涼一、僕は…。
首を横に振り続けているにもかかわらず、まだ中で蠢き続けているそれに刺激されて、自分のものは再び勃ちあがり始めている。
冬馬はその様子を楽しそうに見下ろした。
「やっぱり淫乱だな、コウは。恥ずかしくないのか? こんなに大きくして。全然満足出来ないか? 欲しいんだよな、男が」
「うう…んんん…」
「なんだ? 何が言いたい? コウ。二本くらい平気だって?」
言いながら冬馬は、二本目を黒羽の足の間に入れると、既に抉られているそこにぐいっと押し当てる。
「ぐっ…ううう…」
「違うのか? コウは、どうして欲しいんだ? 言ってごらん」
冬馬の手が頭の後ろに周り、やっと黒羽は口に噛まされていた布から解放された。
「や…だ、りょうい…ち」
掠れた途切れ途切れの声が、どうにか喉の奥から絞り出される。
目からは涙が滲んできた。
「嫌だ? 嘘をつけ。喜んでるぞ、お前の身体は」
「だって、涼一…。僕は…」
「僕は? 何して欲しい、コウ。嫌だなんて嘘はダメだ。その仮面を付けたら、本当の事しか喋れなくなるんだから」
冬馬の顔が近づいてくる。
「ん…」
唇を開いて、黒羽は冬馬を受け入れた。
冬馬の舌が、独立した生き物のように黒羽の中を犯す。
「何をして欲しい? コウ、ん?本当の事だけを言わなきゃ駄目だぞ。オレに何して欲しい? 言ってごらん」
「…涼一…のが」
「オレが?」
「涼一、涼一のが…いい。涼一が…欲しい」
「オレにして欲しいのか? でもさっきは嫌だって言ってたな。あれは嘘か? いいや、嘘はつけないはずだな。じゃあ両方本当か。いやらしい姫」
「涼一のが欲しい。涼一のモノを挿れて。涼一のを突っ込んで。お願い」
叫びながら、黒羽は冬馬の身体にきつくしがみついた。
身体に挿れられたものは、休むことなく黒羽の内部を抉り続けている。
薬で敏感になった身体には、耐え難い刺激だった。
涙が仮面の内側に溢れ、唇を伝って下に落ちていく。
「オレのが欲しいのか。それが本心か? ええ? 姫さま」
黒羽は何度も頷いた。
「バイブじゃなくて、涼一のを挿れて、メチャクチャにして…」
「いいとも。ご要望に応えようじゃないか。今日のオレは優しいナイトだからな」
冬馬はバイブを乱暴に引き抜くと、身体を重ねてきた。
「ああああっ。りょう、いちっ」
悲鳴のような声をあげる。
冬馬のモノが身体の中に熱く入り込んでくる。
気持ちいい。
涼一、すごく、いい…。
やめないで。
やめないで涼一。
愛してる。愛してるから…。
時々涼一は、ひどく優しい。
いい子だ、コウ。
こんな事も、お前が好きだからするんだ。
耳元でそう囁かれると、天にも昇る気持ちがした。
信じたい。
その言葉を信じたい。
好きだからするというなら、僕はどんな事だって嫌じゃない。
セックスをするのは、僕が好きだからなんだろう?
他の男との事は、僕にはよく解らないけれど、今日は涼一としてる。
このままずっと抱かれたままでいたい。
抱かれている時だけは、涼一が自分の一番近くにいるから。
自分の中にいるから。
だから、やめないで。涼一。
僕を犯して、僕の中にいて欲しい。
「ああ…。あっ、あっ…」
涼一のモノが、自分の中を激しく擦りたてる。
「いいか? コウ」
「いいよ、涼一。すごく、いい。お願い、もっと。もっと…来て」
足が高く持ち上げられ、より深く突き入れられる。
「ああああっ!」
「自分から動けよ、淫乱な姫さま」
涼一の声に、夢中で尻を擦りつけてねだる。
そして、涼一に貫かれて、涼一の手の中で、僕は達した。
「コウ、オレのが欲しいって言ったな。じゃあ次はこっちの方でも味わえよ」
彼のものが喉の奥まで突っ込まれる。
僕は言われるまま、夢中で奉仕を続けた。
したい…。
涼一が欲しい。
仕事の時と、セックスの時だけ、涼一が自分を欲しいと思ってくれる。
だから、涼一とセックスしたい。
本当に…?
銀の仮面が、ぽとりと下に落ちた。
仮面はベッドから滑り落ち、床に転がって、嘲笑うように自分を見つめる。
嘘じゃない。
涼一に抱かれるのは、すごく嬉しい。
…でも、本当は違うのだろう?
仮面は奇妙に歪んだ視線で、黒羽の心を突き刺していった。
本当は、彼の心が解らないから、せめて身体でつなぎ止めておきたいだけなんだろう?
この仮面をつけたんだから、嘘はつけないよ。
本当に涼一にして欲しい事を、言ってごらん。
本当…。
本当の事って何だろう?
涼一にセックスして欲しいと言ったのは、嘘ではない。
でも…。
『これは、真実の仮面だ。つけると隠されていた真実の自分が姿を現す』
真実の自分など、解らない。
そんなものは、本当にあるのか。
僕は涼一を愛している。
それは僕の中の唯一の真実だ。
でも、でも涼一。
僕の本当の欲望は…。
『…涼一に、愛して欲しい』
怖くて、言えなかった。
愛とはどういう行為なのか、よく解らなくなっていた。
セックスするのが、その証だと思おうとしていた。
ねえ涼一。
僕は涼一から愛されるに値する人間なのだろうか?
せめて身体だけでも欲しいと思って欲しい。
浅ましい僕は、そんな風に思って、そうなりたくて、何でも彼の言う通りにしてきた。
でも涼一。
本当の気持ちは語れない。
涼一の返事を聞くのが、酷く怖いんだ。
解らないままを望んでいるのが、今の僕の真実なのだろうか?
そして僕は、セックスが愛の証だなんて、本当は信じていないんじゃないだろうか?
涼一を受け入れて喜ぶ身体。
涼一を信じる事ができない心。
身体と心は、どこまでも果てしなく分離していく。
仮面は地に転がったまま、黒羽を嘲笑し続けていた。
どれほどの真実も、お前が受け取らないならば、意味はない。
お前が生きる世界は、お前が選ぶんだ。
そして…。
黒羽は全てを放棄し、身体の感覚だけに身を任せた。
しがみつき、声をあげ、快楽に身体を震わせる。
目を瞑って涼一を受け入れ、昇りつめて落ちる。
この瞬間だけが、現実だった。
それだけを、自分は選んだ。
…次に瞳を開いた時、その仮面はどこかに消えていた。
もちろん黒羽は、それを捜したりはしなかった。
END
|