Love Birds
確かに少し大目にみてやろうと、そう思っていたわよ。
セックスするのは個人の自由だし、誰としようと、男同士だって構わない。
黒羽くんには、白鳥くんとの充実した性生活が必要だって、私も思うし、黒羽くんファンとしては、ぜひとも彼に幸せになって欲しいと、そうも願っている。
だけど、これはいかがなものか。
警察寮の部屋でしたって、誰にも迷惑かけなきゃいいかって私は思うけど。
でも…署内はマズイでしょう。
署内でえっちしていいと言った覚えはないんだけどな。
（やっちゃダメとも言ってないけど…）
そこは確かに黒羽くんくらいしか使わない、物置みたいな空き部屋だけれど。
でも、決して黒羽くんのプライベートルームって訳じゃないんですからね。
誰かがいきなり入ってきたとしても、文句は言えない場所なのよ。
そりゃ、みんなそこが黒羽くんの個室みたいになっている事は知ってる。
だから突然、ずかずか入り込んだりは、誰もしないでしょうよ。
入って黒羽くんにジロリと睨まれるのなんて、まっぴらごめんだからね。
でもさあ…。
今日は誰かが呼びに来るかもって、そうは思わなかった？
盛り上がっちゃったんだとしても、せめて鍵くらいかけるとか。
小娘じゃないから、騒ぎ立てたりはしないけど。
覗きをするつもりじゃなかったのに、何故かそういう状況になっちゃったじゃない。
そりゃー、行為の大半はソファーに隠れて見えませんけどね。
でも、あの動きは、どう隠したって…ねえ。
ため息が出ちゃう。
まったくもう、どうしてくれよう。
仕事の後、黒羽は空き部屋の一つを使って、ゆっくりと銃の手入れをするのが習慣だった。
白鳥は別にそれにつきあう訳ではないので、辺りに姿が見えなくても、別に何も思わなかった。一人きりでいつものように部屋に入り、ドアを閉める。
だが椅子に座ろうとした瞬間、ソファーの影からいきなり手を引っ張られた。
反射で振り払おうとして、そこに寝ころんでいるのが香澄だと気付く。
「香澄…」
力を抜いたら、そのままソファーの上に倒れ込む格好になってしまった。
香澄の暖かい身体の上に、どさりと倒れ込む。
同時に香澄が下から腕を背中に廻して、ぎゅっと抱きしめてきた。
暖かい、彼の身体の感触。
思わず引き込まれるように唇を重ねていた。
唇に軽く触れて、それから舌を差し込む。香澄は情熱的に舌を吸ってきた。
微かにミントガムの香りがした。
「待ち伏せてた」
唇を離して、香澄はくすくすと笑った。唇は離れても、腕は外さない。力強い腕でしっかりと抱きしめてくる。
その、程良い束縛感が、黒羽の身体を疼かせた。
「絶対いつかやろうと思ってたんだ。でも、コウは勘が鋭いから、気付かれちゃうかと思ってたよ」
「いや…気付かなかったな」
「ホント？ 騙されたフリとか、してない？」
悪戯っぽい瞳が、下から見上げる。
黒羽は微笑んで首を振った。
「ぜんぜん。香澄に殺気でもあれば気付いたかもしれないけど」
「ヤル気はすっげえあったんだけど、それは感じなかったのか？」
「感じてるから、こうして抱き合っているんだろう」
軽口を返しながら、香澄の下半身に手を伸ばす。
もっとも身体を重ねているから、彼のモノがとっくに硬くなっていることは解っていた。
ベルトを外そうとするが、香澄は相変わらず抱擁を解かなかった。
仕方がないのでもう一度キスをする。香澄は笑いながら、足を絡めてきた。
完全に楽しんでふざけている。
「僕を捕まえて、どうするつもりなんだ？」
「うーん、このまま食っちゃおうかなーって、思ってるんだけど、都合悪い？」
「ここで？ 仕事場だぞ」
「まあそうなんだけど。オレ、気分いーんだ。仕事は終わったし、ちょっと我慢できない感じ」
言いながら口でネクタイの結び目辺りをごそごそと探る。
口でほどくのは無理だと思うが、くすぐったくて思わず笑った。
単にふざけているだけなのに、身体がだんだん熱くなってくる。
香澄が欲しい、と思う。
自分が経験してきたセックスは、いつも、もっと直接的だった。
脱いで触って絡み合う。欲望を吐き出して身体を満足させるためだけのセックス。
もちろんそんなセックスも嫌いじゃない。欲望だけに忠実な激しいセックスをひどく望んでいる時もある。
しかし香澄がしかけてくる遠回しな遊びは、いつも楽しくて気分が良かった。
確かにここは仕事場で、やろうと思ったことも残っている。
しかし香澄の気持ちもよく解った。
それなりに大きな事件が解決したばかりだった。バタバタ忙しくて、長い間お互いの身体に触れることもなかった。忙しい時は仕事に集中しているので別に気にならないが、こんな風に香澄から誘われると、確かに我慢できないような気がする。
「香澄に食べられたら、気持ちよさそうだ」
言いながら黒羽はネクタイを緩めた。
やっとほどけた腕を抜けて、お互いの服を脱がせあう。
ネクタイを首から外し、シャツの下に手を入れる。
暖かい身体が欲情を刺戟した。
香澄は上に乗って黒羽を攻めるのが好きなのだが、今日は下から手を伸ばしてきた。寝たまま黒羽の身体を抱き寄せて、肌に舌を這わせ、乳首を吸う。
「う…うぅん」
既に敏感になっているそこに刺激を受けると、自然と声が出た。
香澄は執拗に敏感な突起を舌で舐め、唇で探る。どうにも我慢がならない感覚に呼応して、黒羽のモノが勃ちあがってくる。
香澄は嬉しそうに、そこにも手を伸ばした。
「コウの、勃ってる」
「香澄…のも、もう…」
大きく勃ちあがった香澄のペニスは、黒羽の欲情を直接的に刺戟した。
こんな時に自分がゲイだという事をはっきりと自覚するが、薄暗いコンプレックスが湧き上がってくることはなかった。
我慢できなくなって身体を下げ、香澄のモノを口に含む。
「ああ…」
香澄が気持ちよさそうに体を震わせるのが嬉しかった。
感じてくれている。そう思うと行為に熱が入った。
先端を舐め、唇で刺戟する。口腔で締めつけると、それは更に勃ちあがって存在感を増した。
彼のモノは大きくて、口で受けるのはいつも少し苦しかったが、香澄の身体を悦ばせるのは好きだった。
舐めて、吸い上げて、唇で挟む。
指を添えて、張り切ったそれを擦りたてる。
香澄の息が次第に早くなっていった。
「コウ、すごくいい。我慢…できない。でちゃいそ…」
言い終わらないうちに彼が口の中で弾けた。びくびくと動くそれに吸い付いて、口の中に出したものを全部受ける。
味は好きではないが、香澄のものだ。行為に感じてくれた快楽の印。
瞳を閉じて、なんとか咽せることなく飲み下すと、香澄がうっとりと髪を撫でてきた。
「コウ、オレさ」
「…ん」
「すげー、コウが好き。大好き。コウのものにも、触らせて」
香澄にしゃぶりつかれると、痺れるような快感が全身に走った。
舐め上げられ、吸い上げられ、唾液でぬるぬるにされる。同時に後ろにも、指が差し込まれた。
唾液で湿らされたそれは、抵抗なく身体の中に沈み、入り口近くをもどかしいくらい優しく刺戟する。
「ああっ…。ああ…あぁぁっ」
思わず自分から腰を押しつけてしまう。もっと刺戟が欲しくて、声が止まらない。
「コウ、声押さえて…」
擦れ気味な声で香澄が下から注意するが、盛り上がってしまった身体は、完全に火を入れられた形になってしまった。
もうダメだ、と思う。
じらされたまま声を抑え続ける事なんて出来ない。
黒羽は香澄の硬く勃ちあがったソレに指を添えて、上から身体を落としていった。
香澄に食べられる予定だったのに、逆に姦している気分。
熱く充実したものが、身体を押し分けて入ってくる。
「香澄、いい…。すごく。あぁっ…」
出来るだけ声は小さくしたつもりだったが、どこまで押さえていられるのか、自信がなかった。
「あっ…。あっ…あぁっ…」
身体を完全に落として受け入れ、動き始めると、彼の先端が身体の最奥をリズミカルに刺戟した。
香澄の欲望がひどく気持ちいい。
香澄も同時に下から突き上げてくる。
感じる声以外は無言で、しばらくお互いの身体を貪り続けた。
二人の身体が発する卑猥な音と、軋むソファーの悲鳴だけが部屋の中に響いていく。
「あぁぁ…っ」
時々いいところを擦りあげられると、擦れた悲鳴のような声が出た。
もっと。もっとして欲しい。
香澄の動きが早くなってくる。腰がガクガクと動く。
すごい。
しばらくしていなかったせいもあるのだろう。身体が勝手に欲しいと言っていた。
淫らに腰を振り、香澄のソレを締めつけて、熱さと巨きさを味わう。
勃ちあがった自分のモノを香澄が握って擦りあげる。唾液と先走りでぬるぬるのそれが、香澄の掌の中でびくびくと動いた。
ざらりとした男の指の感触。ひたすら突き上げてくる熱い塊。
両方からの刺戟に耐えきれず、黒羽は震えて背を反らした。
喉が鳴って、香澄の腹の上に射精する。
「ああっ…。あっ…ぁ」
同時に香澄は黒羽の腰を押さえつけ、下から激しく何度か打ち付けた。
香澄が自分の中に放ったのが解った。
熱いモノが身体の中に拡がっていく。
「んん…ぁ」
ため息のような声が漏れる。
全身が熱で溶けそうだった。
もっと欲しい。
もう少し。香澄を感じていたい。
今度は…上から香澄に責めたてられるようにして、彼にしがみついてイキたい。
そんな貪欲な気分に、溺れそうになっている自分が不思議だった。
「コウ…」
息を荒くつきながら香澄がほんの少し不審そうな声を出した。
「…なに？」
香澄、今度は上から…。
ねだる声が出そうになったところで、香澄が再び口を開いた。
「ドアが…閉まったような音が、…聞こえた、ような。気のせいかな？」
ギョッとして顔を上げたが、部屋の中はどこも不審なところはなかった。
「えーと、聞かなかったオレもバカだけど、その、鍵は…」
「覚えていない」
黒羽は正直に首を振る。
「でも、コウは何も聞こえなかったんだよね。だったらオレの空耳かも」
信頼してくれるのは嬉しいが、自分がかなりぶっ飛んでいたことを黒羽は自覚していた。しかし香澄ににこりと笑われると、どうでもいいような気分にもなってくる。
「キスしてよ、コウ」
柔らかい声に、黒羽はもう一度唇をあわせた。
香澄、続きがしたいよ。
すごく、そんな気分…。
身体が蕩けていきそうなセックス。
さっきの快楽の残りが、ふわふわと身体の中に拡がっていく。
このままどこかに行って、ずっと抱き合っていたかった。
香澄に捕われて、今すぐ食べられてしまいたかった…。
結局銃の手入れは出来ないまま、二人そろって特殊班のある部屋に戻ると、そこは完全に空っぽだった。
「あ…」
「打ち上げ」
同時に顔を見合わせる。
どうやら事件解決の打ち上げに、黒羽と白鳥は置いてけぼりを喰らったらしかった。
「打ち上げは、そっちは二人で勝手にやったんでしょ？」
後に桜庭から少々意地悪な言葉をもらって、白鳥は目を剥き、黒羽は頬に血を上らせた。
「えっ…あの、その…ええと」
しどろもどろに何かを言いかける白鳥を制して、桜庭は鼻を鳴らすと、更に意地悪な言葉を投げる。
「言っとくけど、私は何も見てませんから。ええ、黒羽くんが上だったとか、そういう事も知らないからね」
「申し訳ありません」
いきなり、恐ろしく素直に黒羽がすぱっと頭を下げた。
完全に反省モードに入っている。
さっきまでは頬を染めていたから、見られたことが恥ずかしいとか、そんな感情だったらしいが、今はそれを通り越して、署内でセックスしたこと自体を後悔しているらしかった。
見てないって言ってるのに。
ウソでも、もう少ししらばっくれなさいよ。あっさりゲロしちゃうようじゃ、黒羽くんも刑事失格だよ。
桜庭はそう思いながら、あまりにも素直な反省ポーズに、ため息が出てしまった。
黒羽くんは基本的に規律とかそういうものに忠実だから、彼本来の性格だけから考えると、署内でセックスをするなんて行為は、本当はありえないんじゃないかな、と思う。
だから、これはきっと…想像だけど。
間違いなく冬馬涼一から、ここでセックスすることを仕込まれてきたんだろう。
きっとずっと、こっちが知らなかっただけで、色々されてきたんじゃないかしら。
そんな風に思う。
あの男だったら、空き部屋のソファーの陰どころか、この大部屋の机に黒羽くんを押し倒して、後ろから突っ込んでいても違和感はない。
ずっと慣らされてきたなら、この悪癖を直すのは難しいかもね。
今は反省しているようだけど、やり始めたら注意なんてぶっ飛んじゃうかもしれないし。
桜庭は心の中で頭を抱えた。
二人とも若いし、えっちが楽しくて仕方ないんだろうなあ。
それ自体は、いいことだとは思う。
頬を染める黒羽くんなんて、滅多に見られないものが見られたのは結構な事だとも思うし、彼が優秀である限り、健全なえっちは奨励したいところだ。
もちろんぜひ、他の場所で楽しんで欲しい訳だけどね。
今回は自分以外の誰も見ていなかったことだし、嫌味も一通り言い終わったので、桜庭は再度二人を睨みつけ、それで許してやることにした。、
「というわけで、打ち上げは終わったから。物足りないなら、続きはよそで個人的にやってちょうだい」
頭を下げる二人に、ヒラヒラと手を動かして退出を促すと、白鳥がもう一度大きく頭を下げた。
それから黒羽の手を取って外へ引っ張っていく。
黒羽はとまどい、少しだけこちらを気にしたが、しっかりと手を握られたまま、白鳥にぐいぐい引っ張られていった。
ふうん。
あんな風にリードがとれるようになったんだ。
桜庭は少しほほえましく思った。
黒羽くんは、本当は誰かに引っ張って貰うのが好きなんだよね。
もちろん一人で立つ姿も、かっこいいけれど。
でも彼は、昔からどこか朴訥でナイーブで、可愛い男だった。
まだもちろん、彼のあちこちは欠けて崩れたままだけれど。
それでも懐かしい昔の彼の姿が、ほんの少しだけ還ってきたような気がして、知らず唇に微笑が浮かんだ。
もっとも…。
あの物置部屋の入り口近くに、もう一つ何かこう、目隠しになるようなものを置かなくちゃ。
そんな現実的な対策も、頭に刻みつけるのを忘れない桜庭であった。
 
ＥＮＤ
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