外から砂城に入ってくる警察官は、必ず外にいた階級より無条件で二階級上がる。
何故なら、外から砂城に進んで来たいという警官は殆どいないからだ。
警官の死亡率は、ここでは恐ろしく高い。
(一般市民の死亡率も高いけどな)
そして、その死亡者のおおよそ8割が外部から来た警察官だった。

一般市民も銃の携帯が許されている砂城のルールは大変特殊で、警察も一種独特のルールの上を動いている。
外部出身者の殆どは、そのルールがよく解らないまま仕事に放り込まれ、そして慣れる事が出来ないうちに死んでいく。
この悪循環により、砂城警察はますます閉鎖的に、そして特殊な場所となっていった。
しかし公務員という性質上、あまり閉鎖的になるのは好ましくない。
故に上から砂城への移動は、積極的に奨励されていた。

その為の一つの報奨が『昇進』である。
試験を受けなくても、キャリアじゃなくても、砂城に行きさえすれば、誰でも警部補になれる。
もっともこの魅力を持ってしても、自分の命と天秤にかけてまで砂城行きを志願する警官は少なかった。
まあ、そりゃそうだよな。
二階級特進なんて、普通は死んだらなるもんだぜ。
つまりは、死んでこいって言われているのと一緒だもんな。


オレはもちろん違う。
オレは昇進につられて砂城に来た訳じゃない。
オレは、自分の夢を手に入れる為に来たんだ。
オレの正義の味方に、もう一度逢う為に。
そして、今度はオレ自身が正義の味方になる為に。

今ではコウと一緒に生きる事も、オレの望みになっている。
コウを守って、一緒に暮らして。
大好きだって言って。いっぱいキスして。
えっちも毎日…いやその。むにゃむにゃ。
とにかく。
コウのいる場所がオレのいる場所だと、オレが思っているように、コウにもオレの所が自分の場所だと思って欲しい。
ホモでもゲイでも、もはやオレは構わない。
オレがコウにメチャメチャまいっちゃっている事だけは、どうしようもない事実なんだから。

もう、夢だとか望みだとか、野望だとか下心だとか。
そういったモノをいっぱい期待して、オレは砂城に来る事にしたんだ。
昇進はオプションで付いてきたようなもんさ。
(もっとも死亡率の高さについては、アホな事にここに来るまで、オレは全然知らなかった)
しかし、たとえオプションだって、ついて来ちゃったものは考えざるをえないだろう? そりゃ普段はあのリベラルな特殊班にいるから、あまり考えないですんでるけど。
でも、余分に給料貰っちゃってるし。
警部補なんだから、オレそれなりに仕事しないといけないんじゃないだろうか?

背伸びしすぎるのは良くないとは思う。
それでもオレは、事実看板背負っちゃったんだから。
少しでも、出来る限りの事をやろうって思っているんだ。
だから、そう思っている分、自分の実力が足りない事にも苛つく。

やらなくっちゃ、という思い。
足りない事を実感する、自分の力。
オレの階級なんて、どうせタナボタだと。
冗談みたいに口にしてるけど。
でもいつか、自分ではそれに見合う男になりたいとそう思い続けているんだ。
それでも、時折自分の中にどうしようもなくせり上がってくるコンプレックス。
いますぐ出来るわけがないのは、解っていても。
それでも今すぐ、オレはもっと上に行きたい。
認めてもらえる実力なんか無いって解っているくせに。
にもかかわらず、オレは認めて貰いたいんだ。
そう。今すぐに。

だからオレは、全然そう出来ていない自分に、腹を立てているのだった。


そうさ。スリの摘発なんか出来ない。
オレは認めてもらえるような実力はないんだ。
あるのは形だけの、リーダーって役割だけ。
仕方ない。
悔しいけど、オレは仕方がない。

でもコウは?
コウは悔しくないのか?
三係から、ただの飾り物のように扱われてさ。
コウはこっちで、ただニッコリしてればいいって、そう言われているんだぜ。
コウはオレと違うだろ?
もっとずっと、ちゃんとした仕事が出来る筈だ。


「なあ、コウはお飾りで構わないわけ? こんな…さ」
しかし、見上げたオレの瞳に映ったのは、思いもかけないコウの顔だった。
「コウ?」
「…香澄。言っている意味が解らないよ」
「え? だって」
オレはちょっとうろたえてしまった。
だってコウってば。ぽかんとした顔なんかしていたのだ。
オレが何を言っているのか、本気でまったく解らない、という顔だった。

「え? だってコウ。ここでただニッコリしているだけなんだぜ。台の上に乗ってさ」
「ああ。そうだけど」
「い、嫌じゃないわけ?」
「どうして? これは仕事だ」
「で、でも。三係の奴ら、コウを看板なんかにして、自分たちだけあっちで…」
「最初から、僕たちの仕事は、おとり捜査の手伝いだ」
「それはそうかもしれないけど。で、でも…コウを指名したのは、コウが顔が知られてるからってだけなんだぜ。コウの実力なんて関係なかったんだ。欲しかったのはコウの顔だけなんだ」
「うん」
「うんって…。コウ」
「香澄」
ものすごく驚いた事に、コウはオレの前でニッコリ笑った。
オレは…ドキリとした。


ふわりと。
まるで薄暗い靄の中に、綺麗な灯りが点ったような。
そんな笑顔。
誰もが振り向いて足を止めて、ついそれに見蕩れてしまうような。
思わずその灯りに誘われて行きたくなる。
綺麗な、すごく綺麗な笑顔。

オレだけじゃない。
後ろにいる岸本も、口を開け、顔を赤くしてコウを見つめている事が解った。


「香澄。これは僕の仕事だ」
コウの口調は真剣だった。
「僕の任務は、台の上に昇って、みんなの目を集める事だ。ここに警察が来ていると派手に知らせる事なんだ。どうだろう? 今ので上手くやれると思うか?」
「…っ。もっ、もちろんっ」
オレはブンブンと首を縦に振る。
コウにそんな顔をされてチラリとでもコウの方を見ないヤツなんて、不感症だよ。絶対。
顔を見る事ができないヤツだって、オーラで振り向いちゃうよ。
「そうか。よかった。ちゃんとやれるか心配なんだ。ただニッコリすればいいと香澄は言うが、僕は笑うのが得意じゃないし。
それに…あまり、人好きのする顔じゃないからな」
「そ…それはどういう認識だよ。コウ」

コウが怖がられてるのは、顔じゃなくて性格、というより醸し出す雰囲気のせいだ。
人見知り激しいって言うか、近寄られたくないって言うか、そう言う雰囲気が普段は漂っている。
それに大抵の男は一目でコウにコンプレックスさ。
自分が劣ってる気がして気後れしちゃうんだよな。
その証拠に、女は全然平気で寄ってくるじゃんか。
だから顔だけで言うなら、コウの顔が嫌いな奴なんて、オレは一人もいないって断言するぜ。
そんな魅力的な顔をしたコウが、意識して誰かを惹きつけようと笑ったりしてみろ。
誰もそこから動けなくなっちゃう。
みんなコウを取りまいて、うっとりだ。

ま、まあその。
そこまでされたら逆に仕事にならないから、セーブして欲しいけど…。

「この仕事で必要なのは、僕の顔なんだろう? 僕は必要だと言われているんだろう? だったら何も問題はない。僕は僕の仕事をやるだけだ。
でも香澄はどうして怒っているんだ? 僕が何か拙い事をしそうだというなら、今のうちにはっきり言ってくれ」
「いや、そうじゃなくて…コウ…」
オレは首を横に振って、それからもう一度コウを見つめた。
コウの顔は恐ろしく真剣だった。
そしてすごく「キレイ」だった。
誰でも振り返って見つめてしまう美貌。
そして、オレが一目で好きになって、ずっと想い続けていた、どこまでもまっすぐな瞳。



…何だか自分が、えらくバカみたいな気分になってくるのが解った。
オレが拘っている事って、なんだ?
プライドか?
ただ突っ立って愛嬌を振りまく事なんか、警官の、男の仕事じゃないとか、そう思っているのか?
着物姿で立つコウが恥ずかしい?
こんな所で客寄せパンダの手伝いをする自分は、みっともない?

そうじゃないだろう。
確かにこれは、コウだからこそ出来る役まわりだった。
三係の見識は確かだ。
他の誰も、コウほど効果的に人の耳目を集め、警察の存在をアピールする事は出来ないだろう。

オレはコウにオレ自身の不満をぶつけていたんだ。
それは解っていた。
オレ自身には力が無くて怒る権利がないから、代わりにコウに怒って欲しかったんだ。
オレはコウも本当は怒っているんだろうって、勝手に思ってた。
でもコウは最初から怒ってなんかいなかった。
怒る理由なんか無い。
もう自分は必要とされたのだもの。
自分が持っているどの部分が必要とされたかは、コウには関係ないんだ。
コウはいつだって、お茶くみが必要ならお茶を入れるし、ポスターのモデルが必要ならカメラの前に立った。
そして銃が必要なら、コウは躊躇ったりしない。
必要とされる場所で、必要とされる力を発揮する。
だからいつだって、コウは最高でいられるんだ。

今ここで求められているのは、確かに飾り物のコウだった。
銃を振り回すコウも、誰かを叩きのめすコウも、誰も欲しがっていない。
コウがここで派手に警察をアピールする事で、初めて仕事の歯車が、カッチリ噛み合って回るのだ。

オレは…知ってた、筈だったのに。


オレは、オレ自身でコウの事も自分の事も貶めていたのだった。

顔に血が上ってくるのが解った。
「香澄、顔が赤いぞ」
「あ、うん。大丈夫。寒いとか、風邪とかじゃないから。ただ、オレって、何かあせっていたんだなって思って」
「あせる?」
「いや、やっぱりオレ、まだガキなんだなって」
「二十歳は…超えているだろう?」
オレは軽く吹き出した。
「いいよ、応えなくて。コウに問題はない。オレにはあったけど、いま解決した。仕事、ちゃんとやろう」
「何だか解らないが。しかし香澄が問題ないと言うなら、それでいい」
「オレを信じてるわけ? コウ」
コウは微かに眉をひそめた。
何故そんな質問をするんだ? とでも言いたげな表情。
だがコウはハッキリと頷いた。
「ああ」
短い返事だったが、オレは嬉しかった。

砂城でパートナーを信じる事は、当たり前の事だ。
自分の命を、自分の背中を守ってくれる相手なんだから。
オレは必要とされている。
だからコウの隣にいるんだ。


「オレがこっちにいるのは、こっちにオレが必要だからって三係が思ったからなんだよな」
オレの言葉に、コウは大きく頷いた。
「当たり前じゃないか。香澄にはやって貰う事があるんだから」

「………え?」

コウの後ろで、弁当箱のような顔をした岸本が、ニッコリ笑って何かを差し出している姿が見えた。
 

    

 30分後、オレはコウと二人、神社に作られた高台の上に乗って、初詣にやってきた人達に防犯を呼びかけていた。
「みなさん、あけましておめでとうございまーす」
「砂城西署から新年のご挨拶にまいりました」
「新年早々、財布をなくしたなんて事がないように、気をつけてお帰り下さい。お金は賽銭箱の中だけに落としましょう」

コウはもちろん、さっきの羽織り袴姿。
そしてオレは、何故か…振り袖姿だった。

警察のたすきを掛けた真っ赤な着物姿で、オレは可愛らしく防犯を呼びかける。
裏声なんか使っちゃったりして。
「なあ…何でこんな事になっているわけ?」
オレはじろりと隣のコウを見上げ、こっそり話しかけた。
「いや、最初はジョーカーくんの着ぐるみを着ようと言う案もあったんだけど」
(ジョーカーくんとは砂城警察のマスコットである)
「そういう話じゃなくて」
「お正月だから、着物がいいんじゃないかという事になって」
「だからそういう問題でもなくて」
「まだ何か問題があるのか? 香澄」
「ないよ。仕事自体にはないよ。だけどどうしてオレが振り袖な訳? 女性警官がやった方が可愛いじゃん。オレじゃどう転んでもオカマだろう」
「…そうだな」
「じっくり見るな、畜生」
「でも、ウケてるぞ」
「……」

もちろんオレ達はウケていた。
なにせ遠目から見ると、悔しい事に非常にお似合いな、綺麗なカップルに見えるらしいのだ。
それが近くに来ると、男は素晴らしくキレイだけど、女(だと思っていた)方はオカマ。
そんな事しているのが警察官なもんだから。
オレ達は新年の様子を中継しに来ていたテレビカメラにも、バッチリ収まってしまった。(らしい)←涙


「えええ? 思ったより綺麗でしたよ。結構それなりに女に見えてましたよ 。
第一ひと目でごつい男に振り袖なんか着せたら、気持ち悪いとか子供が怖がるとか言われて、市民の皆さんから真剣に苦情申し立てが来ちゃうじゃないですか。
白鳥警部補じゃなかったら、振り袖着て欲しいなんて頼みません。ちゃんとそれなりに綺麗でした。ホントです」
後で岸本は真面目な顔でオレにそう言ったが、それは褒め言葉じゃねえって!

ちくしょー。
オレとコウが並んだら、当然のようにオレが女役かよ。
確かにコウの方が背は高いけどな。
オレだって日本男性の平均から考えたら、それなりなんだぜ。
コウがでかいんだ。
でかすぎるんだよ、コウがっ。(涙目)
細かい事を色々気にしすぎるオレではあるが、身長は男のコンプレックスに関わってくる。
当然じゃないぞ。
コウとオレだったら、ベッドの中じゃタチはオレなんだからなっ!
思わずそんな口に出来ない抗議が、頭の中で渦巻いてしまった。

「最初は確かに、女性警察官が振袖を着る予定だったんだ」
「んじゃどうしてオレが着てるのさ」
「香澄が、来たからだ」
「ええ?」
「香澄は最初来る予定じゃなかったから。僕と女性警官があの役をやる筈だっ たんだ。でも香澄が来たから」
「女性警官はそのままで、オレが向こうに行くって話はなかったのかよっ」
「香澄が…僕と一緒がいいって主張したんだろう?」
「…うっ」
そういえばそうでした。
オレはコウと一緒の正月が迎えたくて、それで帰りもせずに仕事を…。
「それに、彼女はスリ摘発のベテランだ。香澄が行くより彼女が向こうへ行った方がいい」
「…ううう。それもそうかもしれないけど。でもじゃあ、どうして岸本巡査部長はこっちにいるわけ? あいつは向こうでは必要なかったのかよ」

「彼は…。着物の着付けが出来るんだ」

オレはがっくしと頭を前に倒した。
あっそ。
そうですか。
マジに適所適材って訳なのね。
無駄な配置は一つもしていないのね。
オレが悪かったですよ。
三係の武藤警部補は、ホント優秀でございます。

おかげさまで、とってもお正月らしい格好でお正月を迎えさせていただきましたよ。
オレが考えてたのとは、かーなーり違う絵が出来上がっているけどなっ。

ぶうたれるオレの隣で、岸本はニコニコしながら着物姿の二人を満足そうに見つめていた。

 

 

「それで、向こうの仕事はどうだったのかな?」
西署に帰り(もちろんオレとコウは、入り口でも中でも、盛大にひやかされた)着物の帯をほどきながら、オレは呟く。
本当の更衣室では、狭くて着物は着替えにくいので、代わりにいつもコウが使用している突き当たりの空き部屋を使用することにした。

「さあ。上手くいったなら報告が入るんじゃないだろうか」
「そうだなあ〜。まあオレ達は上手くやったよな」
「だと思う」
「うう〜ん」
「どうした、香澄?」
「着物ってさ」
「ああ」
「帯を持ってくるくる〜って、実際には出来ないんだな…。帯ほどくと、下にもう一つ帯がありやがる」
「…香澄、なんの話だ」
「いや、男の夢じゃない? 着物の帯を、こう手に持って、よいではないか、よいではないか。くるくる〜。あ〜れ〜、ってヤツ。やってみたくない?」
「……言ってる事が、よく解らない」
「時代劇とか、ギャグマンガとか…。知らないか。見ないんだよな、そう言えばコウは。そういうもの」 
「見ない」
憮然とした顔で、コウは羽織を脱いで帯を解き始めた。
どーもからかわれたと思ったらしい。

「いや、したいよオレは。マジに。コウの着物は男物だけどさ、これが逆の扮装なら、いま絶対やってるね、オレ」
「帯をくるくるさせてどうするんだ」
「どうするって、そりゃー…」
くるくるさせて、裸に剥いて、後は美味しくいただいちゃうに決まってるだろ ?
普通そういう時にやるんだよ、帯くるくるはさっ。


オレはちょっとコウの着替えを見つめてしまう。
まったく無造作にオレの前で脱いじゃってさ。
女じゃないんだから、そりゃ恥ずかしがるのは変だろうけど。
でもここは、風呂場とは違うぜ。
…公衆の場所じゃない。

そう思った瞬間、オレの手は伸びていた。
半分脱ぎかけた着物の、乱れた襟あわせから、掌を中にすべり込ませる。
乳首を探り当てて、指でいじり廻す。
「香…」
何か言いかけた口をキスで塞ぐと、オレは備品のソファーの上にコウを押し倒した。
一度やりたかったんだよなー、このソファーの上に押し倒すって。
これが柔道の試合なら、絶対簡単に倒されたりなんかしないコウだけど、こういう時って、あっさり倒されちゃう。
つまりそれって、オッケーって意味だよな♪
オレは舌でコウの唇を割ると、味わうように中を探った。

ううん…。
甘い唇。
手に吸い付く、極上の肌。
脱ぎかけた着物が程良く乱れて、ものすごく色っぽい。
(オレが女物の着物を乱れさせてるって事は、この際考えないことにした)
暮れ辺りから忙しくて、全然してなかったもんな。
風呂に入った時だって、結局オレは一人でトイレに入ったんだし。
もしかして、今オレ、かなり本気モード?



オレはコウの袴を引っこ抜いて、帯も緩めて、足を開かせた。
シャツとかは着ていない。
和装プレイってのも、結構そそるもんだよなぁ〜。
コウはそういったことに拘らないだろうから、今度はぜひ、女物の浴衣か何かでお願いしてみよう。
(でかいサイズが必要だろうけどな)
乱した裾から、手を差し入れてコウの足に触る。
もちろん掌で探りながら、だんだん中心に近づけていった。
「あっ…」
半分開いたコウの唇から声が漏れる。
コウのアレは熱を持って、もう勃ちあがっていた。
オレはそれを掌で包み込んで、ゆるやかに愛撫する。
そしてもう一方の手で、自分から服を脱ぎかけたコウの手を押さえつけて止めた。
「?」
「着物、着たままでしようぜ」
「帯を…くるくるって、解くんじゃないのか…あっ」
オレの指の動きに、コウの身体が震える。
「それは今度お願いするよ。だいたい男ものの着物じゃ、帯くるくるも楽しくないし。今回は乱れた着物をつけたまま、ってのがいい」
「香澄も、着たままするのか?」
「オレは脱ぐよ」
だって振り袖着た男が、袴はいた男とヤルって図、かなり倒錯しているもんな。
オレは自分が女装するタイプの倒錯趣味は無い。
「でもコウはそのままがいいな。乱れた着物から覗く身体って、すごくそそるぜ」
「それも…香澄の…夢か?」
「うん、そ。現実にさせてよ、オレの夢」

 

 

「ああ…はあっ…」
コウの息が、だんだん乱れ始める。
もちろん本格的にオレが色々やり始めたからだ。

ホントはゆっくりじっくり攻めていきたいけど、公衆の面前じゃないってだけで、実はここだって、タダの部屋だ。
完全に空き部屋だし、殆ど人なんか入ってこないって知っているけど、でも仕事場なんだよなあ…。一応。
いや、仕事自体は済ませてきたわけだから、サボっている訳じゃないけど。

その気になっちゃったから、ちょっと止めようがないし、シチュエーションに興奮しちゃうって所もあるけど、でもあまり時間はかけられない。
コウにだってそれは解っているはずだ。
言い方は悪いけど、手早く済ませて気持ちよくなろうぜ、コウ。

いきなり始めちゃったんでローションとか用意してないから、オレはコウのその部分を舌で愛撫した。
指を入れて拡げ、また舌で舐め上げる。
その刺激に、たまらなくなったように、コウが息を吐く。
「コウ、なあ、オレが欲しい?」
オレは思わず聞いてしまう。
だって乱れた着物から素肌が露出している図って、えらく淫靡な感じなんだよう〜。
手早くやらなきゃ、なーんて思いつつ、着物プレイなんて滅多に出来ない事を長く楽しみたい気もする。
「…欲し…い。香澄。欲しい、早く挿れて」
コウは掠れた色っぽい声で、即座に応えてきた。
いつも無口なくせに、セックスの時のコウは、すごく積極的だ。
かなり露骨なことだって何度も口に出す。
「香澄のモノが、欲しい…。早く」

ううう…。
おねだりすると男が喜ぶって、知ってるんだよな…。
殆ど無意識だとは思うんだけど、何を言ったらオレが喜ぶのか、よーく解っている。

もちろんオレは、コウの手管にあっさり乗って着物の裾をまくり上げると、後ろからコウの中に侵入した。
「あっ…いい。香澄。あぁっ…」
コウの声が大きく跳ね上がる。
「コウ、静かにして」
オレはコウの腰を押さえつけるようにして、自分のモノをより深く中に入れながら、コウの耳元に囁いた。
「うっ…ぅ」
コウの啼く声とか、行為をねだる言葉とか、いつもならもちろんオレは聞きたいけど、ここじゃそうもいかない。
それに声を我慢するコウって図も、えらく色っぽかった。


「…っ。ふっ…」
オレの動きに会わせて、コウも腰を振る。
「コウ…コウ」
名前を呼びながら、コウの勃ちあがったモノを握って扱く。
「あ…っ。はあっ」
「しっ…」
我慢してるんだろうけど、それでも唇から漏れ出すコウの声が、たまらなく耳に響いた。

いいよ。
すっごくいい。
乱れた着物から、コウの上気した肌がちらちらと見え隠れする。
刺激的。

バックだから、普通は全部バッチリ見えちゃうんだけど、今は逆に着物の裾に隠れて、挿入ってる部分は密やかに隠されている。
コウの男の部分を、ずっとオレは愛撫し続けているけど、でも目には見えない。
見えるのは、感じている綺麗な顔と、熱くなっていく白い肌。

もちろんオレは男のコウが好きなんだけど、でも基本的にはゲイじゃない。
だからこんな風に、コウの男の部分が見えないまま抱いていると、何だかちょっとだけコウが女になったような錯覚が起きて興奮した。
女がいいって訳じゃないぜ。
オレはコウがいいんだから。
コウに女になって欲しいとも、思ってない。
でも、こんなのもいいよな。
ちょっとしか見えないってのも、色っぽい。
きっとのぞきで興奮するのって、こんな感じなんだぜ。

「あっあっ…ああっ」
コウが背中を反らして、オレの手の中でイク。
もちろんオレだって限界が近い。
オレは今にも全部解けそうな帯部分をぐっと掴むと、そのままピッチを上げて何度も突き上げた。
「香澄っ…」
「コウ、コウ…あっ」
そして昇りつめて、コウの中で一気に果てた。



「すげー、よかった…」
オレはもう、充分満足して、上からコウにキスをする。
セックスした後にキス。
コウが結構こういう事好きなの、オレは知ってる。
そういうのって、女の子が望むもんだって本には書いてあったぜ。
きっとスキンシップに飢えてるんだよな、コウは。
普段は甘えるのが苦手で、人と触れあう事なんて無いから、逆にセックスの時は反動が出ちゃうんだと思う。
だからオレは、終わった後もコウの身体に触れたり、キスをしたりする。
実はオレも、そんな風にするの好きだしな。

「うん…。雑煮もないし、仕事もアレだったけど。でも元旦からコウとこんな事出来ちゃうなんて、オレ、マジに帰らないでよかった」
「ん…んん」
ソファーの上に身体を投げ出したコウは、快感をまだ引きずっているかのように、色っぽい声を漏らす。
うひー…。やめてよ。
またしたくなっちゃうじゃないか。

「コウ」
「なに?」
「あけましておめでとう」
「ああ」
「言ってなかったからさ。今年もよろしくお願いします」
「香澄…」
オレの下で、コウがニッコリ笑う。
「おめでとう、香澄。今年もよろしく」

ドキドキする。
綺麗な、とっても綺麗な笑顔。


コウ。
必要とされる時に、必要とされる最高の自分を、いつでも差し出すことの出来るコウ。
セックスの時だって、コウがそういう事をするのを、オレは知っている。
でもさ、でも。
オレとセックスするのは仕事だからじゃない。
オレは確かにコウが必要だし。
コウが時々、生理現象みたいにセックスのことを扱うって事も知ってるけど。
でも、抱き合った後、コウはオレにそんな風に笑う。
笑わなくちゃいけない場面だからじゃない。
だってそんな必要ないもの。
コウはオレに笑いたいから笑っているんだ。
これはオレだけに向けられた、オレの為だけの笑顔。
 


「香澄」
バラバラに脱ぎ捨てられた服を拾い集めながら、コウが聞いてきた。
「なに?」
「本当に、帰らなくてもよかったのか? 仕事をするのは別に悪い事じゃないけど」
「うん。オレはコウと仕事したかったし、えっちもしたかったし。一緒に年越しが出来たし。もー全然帰らなくてオッケー」
「しかし…」
「コウさあ」

下を向いて服を拾い上げるコウの肩に手をかけて、オレは顔を覗き込んだ。
表情を隠すさらさらの髪を、指でそっと分ける。
「オレが帰る場所は、どこだと思ってるわけ?」
コウは黙ったまま、こちらをチラリと見た。
「大人になったらさ、なにも生んでくれた親の所に帰らなくてもいいんだぜ」
「……」
コウの家族との時間が15歳くらいで止まってしまっていることを、オレは知っている。
でもさ、コウ。
オレは幸せなことに、親の愛はもう充分に受けたよ。

だからそろそろ、自分が帰る場所は自分で選びたい。

「オレは、コウのところに帰りたいんだけど」
「…僕の所に…帰る?」
コウは不思議な言葉を聞いた様な顔をした。
「帰る場所って、決まってる訳じゃないと、オレは思うぜ」
「僕の、場所…?」
「コウはさ、帰る場所を持っている奴と持っていない奴がいるって、そう思ってるだろ。でもオレは違うと思う。
帰る場所はね、自分で決めて、自分で作ってもいいと思うんだ」
「香澄…?」
「へへへ。解らないなら、それでもいいよ。コウ」

オレはコウの身体をぎゅうっと抱きしめた。
さすがにちょっと冷たくなってしまった肌を、お互いの体温で暖める。


なあ、コウ。
帰る場所っていうのは、遠い憧れの地なんかじゃない。
今ここで抱きしめあってる、そんな暖かさの中だったりしないか?
遠い向こうじゃない。
二人でいる、今ここが帰る場所だよ。

そう思える時が来るかな?
コウがあんな風にオレに笑ってくれる限り、いつかは解ってくれるって、オレは思うけど。
コウにだって帰る場所はあるんだ。
造ればいいんだよ。コウ。
自分が帰る場所を。
それはできるなら…、いや、絶対オレの所に。

絶対絶対、絶対オレの所にしてくれ。
そんで、お正月は二人で過ごすんだ。
それが当たり前になって何も思わなくなったら、その時やっとオレ達は、帰る場所にたどり着いたことになるだろう。

オレ達二人が帰る場所。
すぐここにあるって言うのに、たどり着くのが遠い場所。
今日が二人の初めてのNew Yearなんだから。
毎年そこに、一歩ずつ近づいていこう。
オレ達そうやって、二人とも幸せになろうよ。



…そんでもって、たどり着いたら。
その時こそ絶対に
こたつミカンと初詣と、破魔矢と日本酒とお雑煮だーーっ!!
白い餅の前に、コウの白い身体をいただきまーす、って、かならずしてやる。
絶対いつかやり遂げるオレの野望。
妄想していた二人のお正月。

一月一日。元旦。
オレは新しい年に向けて、そんな事をかたーく決意したのだった。


END

おまけエピソードへ