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チョコレートはお好き?

   

2月14日はバレンタイン。
もちろん今年も、砂城西署の黒羽くろはね こうには女の子から大量のチョコが届いた。
「すっげ〜……よな」
解っていても、ついため息が漏れてしまう。
この場合のため息は、自分の方が数が少なくてがっかりとか、そういう現実的なものではない。
西署の黒羽 高とチョコの数を競うことは、アイドルと競うのと同じくらい不毛で意味がないことだからだ。

だからここでハアッと出てくる息ってのは、チョコの量に感心してるというか、あきれているというか、人間は生まれたときから不公平に出来ているんですよね、神様、とお空を見上げて嘆いてしまいたいとか、そんな様々で複雑な感情から思わず出てしまった、感情表現の一つってわけだ。

「しかしさあ、コウ」
白鳥香澄は机の上に山積みになっているチョコの、可愛〜いラッピングをつまみながら聞いた。
「なんだ?」
チョコで半分隠された机の隅のほうで、真面目に書類書きをしていた黒羽は、眼鏡越しに睨みつけるように白鳥を見上げた。
ダラダラしていないで、そっちも仕事しろ、という視線だ。
もちろん白鳥は、鋭い視線をあっさり躱す。

「あのさー、聞きたいんだけどさ。このチョコって、どうしているわけ?」
「どうしてるって、どういう意味だ?」
「だって、すげー量じゃん、毎年。とても食べきるなんて出来ないだろ?」
「……」
黒羽は黙って下を向いた。
「ん? あれ? なにさ、コウ」
「食べきる…が」
「へ?」
白鳥が聞き返すと、黒羽は少し黙って、それから再び顔を上げた。
今度の眼は、何やら迷っているような、戸惑っているような複雑な表情をしている。
「食べきる、と言ってるんだ」
「え? チョコの話? え? ホントに食べてるの? 全部、ちゃんと?」
白鳥が驚いたような声を出すと、黒羽は頬に薄く朱を散らして小さく頷いた。
「…食べている。全部。普通じゃ、無いのか?」
「え〜と。そうだね、う〜ん。普通はもらったチョコはありがたく食べるね」
黒羽は、ホッとしたように息を吐いた。

「でもさ、えーと。コウの場合はまず、もらっている量が普通じゃないじゃん。普通は食べるけど、でも一個や二個食べるとか、多くてもその、十数個食べるとか、そんなもんだよな。でもコウの場合は…」
「412個」
「……ふ、増えたね」
黒羽はこくりと頷いた。
前の年より100個近く増えている。
「ていうか、まだバレンタインの日が過ぎたわけじゃないから、更に増える可能性はあるってことか?」
白鳥は目を瞑って、う〜む、と唸った。
黒羽がもらったチョコの仕分や、ホワイトデーのお礼返しを白鳥も手伝わなくてはならないので、数が多くなることは真剣な問題だったわけだが、いま白鳥が唸っているのは、少し違う事だった。

「去年より100個近く増えても、それでも全部食べるの?」
黒羽はそっと頷き、それから遠慮がちに唇を開いた。
「食べるのって、変なのか?」
黒羽は自分が時々、世間の常識から少しずれることを自覚していたので、つい白鳥にお伺いをたてる形になってしまう。
「変じゃないけど…」
黒羽は再びホッと息を吐く。
「でも、すごい」
「ええ?」

「だって412個もあったら、これから一年かけて食べ切るにしても、1日一個以上消費しないとダメって事じゃん。チョコを毎日一個以上絶対食べる…。うーむ。オレには出来ない。オレも甘いモノは嫌いじゃないけど。でも、そんなには食えない。いやあ、なんかすごいな」
「すごい…んだろうか。というか、それはほめているのか? それともあきれてるのか?」
「両方」
そういって白鳥はニヤッと笑った。
「いや〜、気になってたんだよな。もらったチョコ捨てるのはもったいないとは思うけど、でも量が量だし。どうしてるのかずっと疑問だったんだ。解ってスッキリしたぜ。でも、そうか〜。全部食べてるのか。いや、すごいな」
「…なにか、バカにされているような気がする」
「してない、してない。ただその。本気でマジに食べてんの?」
「甘いものが…好きなんだ」
「それは知ってたけど。でもさあ」
「な、なんだ?」
白鳥は今度はふうっと鼻から息を漏らして呟いた。

「神様が不公平なことは知ってるけど。でもなんかずっるいよな。そんだけチョコ食って、吹き出物も腹も出ないわけ? いや、キッチリ訓練も運動もしてるから腹はともかく。吹き出物も出ないって、どうだよ」
「普通は…出るのか? 吹き出物」
白鳥は大きく頷いた。
「出るね。それだけ食べたら、絶対出る。それがモテる男に対する罰ってもんだぜ」
「吹き出物…出たことがない」
「ちぇっ。美形だもんな。ちょっとしか出ないってことか」
「…いや、全然出たことがない」
「ん?」
神妙な顔になってしまった黒羽を、白鳥は怪訝な表情で見下ろした。
「全然って、文字通り? ひとつも?」
「ひとつも…」
「マジで?」
「いままで、そういうものが出たことがない。出来るのは人を見て知っているが、でも自分には…ない」
「ええええっ?」
白鳥は眼を見開いた。

「ちょっと待ってよ。それってマジ? 中学生の頃とかは? あの頃は顔中にきびだらけだよなっ。誰だってそうだよなっ」
黒羽はうつ向いて、小さく首を横に振った。
白鳥は、うひゃー、とおかしな声を漏らす。
「信じられねえっ。その容姿にはやっぱり、神様の加護がついているんですかっ。美形ってそうなんでしょうかっ。ていうか、マジ信じられない」
「香澄」
黒羽はいきなり顔を上げ、白鳥の腕をがしっと握った。
「そんなに変か? 僕はどこかおかしいのか?」
掴んだ力の強さと真剣さに、白鳥は、しまった、という顔になった。
黒羽に中途半端な冗談やおちゃらけは通じないのだ。
しかも自分が周りから外れるということに関して、黒羽は一種恐怖のような感情も持っている。
(超美形であるが故に常に目立ちすぎ、最初から世間からは外れまくっている黒羽は、できるだけ他のことについて外れたことをしたくないらしい)

「えっ? ええっ? いやその。おかしくは…。いやその、ニキビがまったく出ないってのは、あまりないとは思うけど〜」
何とかフォローしようと思った白鳥は、更に墓穴を掘ってしまった。

だ、だってさ。普通だよってやっぱり言えないじゃん。
無理だよ。普通じゃねえよ、絶対〜。

「で、でもいいじゃん。ニキビなんて出ない方がいいって。肌が綺麗な方がオレも嬉しいしさっ!」
あははーっと笑ってから、ハッと気づいて桜庭さんの方を見ると、桜庭さんは意味ありげにこちらを見て苦笑し、口を開いた。
「白鳥くん、仕事してくださいね。伝票、また出てないってよ」
「あっ、はいはいっ」
ちょうどいい助け船とばかりに白鳥は話を打ち切ると、慌てて椅子に座った。

やっべー。
みんながいる仕事場で、大声でコウの肌が綺麗な方が嬉しいなんて言っちゃったよ。
何で嬉しいとか聞かれたら、そりゃー、もう。ベッドで嬉しいに決まってるけど、そんなこと言えるわけがない。
桜庭さんだけしか気がつかなかったようだけど、アブねえアブねえ。

自分の考えだけにぐるぐるしていた白鳥は、隣に積みあげられたチョコの影に隠れて、ずーんと暗くなっている黒羽には、まったく気がつかなかった。

 

 

その夜、白鳥はご機嫌で転がり込んだホテルのベッドの上で、呆然と口を開けることになった。
「えーと…、そのチョコはなんですか?」
「自分で買った」
そう言いながら、ベッドの上で黒羽は、バリバリとチョコの包装紙を解いた。
包装紙はバレンタイン仕様の可愛いヤツだ。
「買った? どうして? えーと、オレにくれるわけじゃ…ないの、かな?」
「欲しいなら、どうぞ」
「欲しいならって、そういう事じゃなくてさ…。じゃあそれはバレンタインのチョコじゃないわけ? だったらなにさ」

呆然としてしまうのも無理はない。
バレンタインの今日、黒羽から白鳥にチョコは無かった。
でもべつにいいや。だって男同士だもんな、と白鳥はご機嫌で口笛を吹く。
去年仕事でダメになっちゃったディナーも無事出来たし、男同士なんだから、チョコとかは関係ない。
代わりにコウを美味しくいただいちゃおーっと。
きっとコウだって、チョコが無い代わりにサービスしてくれるに違いない。
などと超甘ったるい妄想と希望を勝手に抱いて、うきうきシャワーを浴びて出てきてみれば、肝心の恋人はサービスどころかベッドの上でチョコをむさぼり食っているのだから。

「それに、なんで自分でわざわざチョコを買っているわけ? 今日たくさんもらったんだろ? 412個」
「456個」
即座に訂正が入る。
「ふ…増えたんだ」
黒羽は黙って頷き、同時に板チョコを歯でバリンと割った。
「そんなにチョコあるのに、なんでわざわざ? オレにくれるためじゃないならどうして?」
「ニキビを作る」
「へっ?」
ポカンと口を開ける白鳥に、黒羽が向けた瞳は真剣だった。
「50個ほど買ってみた。それだけ食べれば、ニキビくらい出るんじゃないだろうか」
「ええっ? コウ、昼間のこと気にしてたのか。もしかして、ずっと? いや、ちょっと待ってよ。いいじゃん別に。そりゃ今まで一度もニキビが出来たことがないってのは、珍しいけどさ。でも別にわざわざ肌を荒らすこともな……」
言葉の途中から黒羽は、更に猛然とチョコを口に放り込みはじめた。

しまった。バカだオレ。
珍しいとか変わってるとか、言っちゃダメじゃん。
火に油を注いじゃったよーっ。

「いや、コウ、な。やめようよ。さっきディナー食べたばっかだろ。更にチョコって、な。肌が綺麗な方がオレ、嬉しいって。なっ、なっ」
チョコを横から取上げて無理矢理キスをする。
一瞬抵抗しかけた黒羽だったが、何となく思い直したらしい。
おとなしく目を瞑って、白鳥のキスに応じた。
うん、そうそう。
ホテルにはチョコ食いに来たわけじゃないからな。
白鳥は黒羽の口の中を舌で探りながら、ゆっくりと体をシーツの上に押し倒した。
黒羽の腕が背中に周り、深く唇が合わさってくる。
「うん…んんん。すげえ、コウ、甘い」
「チョコの味がする?」
体の下で黒羽がくすりと笑った。
「そりゃまあ、チョコ食べてた口にキスしたわけだもんな。するさ」
「欲しかったら、どうぞ…」
「それはチョコのこと? コウのこと?」
「どっちも……」
「チョコの味がするコウを食っちゃうオレ、ってシチュエーション、バレンタインっぽくっていいよな」
笑いながらもう一度唇を合わせた後、白鳥は白い肌に手を伸ばした。
「ん……香澄」
黒羽の口から、せつなげに息が漏れはじめる。

うん、綺麗な肌のほうが絶対いい。
やっと恋人の雰囲気らしくなった事に、白鳥はうきうきしながら体を探り始めた。
しかし次の瞬間、突然黒羽の声が耳に飛び込んできた。


「体のどこかにニキビを見つけたら、絶対僕に教えてくれ」


白鳥は、白くてすべすべの肌の上に思いっきり突っ伏してしまった。
なんだよ、やっぱりこだわってるのかよ。
まあえーと……。別にいいんだけどね。
でもまさか、これからずーっと、エッチの度にニキビ捜せって言われるんじゃないだろうな。

嫌〜な予感にぞくりとしながら、何やら期待に満ちた眼をした黒羽に、何も言い返すことが出来ない白鳥だった。

END