無人島な二人



 波打ち際で、まるで安物の恋愛映画のようにお互いの体に水を掛け合う。
もう、思わずムキになってばしゃばしゃかけてしまう。

あんな事するかよー。
ワンパターンだし恥ずかしいじゃねえか。
なんて思っていたのだが、人はそれほど独創的なことをするようには、出来ていないらしかった。
波打ち際に二人で来たら、泳いで足の引っ張り合いをして、そんでばしゃばしゃっと水をかけ合う。
そう、オレ達もやっちゃいましたよ、このワンパターン。
オレとコウの二人も、いかにも恋人達の戯れでござい、というこの行為から逃れることは出来なかった。

だけどその、何が楽しいのかと思ってたけど、恋人同士で波打ち際で水を掛け合うのって、結構楽しいよ。ホント。
ありふれてるってだけで、やらないって意地張るのは損だよな。
そうさ、皆がやってるって事は、面白いって事だもんな。
もう、お約束のように波打ち際で転んだりして、そんでその上にオレが重なっちゃったりして。

えっへっへ。
捕まえたーっと。
これもお約束、お約束。

コウの白い身体を逃げられないように、ぎゅーっと抱きしめる。
まあもっとも、コウは逃げたりしないけどね。
でも抱きしめて、んで、重なったまま上からキス。
海の水で塩辛くなった唇を舐めて、舌を差し込む。
ああ、もう、このまま…。

「香澄、あ…」
コウの瞳が潤んできた。
その瞳は、おねだりですか? おねだり?
したいって言われたら、男白鳥、即座にお役にたちますぜ。
っていうか、オレのナニは、もうさっきからやる気満々。
準備とっくにオッケーъ( `ー゚) って状態になってるけどな。
あ、それ解っててコウってば誘ってるのかな。
オレ達若いんだし、二人っきりでこういう状態になってしまったら、盛り上がって当たり前だよな。


オレはもう、さっそくコウの体を覆っている布きれを取って、自分もいそいそと準備をする。
「香澄」
誘うようにコウの白い身体がオレの下で動く。
頭がくらくらして、何も考えられなくなる。
そりゃー、もう。
血液は全部下半身に集まっちゃってんだから、何も考えられなくなるのは当然だよな。

ああ、コウ、いま行く。すぐ行く。
今すぐコウの中に突入、するからね――っ!

ざっぱ〜ん!!

オレ達は、一瞬にして大波に呑み込まれ、海水まみれになってしまった。
コウなんか仰向けになっていたもんだから、思いっきり海水が鼻の中に入ったらしい。
起きあがって激しく咳き込んでいる。
いや、もちろんオレだって、海水吸い込んじゃったよ。
「む…無謀だった…げはっ。ごごふっ」
「し、潮が満ちてきたんじゃないのか?」
「くうう。やっぱり先に潮だまりに残る魚を捕った方が良かったな」
「魚が捕れなかったら、今日の動物性タンパク質は無しだな」

ううう。
動物性タンパク質、取れないくせに出すだけは出しちゃう所でした。
波打ち際で遊んでる場合じゃないんだよな。
解っている。
解っているけど、どうしてもやめられなかった。
一時でも自分たちが遭難者だって事を、忘れたかったんだよう〜。


 そう、オレ達は海の上を長い間漂流した上に、更に無人島に流れ着いた、完璧な遭難者だった。
とりあえずヨットごと島に着いたので、道具は色々そろっている。
火をおこして常にたき火をしているし、広い浜辺には、石とか流木とかで、定番のSOSを書いた。
そうやって出来るだけのことをしたら…。
実は後はやることがないのであった。
食料をゲットする、という大事な仕事はあるけれど、この島は湧き水はあるし、果物も豊富だ。
ついでに昔は人が住んでいたのかもしれない証拠のようなニワトリが、野生化してその辺にたくさんいるし。
ニワトリ自体を捕まえるのは大変だけど、地面に時々タマゴが転がってるんだよね。
と、いう訳で、すごーく飢えるって事も、実は無いんだよな。

遭難者なんだから、下半身にはもっと慎みを持って欲しい。
とお嘆きの諸兄もいるかとは存じますが、出物腫れ物なんとやらって。
いやその、ヤリたくなった時が適齢期…じゃなくて。
他に楽しみもないしな。
恋人同士が無人島で遭難したら、そりゃもう腰に布きれ一枚だけつけて、ターザンとジェーンの生活をするしかないでしょう。
当然夜のお楽しみだって、そりゃーもう、バッチリバッチリ。
あんまりジャングルに入っちゃうと、虫に刺されたりするし不潔なので、そういうアオカンは避けることにしてるんだけどね。




 しかしホント、無人島生活もそろそろ一週間。
遠い水平線に、船なんか影も形も見えない。
さすがに何となく不安になってきている。
でも、ここで苛ついても仕方ないし、精神衛生上も悪いし。
一日中ただ黙ーって救助を待って『今日も来なかった』なんてため息つくなんて、やってられない。
コウはただでさえかなりマイナス思考なんだから、オレがやっぱり頑張らなくちゃ!

と、張り切っているんだけど。
でもなんとなーく、コウの方が島の生活になじんで、気楽にやってるような気がするのは、オレの気のせい?

「もしかして、楽しい? コウ」
「えっ? あ、ああ。うん、そうだな。思ったより」
「帰りたいとかは思わないのか?」
「思っても帰れないし」
「そりゃー、理屈ではそうだけど」
でもオレはやっぱり、出来ないと解ってても、今すぐラーメンが食いたいし、ウォシュレット付きの水洗トイレがある生活に戻りたいよ。
病気になっても、医者にかかれないしさ。

「コウって、結構たくましいのかもな」
「そんな事無いさ。香澄がいてくれるからだろう」
「オレが?」
「ああ。もし一人だったら、すごく帰りたいだろうと思う。帰れないと思ったら、どうにかなってしまうかもしれない」
「コ…ウ?」
コウはにっこり笑った。
「でもそうじゃないから。帰れなくてもいいとは思ってないけど。でも、どうしようもなく帰りたい、とも思ってない」
「…それって、オレがいれば他のものはとりあえず後でも、いいって事…
かな?」
「そうなるかな」

こ、殺し文句だ…。

オレはなんか、なんというのか、ものすごーく『感動』していた。
絶対そんなにいいもんじゃない。
オレって、そんなにいいもんじゃないぜ。
そう思うけど。
だけど、でも、オレ…。

「うん、そうだよな。オレもコウがいればいいや。ウォシュレット付きのトイレは、後回しだっていいんだ」
「ウォシュレット?」
「いいんだ、気にしないでよ。明日はさ、ちょっとジャングルの中を探索してみようぜ」
「ああ、香澄」

オレ達は、その晩はただ抱き合って眠った。
オレは、コウの体温が隣にあるだけで。
それだけで、他には何もかもいらないような、そんな幸せな気分になっていた。

Happy End

なーんて感じで終わってしまったら、あまりにも美しすぎるとお嘆きの方は、
この辺りをクリック(^.^)

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