龍の刻印 前編


第一章 「冬馬涼一」


「おじゃまします」
礼儀正しく挨拶をして、家の中に入る。
どこにでもある、ごく普通の一般家庭の匂いが冬馬涼一とうまりょういちの身体を包んだ。

振り向いて玄関に脱いだ自分の靴をきっちり揃えると、黒羽志帆くろはねしほがチラリとこちらを見るのが解った。
女って靴一つ揃えるような、そんな事にも細かいからな。
気に入られようと思ったら最初が肝心だ。
ついでに愛想の一つも振りまいておくか?

「彼、冬馬涼一くん。志帆も顔は知ってるよね。研究室に出入りしてたから。まだ高校生だけど、とっても優秀な子だよ。
今度アルバイトで僕の研究資料の整理をしてくれる事になったんだ」
のんびりと、黒羽陸くろはねりくは志帆に涼一を紹介する。
「よろしくお願いします。先生方の研究のお手伝いが、ほんの少しでも出来るなんて、光栄です」
礼儀正しく頭を下げ、とっておきの笑みを志帆に向けたが、志帆は殆ど無表情のまま、微かに目を伏せただけだった。

陰気な女だな。

それが黒羽志帆の最初の印象だった。
顔はまあ悪くないが、無口で暗くてがりがりと痩せていて、まるで影のような女。
こんな女でも結婚してセックスしてるのか。
そう思った。
しかし、女としては魅力に欠けるかもしれないが、研究者としての黒羽志帆は『最高』だった。
彼女の夫であり、ジャンク研究のパートナーでもある黒羽陸。
名前は彼の方が有名だったが、研究者としての才能は志帆の方にある、と涼一は思っていた。

初めて彼女の論文を読んだ時の興奮は忘れられない。


 美しい、と思った。
天才のひらめきが随所から迸ってくるような、斬新な発想。
隙のない論理展開は、破綻と紙一重の飛躍した発想を鮮やかに組み上げて構築し、夢物語を現実の地に見事に着地させている。
斬新な発想と、それを人に納得させる説得力。
それは恐ろしいほどの力を持って自分に迫り、今まで自分が持っていた平板な思考が押し破られ、切り裂かれ、犯される気分だった。
それは、一種のエクスタシーを涼一にもたらした。

論文で興奮する奴がいるか?
バカみたいだ、と思いつつ、それを読んだ夜はまったく寝る事が出来なかった。
仕方ないので起きあがり、セックスの相手を探す事にする。
性欲なんて生理現象だ。
女でも、男でもいい。
とにかく今の自分の身体を慰めてくれるのなら、誰だっていい。

まあ、誰だってといっても、ヤル相手は限られてくるけどな。
そう思いながら、電話に手を伸ばす。

結局手近なところで、いつもの相手、父の秘書である榊原と寝る事にした。

 

 

 夜中だったにもかかわらず、電話をしたら榊原は即座にやってきた。
涼一を裸にして、乳首に舌を這わす。
「舐めろよ」
唇を曲げながら涼一がそう言うと、榊原はすぐに足元に跪き、涼一のモノを咥えてしゃぶり始めた。

何でも言う事を聞くな、こいつ。
涼一は残酷な笑みを唇に浮かべながら、40を幾つか越えた男を見下ろして思う。

死ねと言ったら死ぬだろうか?

もっとも本当に死んだりしたら、父親が困るだろう、とは思う。
榊原は恐ろしく優秀な男だった。
祖父の地位をそっくり手に入れただけの2代目。企業人としては凡庸な類に入る涼一の父親が、それでも一流の仲間入りをして椅子の上でふんぞり返っていられるのは、榊原がいるおかげだった。
砂城の使役品産業にどこよりも早く参入する事が出来たのも、榊原の先見だった。
そこから生まれる莫大な利益により、現在の冬馬グループが存在する。
榊原は冬馬グループにとって、なくてはならない男だった。

その榊原が、まるで奴隷のように、黙って自分の足元に這いつくばり、たかが高校生の少年に奉仕を続ける。
たかがと言っても涼一は冬馬本家の嫡男であり、冬馬グループ次期トップを約束された存在なのだから、ただの高校生、と言う訳にはいかないだろうが。


 榊原はベッドに涼一の身体を横たえ、上から覆い被さる。
夢中で身体をまさぐる男の下で、涼一は薄く笑った。
男は自分を受け入れさせる為に、涼一の足を広げ、その部分にジェルを塗り込める。
その指の動きに、涼一の唇からは声が漏れた。
「さっさと挿れろよ」
涼一は命令したが、榊原は首を横に振ってぼそりと呟いた。
「申し訳ありません…」
「触るの好きなのか」
「はい…」
言いながら、身体の中に挿入した指の数を増やす。
「んっ…」
執拗な愛撫。
指が出し入れされ、かき回すように中を抉る。
同時に硬くなった前の部分にも舌を這わせ、じっくりと舐め上げた。
「はっ…。はあ…」
息が荒くなり、快感がじわじわと身体の中を這い上がってくる。

この男は少年の身体が好きなのだ。
仕方のない変態め。


 榊原は優秀な男だったが、ひとつだけ隠れた性癖を持っていた。
結婚をして子供もいるくせに、本当の性欲は男に向いていた。
しかも出来るなら思春期前後の少年。
それが榊原の好みだった。
もっとも当たり前だが、実際にその年頃の少年とセックスの関係を持ったりしたら、それは犯罪になる。
海外に行けば男の子を買う事も出来るが、榊原は危ない橋を敢えて渡るタイプの人間ではなかった。
だからどんなに少年が好きでも、榊原は実際には少年を相手にした事など一度も無かったに違いない。

 その性癖を充分解った上で、涼一は榊原をセックスに誘った。
13の時だった。
女はもう経験済みだった。
初めての相手は、父の愛人の一人。
父はそういった事にだらしない性格で、何人もの女をあちこちに囲っていた。
その女達がゲーム感覚で涼一にセックスを教え込んだのだ。
年のわりに大人びた雰囲気のする綺麗な少年は、女達の格好の玩具だった。
しかもただの少年ではない。
いつか遠くない未来、莫大な財産と権力を手に入れる事が約束されている少年だった。
女達は涼一に気に入られようと、様々なものを差し出した。
セックスはその一つだった。

思春期の少年にとって、セックスは最大の関心事の一つであり、涼一はしばらく女達の間を渡り歩いて過ごした。
中学生になってからは、同世代の女の子と寝た事もあった。
セックスは涼一にとって、非常に面白い遊びだった。

 

 

 男としたことはないよな。
そう思ったのは、学校で同級生達がエロ本を廻しているのを眺めた時だった。
自分の周りにいる同級生達は、皆一様に幼い。
口に出す事は過激だが、セックスを実際に経験している奴は一人もいないだろうと思う。
もっとも自分が特殊な立場にいるのだという事は、涼一も自覚していた。
自分は他の少年達とは違う。
自分は生まれた時から特別なのだ。
誰でもそう言うし、自らもそれを疑った事など無かった。

今まで望んで手に入れられなかったものなんて、一つもない。
したかったら、どんな事でも出来る。
体の大きな自分は、運動能力は誰よりも秀でているし、授業もバカバカしいくらい簡単で、今までトップの座を譲り渡した事はない。
本当はもっと上へ行きたいのだが、日本の学校制度はそれを許さなかった。
他の凡庸な連中と、きっちり同じだけの時間を過ごしていかないと、学歴という肩書きは付いてこない。
バカバカしいとは思うが、仕方ない。
今は家庭教師をつけて、海外の大学の単位を取っていた。

そして、セックスだって。
したいと思ったら、いくらでも向こうから差し出される。

でも…。
まだ男とはしてないよな。

好奇心が身体の中心を疼かせる。
涼一は薄い唇を舐めた。


「すげー。ケツの穴でもエッチ出来ちゃうんだってよ」
エロ本を覗き込みながら、幼い同級生達が騒ぐ。
「冬馬も見ろよ」
「ああ、すげーな」
「もしかして、冬馬。したこと…あるのか?」
「あるよ」
ニヤリと笑ってみせる。
同級生達の瞳が、一種尊敬のまなざしを持って自分に向けられるのを感じた。
バカなガキめ。
こんな奴らと、毎日ままごとをしなくちゃいけないなんて。

彼はこの同級生達を心の底から軽蔑していたが、誰にもそれを気取られるようなドジはしなかった。
涼一は常にクラスのリーダーで『いいヤツ』だった。
家柄を見せびらかす事も、それを笠に着てものを言う事もない。
女の子には優しく、男子達のバカ話にもつきあって笑いあう。
大人びて頭がよく、常に一目置かれる存在。
その位置を涼一は常にキープし続けてきた。
自分が決めた役割を破綻無く演じ続ける事は、涼一にとって快感だった。

自分が特別だって事は、もう解っている。
それを更に周りに晒して歩くなんて、バカのする事さ。
バカ達の中で上手に暮らしていくためには、彼らと同じ仮面を纏う必要がある。

いや、同じじゃないな。
奴らよりちょっとだけ上だと思われるような、そんな仮面だ。
仲間かもしれないが、それでも上位の存在。
その辺りがベストの位置だ。

涼一は同級生達を周りに集め、秘密を打ち明けるように女とのアナルセックスの話をした。
もちろん過激になりすぎないように気をつけて。
涼一の周りには、常に人が取りまいていた。
彼は、人気者だった。


アナルセックスね、と思う。
確か男とする時はそうやるんだよな。
本では読んだが、やはりよくは解らない。

思春期の男の子の身体は、自分の意志とは関係なく暴走する事がある。
今の涼一の身体は、半分くらいそんな感じだった。
風が吹いても勃つってか?
くすくすと笑う。
昼間見た下劣なエロ本なんかでは興奮しないが、男とのセックスという新しい思いつきに、身体は刺激を求めて疼いていた。

男ねえ。
男なら、抱く事も抱かれる事も出来る。
女よりバリエーションがあるよな。
避妊しなくてもいいんだし。
もっとも抱く事は今は論外だ。だいたいやり方がよく解らない。
最初の経験は、抱かれる方がいい。
そして相手は、出来るなら大人がいい。

そうやって選んだのが、父の秘書の榊原だった。

 

 

 榊原が自分に気があるのは、前から何となく解っていた。
彼は仕事以外でも、よく冬馬家に出入りしていたので、その度に自分に向けられる視線の意味に気付かざるをえなかった。
熱のこもった目つきで、チラリと見られるたびに、奇妙な快感が身体に走る。
榊原は自分が知っている限り、誰よりも優秀な男だった。
冬馬グループの基礎を作り上げた祖父以外では、榊原が冬馬の知っている最高の男だった。
その男に特別な視線で見られる。
しかも彼はその欲望に、必死で耐えていた。
面白くなって、わざと彼の前で着替えて見せた事もある。
その時彼は礼儀正しく視線を逸らしたが、どうにも我慢がしきれなくなって、一度だけこちらを見たのを涼一は知っていた。

その、欲望の視線。
彼に欲しいと思われている。
視線に貫かれて、涼一はゾクゾクした。

もっともその時は、彼をセックスの相手にすると考えた訳ではなかった。
まだ女とのセックスも経験してなかったし、ましてや男となど考えた事もなかった。
単純に、大人が自分に振り回されているのが面白かったのだ。
誰よりも優秀な、知っている限り最高の男が、自分という存在に振り回され、落ち着きを無くしている。
涼一は人間のそういった状態に、非常に敏感だった。
それを利用して人を操り、支配し、征服する。
同世代の子供に対してその力を行使するのは、あまりにも簡単すぎて面白くなかった。
出来るなら大人を相手にゲームをしかけたい。
それは非常に面白く、魅力的な遊びだった。


 綺麗で人当たりがよく、大人に対して礼儀正しい。
大人も子供も、殆どの人間が冬馬涼一に一目置いて接した。
彼がにっこり笑うと、誰でもその笑顔の虜になった。
血筋も、能力も、容姿も、未来に保証されている地位も、全て涼一の持ち駒だった。
その全てを使って、人を思うとおりに動かし、自分のしたい事をする。
何故そうしたいのか、自分でもよく解らない。

ただ、そうする事が楽しかった。
欲しいと思う心は、もともと人が誰でも持っている根元的な欲望なのさ、と思う。
欲しいものを取り、自分の足元に、全てを屈服させる。
誰だってそんな欲望はあるはずだ。
自分は男だから女の事はよく解らないが、男なら誰よりも上に立ちたいと思うだろう。
力を行使して、全てが思い通りに動くのを楽しみたいと思うだろう。

ただ、それだけ。
そうしたいだけ。
楽しいからやるんだ。意味なんて無いさ。


 榊原は涼一に気があり、涼一の才能にも一目おいていた。
だが、それでも彼はあくまで父のものだった。
父の秘書であり、父の力であり、父の命令でしか動かなかった。

その榊原を、手に入れたい。
オレが欲しいなら、くれてやってもいい。
引き替えに、お前はお前の全部をオレに差し出すんだ。

榊原は、簡単に落ちた。


 少年の身体を抱く事と引き替えに、自分の全てを差し出す。
榊原はそうする事に、何の躊躇いもなかった。

少年の白い身体。
綺麗な顔に、獣の心。
解っている。この子供はたった13だが、悪魔のように狡猾で、蜘蛛のように常に罠を張っている。
一度からめとられたら、容易な事では抜け出せそうもないだろう。
それでも、解っていながら少年の身体に手を伸ばす。

抑圧され続けてきた欲望。
彼から差し出されて、その欲望をこれ以上押さえる事は出来そうもなかった。
痩せた少年特有の薄い胸に舌を這わす。
乳首を舐められると、少年はくすぐったそうに彼の腕の中でくすくす笑った。
その顔に激しく欲情する。
しかし榊原も実際の少年を相手にするのは初めての経験で、その欲望をどうやって形にしたらいいのか、よく解らなかった。

夢想した事はたくさんある。
女とやるように、少年の身体を押し倒して、体中舐め回して、そして身体を貫く。
何度も何度も突き上げて、少年の身体の中で達する。
しかし実際の身体を目の前にすると、その夢想をそのまま行動に移す事は出来なかった。

涼一の勃ちあがったペニスを手で握る。
まだ半分子供の形をした、それ。
「ん…。ふっ」
触られて涼一は敏感に反応する。
その部分をいじりながら、もう片方の手で小さい尻も愛撫する。
舌と唇を使って、少年の身体の形を確かめていく。

女じゃない。
今自分が抱いているのは、女じゃないんだ。
榊原の中に震えるような喜びが広がっていった。
女はもちろん嫌いじゃない。
妻の事は愛していた。

だが、少年のこの身体を、自分はずっとずっと渇望し続けてきたのだった。
この身体をしゃぶり、犯し、欲望を吐き出したいと思い続けてきたのだった。
やっと、その思いが叶う。
しかもそれは、思う限りにおいて、最高の少年だった。
誰よりも才能があり、美しく、残酷な少年。
彼が手に入るのならば、代わりに何を差し出しても構わなかった。


「挿れないのか?」
「え?」
いきなりの言葉に榊原は口を開ける。
涼一は奇妙に意地悪そうな光を瞳に湛えて、じっとこちらを見つめていた。
体中を舐め回し、男の徴を口に含む。
少年のソレが硬くなってくるのを、じっくりと味わう。
彼が口の中で達すると、榊原は満足した。
その時涼一がそう言ったのだった。

「それ、オレの中に挿れないのか?」
榊原の勃ちあがった男の徴を、涼一は指さして笑う。
「大人の男のものがそうなっているのって、初めて見たよ。やっぱりでかいな」
「涼一さま…」
「欲しいんだろ? オレが。挿れないでいいのかよ。セックスするんだろう? 女とやる時は挿れるんだろ?」
挿入だけがセックスではない。
榊原はそう言おうとして、それから唾を飲み込んだ。

少年の身体を貫き、何度も犯す。
心の底にずっとずっと押さえ込んできた、薄汚い、穢れた欲望。
夢想した事を、すべてこの身体に叩きつける。
それは抗いがたい誘惑だった。
「なんだよ、さっきよりでかくなってるぞ。ソレ」
涼一はベッドの上で彼のペニスを指さし、ゲラゲラと笑った。
それから緩やかに身体を開いて、ポルノビデオのように、その部分を晒す。

「いいよ…。お前が考えてる事、全部やれよ」

頭の中が真っ白になり、何も考える事が出来なくなった。
榊原は、夢中で少年の身体にむしゃぶりつく。
もう、どうなっても構わなかった。
この少年に囚われて、抜け出す事が出来なくなったとしても、そしてそれでいつか自分が破滅する事になっても、もう構わなかった。

彼は涼一に全ての欲望をぶつけた。
涼一は嬌声をあげながら榊原を受け入れ、彼の下で白く怪しく蠢いて誘う。


子供。
最後の獣。
バビロンの娼婦。

誰を抱いているのか、次第に解らなくなっていった。
少年の小さな尻に、欲望の塊を何度も打ち付ける。
「ああ、ああ、あああっ…」
苦しそうな声と息が、耳に吹き込まれる。
背中に爪で、徴が刻まれる。

いいよ…。

お前のしたい事を全部しろよ…。
頭の中で考え続けてきた、どんな汚い事も、いやらしい事でも。

冬馬涼一の声が、榊原の頭の中で囁き続ける。
それは正確には、涼一自身の口から出た言葉ではなかった。
だが、榊原には確かに聞こえた。

好きな事をすればいい。
恥ずかしくなんてない。
我慢なんてする必要も無い。
したい事をしたい時にすればいい。
だから…。
オレを犯したいなら、思う存分好きなように抱けばいいんだ。

13歳の少年が口に出す言葉では、もちろんなかった。
だが彼の身体が、確かに自分に語っていた。

 

 

「あっ、あああぁっ…!」
少年の声と共に、榊原も獣のような唸り声をあげて、その中に欲望を放つ。
ほとんど同時に、榊原の手の中で少年も果てた。
少年の精液が手を濡らし、榊原は茫然と自分のした事を見つめた。
引き裂かれた少年の身体からは、血が流れていた。

「…血が」
「血? ああ…」
涼一は榊原の身体の下から抜け出して笑う。
「別に痛くないな」
痛みすらも快感の一種のように目を細め、涼一は榊原を見上げる。

「一回で満足か? それとも、まだする?」
ピンクの舌が薄い唇を舐め上げていく。
それは恐ろしく淫靡で、同時にぞっとするほどピュアな『子供』の顔だった。
「ずっとしたかったんじゃないのか? 子供に、いやらしい事。考えてたんだろ? ずーっと」
榊原は喉を鳴らす。
「一回でお終いじゃないんだろ?」
「…して、いいんですか?」
「変態め」
榊原は頬を叩かれたように顔を逸らす。
涼一はその榊原の唇に舌を這わすと、天使さながらの笑みを浮かべた。

「して、いいよ」
「涼一様…」
「オレが榊原としたいんだ。榊原、オレの事、好きか?」
「…はい」
「こんな風に、好きなのか?」
涼一は再び勃ち上がりつつある榊原のソレを握る。
榊原は微かに呻いて瞼を閉じる。
涼一は頭を下げて、手の中のモノに舌を這わせた。

「オレを、愛してる?」
「はい、涼一様」
榊原は目を瞑ったまま答える。
「お前は、オレのものか?」
少年の温かい舌が、身体の中心を舐め回す。
榊原は黙って頷いた。
「じゃあ…。いいよ」

囁きが聞こえた。
「榊原と、したい…。すごく、いやらしい事。今すぐ、もう一度、オレにして」

それは…。
赦しの声だった。
そして同時に、悪魔の囁きだった。

榊原は目を開けて、少年の身体を再び手に入れた。


そして彼はその日から、冬馬涼一のものになったのだった。



 最高。最高のもの。
自分が手に取るものは全て、最高のものでなくては気が済まなかった。
それを手にする権利が、自分にはあると思っていた。

生まれてまもなく、自分は祖父を手に入れた。
祖父は幼い涼一を、嬉しそうに知人に見せびらかしては『この子は龍の印を持っている』と自慢して歩いたという。
中国人の知り合いが多かった祖父にとって、龍とは皇帝の象徴だった。
祖父は涼一の持つパワーと、過大なまでの未来への希望を信じた。
今でも微かに覚えている。
祖父の取引相手だった中国人達が、自分を取りまいて囁く声。
その殆どは外国の言葉で、幼い涼一には理解出来なかったが、彼らがにっこり笑って自分と同じ高さまで腰を下ろし、自分の将来を讃えてくれた事だけは解った。

『龍の印を持つ子供』
『強大な運を持つ子供』

彼らが囁き交わした不思議な言葉の数々は、涼一の記憶の底に刷り込まれ、色褪せることなく輝き続けた。
『龍の子供』
時がたってもその言葉は、事ある毎に浮かび上がり、涼一の自尊心を満足させた。

そう…。
どんな形かは解らないが、自分はそのうちに皇帝の椅子に座る。
それは当然の未来だった。

手に入れる。
龍に相応しい力と、世界を。
全てを手にする権利が、自分にはある。
でなければ、どうしてこんな風に生まれつく必要があっただろう。
夢想を現実に出来るだけの力が、黙っていても手に入る血筋に、何故生まれつく必要があっただろう。

そう。
王はいつだって、生まれ落ちたその瞬間から『王』なのだ。

いつか自分が手に入れる世界を思って、涼一は嗤った。

 

 

 黒羽志帆は難物だった。
自分が知っていた女達と、あまりにもかけ離れている。
黒羽陸の方に取り入るのは、案外簡単だった。
彼は呑気でお人好しで、そして人を疑う事を知らない男だった。

真面目でバカって事だよな、と涼一は思う。

もっとも自分はどちらかというと、女より、男にとって魅力的に見えるらしい事は解っていた。
榊原のような性的な意味合いではない。
(もちろん自分が、そういった男達にも魅力的に見える事は知ってはいたが)
冬馬涼一は男社会の中での、自分の見せ方というものを、よく心得ていた。

年上の男達は涼一の事を、優秀で信頼の置ける『自分の味方』だと思い、年下の者は涼一を、尊敬出来て頼りがいのある『自分を見いだし、認めてくれる存在』だと思う。
男達はいつでも単純で扱いやすかった。
味方になってやり、相手のプライドをくすぐってやれば、簡単に操る事が出来る。
彼らは操られている事にはまったく気付くことなく、いつでも気分良く、自ら進んで涼一のために働いてくれるのだった。


 黒羽陸も例外ではなく、あっさりと涼一の手管に乗った。
簡単な資料の整理だけでなく、涼一が望めば最先端の研究資料に近づく事も出来た。
しかし、志帆がいるかぎり、あまり迂闊な事は出来そうになかった。

『あの女…。研究バカのくせに、妙に細かいところを見ているんだよな』
涼一は唇を舐める。
何に気付いている訳でもないだろうが。
でも、あの視線は鬱陶しい。
奇妙に無表情な、何を考えているか解らない無機質な瞳。
この陰気な女の頭の中に、あれ程素晴らしい閃きが隠されているなんて、誰が想像つくだろう。

オレは何でも最高のものが好きだ。
オレにとって、世界で最高の研究論文。
絶対に欲しい、と思う。
この女の発想と、力と、その研究成果。
全てが欲しい。
手に入れる事を考えるとゾクゾクする。

無理矢理押し倒して、相手の悲鳴を味わいながら、全てを奪い取る。
なんて最高の気分。
手に入れたら、後はメチャクチャに壊してやろう、と思う。
自分以外の他の誰も、欠片一つ拾う事の無いように。

さて、どこから手をつけよう。
どこから組み上げよう。
美しく組み上げられたものを、最後に自分の手でひっくり返す。
その瞬間が好きだ。
徹底的に、形が無くなる位壊す。
その最期の瞬間を楽しむためにも、出来るだけ美しい形を作り上げる必要があった。


「おかあさん…」
突然ドアの向こうで子供の声が聞こえた。
声変わり前の、まだ幼い子供の声だ。
子供…?
涼一は首を捻る。
ああ、そうか。そういえば黒羽夫妻には子供がいたんだっけ。
じゃあやっぱり、あの陰気な女も、夫とはちゃんとデキるって訳だ。
少々下品な想像をしながら、涼一は資料室のドアを開ける。
「おかあさんは、今いないよ」
突然後ろからかけられた声に、びくりとして子供が振り返った。
子供の顔を見た瞬間、思わず微かに口が開いてしまう。

へえ…。これは、これは…。
二人の傑作という訳か?

冬馬涼一の目の前には、吃驚するほど綺麗な子供が立っていた。

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