強い男2

 午前中の講義で、馬渡はいきなり黒羽さんにケンカを売るような質問をした。
『黒羽 高がいないなら、西署の特殊班は意味がないのではないか』
という様な、質問というより論戦を挑むかのような内容だ。
ギョッとしたのは俺ばかりではなかったようで、一瞬部屋はシーンと凍り付く。
しかし黒羽さんは、まったく動じなかった。
淡々と自分の意見を述べていく。
その意見で黒羽さんは、自分のパートナーのことを凄く高く評価していた。
黒羽さんみたいな人がそこまで言うなんて。
俺は驚くと同時に、ひどく羨ましくなった。

いいな……。
そんな風に信頼したパートナー同士で。
実力もあって。
お互い自信を持って、仕事できるんだろうな。
昨日の俺みたいに、不様に突っ立って震えたりは、きっとしない…。
そこまで考えた時、黒羽さんの質問が耳に突き刺さるように飛び込んできた。

「僕にもパートナーはいるし、彼はとても優秀だ。彼がいなかったら出来ないこともたくさんあった。
君はパートナーに対して、そう思った事はないですか?」

俺の心臓は、ドキリと大きな音をたてた。
馬渡はなんて答える?
俺がいなかったら出来なかったこと?
そんな事なんてあるだろうか。
あいつは一応俺の先輩だし、基本的には一人で何でも出来る。
馬渡は一瞬ためらったが、唇を舐めて続けた。
「あります」
俺の心臓は再び飛び上がる。
ある? ホントかよ。
しかし次の言葉で、俺の一瞬の興奮はあっさり治まった。
「ありますが…しかし、それは今の話と直接は関係ないと思うのですが」

なんだよ、話の流れで言ってみただけかよ。
ガッカリしかけて、でも俺はもう一度思った。
それじゃあ俺は?
俺はどうなんだろう。
馬渡を自分のパートナーとして、黒羽さんみたいに堂々と自慢できるだろうか。
いや、ヤツが俺よりなんでも出来ることは解ってる。
格闘技の強さだけで計ったら、俺のほうが強いと思うけど。
でもだからといって、馬渡が価値のない男ってわけではない。
わけではないんだけど、でも……。
でもなんていうか。
そう。俺は気付いた。
俺は一度も、そんな風に馬渡のことを考えた事がないのだ。
パートナーがいなかったら出来なかったことがたくさんあるなんて。
俺はそう思うほどの経験もしてないし、きっちり考えてみたことだってない。
こんなんじゃ馬渡が俺のことをどう考えてたって、何も言う資格ないよな。

それにしても、どうしたんだろう。馬渡のヤツ。
確かにキッパリと物言う男ではあるのだが、さっきのはあえて何か煽り立てたような気がしてならない。
黒羽さんをけしかけているような、怒らせようとしているような、勝負を挑んでいるような。
う〜ん。
それってもしかしなくても、普通は俺のキャラだろ?
疑問はぐるぐるうず巻いたが、なにせ昨夜が昨夜なので、俺は馬渡にその態度の理由を聞くことができなかった。
しかも馬渡のヤツも、絶対わざとだと思うのだが、俺と視線を合わせようとしない。
ふん。あの野郎。そんなに黒羽さんのチンポのサイズが聞きたかったのか。
などと心の中で毒づくが、もちろんそんなわきゃーない。




講義の後は逮捕術の実戦だった。
馬渡のヤツも何度か黒羽さんと組み合っていた。
しかし手にした警棒は、3秒かそこらで手からたたき落とされていた。
もちろん俺の成績も似たり寄ったりだが、あっさり礼をして引き下がった馬渡と違って、俺はブルドッグのようにしつこかった。
黒羽さんをとっつかまえて、あーじゃないこうじゃないと指導を仰ぐ。
なにせ今日は、朝稽古しなかったからな。
今、講義時間内にできるだけ食いついて、何かを会得しなければ。

黒羽さんはしつこい俺に辛抱強くつき合ってくれたが、やがてフッと何かを思いついたように、俺の腕を掴んで伸ばした。
「…黒羽さん?」
「ああ、いや。そうだな。日比野くん。君は僕をそのまま真似したらダメだ」
「えっ? そうなんですか?」
「うん、君と僕の体格はかなり違うから。僕に有効な方法が君にも有効だとは限らない。もちろん基礎は一緒だが」
黒羽さんの言葉に、俺は一瞬だが、ぐさっときた。
体格が小さい。これは昔からの俺のコンプレックスなのだ。
現に伸ばした俺の腕は、黒羽さんのそれよりかなり短かった。



「身体を使った格闘技となると、残念ながら僕の方が君より有利だ。どうしても身体が大きい方にアドバンテージがあるんだ。骨格(フレーム)が大きい、手も足も長いし、上背もある。
僕と君が同じ速さ、同じタイミングでこぶしを突き出したら、100回やっても、100回とも僕のこぶしが早く君の身体にあたる。たった5センチでも、早くあたった方の勝ちだ。だから君は僕と同じタイミング、同じ距離で戦ったら勝てない」
「……解ってます」
「解ってる? ではどうする」
「どうするって、その…えーと」
「解っていることは大切だ。解らなければその先には進めない。だから次だ。どうする?」
「え、ええと。もっと早くこぶしを打ちだせるように練習する」
黒羽さんは頷いた。俺はちょっとホッとする。
ううーん、今気付いたが、黒羽さんってこっちがやることを否定しないんだな。
解ってるだけじゃダメだ、とか言わない。否定から始めない。
頷いて、肯定して、それから先をうながす。

「それもいい方法だ。ただ練習には時間がかかる。もしも今すぐ戦うなら、君はどうする?」
「えーと、タイミングをずらすとか。それも難しいかな」
「戦わないという方法もあるぞ」
「えっ?」
「戦わないで逃げる」
「そっ、それは嫌ですよ」
「だって今すぐは難しいんだろう? 試合じゃなくて実戦なら、逃げても別に負けではない。今は逃げて、練習してから戦ったらいい」
「……う。そ、それはその通りかもしれないんですけど。でも、それしか方法ないんですか?」
「僕に聞くな。僕は今、逃げることを推奨した。逃げたくないなら君が考えろ」
黒羽さんは突き放すようにそう言うと、さっさと他の人の指導に行ってしまった。
眺めていると、それこそ虫でも払うみたいに、黒羽さんはどんどん他のヤツを倒していく。

うーん…。うううん。ほとんどのヤツ、瞬殺じゃないか。
そんな黒羽さんを、今すぐどう倒すかって?
そんな難問、俺に考えろって言うのか。
俺、馬鹿なんだぞ。
……と、自分で肯定するのも情けないが、事実なんだからしょうがない。
それにしても、確かにオレがこのまま黒羽さんと同じようにしていても、黒羽さんに勝てないことだけは解った。
身体のハンディだけじゃない。
こぶしの速さも断然上だし、経験だって圧倒的に足りない。
大人と赤ん坊みたいなものだ。

大人と、赤ん坊?

ふっと思い出す。
頭の中がいきなり整理されたみたいに、今まで思い出せなかった黒羽さんの言葉が、すらすらっと出てきた。
『どうしても勝てない場合が確かにある。しかし実戦での勝敗は、+α(プラスアルファ)が大きく左右する。それはまわりの状況だ』

まわりの状況。
俺自身じゃなくて、まわり?

俺自身にはすでにハンデがある。
その状況で黒羽さんと戦うとして、逃げないことが前提だとしたら。
たとえば短い腕の代わりに、そこのモップを持つとか。
そうでなかったら水を床にまいて滑りやすくして。黒羽さんが転んだところを上からモップで……。
ううう…。畜生。思いっきり卑怯技じゃねえか。
いま勝つためには。そんな事しかできないのかよ、俺。
なさけなくてガックリする。

でも……。それでも一瞬、俺は勝つことを望んだ。
正々堂々とか、フェアに、じゃなくて、勝ちたいと思って今の策を考えたんだ。
卑怯だろうがなんだろうが、勝ちたいと、そう思ったから。
どうなんだろう。
フェアって考えは実戦向きできないらしい。
だいたいそれで言ったら、俺の身体は小さいんだから、最初からフェアな状況じゃない。
どうなんだろう。
弱い奴に棒で殴りかかったら確かに卑怯だと思う。
でも黒羽さんに対して俺がモップを持つのは、それは卑怯と言うことではないのかな?
俺は解ったようでいて、更によく解らなくなっていった。




午後からは射撃実習だった。
射撃は、実はあまり得意ではない。
砂城で射撃が得意じゃないのはかなり不利なのだが、馬渡に言わせると射撃はセンスらしい。
もちろん訓練すれば上達はするが、上手い奴は最初から上手いのだという。
畜生とは思うが、そういうのも背の高さと一緒なのかもしれない。
高くないヤツは違う努力をしろってことだ。
実は俺は、この射撃練習はあまり興味がなかった。
それでも出たのはもちろん、黒羽さんの実技を見るためだ。
だって天才なんだろ?
見損ねたら大損じゃないか。

しかし黒羽さんは俺たちが期待しているような実技はしなかった。
そしていきなりこう言った。

「ゲームをしたいと思います」

ゲーム? 俺は首を捻ったが、黒羽さんの説明を聞いているうちに、なんだか面白そうだと思えてきた。
そうそう。やっぱり実戦形式だよ。
そういうのが燃えるんだって。
だがふっと馬渡を見ると、燃えるどころか、えらく硬い表情をしていた。
どうしたんだろう。緊張しているのだろうか。
でもゲームだぜ。テストじゃない。


しかし実際にゲームが始まった瞬間、俺は思い知った。
そうとも。黒羽さんがお気楽なゲームなんかするわけはなかったんだ。
実戦形式とか言ってるけど、死なないだけでこれは実戦だった。
練習なら、まだクリアすべき段階ってもんがある。
でもこのゲームは容赦もへったくれもない。
隙があったら即座にお終い。
「クリア」
黒羽さんの言葉と共に、オレの胸にペイント弾が弾ける。
俺、まだ最初の部屋のドアにも行きついてなかったのに。
「その…もうお終いですか?」
「このグルーブでの突入は終わりだ。もっともゲームだから君たちは死んでない。だからこの経験を次の突入班に生かすように。これはチーム戦だ。僕VS君たち全員。練習ではなく勝負なので、勝ちに来るように」
そういって黒羽さんは、チラリと俺のほうを見た。(様な気がした)

いや、見たね。絶対見た。
これってもしかして、さっきの続きなのか?
俺が黒羽さんを現時点で倒すためにはどうすればいいかって。
同じ事を黒羽さんは試している。
実戦は勝負ではないって言ってた黒羽さんが、勝ちに来いってわざわざ言うんだから。
おーし、やったろうじゃないか。
俺の心はゴウゴウと燃え上がった。

といっても、俺たちが伝えられる情報は少なかった。(瞬殺だったからな…)
第2班もかなり早いうちにあっさりと全滅する。
最後の突入班を囲むようにして、俺たち全員は頭を寄せ合った。
「ダメだ。まったく歯が立たない」
「そんな筈あるかよ。向こうは一人だぜ」
「その一人がただの一人じゃないって事だろ。あの、黒羽巡査部長だぜ。勝てるわけねーよ」
「いや、可能性がないわけじゃない」
「馬渡?」
馬渡の顔は相変わらず引きつっていた。
だが唇には、笑いのようなものが貼りついていた。

「マジで勝てるのか? 巡査部長一人だけなのに、強すぎるぞ。あの人突入ルートとか、全部お見通しなんだ。今日初めて見たビルなのにさ。抜け道とか解ってるし、展開の仕方も全部心得ててさ。セオリーじゃ歯が立たない」
「あの人、長期戦にはならないって言ったんだぞ」
「えっ?」
「すぐ、片が付くってな。ふざけんな」
「ま、馬渡?」
俺は目を剥いてしまった。
えーと、もしかして馬渡の奴、黒羽さんのことをライバル視してる?
馬渡はすうっと息を吸った。
「残念ながら、勝てるとは言ってない。可能性がないわけじゃないと言ったんだ。確かに黒羽巡査部長は強い。でも、長期戦にしてやる。長引けば隙が出来る可能性もある。オレが突入プランを立てる。いいか?」
「あ、ああ……」
三班の皆は馬渡の熱に引きずられるように頷いた。



俺はその様子を遠巻きに見ながら、ずっと考えていた。
確かに馬渡は策士だ。けれど、あの黒羽さんに勝てるんだろうか。
いやもちろん馬渡だって、現状では黒羽さんに手も足も出ないだろうって事は自覚している。
だから出来るだけやろうって言ってるわけだ。
そうすれば隙が出来るかもしれないって。
隙…。隙か。
足りない腕の長さは、何で補う?

『ファクターによってはどうしても勝てない場合もある』
黒羽さんの言葉が甦る。
ファクターってなんだろう? 黒羽さんが差し出した条件が、今回のファクターだよな。
さっきも思ったけど。これも問いは一緒だ。
どうすれば不利な状況を利用して、勝ちに行けるかだ。
黒羽さんの言葉のどこかに、何かヒントはないだろうか。

「確かにオレは黒羽巡査部長みたいに実戦はこなしてない。でも経験がすべてじゃないはずだ」
馬渡の声が、フッと耳に入る。
実戦? ゲームだけど実戦。実戦だけどゲーム。
実戦なら、ルールはないはずだ。
でもゲームだから、俺たちは死なないで次に行ける。
なんかおかしくないか? 
どこまでが実戦でどこまでがゲームなのか、黒羽さんがすべて形を作っている。
向こうがファクターを作っているというなら…。
だったら…。
俺は人の輪をかき分けて、馬渡の肩をぐいと引っばった。
「おい、馬渡」


「なんだ?」
馬渡はやっと俺に視線を合わせた。
どことなくまだ引きつった表情をしているが、そんな事にかまっちゃいられない。
俺は勢い込んで言った。
「俺も作戦に混ぜてくれ」
「えっ? あ、ああ、もちろんだが。何か策があるのか」
「策、策なのかな。どっちかってーと、ズルかもしれないけど。あのな、俺たちは黒羽さんを倒すことばっかりメインに考えているけど、これが実戦なら人質救出作戦だろ? テロリストがいる所に突入していくんだからさ。制圧は当然として、まずは人質の安全を確保だよ」
「それは…そうかもしれないが」
「いいか馬渡。あの人が実戦形式って言ったら、実戦なんだよ。お前の目論見通り長期戦になって、もし状況がまずくなったら、あの人は容赦なく人質を前に差し出すぞ」
「えっ? そんな卑怯な真似」
「するさ。黒羽さんは今、テロリストの役なんだから。警察の立場なら死んでもしないだろうが、テロリストだったらやる。そういう人だよ、黒羽 高は。だから生き残ってきたんだ」

馬渡は目を見開き、それから悔しそうに唇を噛んだ。
俺はなんとなく嬉しくなってきた。
うん、馬渡の奴、本気で勝とうとしている。
ずっと黒羽さんに感心するだけだった俺と違って、もしかしたらこいつはずっと、黒羽さんが来たその時から、どうやったら黒羽さんに勝てるか考え続けてきたのかもしれない。
だったら腹立つよな。
パートナーの俺が、勝つつもりなんて全然なくて、ただ感心するだけだったんだから。

そうだよ。
俺は解っていたはずだ。
馬渡がホントは熱いヤツだって。
昔、ただケンカしてた俺を警察に誘ったのもこいつだった。
『そんな事してて何になる。その力を有効に使え』
って、熱く説教したのも馬渡なんだよ。

敵がどれだけ強くてでかいか、何日も一緒にいた俺はよく知ってる。
でも、勝とうぜ。絶対黒羽さんに勝とう。

「馬渡!」
俺は肩をバンッと叩いた。
馬渡は驚いたような顔をして俺を見つめる。
「お前は頭はいいけど、時々あきらめが早いよ。長期戦にするんだろ? 基本的な作戦はそれでいいじゃねえか」
「でも……」
「だからさ」
そこで俺は少しだけ声をひそめる。
もちろんここで話していることが、建物の中の黒羽さんに聞こえるはずもない。
それでもまあ、あっちは敵だ。大声で作戦を話すわけにはいかねえ。

「だからズルすれすれかもしれないけど、俺、考えがあるんだよ。ただ単なる思いつきだから、お前がそれを計画にしてくれ。俺、そういうの得意じゃないからなっ」
「ひ、日比野?」
「うん、そうだよ馬渡。このまま手玉にとられたままって悔しいじゃねえか。絶対一本とってやろうぜ。俺たちの力で!」
馬渡はきょとんとした顔をした後、驚くほど鮮やかに笑って、それから唇を引き締めた。
「ああ、そうだな。一緒にやろう」




そして……。
結果だけ言うと、俺たちは勝った。
うーん、実際にはなんというか、五分五分くさかったけどな。
ある程度の長期戦には突入したけど、基本的な計画は破綻してしまったし、実際のところ俺は人質を見つけられなかった。
っていうか、見つける前に黒羽さんを見つけちゃったって言うか、なんというか。

「5人じゃなく、6人で突入か」
黒羽さんは薄暗い廊下にすっと立って俺たちを見つめた。
ああ、畜生。立ってる姿も格好いいぜ。
「はい、日比野のアイデアです」
馬渡が瓦礫から立ち上がりながら言う。
正確に言うと、5人+1人だ。
俺がプラスアルファの役目ってわけだな。
「日比野くん、どうして6人で突入するプランを?」
黒羽さんは俺のほうをくるりと振り向いた。
うわっ。急に見られると、やっぱりドキドキするな。しかも黒羽さんの肩には、俺が撃ち込んだペイント弾の跡がくっきりとついている。
俺はそれを見るのも妙に眩しかった。

「あっ、ええと。…黒羽さんが前に言った事を考えてみたんです。幼児と大人で戦ったとしても、幼児に有利な条件さえセッティングしてあれば勝機はあるって話。
だからやったんです。実戦ではルールはない。時間制限もない。これは練習ではあるけれど、実戦の模擬戦。そうでしたよね?」
「ああ、そうだ」
「黒羽さんは、最初の突入グループの俺たちに、【この】グルーブでの突入は終わりだといいました。でも同時に、黒羽さんVS俺たち全員の勝負だとも言った。
最初にファイブ・マン・セルとは言われましたが、その後のルール説明に人数制限はありませんでした。自由に作戦を立て、どこの班がどう突入してきてもかまわないという事でした。
人質を確保すれば、俺たちは断然有利になる。だから一人増やして役割を分けたんです」
黒羽さんは頷いた。
うん、そうだ。黒羽さんはいつでもそんな風に、まず俺たちがやったことを肯定する。

「そうか。五人全部やったからお終いと、一瞬でも考えた僕が未熟だった。だから僕はやられた。それで? もっと大勢で突入せず、君一人だけが加わった理由は?」
それは馬渡が答えた。
「もっと大人数で突入したら、最初から人数が多いことがバレてしまうからです。オレたちはダイナミックに仕掛けても、日比野だけはステルス行動である必要がありました」
「うん、なるほど。解った」
黒羽さんは嬉しそうに頷いた。

「これは僕がしかけたゲームだ。ルールも僕が決めた。僕を倒せばお終いの簡単なゲームだが、僕のルールに囚われている限り、君たちに100パーセント勝ち目はなかった。
だからいいか。戦うときはこちらでルールを作れ。それも君たちがマスターすべき事の一つだ」
黒羽はすうっと笑った。
「よくやった」

はいっ! と俺は大声で返事してしまった。
初めてよくやったって言われた。
ただ感心するだけだった俺が、ほんの少しかすっただけかもしれないけど、それでも一撃、黒羽さんに入れることが出来たのだ。
もちろん俺一人じゃ出来なかった。
馬渡の作戦がなかったらダメだっただろうし、他の4人の協力だって必要だった。

「黒羽さん、俺の考えた事って正しかったですか?」
黒羽さんは首を横に振った。
「僕は君が何を考えたのか知らない。だから正しいかどうかも判断できないな。それにたとえ僕が正しいと考えたとしても、それは僕の判断だ。
君の考えは君が判断すべきだろう」
「黒羽さんはいつでも、俺に考えろって言うんですね」
「当たり前だ。君のことを僕が考えても仕方がない」
俺が笑ったら、黒羽さんも笑った。
笑う黒羽さんは、メッチャクチャ綺麗だった。

「ただそうだな。策を練ることは卑怯ではない、と僕は思う。自らを相手と平等の位置に据えるための技術だ。
君の腕の長さと僕の腕の長さは違う。君は僕を目ざしてはいけない。君は君ができることをするんだ。出来ないことを追い求めていたら、一生そのこぶしは僕には届かない」
「強く、なれますか? 俺」
「なれる。僕とは違う強い男に」
黒羽さんはキッパリそう言った後、フッと視線を逸らした。

「日比野くん」
「はいっ」
「明日はもういいよ」
「えっ?」
「君はパートナーと組んで仕事をするように。僕はここでは一人だ。そっちのほうがいい」
「どうしてですか? 最後まで勉強させてくださいよ」
「すまない。一人でいたいんだ」


一人でいたいって言われてしまったけれど。
俺はなんとなく最後の黒羽さんの口調が気になってしまった。
「日比野?」
振り返ると、馬渡が妙に照れくさそうに俺を見ていた。
うーん、馬渡のヤツ間違いなく、まだ昨日の事を気にしているに違いない。
「ああ馬渡。俺、黒羽さんから補佐役解雇されちゃったよ」
「いいのか日比野?」
「あんまりよくないけど、まあいいよ。オレは黒羽さんと仕事をするわけじゃない。パートナーはお前だしな」
「日比野、あのな」
「えーと、なんとなく何が言いたいのか解る気がするんだけど。いいか、俺が泣いた事なんて速攻忘れろ。それがパートナーってもんだろ?」
「……ああ、そう、そうだな」

どうして馬渡は俺をパートナーにしたんだろう。
それはよく解らない。
でも、俺のパートナーは馬渡だと思う。
まだ黒羽さんが言ったレベルには全然届いてないと思うけど。
でも仕方がない。
すぐに最高になれるなんて、そんな都合のいい天使も悪魔もいないんだから。

それでも、サンタクロースはいたかもしれないな、ってちょっとだけ思う。
なぜって今、俺って結構やるじゃんって、そう思えているから。
今日はクリスマスで、きっと俺は最高のプレゼントをもらったのだ。

「なあ日比野」
「ああ? もういいって言ったろ」
「そうじゃなくて、黒羽さんにもう一度頼んでみろよ」
「ええ? どういうこと?」
「今日勝てたのは、黒羽さんからお前が何かを学んだって証拠だろ? だったらお前は黒羽さんに何かを言う資格はあると思うんだ。もう一日だけだし。頼んでみろよ」
「うんまあ〜。そうだなぁ〜」
「急にあんな風に言われて、気になってるんだろ?」




馬渡に押される格好で、オレは黒羽さんを探しに行った。
確かに、気になっているといえば気になっていたんだよな。
馬渡が言ったような意味じゃなく。
俺自身じゃなくてさ、黒羽さんが、どっか変だったって言うか。
昨日から、少し黒羽さんは変だった。
講義の間中はまったく感じなかったんだけど、終わった瞬間、なんとなく雰囲気が変わった。
女どもはオレの事を超鈍感だというが、それほどでもないと自分では思うんだよな。
街のガキ共が寂しがっていることが、俺には解る。
そんな風に少なくとも、黒羽さんが何か心に抱えているって事くらいは解るさ。


「黒羽さん」
話しかけたら、ごめんと謝られてしまった。
その事にも驚いたのだが、更に黒羽さんが何に心悩ませていたのか解ったときは、メチャクチャ吃驚だった。
だってさあ、彼女?
黒羽さん。彼女いるのか。
いや、もちろん黒羽さんは俺より年上だし、いたって当たり前なんだけど。
でもなんて言うのか、どーも黒羽さんってどこか浮世離れしている感じがしてさ。
そういう人間くさいことは超越しちゃっているような……。
って、もちろんその辺りは俺が勝手に夢見てるだけだけど。
普通に男なら、普通に人間関係があるさ。

黒羽さんは何度も彼女じゃないって否定したけど。
話を聞けば聞くほど、黒羽さんがそのカスミちゃんとやらに惚れていることは解った。
彼女じゃないって何度も言うんだから、まだまだ危うい関係なんだろうな。
もしかしたら、誰にもナイショなのかも。
そーだよなあ。
だって、署でキャーキャー言ってた女どもが黒羽さんに彼女がいる、なんて知ったら、すっげー騒ぎそうだもんなあ。
想像するだけで、ゾッとしちゃうぜ。
結婚まで行ったらあきらめざるを得ないけど、彼女になりきれてないような彼女じゃな。
黒羽さんだって誰にも言えないに違いない。


カスミちゃんに今すぐ会いに行ったほうがいいって言ったら、黒羽さんは小さな声で
「ありがとう」
と言った。その唇には、微かに微笑みが浮かんでいた。
ドキッと心臓が飛び跳ねる。
うーん、それだけ魅力的な顔でそんな風に言われたら、カスミちゃんだって絶対落ちると思うぜ。
男の俺だってこうなんだから。ホントに綺麗だよなあ。
いやあ…。女どもの言ってる事なんてどうでもいいけどさ。
男が綺麗でも全然価値なんて無いと思うけどな。
でも、黒羽さんだったらいいや。
あんなに強くて、すごくて。それで綺麗なんだから。
その黒羽さんからありがとうって言われたんだぜ。
俺は嬉しくて舞い上がりそうだった。



そう、俺はますます黒羽さんを好きになってしまった。
今までも、もちろん好きだったけど。(何たって黒羽さんは最高に強いからなっ)
でも今度のは、親近感? みたいな。
メチャクチャ強くて、仕事では尊敬できて、見蕩れちゃうくらい綺麗で、なのに日常の小さな事に悩んでる。
それが妙に嬉しい感じ。

ホント、あの黒羽 高があんな事で悩んでいるなんて。
けっこう可愛いところもあるんじゃないか。
黒羽さんの力になりたいって思う。
あれだけ強くたって、誰の力も必要としないというわけじゃないんだ。
だって黒羽さんは、パートナーがいて初めて出来ることもある、って言った。
俺はパートナーじゃないけど、でも俺の力だって少しは役に立つはずだ。
現に今、ありがとうって言われたばかりだ。

俺は黒羽さんの恋を応援するぜ。
秘密だって事に、ますます燃える。
「カスミちゃんって、どんな娘かなあ…。きっと可愛いんだろうな。黒羽さんが好きな娘だもんな」

『……っカスミ!?』
黒羽さんは飛び出してくる俺に向かって、名前を呼んだ。
うーん……。
実はそれだけが腑に落ちない。
まさかカスミちゃんって、俺みたいに色黒で筋肉ムキムキの女の子じゃねえだろうな。
すこし考えたが、なんか想像がつかない。
「んー、まあいいや。もしかしたら身長が俺くらいの女の子かもしれないよな。婦警だったら俺くらいの高さの女いるし」
俺は解らない事を考えるのはやめた。
いいや、俺は俺が出来ることをするんだ。
まずは申し訳ないけど、馬渡にもこの事は内緒にしなくてはならない。
誰にも言わないって男と男の約束だから。
だからかわりの言い訳をどう考えるかだよな。

俺は口笛を吹きながら、超くだらない言い訳を二つ三つ考えた。
馬渡は俺のパートナーだから、どれだけ俺がくだらない言い訳をしても、きっと信じてくれるだろう。
それだけは確信できた。




「あのう…。西署から出向している黒羽 高をお願いしたいのですが」
翌日、西署から黒羽さんを迎えに来た男がいた。
「はい、そちらは?」
「私は黒羽 高のパートナーで、白鳥といいます」
へえ、と俺は思わず眺めてしまう。
こいつ…いや、この人が黒羽さんのパートナー?
黒羽さんが褒めてた?
しかし、背も俺とそれほど変わらないし、凄く普通そうだよな。
あまり強そうにも見えない。
でも確か、上司だったっけ。

パートナーが迎えに来ていると告げたら、黒羽さんは驚いた顔をした。
「あまり強そうじゃないですね」
「日比野くんは僕を見たときも、強そうじゃないと思ったんだろ?」
「あっ、そ、そうでした」
見た目で判断しちゃダメだよな。
黒羽さんだって、見ただけじゃあそこまで強い人だとは思えなかった。
その人が認めている人なんだ。
うん、きっとすごいに違いない。


黒羽さんは歓迎会を断わったのと同じ素っ気なさで、歓送会も断わった。
また仕事で、きっと会うだろう。
黒羽さんがそう言ったら、女たちの中には泣き出すヤツもいた。
ここは、いいところでした。来てよかったです。
黒羽さんはそんな風に言って、それでもキッパリと背を向けて帰って行った。
俺たちは未練がましく、署の入り口まで行って、黒羽さんの背中を見送ってしまった。

『かすみ…』
風に乗って、かすかに黒羽さんの言葉が聞こえる。
えっ? と思って辺りを見回したが、黒羽さんと彼のパートナーの後ろ姿しか見えなかった。
聞き間違えかな。それとも門の向こうにでも、黒羽さんの恋人のカスミちゃんがきてるのかな?
ちょっとどんな彼女か見てみたい気もしたけど、俺は我慢した。
何故なら、入り口で見送るだけでは我慢できなくなった女どもが、黒羽さんを追いかけていこうとしたからだ。
「やめとけよ」
「ええー、でも」
「いいじゃん、また会えるって。それに写真なら山ほど撮っただろ?」
「そうだけど。なによ日比野くん、複雑な顔しちゃって」
「ホント、日比野くんらしくない顔だよね」
「俺らしいってなんだよ。そんな事言うと、黒羽さんから聞いた色々なこと、教えてやらねえぞ」
「ええっ? 黒羽さんの事って、なになに?」
「知りたかったら、追いかけるのはやめろよな」
「えええー? そんなー」

女どもをからかっているうちに、黒羽さんの姿は見えなくなった。
そうそう。これでOK。
俺はどこまでも強い、心の底から尊敬する黒羽さんの恋を応援することに決めたのだ。
残念でした、女ども。騒いだって無駄だぜ。
黒羽さんには、ちゃーんと決まった人がいるんだ、ウンウン。
秘密みたいだから、黙っているけどなっ。
カスミちゃん、どんな娘だろう。
そのうち会えるといいよなあ…。


カスミちゃんが誰なのか。
それに日比野が気がつくのは、まだまだ先のことだった。

END

おまけエピソード