ある夜−Sugar Night−
クリスマスは聖夜であって、性夜じゃないとキリスト教徒が怒っている。
そんな話が言われているとかいないとか。
まあホントか嘘かは解らないけど、そんなことが噂として流れちゃうほど、日本ではクリスマスは恋人の日ということになっている。
恋人がいないと夜が一人で寂しいとか、空しいとか。
まったく誰が最初に言い始めたんだよ。とは思うけどね。
その上もちろん、性夜なんて揶揄されるくらいだから。
タダの恋人の日じゃない。
そりゃもう、カップルのためのホテルが満杯になっている事実から見ても解る。
「恋人の日とか綺麗な言葉でごまかしかかってっけどさ。性夜ってのが正しいよな。でもまあ、産めよ、増やせよ、地に満ちよ…って感じで、キリスト教っぽくていいじゃん」
白鳥はつぶやいてみたが、自分の下で息が荒くなりつつある相手が男だということに、ハッと口をつぐんだ。
「……いや、恋人の日でいいかっ。これはコミュニケーションなんだから。産まなくてもオッケーオッケー。ヤレば愛は増えるから、それでいいんだって」
「…か…すみ?」
あまりロクでもないことを呟いたので、さすがに黒羽の口から、不審の声が漏れた。
「さっきから、何…言ってるんだ?」
熱を持って潤んだ瞳が白鳥を見上げる。
「えっ? あ〜、その。えっと。コウが…色っぽいなって」
黒羽は一瞬きょとんと目を開いたが、すぐにクスクスと笑った。
「何の言い訳だ、それは。香澄は嘘が下手だな」
「…っ、うっさいなあ。すぐにイったら悲しいだろ? だから円周率を暗唱してたんだよっ!」
「僕の中に入っておきながら、円周率を暗唱?」
口元に笑いを残したまま、黒羽の眼が更に見開く。
「えー……と。その」
「それは…許せないな」
「ええっ? コウ?」
黒羽はいきなり脚を白鳥の腰に絡みつかせると、押しつけるようにして自らの腰を動かしはじめた。
白鳥の熱りたったモノが黒羽の中、深いところまで咥え込まれる。
「あっ…はあっ…。コウっ…キツイ…」
「香澄…。大きい…。いいっ」
仕掛けておきながら、あっという間に喘ぎ声が大きくなったのは黒羽の方だった。
腰を動かしながら身体を反らし、眉が切なげにひそめられる。
「気持ちいい…香澄。もっと」
「コウ、オレも、オレもっ……。うっ……」
ベッドが激しく轢むくらい腰を打ちつけ、何度か身体を揺すったと思うまもなく、白鳥は黒羽の中で果てた。
「ああ…コウ。ああ…。畜生、早いよ、オレ…」
射精の快感に身体を震わせながら、白鳥は息を吐く。
「…イッた?」
まだ白鳥のモノをしっかり咥え込みながら、身体の下で黒羽が薄く笑った。
「イッたよ。なんだよ、もう。オレは気持ちいいけどさ、コウはいいのかよ、オレが早くても」
イカせてもらったくせに、ついブーたれてしまう。
「だって香澄が円周率の暗唱してるなんて言うから」
「あう…」
「抱き合って、さあこれからって時に、相手がセックス以外のことを考えているなんて嫌じゃないか」
「そーかもしれないけど〜」
でもさ、円周率は嘘だけど。中に入っているからこそ気を逸らすのが必要なんですけど。
だって長く楽しみたいじゃん。
幾らオレが若くて元気でも、一晩で何十回もって訳にはいかないんだからさ。
1回1回を、こう、長く濃く熱くエロくだな…。
などとブツブツ呟いていたら、聞こえたのか聞こえてないのか、黒羽は唇を耳元に寄せて囁いた。
「僕は香澄がイクの、好きだけどな…」
「えっ? コウ…そうなの? 早くてもいいわけ?」
「早いとか、早くないとか、気にしすぎだ、香澄は。なかなかイケないよりいいだろ?」
「…そ、そーかなー。で、でも、コウは? コウがイッてないじゃん。一人でイクのって寂しくない? オレはコウと一緒がいいけどな」
「う〜ん…」
黒羽はピンクの舌で、すうっと唇を舐める。
うっ…。な…なんかエロイ。
それだけでオレ、また元気になっちゃいそう。
「一緒にイクのは確かに好きだけど…」
「だけど?」
「でも、同時じゃ無い時だって、香澄も僕も一人でイク訳じゃないだろう?」
「?」
微かに首を傾げる白鳥を見上げて、黒羽は薄く笑い、伸び上がってキスをした。
「ん…んんん…」
「……一人じゃ、無いだろ? こうしてキスも出来る」
「う…うん」
「同時にイケなかった時は、これから香澄が僕をイカせてくれるんだろ?」
「あっ…、ああ、そうか。そういうこと」
思いっきり頷いてしまった白鳥に、今度は黒羽は口を開けて笑った。
「マスターベーションだったら、僕だって寂しいよ。でも…香澄がいる」
「うん……」
「香澄は僕の身体でイクんだし、僕はこれから香澄にイカせてもらう。一人じゃない…」
「コウ」
「だから、香澄が先にイクのだって、僕は好きだけどな。今度は僕の番だし、どうされるのか期待するのは楽しい」
「…コウの身体をオレが?」
「うん…。どんな風にしてくれる?」
「オレが…好きなようにするよ」
「うん……」
黒羽の声は次第に甘くなっていき、目は満足した猫のように細められた。
「香澄が……好きなように…」
白鳥の舌が、黒羽の胸の辺りをまさぐるように動き始める。
黒羽は軽く息を吐き、白鳥に身体をあずけるように力を抜いた。
僕のことだけ考えて欲しい…。
香澄の指と舌の動きだけに感じながら、黒羽は思う。
抱き合っている時、香澄の身体は僕だけのものだから。
香澄が僕のことだけ考えてくれるなら、心も今だけは僕のものだ。
セックスは身体の衝動を処理するだけだと思っていたのに。
いつのまにか、僕は香澄が欲しいと思っている。
痛いほどに、彼が欲しくてたまらない。
今なら簡単に、誰でも僕を殺せる。
すべての感覚を、香澄にしか向けていないから。
誰かが僕を殺しに来ても、背中にナイフを突き立てられても。
香澄に抱かれる感触以外は何も感じないだろう。
香澄に抱かれたまま死んでいく。
それはある種、幸せな幻想だった。
酷く甘く、破滅的な幸福だった。
「でもダメだな。そんなこと…。香澄に怒られる…」
「コウ……?」
「うん…香澄…」
「ちょっと、コウ。コウこそ別の事考えてちゃダメじゃん。オレにはコウだけ見てろって言ったくせにさあ」
「香澄のことしか考えてないよ」
「じゃあオレ見てよ」
黒羽の瞳に、香澄の顔が映る。
自然に唇が近づいて、お互いの中を舌でまさぐり合った。
「コウ、好きだよ」
「香澄、好きだよ」
僕も好きだとは言わない。
好きなのは間違いないけれど、きっと同じ気持ちじゃないから。
香澄のように、大きく包むような愛を僕は持てない。
いつでもギリギリで張り詰めているような、追いつめられているような。
そんな痛い思いだけが、身体も心も支配する。
だから僕は香澄のことしか考えたくない。
彼に身体を支配されて、心も僕の所にあると思えるほんの一刻だけ、僕は安らいだ息がつける。
こんな風に無防備でいるのは、本当はとても怖い。
でも、求める気持ちを止めることが出来ない…。
香澄の愛撫にすべての感覚を集めて、彼の手の中で達する。
「香澄……」
甘く、熱いため息が出る。
「コウ、イッた?」
黒羽は微かに笑った。
「見ればわかる……」
「解るのは身体の方だけだろ。なあ、イッた? コウ」
心も……?
黒羽は首を傾けながら、頷いた。
「……うん…」
頷いた瞬間、白鳥の顔は輝き、黒羽の頭を腕の中でぎゅーっと抱きしめた。
「…苦しいよ、香澄」
「へへへへ〜」
「なに…笑ってるんだ?」
「いやあ、同時にイかなくても、オレ達一緒なんだなって思って。やっぱ抱き合うと愛は増えるよ、ウンウン」
よく解らないまま、黒羽は香澄の腕の中で幸せそうに目を瞑る。
「今日は一晩中、抱いてくれるか?」
「えー? もちろん泊まりだろ? 今夜を何だと思ってるんだよ」
「何って…クリスマス」
他に何かあったかな? と考えこむ黒羽の顎に指をあて、こちらに向かせてキスをする。
「恋人の日だよ」
「クリスマスって、そういう日だったか?」
「日本では、そういう事になってんの。だから、今度こそ同時にイク事に挑戦〜! コウ、協力しろよ」
黒羽は白鳥の腕に包まれて、とびきり無防備に笑った。
END
「その夜−Midnight−」
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