LOVE TIME
部屋のドアが開き、白鳥の姿が見えた瞬間、黒羽は心の底から安堵した。
思わずそのまま白鳥に抱きつく。
香澄…。
顔を見てこんなにホッとするなんて。
自分が知らない場所も、知らない人も苦手だという事は、解ってはいた。
だけど、香澄の顔、香澄のいる場所。
そう思っただけで安心する。
バカみたいな話だが、香澄の所へ還ってこられて、良かった。
「コ、コウ? ちょっと、コウってば?」
ドアを開けるなりいきなり抱きしめられて、白鳥は目を白黒させた。
ただ服を買いに行って、帰ってきただけなわけだから、白鳥に状況が飲み込めないのも無理はない。
実は黒羽の頭の中では、やっと会えた『君の名は』状態になっていたわけなのだが…。
「コウ、コウ? まさか、ホントに何かあったわけ? 誰かに酷い目にあった? 誰かコウに何かしたのかよ?」
白鳥は裸のまま黒羽を抱きしめて、顔を覗き込んだ。
黒羽は黙ったまま白鳥を抱きかかえるようにして部屋の真ん中まで進んだ。
ちくしょう。
白鳥はちょっと複雑だ。
コウに抱きつかれているのは良いとして、自分が抱えるんじゃなく、抱えられちゃってるのが、なんとも情けない。
つまらない見栄だとは思うけど、コウはそんなこと多分全然気にしてないと思うけど、それでも癪に障る。
オレがコウを抱えたいのに。
ちぇっ。
子供の頃は、コウと同じくらいの背丈になるつもりだったのに。
さすがにもう無理だよな。
なんて考えているうちにベッドに押し倒されてキスされていた。
ますます白鳥の願望からは離れていく。
良いんだけど。
積極的なコウも悪くない。
いや、コウはいつも積極的だけどさ。
でも、いつもとはなんかちょっとだけ違う。
セックスの時コウがリードをとるのは、オレが慣れてないせいだ。
でもコウが自分からキスしてくるのは珍しい。
いったい何があったんだか。
とにかく口を塞いでしまおうと、黒羽の考えていることはすこぶる単純だった。
自分の口も塞いでしまえば、言いにくいことに答えなくてすむ。
さっきデパートであったことをちゃんと説明する自信が黒羽にはなかったのだ。
コウは上に被さるようにして、情熱的に深く唇をあわせてくる。
帰ってくるなり、いきなりこれだ。
きっと何かあったのだとは思う。
最近やっと解ってきたのだが、コウは見かけより、ずっと正直な男だった。
正直で素直。
嘘がつけない。
一見ポーカーフェイスで、クールに見えるくせに、本当はバッチリなんでも態度に出てしまうのだ。
ごまかす事も下手だし、口も上手くない。
だからこんな風に、いきなりいつもと違う事をやる時は、絶対何かあったんだ、とは思う。
思う…が…。
何だか白鳥は、そんな事はどうでも良くなってきた。
だってさあ。
さっきからずっと待たされてたわけだし
(いや、途中寝てたけど)
今日は何度も頭の中でコウを押し倒しちゃって、悲しい事にティッシュのお世話にもなっちゃったし。
はっきりくっきり、もう下半身は反応しちゃってる。
あああ、くそー、キス一発で…。
オレって絶対ごまかされてるって。
だけどめちゃくちゃ、コウってキス上手い。
ホントは一緒にお風呂入って、ジャグジーで体洗って、いやその前に、泥だらけになんかならなかったら、まともにデートして、お茶飲んで…。
オレ、いろいろ楽しい手順を…。
………。
だあー、もうだめ。
「コウ!」
白鳥は体を起こすと、黒羽を逆にベッドに押し倒した。
もそもそと手を動かして服を脱がせる。
ちぇっ、どうしてこんなにボタンが固いんだよ!
そういう手際もコウはすごく良くて、キスしてる間にすっかり前を開けられて触られてたりするんだけど、どうしたってそう上手く行かない。
服に気をとられると他のことがお留守になるし。
そもそも慣れてないんだからしょうがないんだけど、それを認めるのも癪だ。
開き直って、一気にがばっと脱がせる。
良し。
これでやっと対等だ。
コウの白い肌。
陽の当たらないアンダーで暮らしているから、特に日焼けサロンにでも通わない限り、皆色は白い。
香澄も以前よりずいぶん白くなったと思う。
それでもコウの肌の白さは格別だ。
しっとりとして柔らかい。
ずいぶん危ない任務もこなしてきたし、実際怪我をしたことも何度もあるだろうけど、目立つような瑕は背中の一つだけだった。
それは、『あの火事』の時の瑕だと、香澄は知っている。
愛しい瑕。
コウを抱き込みながらそっと瑕を指でたどる。
「んっ…」
触られて、コウは少し声をもらした。
その口をもう一度、今度は上から塞ぐ。
パートナーになって、たった二日目で、オレ達キスしちゃったんだよな。
しかも、オレからしていいかって、聞いたんだ。
聞いたくせに、命令だって。
思い出すと、けっこう恥ずかしい。だけどコウは、いいですよって言ったんだ。
だからキスした。なんか、よく解らないままに。
だってホントはさ、ホントはオレ達、前に出逢っているのに、あんたは全然覚えていないんだもんな。
覚えていないとは思ったさ。
それでいいとも、思ってた。
だけど、オレがずっとコウを思ってた時の、あのもやもやした気持ちが、コウには全然無かったのかと思うと、ちょっとだけ悔しかったんだ。
それにオレはもう、あの時の無力な子供じゃないって思いたかったし。
柔らかい唇。熱い舌。
男とキスしたのなんか、正直初めてだったし、オレはガキの頃から兄ちゃん達と張り合う事に慣れてて、背伸びをしたい性格だったから、平気なふりをしていたけど、本当はすっげえドキドキもんだった。
コウがちょっとでも嫌な顔したら、冗談だよ、バーカって言うつもりだった。
なのに、いいですよって言ったんだ。
だから、キスして、そして今、こうしてベッドにいる。
コウの瑕を指でたどりながら、オレはコウの体にキスを散らした。
ホント言うと、まだちょっとドキドキしてるよ、オレ。
身体中にキスして、触って、眺めて。
コウって、ほんとに綺麗だ。
白い肌がほんのりピンクになる。
こうやって裸の腕を重ねると、オレの腕の方が黒くって太い。
ちょっとだけ、ほっとする。
馬鹿みたいだけど、オレ、やっぱり拘っちゃうよ。
マッチョになりたいわけじゃないけど、筋トレは欠かさない。
だって、いざっていうときコウを抱えられないようじゃパートナーとしても恋人としても失格だろ。
そんなものが男らしさじゃないって、他人は言うかもしれないけど、オレ、負けるの嫌いなんだ。
いや、コウに負けたっていいんだけどさ。
ていうか、まだ何もかも勝てないけど…
それに、オレたちの職場って肉体労働だし。
コウはあんまりそういうことに興味がないらしくて、適当なトレーニングは欠かさなかったけど、必要以上に筋肉を付けようとかはしなかった。
その方がいい。オレとしては。
コウの腕はオレより少しだけ長い。でも、少しだけ細い。
その腕を押さえて、すっかり勃ち上がってるコウのアレを口に含む。
実はコレ、女の子にもして貰ったことがないから、コウのが初体験だった。
そんでコウはめちゃめちゃ上手くて、オレはあっという間に…
いや、その。
で、コウがやってくれるようにやってみる。
まだぎこちないけど、コウはちゃんと感じてくれてる。
息が荒くなって、小さく声が洩れる。
「ん… ぁ香澄…」
名前も呼んでくれる。ぞくぞくするような声で。
コウの形を確かめながら、用意しておいたジェルを手に取る。
男とエッチする時、こういうものが必需品だと、始めて知った。
ほんとは女の子とやる時もあった方がいいらしい。エロマンガみたいに簡単に『ああん、濡れちゃう』とはいかないものみたいだ。
なんかやっぱ、そういうのって、男に都合よく作られてるんだろうな。
でもこれを付けてひとりえっちをするとまたこれが…
いや、ひとりえっちはこの際どうでもよくて。
コウはわりとすぐ挿れたがるけど、オレはゆっくりコウのそこを開いて、ジェルを奥まで塗りつける。
だってそのほうが気持ちいいんだよ。
コウだって、辛くないはずだ。
なんかコウのセックスって、痛々しい。
無理して、自分を痛めつけてるようなとこがあるって気がする。
それ、あの冬馬涼一のせいなのか?
あの男が、コウにそういうセックスを強いてたのか?
いやいやいや。
他の男のことなんか考えてる場合じゃない。
オレはオレのやりたいようにやるよ。
自分のにもたっぷり塗って、ゆっくりコウの中に身体を進める。
「あ、ぁぁ」
コウが少しだけ身体を強張らせて声を上げる。
身体は正直だよね。
コウの身体は、これが怖いって言ってる。
この一瞬だけ、コウの本音が見える。
オレ、わりと早くに気づいたんだ。
だって、それ、初めての女の子とよく似てるよ。
時々、コウは本当は、あんまりセックスしたくないんじゃないかと思ったりする。
メチャクチャ上手いし、トイレでした時とか、風呂場での時とか、すごく積極的だったから、オレはごまかされてるような気もするんだけど。
でも、オレのを挿れようとする度にコウの体が震えて、オレは気づく。
コウは誰かとセックスする事が、そんなに好きじゃないんじゃないかって。
ホントはベッドでこんな事をするより、コウが言ってたみたいに、一緒にただ公園を歩いたりする。
そんな事がやりたいんじゃないかって。
だけど…。
だけどここまで来て、そんな事思ってみたって、オレの方が止められる訳ないんだよなあ。
だって、オレはしたいんだから。
コウと、こんな風に体を重ねて、一緒に気持ちよくなりたい。
オレはそのままコウの体を貫く。
「かす…みっ」
体の下でコウがかすれた声を出した。
オレが動き始めると、それに合わせるようにコウの息も荒くなる。
「香澄、かす、み…」
少しだけ口を開いて、コウがキスを求めてきた。
コウを突き上げながら、上から唇を塞ぐ。
舌を絡ませながら思う。
コウは、きっと知らないんだ。
好きな人と本当にセックスしたい気持ち。
コウ自身も、きっと解ってないんだろうと思う。
何が怖いのか。
セックスするって、ホントはどういう事なのか。
きっと解ってないんだろうなって、そう思った。
やってると、オレは夢中になっちゃって自分ばっかり好きにしてるような気がするけど、コウだってちゃんと感じてることだけは確かだよな。
女と違って、そういうのごまかせないもん。
どう頑張ったって、駄目な時は勃たないしさ。
だけどまだまだオレには余裕なんて無いし。
いいよね。それは。
少しずつオレだって成長するから。
いつかきっと、キッチリコウを娯しませてあげられるようになるから。
オレはね、ずっと、ずっと先の計画まで立ててるんだから。
コウと一緒に旅行しようとか。
寮をでてアパート借りようとか。
いつかは家を買って一緒に住もう、とか。コウは外が苦手みたいだから、やっぱりアンダーの中だよな。
そんでもって、毎日コウと一緒に寝る。
毎日セックスする。
だいじょうぶ。
オレがどんなにへなちょこでも、二十年もすればバリバリだよ。
「ああ、ぁ」
香澄と会うまで、決まった相手とセックスする事はなかった。
行きずりの男との刹那的なセックス。
黒羽としたい、という男には事欠かなかったから、欲しくなったときは適当に男を引っかけた。
そうでもなければ、セックスは手段だった。
あの男を追うために相手にちらつかせた、単なるエサ。
突っ込まれて、自分も欲望を吐き出して、それで終わり。
七年間、そうして暮らしてきた。
セックスなんて、所詮そんなものだ。
身体さえ満足すれば、あとはどうでもよかった。
そう思い続けてきたし、そうでなければならないと思っていた。
でも、こうして抱かれていると、どうしようもなく心が昂る。
他人の肉体と触れ合うこと、人の肌の暖かさを身体で感じること。
そして自分の欲望を、否応なしに見せつけられること。
セックスするのは気持ちいい。
単純な肉体的快楽。それを分け合うこと。
涼一とセックスしていた時の、心も体も全て涼一のものだと感じるあの満足感や、何もかも毀れそうなぎりぎりの高揚感はなかったけれど、これも一つのセックスの形だと、やっと少しだけわかってきた。
香澄を受け入れて、黒羽はその感じに酔う。
さっきまでの不安が融けていく。
触れ合うことの心地よさ。
香澄。
もうしばらく、こうしていていいかな。
ぼくは、君とこうしていたい。
だが白鳥が二十年先のことまで考えてるなんて、想像も及ばない黒羽だった。
体を揺さぶられて、黒羽は声をあげる。
黒羽には、いつでも今しかなかった。
未来は、解らない事。
永遠なんてないし、約束は儚い。
想像のしようもない遠い先の未来など、黒羽には解らなかった。
だから、今だけ。
今、もう少しだけこの暖かさに体を委ねていたい。
体の中に、いま香澄がいる。
香澄がいま、誰よりも自分の近くにいる。
こんな単純な事が嬉しい。
何も考えられなくなって、体だけで感じる事が心地よい。
考えたら今まで、寮とか署内とか、そんなところでしかセックスしたことがなかった。
結構危ないよな、オレたちって。
そりゃ別に同性愛は違法でもなんでもないし、オレたち二人ともフリーなんだから誰に遠慮することがあるわけでもないけど。
…
でも署内はマズいよ、やっぱし。
そういうのスリルはあるけど、オレたちってまだ恋人になったばかりで倦怠期の夫婦じゃないんだから、そんななんとかプレイみたいなことする必要なんか無いよ。
てゆうか、もっとフツーに恋人らしいセックスしたいよ。オレ。
それって、もしかして今日が初めてじゃん。
そう思ったら、黒羽と手を繋いで歩きたかったとか、そういうほのぼのな企画も良かったけど、これも悪くなかったような気がしてきた。
セックスなんか何度もしてたからあんまり考えてなかったけど、これってすごく恋人同士らしいよね。
ドキドキしてきた。
二人だけの空間。
誰にも邪魔されない。
コウと、オレだけ。
香澄が身体の中でぐん、と堅さを増したのがわかる。
「いい…かすみ…ぁあ」
つい、声が出てしまう。
恥ずかしい、と思うが止められない。
前はそんなふうに思わなかった。
でも、香澄と付き合っているうちになんだか自分ばかり先走っているのが、みっともない様な気がしてきた。
それでも、慣らされたことはそうそう変えられない。
黒羽はそんなセックスしか知らなかったから。
冬馬は初めてセックスした時から、声を出す事を要求した。
『いいって、言ってごらん』
そんな風に、言った。
いいわけがない。初めてなのだから。
苦痛と混乱。
他人を体に受け入れる本能的な恐怖。
しかし冬馬は、まったく容赦しなかった。
初めての黒羽の体を引き裂き、逃げようとする体を押さえつけた。
そして優しく言った。
『コウの事が好きだから、こうするんだ。コウも、されるの好きだろう?』
黒羽は苦痛の中で、何度も頷いた。
好き。好き。好きだ。
それ以外の答えを、冬馬は望んでいなかったから。
それ以外の答えは許されなかったから。
しかし行為自体は苦しかったが、黒羽の心は高揚していた。
涼一が自分の事を好きだと言い、セックスはその確実な証のように思える。
好きだからセックスをするのなら、涼一が好きな僕も、セックスがしたい筈だ。
冬馬の手で、何度も頂点に導かれながら思う。
いい、いいよ。涼一。
男とセックスしたいと思ったことがあるか、と問われたらよく解らない。
でも、これが好きだという事なら、僕はしたい。
『どう感じる? ちゃんと言ってごらん』
冬馬の望むとおりに。
呪文のように。
「いい、すごく、いいよ…。もっと奥まで来て」
何度も唱えるうちに、その言葉に縛られていく。
香澄…。
香澄とのセックスは、何だか少しだけ違うような気がする。
だけど、何が違うのか、よく解らない。
香澄の体は、熱かった。
唇も、舌も、自分を征服し、突き上げているアレも。
「いい…。いいよ香澄」
香澄とセックスしたい。
これは香澄が好きって事なんだろうか。
どうして恥ずかしいなんて思うんだろう。
香澄の何が違うというのだろう。
ほとんど出会ってすぐセックスしてた。
そんな気がする。
香澄が、キスしたいって言ってきて、それを受け入れた時からなんとなくそのつもりだった。
長い間誰もが黒羽を避けていた。
桜庭だけが僅かに近い距離にいて見守ってくれたけれど、他の刑事たちは皆、遠巻きにして関わらないようにしていた。
それは黒羽自身にとっても居心地の良いことだったから、ずっとそのままで来てしまった。
香澄だけが、真っ直ぐに黒羽を見て、正面から好きだと言った。
それに応える方法を、黒羽は他に知らなかった。
何度目だろう。
香澄が黒羽の中ではじける。
その感じが、心地よい。
自分がイクことより、香澄が達するのを感じることの方が、黒羽を満足させた。
でも、それは白鳥にはわからない。
オレばっかりイっちゃって…
白鳥は少しばかり焦る。
だって黒羽はまだ自分の半分しかイってない。
女の子と違ってそういうの露骨にわかっちゃうもんな。
ちぇっ。
予定ではもう五回くらいコウをイかせてるはずなのに、現実は厳しい。つい夢中になっちゃうのは、若いんだから仕方ない。とはいうものの、身体と頭は別だ。
攻めなら攻めらしく受けを翻弄しなくちゃ。
友人のオタク女から借りた本が頭にちらつく。
そんな間違った知識をインプットされたのが不幸なのだが、いわゆる「兄貴系」のホモ雑誌よりはそっちの方がまだ白鳥にとって取っつきやすかったのだ。
デブ專とかフンドシとか、どう考えても白鳥の範疇外だった。
ホモ雑誌は見た瞬間、ちょっとげげえ、な感じだったように思う。
偏見なんだよ、それは。
そうは思うが、何を好きこのんで、ごつい男なんかと…。
そこまで考えて白鳥は自分の頭を叩く。
オレだってコウが好きなんじゃん。
それってホモって事だろ?
コウなら良くて、他のヤツはダメって事?
………そうかも。
だってコウは他のヤツと全然ちがう。
勝手な理屈だけど、オレにはそうとしか思えない。
ムチャクチャ綺麗で、肌なんか透明でさ。
男でも女でも、みんな振り返るんだぜ。
ただ立ってるだけでも見とれちゃうってーのに、セックスになると、超色っぽい。
もう、男でもいい、ってかんじ。
……言い訳か?
言い訳のような気がしないでもないけど。
なんか言い訳も好きじゃないよな。
それってまるで、オレが男を好きだって事が、後ろめたいみたいじゃん。
突っ込んで、こんだけイっといて、そりゃあないだろ、って気がする。
他の男なんか全然好きじゃないし、コウだからこーいう事もしたいんだけど、だけど、コウだって男なんだから。
ううう。そうだよ、だからあの同人誌なんだろ?
愛だよ、愛。
男とか女とか関係ない。
愛しているからセックスするんだってヤツ。
アレなんだよな、うん。
それも実は言い訳になっていたりするのだが、とりあえず白鳥は、それで満足する事にする。
ええっとー…。それでえー。
同人誌のシーンが頭の中をぐるぐるするが、残念ながら肝心の部分がぼかしてあったりするものが多く、どこをどう参考にしていいやら、白鳥はよく解らなくなってしまった。
「…かすみ?」
さすがに不審そうに黒羽が眉をひそめる。
「あっ…。ゴメン。コ、コウ?」
「…なに?」
うへー、上気した顔に髪がはりついているのって、色っぽいー。
………じゃなくてっ。
「な、何かしたい事あるっ?」
「はあ?」
声がうわずっちゃったよ。
それが入れながら云う言葉かっ。
うわーん、同人誌の攻なら、絶対こんな事聞かねえよぅ。
経験も情報も決定的に不足してるんだから、仕方ない。
とはいうもののやっぱり情けなさに、ちょっと萎えそうになってしまった白鳥だ。
黒羽の方は頭の上に『?』が飛び交う。
したいこと?
したい事って、なんだ。
今してることがしたい事じゃないのか。
そんな事訊くって事は、香澄は他にしたいことがあるんだろうか。
冬馬とのセックスが頭を駆けめぐる。
残念ながら黒羽にも他にモデルがなかったのだ。
「…3P、とか?」
おそるおそる切り出す黒羽。
「ちっがーーーーうっ」
思い切り否定されてしまった。
繋がったまままぬけな問答をしている二人だが、幸いなことにそれを見ていた人間は、もちろん誰もいなかった。
「コウは、この状況に誰か混ぜたいわけ?」
黒羽は目を見開き、首を横にふる。
そうだろうともさ。
混ざるなんてヤツがいたら、ぶん殴る。
だけど『違う』と怒鳴ってみたものの、かなりあせった白鳥だった。
コウって、3Pしたいのかーっ?
と、一瞬思ってしまったからだ。
それって、3人がいいって事なのか、それともオレじゃ役不足って事なのか。
どっちにしたって、オレ的にあんまりいい事じゃない。
だいたい3Pってどうやるんだよ。
オレはよく知らないって。
と思った瞬間、稲妻のように同人誌の絵が頭に浮かぶ。
……すみません、知ってました。(同人誌のだけど)
真ん中に受を這い蹲らせて、前と後ろにアレを…。
あああああ…。
情けない、オレって。
こんな事でまた元気に…。
ホントは3Pしたいのか? オレが?
「それとも、何か道具使うとか。…縛る?」
白鳥の頭の妄想におかまいなく、黒羽はぶつぶつと続ける。
黒羽は黒羽で、言われた瞬間考えてしまっている。
他にしたい事って、香澄は自分とのセックスに満足していないのかもしれない。
それとも、自分が大声を上げるのが、やっぱり良くないのだろうか?
自分がどうしたいか、と聞かれたにもかかわらず、黒羽は、香澄のしたい事を考えていた。
白鳥は、自分のしたい事を、勝手に作られている事に気付かない。
体は一つになっているというのに、2人の考えは果てしなくすれ違っていた。
白鳥の立ち直りは早かった。
もともとあんまりマイナス志向じゃない性格だし、3Pの事なんか考えてちょっと元気になっちゃったし、そもそも最初からいつも黒羽にリードされてきて、それが当たり前だったからまあいいや、みたいなカンジになった。
で、ごちゃごちゃ考えるのはとりあえずやめにして目の前のこと、つまり黒羽の身体に集中することにしただけだった。
なんたって、ヤりたい盛りなのだ。
けれど黒羽の方はそんなに簡単に切り替えられない。
根が真面目で努力家なタイプだ。
しかも融通が利かない。
一度に二つのことをやり分けられるほど器用でもない。
香澄の質問をくどくど考えているうちに、遙か彼方に取り残されている。
だけどちっともわかっていないのだった。
「縛るとしても、ここには何もないだろうし、タイも、今日はしてこなかった…」
黒羽は、ぶつぶつ何か言い続ける。
「コウ、ちょっと、コウってば」
ヤりたい盛り。元気爆裂の21歳。はっきり言って、自慢できるのは回数だけです(ちょっと泣)
とはいえ、さすがに体の下で色々言われてしまっては、白鳥もたまったものではない。
「もういいよ。オレが悪かった。悪かったって」
「…縛るのは…」
「縛らなくていいって! そこからもう離れようよー」
だけど、まったくもう。
オレが悪いとはいえ、いきなり縛るときたもんだ。
しかも…。ネクタイ。
なんつーか、その。基本的にコウってもしかして、発想がアブノーマルじゃない?
「だけど香澄…」
「なんだよ。コウ、縛られたいのか? それとも縛りたいわけ?」
思ったより黒羽はしつこかった。
なんだ? どうしたんだろ。
そんなにこだわる事かな?
まさかホントに縛りたい訳じゃないよね?
でももしも、本気でそう言われたら、オレ、やっぱり、やんなきゃいけないのかなあ…。
そ、それが恋人ってもんだろうか…。
ううむ。未知の世界だぜ。どきどき。
しかし、そんな脳天気なことを考えている白鳥に向かって、天地がひっくり返るような爆弾発言を黒羽はやらかした。
「香澄。どうして僕とセックスするんだ?」
はい? いきなりどこに飛んだの?
それって、なんかものすごく根本的って言うか、なんていうか…。
なんでもいいけど、いま言うセリフ?(入ってます…。(T▽T)
だいたいどうして、そんな話になるわけ?
「だって香澄はゲイじゃないだろう? 僕とのセックスじゃ、あまり良くないんじゃないのか?」
ちょっとーっ。
オレが何回イったと思ってんだよ。
ていうか、嫌なら勃つかーっ?
「待って待って、コウ。いきなりなんだっていうんだ?」
白鳥とは反対に、黒羽はどちらかというと、いや、かなりマイナス志向な性格だった。
今までの人生で、あまりにもいいことがなかった。
とりあえず平穏無事だったのは両親が死ぬまでの15年間だけだった。
その後のことは考えたくない。
幸せだと思ったこと、自分の信じていたものが全て偽りだったとわかってしまったから。
信じていた?
それも違う。
僕はただ縋っていただけだった。
涼一に。目の前にある、見えるものだけに。
自分で考えることを放棄して縋り付いていたことのしっぺ返しを受けたんだ。
だからといって、今、この場が何かを考えるのに適当かといったらとんでもなく不適当なのだが、考え始めてしまったら止められない。
投げやりなくせに拘る性格は、結局元々のものらしかった。
だけどそれは黒羽自身にはわからない。
そして黒羽は結局自分について考えることをまた放棄して、その疑問を白鳥に投げつけちゃったのだった。
災難なのは白鳥だ。
どう答えろっていうのさ。
何故セックスするかって?
愛してるからに決まってるじゃないか。
なーんて言ったって、納得しそうにない。
なんで納得しないんだよ。
つーか、そんなの後にしてくれ〜〜〜〜。(注・ずっと入ってます)
…だめか。
黒羽はほんの少し目を細め、凝と白鳥の顔を見詰めている。
その目はすごーーーく色っぽいけどっ。
コウの考えてることは全然色っぽくない。…たぶん。
それなのになんでそんなに艶っぽいんだよ。
黒羽の顔を見てると、その中の白鳥はますます元気になる。
だけど、黒羽の質問に答えようとすると、元気どころじゃない。
白鳥は、頭も身体もぐるぐる状態だった。
ああっ、もう。
白鳥は黒羽の体を思いきり突き上げる。
「あっ…」
黒羽の掠れた声が耳をくすぐった。
構わずそのまま乱暴に腰を動かす。
後にしてよ、後にっ。ごまかすつもりはないけど、この状況で体と頭を選べって言われたら、体が先!
コウがそんなに色っぽいのがいけないんだぞ。
よく解らない理屈を黒羽にぶつけて体を動かす。
だって気持ちいいじゃないか。
よくない? もしかしてオレだけ?
オレの方こそ聞きたいよ。オレじゃあんまり良くないんじゃないのかって。
だってオレは、考えたくないけど、きっとあんたの昔の男よりセックスに関するなら全然へなちょこで…。
あー、くそっ。なんとなく腹立ってきたぞ。
男の体は不思議なもので、怒りにも反応するものらしい。
白鳥は激しく腰を打ち付けた。
昔の男が何だよ。今はオレだけだよ。オレだけのもんだ。
「あっ。かす…みっ」
黒羽が声をあげる。
畜生。そういう声にも欲情するわけ。オレってば。
何でって聞かれて、頭で答えられるもんか。
…か、体でも答えられるかどうか、解んないけどさ。
黒羽の声に煽られるように白鳥は昇りつめ、一気に中で果てた。
「ああっ、はあっ…。はっ」
ま、また一人でイっちゃったよ。オレってば…。
黒羽の体から乱暴に自身を引き抜くと、白鳥は黒羽のモノを握ってしごき始める。
「か…香澄?」
「答えてんだろ?」
少し乱暴な声が出てしまう。
「オレが、コウのどこがいいって思ってんのか、知りたいわけだろ? コウは」
「オレはねっ」
黒羽のモノを乱暴に扱きながら、顔を寄せる。
唇が触れ合うほど近づいて、白鳥は怒鳴った。
怒鳴るシーンじゃないだろ、と心のどこかで突っ込みが入る。
だけど、口をきいてる自分は我慢できないらしい。
「他の男とこんなコトしたこと無い。コウ以外の男なんかと、えっちしたいなんて思わない」
「あっ、ぁ、」
いい加減嵩まっていた欲望を擦り上げられて、黒羽ももう限界が近い。
「コウだけだ。コウが好きだから。オレは好きなヤツ以外とセックスなんかしない。女の子相手でもだよ。そのくらいなら、一人えっちしてた方がましだ」
「ああぁ、か、すみっ」
聞いているのかどうか疑問だ。コウは感じてくると自分の世界に行っちゃうみたいだから。そーゆーとこ、女の子みたいだ。
「好きだよ。コウ。こんなコトしたいの、コウだけだ」
ちょっと虚しさを覚えつつ、白鳥は続ける。
言い続けていれば、いつかきっとコウに届く。
そう信じるしかないじゃん。
刹那的な黒羽とは正反対に、意外と計画的で辛抱づよい白鳥だった。
「ああっ、ぁぁぁあっ」
大きな声を上げて、黒羽が白鳥の手に射精した。
うっすらと瞳を開いて、四肢を投げ出しているコウ。
上気した頬。
まだ荒く上下している胸。
すごく、綺麗だ。
白鳥はうっとりする。
ポスターより、全然いい。
あたりまえだろ、とまた心のどこかで突っ込みが入る。
ポスターの黒羽からは、こんな色っぽいカオ、想像も出来なかった。
でも、コウが女の子とえっちしてるとこも、想像つかないよな。などと勝手なことを思う。
コウがバリバリのプレイボーイとかじゃなくて良かった。
こんだけ美形なら、女の子なんか引っかけ放題だもんな。
そんな性格だったら、(かなり)がっかりだ。
7年の間に自分の中で勝手に作り上げていた黒羽のイメージ。
ちょっとばかり逆方向にズレてた気はするけれど、白鳥にとってはサイコーのずれ方だった。
見た目も、さわり心地も、もちろんアソコの具合も、サイコーだ。
そんな最高が、今はオレの恋人。
そう思うと、なんだかすごく嬉しくなってくる。
全部オレのもの。
全部…、って訳じゃ実は無いって知っているけど、とりあえず今はいいやって思う。
そりゃ、ホントは今すぐ全部欲しいけど。オレって欲張りだからな。
だけど手に入りにくいものだから、燃えるってーのもあるよな。
(注:白鳥は、かなりオタクである)
綺麗で、何もかもサイコー。
時間をかけて、そのうち全部オレのものにするんだ。
あらためて、そう思う。
何でコウとセックスするのかって?
そりゃ、いいからに決まってるじゃないか。
知らないのかな、コウは。自分が最高だって事。
もっとも男から、セックスが最高だって言われて嬉しいもんなのか、オレにはちょっと解らない。
ああ、コウってゲイなんだっけ?
じゃあ嬉しいのかな?
「コウ?」
「ん…んん?」
まだ下半身直撃な感じの色っぽい目で、こっちを見る。
いや、その、ダメだって。
いくらオレでも、ドーピングでもしない限り、いま連続は無理…って、まだやる気か、オレ。
「いまはコウだけが好きなんだよ。解った?」
「好き?」
微かに開いた口で、コウが小さく呟く。舌が口の中で誘うように動く。
ああああ…。体じゃなくて、頭で反応しろ、オレ。
とりあえず言う事だけは言っておくんだ。後でまた言われた時のために。
オレって結構マメだよな。
「そう、好き。すっげえ好き。いま誰より好きなのは、コウだよ。だから、コウとしたい。好きじゃない女の子としたって、意味がない。そんなのセックスじゃないよ。挿れて、抜いてるだけ。な? そうだろ?」
好きな奴としかセックスしたくない。それはずっとそう思ってた。
だけど好きだからといって、男をセックスの対象にした事なんて無かった。
だから、やっぱりコウはオレにとっては、かなり特別なんだと思う。
「コウとえっちしてて、よくない訳なんかないじゃん」
言いながらコウの体をあちこちなで回す。
コウが小さく声をもらす。
あっ、もしかしてオレ、少しは受を翻弄している? ちょっと嬉しい、かも…?
「すっごく気持ちいいよ。コウは?」
「…いい」
ため息のような声が口から漏れる。
うわー、ぞくぞくする。
「ホント? コウはオレの事、好き?」
「好き…」
よっしゃー、言わせた。満足感がじわ〜っと心に広がる。
なんか素直じゃん。
いや、いつもコウは大抵素直なんだけど、言葉が少ないからな。
オレの半分も喋んないし…って、オレがもしかしてお喋りなんだろうか?
『男は黙って』なんていうけど、黙ってたらなんにもわからない。
コウが無口なのは、もちろん性格もあるんだろうけど、もしかしてあんまりものを考えてないからじゃないかって、最近ちょっと思う。
オレよりずっと年上の男を捉まえて、随分な言いようだけど、なんか考えること自体を拒否してるようなとこがあるんじゃないだろうか。
でも逆に言うとそれは、オレが好き好きって押していけば、いつか本当にそんな気になるんじゃないかなって、都合のいい解釈も出来るってことで。
というわけで、とにかく
「好きだよ、コウ。オレ、あんたのことが世界で一番好きだ。親よりも兄弟よりも、誰よりも好きだし、大切だよ」
「そんなこと…」
両親を早く亡くしてるコウは、親の話題には敏感だ。でも、
「そうなの。親とずっと一緒に暮らすのなんかまっぴらだって。オレはね、恋人と暮らす方が絶対いい。そうだろ? それってすごく真っ当じゃん。だからコウが一番大事」
キスする。
いっぱい。
オレ、キスって好きだ。だって恋人らしいだろ。
「ずっと一緒にいよう。いつか二人で家を買って一緒に住もう」
オレの遠大な計画を聞かせる。
あ、もしかして、ちょっと呆れてる?
いつか、いつか? 遠い未来。
そんな時が本当に来るのか、自分には解らない。
楽しそうに語る白鳥の顔を、黒羽はぼんやりと見つめた。
永遠なんてない。明日が来る事すら、来てみないと実感できない。
明日も、明後日も今と同じ時が続くなんて、どうして香澄はそんなに確かに信じていられるのだろう。
きっと地に足をつけて、ずっと生きてきたんだろうな。
けれど、嬉しそうに話す香澄の顔を見ているのは、何だか楽しかった。
「家を買うのか?」
「そうさ、そしてずっと2人で住むんだよ」
「僕と?」
「コウと! 他に誰がいるってのさ。そこで寝て、そこから出勤して、そこに帰るんだ」
「…帰る」
自分が帰る家を持つ。
それは素敵な考えだった。
ずっとどこにも還れなくて、自分は彷徨ってきたのだから。
あまり長い間そうしてきたので、帰り方を忘れてしまったような気もする。
だけど、もし。
もしも香澄が方向を指し示してくれるのならば、彼と一緒に帰ってもいいのだろうか?
自分にそんな価値はあるのだろうか。
「香澄…」
「なにさ」
香澄が笑う。
さっきから自分は名前しか呼んでいない。
けれど、名前が呼べる事が嬉しい。
もしも名前が呼べなくなったら…。ぞっとする。
いつか香澄が自分の前から消えてしまう事なんて、考えたくない。
どうして自分は、いつでもいなくなってしまう事ばかり考えるんだろう。
だから未来を考えたくないんだ。本当は。
「香澄。ここに、いてくれ」
思ったよりずっと情けない声が出る。
けれど香澄は楽しそうに笑った。
「いるさ。オレは約束は守るんだからな。最初の約束だって、守るよ」
「最初の?」
「忘れたわけーっ? 半年生きろって言ったろ? だから生きる。絶対大丈夫。オレが大丈夫って言ったら、大丈夫なの」
理屈じゃない。香澄の言っていることは単なる迫力だ。
僕に、ただ信じろと言うのか。なんの保証もなしに。
だが強引な口調に、思わず口元に笑みが浮かんだ。その口に、またキスをされる。
楽しい。セックスの後に、こんな事、やった事なんて無い。
「風呂入ろう。コウ。そしたら順番逆になっちゃったけど、飯食いに行かない? オレ結構腹ぺこ」
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