Holy snow night
世の中は、イベントが大好きなお祭りタイプの人間と
まったく興味のない平常心タイプに別れると思う。
イベントが「好きな人間」と「嫌いな人間」に分けなかったのには理由がある。
それは「好き」も「嫌い」も、どちらもイベント自体は肯定し、意識しているからだ。
好き、の反対は嫌い、ではない様な気がする。
好きの反対は『無関心』だ。
(まあ、そういう意味で言うなら、嫌いの反対も『無関心』なんだけどな)
とにもかくにも、無関心はイベント自体に興味がないし、場合によってはそのイベント自体を知らなかったり、すっぱり忘れていたりするわけだ。
気付いたら過ぎてたとかさ。
イベント、記念日などに目がないお祭り野郎のオレは、そんなん嘘だろう? と思っていた時期もあったのだが、今は知ってる。
世の中には、そういうヤツが確かに存在するのだ。
お正月もクリスマスも、お祭りもバレンタインもゴールデンウィークも。
自分の誕生日にさえ無関心な人間がいるんだって事。
オレには恋人がいる。
いや正確には、恋人だとオレが思っている人がいる。
ずっと憧れてて、身体の関係になったのは成り行きみたいなところがあったけど、でもオレは真剣だ。
もうなんつうか、ちゃんと「恋人」になってないぶんだけ、日々口説き落としています、状態だと言っても過言ではない。
色っぽくて、超綺麗で。触ると気持ちいい、すべすべで真っ白の肌。
唇は見てるだけで吸い寄せられるようにチュウしたくなるくらい魅力的だし。
通りを歩けば誰もが一人残らず振り返って見蕩れる美貌の持ち主。
…とまあ、口からはナンボでもノロケが出てきてしまうくらい、オレは参っちゃっているわけ。
自慢の恋人だ。
もっともその……男だけどなっ。
だから実際の所はおおっぴらに、ノロケたり自慢したりは出来ない。
心の中では、まわりに吹いて回りたい気分があふれかえっているのだが、相手がそれを望んでいないのだから、オレはじっと口をつぐんで耐えるしかない状態だ。
オレはホモでも何でもいいと思っているんだけどねえ。
まあいいですよ。
秘密の関係ってのも、燃えると言ったら燃えるしな。
しかしとりあえず、そんな恋人がいたら、色々イベントを楽しみたい気持ちって解るだろ?
初めてデートした記念日とか、初めてチュウした記念日とか、勝手に作って盛り上がるのもいい。
秘密だろうがなんだろうが、恋人がいるなら、一緒にイベントを楽しまないなんて、オレには考えられないよ。
人生半分以上、損してるって。
ていうか、秘密の関係だったら、余計にこう、二人っきりのイベントってものに価値を見いだすものなんじゃないのか。
しかし。しかしである。
オレの大好きな恋人は、「無関心」派だった。
まったくもって信じがたいが、大抵のイベントは、どーでもいいと思ってやがるのだ。
「どうでもいいなんて思ってないだろう?」
オレの綺麗な恋人、黒羽 高は、オレのぼやきを聞くと、心外だとでも言いたげに軽く目を見開いた。
「そーかなあ」
「そうだよ」
言いながらコウは顔を近づけてくる。
形のいい唇が柔らかくオレに重なって、オレは思わず瞳を閉じた。
キスっていいよな、何度しても。
舌で唇を割ってコウの中に入り込む。
コウはキスもひどく上手くて、オレは覆い被さるようにコウをベッドに押し倒すと、上から夢中で唇と舌の感触を貪った。
指先で乳首の辺りをまさぐると、コウの身体はびくりと震える。
敏感に反応されると、オレもなんとなく興奮してくる。
もっとも既に二度もエッチした後なので、お互いまったりと落ち着いているけどな。
こうやって触ったりチュウしたりしてるのは、いわゆる後戯ってヤツだ。
お互いの性欲を持て余すような感じで、ガツガツエッチするのもいいけど(今日のはそんな感じだった。始める前からコウが珍しく積極的で、オレは大層おいしい思いをさせてもらった)
こんな風にベッドの中で、ただ戯れているのも楽しいよな、って思う。
身体は満足してるので、そのまま気持ちよーく寝ちゃってもいいし。
もっともオレは、少しだけコウのイイ顔が見たくなったので、キスしながら、そっと下の方に手を伸ばした。
「んっ……」
コウの身体がまたぴくりと動く。
オレは手の中にコウ自身を握り込んで、ゆるゆると刺戟した。
「香澄…もう…」
「うん、ちょっとだけ。コウのいい顔、少し見たくなっちゃったからさぁ」
「でも途中で、やめ…あ、…あぁ…」
何か言いかけた言葉が途切れて、気持ちよさそうにコウの顔が歪む。
目を瞑って、長い睫毛を震わせて。唇からはため息が漏れる。
じらされて、熱くなってくる肌。
いいなあ。コウ、すごくいいよ。
逃げるコウの唇に上から何度もキスをしながら、オレは指を動かす。
「あっ…」
なんかそそる。その表情。
もっと苛めたくなっちゃう気分。
けどなんていうか、コウのいい顔を見てたら、オレの方もちょっと復活してきちゃったよ。
コウを苛めて、いい顔を見たら寝よっかな、なんて思ってたのに。
うーん…。
身体は満足してるけど、別にもう一回くらいなら出来るよな。
さっきまでガツガツしてたから、今度はゆっくりコウの身体を味わいながら、あまり動かないで、ただ繋がっているってのもいいかもしれない。
そんな甘ーい気分がふんわり盛り上がってきた。
思いたったら即行動がオレの信条だ。
勃ちあがりかけているコウのそれから手を離すと、オレはコウの脚を大きく開いた。
「…あっ」
手が離れたからだろう。コウが不満の声を漏らす。
しかしオレは黙ってコウの腰を上げると、自身の先端を押し当てた。
そのままゆっくりと腰を進める。
暖かくてムチャクチャ気持ちいい、コウの中。
ゆっくり入れて、じわりと引き出しながら、感触を味わう。
コウも気持ちいいのか、黙ってオレにされるがままになっていた。
既に二度もしちゃっているから、二人とも射精しないとどうにも我慢できないとか、ガンガン腰ふって突き上げたいとか、そういう状態ではない。
お互いにお互いの身体を確認するように、オレ達はセックスを味わった。
こうやって一つになっていると、なんか溶けていっちゃいそうな気がする。
「香澄……」
うっとりと睫毛を瞬かせながら、色っぽい目でコウがオレの顔を見あげた。
コウも気持ちがいいみたいだ。
紅潮した頬に、甘い吐息。
「香澄、すごく…いい。もっと奥まで」
リクエストにお答えして、コウの一番深いところまで突き入れる。
「あああぁっ…」
イイ顔、イイ声。
お互い最高に気持ちいい。
こんなに感じるなんて、オレ達、相性ぴったりだよな。
うっとりと身体を味わっていたら、どーでもよくなっちゃったというか。
つまりオレは、すっかり忘れ果てていた。
身体の相性が最高によくても、オレとコウはある一点で対極にいるんだって事。
オレはお祭り野郎の超ロマンチストで、コウは無関心派の淡白男なのだ。
「クリスマスは仕事だ」
どこかデジャブを感じる物言いが、冷たく耳に響く。
なんかオレ、似たよーな事を前にも言って、その時もこんな風に、ガックリしなかったか?
どうもその辺りで、コウとオレは決定的にすれ違っているらしい。
コウはオレがイベント好きだって事を当たり前のように忘れるし、オレはオレで、どれだけスカされても、まったく懲りずに何か期待してしまう。
ええい、間にエッチが入っているのがいけないんだよなあ。
気持ちいーコトすると、色々なことがどうでもよくなってくる。
コウもオレも、エッチは好きだからさ。
たとえ怒っていても、流れでもつれ込んじゃう事しばしばだし。
コウはそれで、ちゃんとイベント自体をクリアした気になっちゃうようだし、オレは甘ーい身体でとろとろになって、スカされたがっくし気分を忘れてしまう。
コウを抱いてるとさ、身体も気分もすごくよくなって。
都合が悪かったところや不満な部分は、些細なことのように思えてきてさ。
スパッと忘れちゃうんだよな。
…で、また同じ事を繰り返すってワケだ。
「コウさあ…」
それでもオレは、ついこの間コウ自身が言った言葉を、ちゃーんと覚えていた。
「言ったよな。コウはイベントに無関心なワケじゃないって。どうでもいいとは思ってないって、オレに言ったよな」
「……言った」
それが何か? みたいな視線で見下ろされて、むかっとする。
か、可愛くねえぇっ!
「じゃあ嘘を言ったのか? 結局どーでもいいんじゃないかよ。クリスマスだぞ、クリスマス。年間イベント色々あれど、恋人イベントとしては最大級のイベントじゃないか」
「うん」
うんとか素直に頷くなっ。
「なのになんだ、その冷たい態度。ツリー飾ろうか、とか、ケーキ買おうか、とか、プレゼント何が欲しい? とか、パーティバーレル注文しようか、とか、クリスマスに言うべきセリフは幾つもあるじゃないか」
「パーティバーレル?」
コウは首を捻る。
ええい、理解できないひと言だけに、引っかかるな。
フライドチキンを食ったことないんか、コウの奴。
とにかく問題の中心はそこじゃない。
「そういう、イベントを楽しもう的セリフが、まったく出てこないという事は、関心とか興味が無いって事なんだよっ」
「いや、僕はちゃんとイベントは意識している」
嘘だね、と両断切り捨てしたいところだが、とりあえずオレはコウの言い分を聞いてやる事にした。
反論できるもんならしてみろよ。
コウがオレを納得させる事ができたら、今回は許してやってもいいぜ。
鼻息荒くしたオレの気分は、多分まったく伝わっていない筈なのに、何故か妙に真剣にコウは主張し始めた。
「香澄の言うイベントというのは、コンサートや催し物の事じゃなくて、お正月とか、クリスマスとか、お祭りとか。要するに祝日や祝日に近いもののことを指しているのだろう?」
ああ、まあね。
誕生日とかも、大変パーソナルな祝日ではある。
オレは不機嫌な表情は崩さないまま、首を縦に振った。
コウが少し嬉しそうな顔をする。
なんだよその顔。クイズをやってるわけじゃないぞ。
「だったら、忘れるとか興味ないなんて事はありえない」
ほう、そこまで自信たっぷりに言ってのける根拠が聞きたいものですけど?
コウは一つ大きく頷いた。
「そういう大きなイベントには、いつでも警戒が必要だ。スリ、置き引きに限らず犯罪が増えるし、クリスマスや年末にはパーティーや忘年会も、たくさん催される。
酔って倒れた人を保護したり、アルコールによる興奮でケンカ乱闘の類も普段より起こりやすい。もちろん飲酒運転も増える。
だからしっかりその辺りのことはいつでも意識して、イベントが近づいてくると警戒態勢に入るようにしているんだ。
いままで各種イベントを、うっかり忘れたり、気を抜いたりしたことは一度もない」
らしからぬ滑らかさで喋り終えると、コウは何か落としたことはないかと少し頭の中で検討した後、よしOKという顔つきでオレの方を見た。
主張するべき事は、すべて言い終わったらしい。
…………。
ブッ切れていない状態で、コウがこんなにたくさん喋ることは滅多にないし、きっちり自分の思っていることを説明しきれたのも確かだろう。
だけどな。
だけど、オレ、殴 っ て も いいですか?
バラエティー番組に出てくるような、大きなハリセン作って。
後頭部を一発、スパーーンッ! とヤッてもいいでしょうかっ!
OKじゃねえええぇっ!! バカかっ。
そりゃー全部、イベント参加者としての意識じゃないじゃねえか。
全部イベント催し側、というかむしろ、裏方としての意識の仕方だっ。
もちろん警察はいつでも裏方ですよ。
(特殊班は、設立動機から言って、ちょこっと違う所はあるかもしれないけど)
事があったら、常に裏方としてどう気を配るか即座に考えてしまう辺りは、さすがプロフェッショナル、と言えないこともない。
けど、誰が「プロの意見」を聞きたいと言ったかっ。
「つまり、こういう事か? コウ」
どーろどーろと、オドロ効果を背負った様なオレの声に、コウは眉を寄せた。
「コウにとってイベントは常に、『参加』するものではなく、支えるものだと。そういう認識でしかコウの中では意識されてないと」
「え…あの」
なんとなくコウがそわそわし始めた。
さすがの鈍感男も、何か拙いところに突入した事だけは解るらしい。
「オレと一緒にイベントを楽しもうという意識は、これから先も持つつもりはないと?」
「そんな事は言ってない」
「常に意識している、と胸をはって言った全ての項目に、オレがいないじゃないかよ」
「い…イベントと香澄は違う」
「そーだよな。オレは単なるエッチの相手だよな」
「えええっ…? どうしてそういう方向に話が…」
「オレがいなかったら、他のヤツと寝るんだよな」
一瞬黒羽は黙った。
その一瞬の沈黙が、オレをどかんと爆発させた。
「解った、解ったよ。確かにクリスマスにも仕事はあります。西署の歳末警戒週間に入ってるし。だからオレだって最初から休みを取って、パーティしようなんて考えてなかった。
ただ仕事終わった後に、ささやかに乾杯でもして、プレゼントでも交換して、恋人らしくイチャつけたらいいなあって、妄想してたんだよ。
けど、そういう事したいのはオレだけだったようだし、オレの趣味を一方的に押しつける状態は望んでない」
「香澄」
「だからもういい。パーティは別のヤツとやる。オレとパーティしたいって思っているヤツと一緒にやったほうが、きっと楽しい。
別に恋人だからって、クリスマスだからって、一緒にいる必要はないんだよな。お互い自分の行きたいところに行って、別々に楽しんだっていいんだ!」
オレは思いっきり言いきると、コウの顔を見ないでくるりと反転し、そのまま部屋を出て行った。
後ろでコウがどんな顔をしていたのか、引き止める動作とか、何か言いかけていたのかどうかとか、何一つ見たくなかった。
何故って、コウのどんな動きを見ても、オレは期待しちゃうからだ。
今はな、今はオレ、一つも期待したくねえの。
『解ったよ、香澄』
そんな風に言われるのを期待してしまうのが嫌だ。
コウに謝られるのも嫌だった。
解ってる。こんな言い方をすれば、向こうが折れる。
つきあい始めて、もう一年以上過ぎているんだから。
けど、クリスマスだってのに、相手に折れてもらってパーティするなんて。
『ごめん、香澄』
『解ったよ、香澄』
『パーティをしよう、香澄』
どの言葉を言われても、オレのこの刺々した気分は和らぐだろう。
なにせオレは、とことんコウが好きなのだ。
どんな些細な譲歩でも、オレはあっさり笑って、抱いて、キスしてしまう。
そういう事する自分が嫌なんじゃない。
コウに譲歩の言葉を期待する自分が嫌なのだ。
コウに優しい言葉をかけてもらいたいって、そう思ってるんだろう?
やたら女々しいじゃんか。
期待する自分が嫌で、オレはもうひたすらずんずん歩いて、コウの部屋から遠ざかっていった。
パーティはな、したいと思っている人間が楽しむもんさ。
オレは頭の中で理屈をこね回す。
そうだよ。どーでもいいと思っている相手に、こっちの要求だけ通してパーティを強行するなんて状態は嫌なんだ。
それに自分で言った通り、別にクリスマスだからって恋人と一緒にいる必要はないしな。
オレはオレで、コウはコウで別々に、自分が楽しいと思ったことをすればいいんだ。
思い立ったら、即実行がオレの信条だった。
携帯で、思いつく限りの所に電話をかける。
砂城に来てから2年近くたっている今は、オレにも知人友人がそれなりにいた。
恋人なんかいないヤローとか、大勢で騒ぐのが好きなパーティ野郎だっているんだ。そういうパーティに潜り込むのなんか簡単さ。
「白鳥くん、パーティに来るの? 女の子多いけど、いい?」
最初にかけたのは交通課の雅ちゃんの所だ。
クリスマスパーティを開くんだって、嬉しそうに話していたのをオレは覚えていた。
同じ心当たりでも、やっぱり野郎より女の子のほうがいいもんな。
「うん、いいさもちろん。ていうか、女の子多い方が華やかで楽しいじゃん。でもそっちはオレが混じっても大丈夫?」
「ヘーキヘーキ。ちょこっと合コンのノリもあるし。…で、ええと。白鳥くん、一人?」
「ひとりだけど?」
言いながらオレは、無意識に鼻に皺を寄せていた。
「うーん。ねえ。ちょっとお願いしたら、怒る?」
「怒るかどうかは、用件言われないと…。なに?」
「あー、あのね。黒羽さんは、一緒に来ない?」
オレの鼻の皺が少し増える。
「どーいうこと? いくらパートナーでも、オレにデフォルトで黒羽さんはついてこないけど?」
「そりゃあ、黒羽さんがパーティなんかに出るわけないのは解ってるわよ。今まで一回だって参加してくれたことはないんだから。
でもホラ、もしかしたら白鳥くんが誘ったら来るかなぁ〜? とちょっと思っただけ」
「オレが誘っても来ないよ」
「…そう。そうかー。やっぱり来ないか。まあ一人でいるのが好きみたいだものね。仕方ないか。
じゃあ白鳥くんだけ参加ね、解った。場所とか時間は、後でケータイにメール入れる。じゃあ、そういう事で」
一発目で、あっさりとパーティ参加が決まってしまった。
ほーらな。パーティに参加するのなんて簡単だ。
飲んで、食べて、騒いで、歌って、ゲームして。
女の子がいっぱいなんて、もしかしてとっても久しぶりじゃないだろうか?
砂城に来てからずっと、オレッてばコウ一筋だったもんな。
たまには女の子とたくさん遊ぶんだ。
すごく楽しそうじゃん。
そう、オレは長くマイナス気分を引きずるタチじゃない。
ノリの悪いコウなんか置いて、オレはオレで楽しもうぜ。
しかし……。
一方的にオレが責めたてている時の、戸惑ったようなコウの顔が頭を過ぎる。
『オレがいなかったら、他のヤツと寝るんだよな』
一瞬の沈黙。
なんでそこで黙るんだよ、コウ。
オレの言葉があんまりだと思ったからか?
それとも事実だからなのか?
コウは自分自身をひどく粗末に扱う。
なんだか、いつ死んでもいいと思っていたり、誰かのために、ひょいと身体を差し出すことにも、躊躇いがないようだった。
時々オレはすごくそれが悲しくて、悔しいんだけど。
まだどうやったら、コウにオレの気持ちを納得させられるのか、よく解らない。
オレがパーティに行ったら、コウはどうするのかな。
誰か違う奴を呼ぶのか?
いや、コウはそんな風には社交的じゃない。
ひとりで、いつもみたいに普通に過ごすんだろうか。
それは一番想像しやすい状況だった。
別にクリスマスだろうとなんだろうと関係ない。
普段と同じように、仕事して、食事して、普通に寝る。
それならいいんだ。だけど……。
もしオレがパーティに行っている間に、上とかに行って、寝る相手を探したりしたら……。
コウはコウで楽しめばいいと思っていたくせに、すごく勝手だけど。
そんな事、想像しただけで嫉妬でどうにかなりそうだった。
もちろんコウが言った通り、クリスマス年末は仕事が忙しくなる。
常に仕事優先のコウが、そんな事をするとは思えない。
でも、あの時の一瞬の沈黙が、オレの中に黒い雲を湧き上がらせる。
コウはかまわないのかな?
オレがパーティに行っても、女の子とふざけても、嫉妬もしない?
どうなんだろう。
コウの気持ちなんか、考えても解るはずはなかった。
自分の気持ちだって、ぐるぐるねじくれて、よく解らない状態なのだから。
ただ、明日もコウと顔を合わせると思うと、気が重かった。
こんなぐちゃぐちゃした気持ちを引きずったままで、普通に話せると思うか?
明日会った時、向こうはオレになんて言うだろう。
何も言わないような気もした。
そうしたらクリスマスまで一週間。
オレ達その間、何も言わないで過ごすのかな?
ふーっとため息が出る。
まあいいや。明日は明日の風が吹くって言うじゃないか。
考えてもどうにもならないことは風に任せて、オレは寝ることにした。
しかしその「明日の風」は、オレの悩みをあらぬ方向に吹き飛ばしてしまったのだった。
「え? あの」
翌日出勤したら、コウの姿が見えなかった。
ずる休み、とかコウがするはずはないし、病気とかも考えにくい。
コウの奴、繊細そうな顔をしていながら、実はとことん丈夫だったりするのだ。
「白鳥くん、今週一週間、ひとりでよろしく」
なーんて桜庭さんに、サラッと言われてしまった。
「聞いてないんですけど」
「黒羽くんには言ったけど? 伝わってない? クリスマスまでの一週間は、凶悪犯罪対策強化週間」
「えーっと、歳末警戒週間じゃ無かったッスか?」
「それは月間。大晦日まで続くヤツ。クリスマスまでは、凶悪犯罪対策強化週間」
ははあ…とか曖昧に頷いてしまう。
まあ何でもいいですよ。
警察は色々目標を定めるのが好きなところだから、大体いつも何かの強化週間や月間だったりするのだから。
でも、それがコウに何か関係が?
「南署から、黒羽くんに講師に来て欲しいって、前々から打診されていたのよ」
「講師って?」
「凶悪犯罪対策の。南はちょっとのんびりしている地域だから。激戦区の西署からカツを入れに来て欲しい、という訳。
黒羽くん以上の適任はいないでしょ? 射撃も体術もナンバー1だし。現場の指揮もしてるし、修羅場もくぐってるしね。
それに黒羽くんが教えたら箔がつくじゃない。向こうだってわざわざ呼ぶんだもん。実力、名声、共にある人に来て欲しいワケよ」
「それで…一週間も?」
「そうです。南署に出向です。白鳥くん、よろしく頑張ってね」
一週間。
オレはちょっと呆然としてしまった。
帰ってくる頃には、クリスマスは過ぎてしまう。
コウは南署で、ずっと仕事するんだ。
じゃあ、外に他の男を見つけに行ったりはできない。
心の隅で、どこかホッとする自分がいた。
でもオレだって一週間もコウに逢えない。
確かに何だか、昨日の今日で顔を合わせるのは気まずいと思っていた。
だから、その心配は無くなったわけだけど…。
でも一週間って、何だか長いような気がする。
いや、いつもだったら一週間くらい、たいした長さじゃないだろう。
日々のルーティンを忙しくこなしていれば、あっという間に時間は過ぎていく。
でも、昨日のコウとのあの会話のまま、あの気持ちのままで一週間別れるのは、妙に長いような気がした。
オレ、コウを怒鳴りつけて、そのまま出てきちゃったんだよな。
顔も…見なかった。
あの時はコウのどんな表情も、絶対見たくないと思ったんだけど、でも。
でも今、たった今、コウはどんな顔をしているんだろう。
すごく、すごく知りたかった。
オレに怒ってる?
悲しそうな顔をしているかな。
それとも、オレが怒鳴った事なんて、頭の隅に追いやって、無かった事にしてるだろうか。
頭に浮かぶどの顔も、なんだかオレの心を重くした。
振り返れば、よかったかな。
振り返ってほんの少しでも、コウがどんな顔をしているのか見ればよかったか?
そうしたら今の、どこかぽかっと穴があいたような虚ろな思いはしなかったかもしれない。
宙ぶらりんな気持ちのまま、昨日の続きのまま、一週間過ごすのか。
知らずため息が口から漏れる。
なんだか7日後が、果てしなく遠い未来のように思われた。
気分は少々鬱っていたが、もちろん長々と感傷にふける暇はどこにもなかった。
幸い大事件は起こっていないが、12月も半ばを過ぎれば、世間は完全にクリスマスモードだ。
酔っぱらいは増えるし、細かい犯罪は毎日ざくざく起きる。
そういった日々の細かい仕事は、だいたい地域課か生活安全課あたりの縄張りだが、大きな事件が起こらない限り比較的ヒマなオレ達特殊班も、手伝いに駆り出されることしばしばだ。
ケンカを仲裁して書類書き、酔っぱらいを保護して書類書き。
細かい雑用も、書いても書いても減らない書類書きも、地域課のお巡りさんだった頃に一通り経験しているから、今さら文句も不満もない。
しかし外回りから帰ってきて、机の前に積みあげられた報告書類の束を見ると、さすがにうんざりした。
慣れてると言えば慣れてはいるが、もともと自分はデスクワークは苦手なのだ。
はーっとため息をついて隣を見ると、嫌でも空っぽの机が目にはいる。
そういえばコウは、デスクワークぜんぜん苦じゃないみたいだよなぁ。
背を伸ばした綺麗な姿勢で、隣でペンを走らせる姿が、ふっと浮かんだ。
伏せられた長い睫毛。額にかかる黒い髪。
時々本当に息してるのかな、と思ったりする。
それくらい静かで、端整な横顔。
時々無意識で、じっと見たりしてしまう。
コウの綺麗さって、豪華とか華麗とかじゃぜんぜんない。もちろん可憐とか愛らしいじゃないし、妖艶とかの魅力でもない。
ただその…綺麗だって思うんだよな。
すごく単純に、ああ、綺麗だなって。
装飾品や不純物がすべて取り除かれた、透きとおった水。
その水は、色々な言葉で飾るのは難しくて。
ただ『綺麗だ』って思う。
思わず口を付けてみたくなる。
そんな感じだ。
オレの想像の映像は、フッと顔を上げて、こちらを見た。
いつもの動作だ。
オレが無意識に見とれちゃっていると、コウが気付いて顔を上げて言うんだ。
『なんだ? 香澄』
って。
もちろんすぐその後に、早く書類書いてしまわないと、次の仕事に差し支えるとかなんとか、可愛くないことを言うんだけど。
でも顔を上げてこっちを見た一瞬、ちょっとだけ不思議そうな表情をしているのが、すごくいい。
一歩外に出れば、色々な人から熱心に見つめられるだろうに。
他人から見られる事には、慣れている筈なのに。
でもオレの視線には、そんな風に反応してくれる。
それが妙に嬉しかった。
しかし今、想像の中のコウは、顔を上げた瞬間ふうっと消えた。
今コウがここにいたら、どんな顔をするのか、オレには解らなかったから。
だから消えた。
横顔の残像だけが、頭の中にリフレインする。
コウ、ホントにいないんだ……。
こんな事でコウの不在を再確認するなんて、すごく女々しい。
オレは心の中で舌打ちした。
そんなに近くにいたけりゃ南署まで会いに行けばいいだろっ。
歩いては遠いけど、車借りるか、バスに乗ればすぐだ。
直接行くのが面倒くさいなら、電話かければいいじゃん。
自分の女々しさに腹が立って、オレはケータイを取りだした。
コウの番号はもちろん登録してある…。
……って、そこまで思って指は止まった。
ちょっと待てよ。今電話して何を話せばいいわけ?
勤務中だし、向こうがどういう状況なのかも解らない。
緊急性だってどこにもないし。
結局オレはすごすごと携帯をポケットにしまった。
電話なんかできねえよ。
顔を直接見に行くのも、用事がなかったら難しい。
オレとコウって、そういう関係だったっけ?
ケンカした訳じゃないし…ってオレは思おうとしてたけど。
こんなにぐだぐだしているのは、やっぱりケンカしちゃったって事かなあ。
なんだかオレは、消耗してしまった。
next
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