正義の味方incident2

ノーマンズランド


 白鳥香澄(しらとり かすみ)は妙に張り切っていた。
朝早くから出てきて、署内の射撃訓練場に入る。
そして、支給された砂城警察標準装備のニューナンブスペシャルを取り出した。
 
制服警官時代の銃にはひもがついていたが、これにはそんな無粋な物はない。
「だけどこれって、装弾数5発だからなあ。そのうちもっと弾数の多いオートマチックに替えてもらおうかなぁ」
ぶつぶつ独り言を呟きながら、白鳥は的に向かって銃を構えた。
 
右腕をまっすぐに差し出す。
左足を半歩後ろに引き、両足先を軽く開く。
右手を目線の高さに上げて、フロントサイトをリアサイトの中に入れる。
照準が定まったところで、ゆっくりと引き金を引いた。
軽い衝撃と、破裂音。
 
白鳥の頭の中では、幾つもの警察ドラマや、ハリウッド映画や、西部劇のヒーロー達のガンアクションが駆けまわっていたが、実際に彼が行ったのは、警察学校でたたき込まれたそのままの、基本通りの射撃だった。
的(ターゲット)の真ん中、僅かに外れて着弾する。
 
「ありゃー、やっぱオレ、基本の片手撃ちって苦手だなあ」
あらためて右手に左手を添えて、コンバットシューティングの形を作った。
正式に認められているわけではないが、こっちのほうが命中精度はいい。
白鳥は気分良くリボルバーから全弾を撃ち出した。
すべてが的のほぼ中央を貫く。
やったね。気分いい。
射撃は得意だった。
まあ、その…。白鳥はスピードローダーで新しい弾を装填しなおしながら思い返した。
 
そりゃあ、あれには勝てないけどさ…。
昨日見たばかりの黒羽の鮮やかな動きが脳裏に焼き付いている。
でも、オレだって、やるときはやるさ。
そう自分を励ましたところで、白鳥は思いっきり顔をにやつかせた。
誰かが見ていたら気味悪がるだろうが、今は誰もいない。
声に出してもいいんだぜ、そう思う。
「なんたって、オレは今日から黒羽 高(くろはね こう)のパートナーだもんなっ」
憧れのレフトハンドショットガン(おっと、本人はこのペットネームが大嫌いでした)
ずっと隣に立つことを夢見ていた、憧れの男と、なんとパートナーだ。
世界中の神様に感謝したい気分だった。
「できるなら、隣に立つだけじゃなくて、もっと仲良くなりたいけどなー」
白鳥はなにやら不謹慎なことを想像しながら射撃場をあとにした。
 

 
半分スキップをしかけた廊下の途中で、いきなり桜庭と出くわした。
「あれえー、白鳥くん。早いじゃない」
「ええ、張り切っているんスよ。オレは」
桜庭は白鳥を上から下までじろじろ見つめたあと、おもむろにこう言った。
「あのねえ、白鳥くん、一応忠告しておくけど。射撃で黒羽くんのレベルになろうと思うのは、そりゃ無理だからね」
「げっ」
「練習してきたんでしょ?」
「ええ、まあ、そうですが。無理ですか? ダメ?」
「ダメ。誰もそんなことはできません。わかるでしょ? あの子は、天才」
「はあ、天才っスか…」
「そう、天才の真似をするのは、バカのやること。本当に有能な人間は、自分の出来る事をきっちり仕上げます」
「できることねえ…」

「それってけっこう難しいんだよ。ちゃんとできている人なんて、ほとんどいないね。まず、自分に何ができるのかをきちんと把握しなくちゃならないし、それを更に完璧に仕上げなくちゃならない。しかも、持続させるんだから、至難の業だよ。白鳥くん、自信ある?」
「うーん…。無いです」
桜庭はぷっと吹きだした。
「正直でいいねえ。まあいいか、あなたはまだ若いんだったね。要するに、君は黒羽くんのパートナーなんだから、黒羽くんの出来る事を君までやらなくてもいいって事。君は君で、黒羽くんができないことをやったらいい」
白鳥は下を向いて、しばらく考え込んだ。
「…黒羽さんのできない事って、なんですか?」
「…それは、ううーん、自分で考えないといけないんじゃない?」
「精神論ですね、ようするに」
「まあ、そう。頑張れってこと」
桜庭は陽気に言うと、すたすたと歩き去ってしまった。

 
白鳥は一人取り残されて、しばらく唸り続けた。
「黒羽さんのできない事って、なんだ? オレより先輩だし、ここの事情もよく知ってるし、オレより背が高いし、射撃も上手い。これって、けっこう難題かも…。マジに攻略法を考えなくちゃな」
白鳥の頭の中には、いつの間にか黒羽をラスボスにしたロールプレイングゲームのような物が展開されていた。
「…オレって、何か間違えていないか?」

 

 

 捜査一係強行特殊班。
与えられたデスクに荷物をどさりと置くと、隣でなにやら書き物をしていた黒羽が顔を上げた。
「おはようございます。白鳥警部補」
白鳥の顔は、ちょっと引きつる。
先輩のくせに、敬語使うんだから、まったく嫌味だ。
いや、嫌味じゃなくてナチュラルだから、もっと始末に悪いんだよな、と思う。
だけど、オレは負けないぞ。
 
「おはようございまーす。黒羽さん。ねえ、せめてその警部補ってつけるのやめません?」
「では、なんてお呼びすればいいんですか?」
「ええとー…」
香澄! と心の中で思っても、そんな提案を黒羽が受け入れてくれる筈もない。
それとも、彼がオレの事をあくまで警部補って言うんなら、いっそのこと命令しちゃおうか、香澄って呼べって。
そんな誘惑がぐるぐると頭をめぐったが、結局白鳥は無難なところを口にした。
「じゃあ、白鳥さん。同じ階級の桜庭さんだって、さん付けで呼んでいるんだから、それで文句無いよね」
「わかりました」
短くそう言ったきり、彼は再び手元の書類に目を落とした。
なにかの報告書らしい。
 
冷てえの。
ぶつぶつとそう呟きながら、白鳥は持ってきた荷物を分類して、順番にデスクの引き出しに放り込んでいった。

 
 
「あっ、おはよう。白鳥くん、昨日は楽しかったよぉ」
いきなり大きな声が後ろからかかる。
「おはようございまーす。高田さん。頭痛くありませんか?」
「ちょっと痛い。お前は大丈夫なの? けっこう飲んでたじゃん」
「ビールなんか、水です。水」
「おまえなあ、この間二十歳になったばかりだろう。そんなに酒強くていいわけ?」
高田は大きな声で、だはは、とおかしな笑いをすると、急にまじめな顔になって黒羽に話しかけた。
 
「なあ、昨日の9人目だけどさあ」
黒羽が黙って顔を上げる。
高田は耳の近くに口を寄せた。
「オレ、気になることがあるんだ。そいつ、この先の繁華街で見かけたような気がするんだよ」
「確信があるのか?」
「いや、無いね」
「高田さん、前は少年課にいたな?」
「うん、多分そん時のヤツ。オレが知っているヤツならな」
「補導歴は? 写真は手に入るか?」
黒羽は完全に高田のほうを向き直って聞き返した。
「なんだよ、ずいぶんご執心だなあ。何か気になることでもあるわけ? オレの勘違いかもしれないぜ」
黒羽はかすかに目を細めた。
「それでもいい。写真が手に入るなら、欲しい」
「ま、いいけどさ。わかった、すぐにそっちのパソコンに送っとくよ。ちょっと待ってな」
高田はそう言うと、大股で部屋を出ていった。
 
 
黒羽はしばらくその後ろ姿を目で追う。
「ええとー、なんの話ですかー?」
白鳥は一人、話題についていけずに困惑した。
黒羽は白鳥のほうを向き直って律儀に答える。
「昨日の9人目の話です」
「9人目? いたんだか、いないんだかって言われてたヤツの事?」
「正式には、いないことになっています」
「でも、黒羽さんは、いると思うわけ?」
黒羽は何かを考え込むようにうつむいて、顎に指をあてた。
 
…ううーん、綺麗だ。
白鳥は、ついつい見とれる。
神様って時々気まぐれを起こして、こういう嘘みたいな美人を作るんだよな。
美人で射撃の天才。
ちょっとずるいんじゃねーの?
そう思いながらも、自分がその黒羽のパートナーだという事が嬉しかった。
 
 
黒羽はしばらく黙っていたが、ふと顔を上げてマウスを操り、パソコンに来た写真をプリントアウトした。
それから白鳥の顔をまっすぐに見上げる。
まともに視線を合わせられて、白鳥はドキリとした。
「僕の独断で申し訳ないんですが、ちょっとこれを持って歩きたい」
手の中にはプリントアウトされた写真がある。
「ええと、子供?」
「今は成人の筈です。だから、顔は変わっているな。でもまあ、何とかいけるでしょう」
黒羽はそう言うと、デスクから立ち上がった。
白鳥もあわてて立ち上がり、黒羽の背中についていく。
 
奥のデスクに視線を走らせると、桜庭がひらひらと手を振っている姿が目に入った。
はい、はい、頑張りますって。
白鳥は心の中で手を振りかえし、部屋を飛び出した。

 

 

「繁華街って、砂城も外も変わらないなあ」
白鳥はなにやら見慣れた雰囲気に、ちょっと息をついた。
「そうなんですか?」
「外、行ったことないの? 黒羽さん」
無いことはないけど…、と歯切れ悪くつぶやく黒羽に、白鳥は嬉しそうに言った。
「もうしばらくしてさ、オレがもっとここに慣れたら、一度黒羽さん、外においでよ。オレ、案内するよ。新宿とか、渋谷とか」
黒羽は、少し考えて、それからぼそりと言った。

「外は、怖いな」
 
いいですね、とかいう、心のこもっていなさそうな、おざなりな返事を想像していた白鳥は、黒羽の思いもかけない反応にとまどった。
今なんて言った?
聞き間違いじゃないのか?
黒羽 高が、怖いって?
「外には銃が持っていけない…」
小さくそうつぶやくと、黒羽はどんどん先を歩いていった。
白鳥もあわてて後を追う。
 
くやしい事に、コンパスの長さが違うので、白鳥は途中何度も離されそうになった。
必死で追いかけているうちに、気がつくといつの間にか、繁華街の外れ、少々寂しいところに出ていた。
 
「あれえ? 高田さんは繁華街で見たって言ってなかった? 探しに来たんでしょう? 写真のそいつ」
「この辺には、今は使用してない寂れた縦穴があるんですよ」
「縦穴?」
「サルベージ用のヤツです」
黒羽は振り返って白鳥を見つめ、白鳥がよく理解していないことを知ると、静かに説明を始めた。
 
「砂城が階層構造だということは、前にも言いましたよね。大きく分けて二つ。上界地区のスカイと、地下地区のアンダー。しかし、その下は更に階層構造になっています。アンダーの下はディープ。ディープは、それこそ何層にもなっていて、どこまで深いのか、確かめた者はいません」
白鳥は黙って頷いた。
ここまでは聞いたことがある。
 
「ディープからは、使役品が発掘される。その発掘作業をサルベージと言います」
「使役品、ああ…」
白鳥は首を捻った。そう言えば授業で聞いたような気もする。社会は苦手だったんだけど。
「外では違う風に言うんですか? 要は資源です」
「違わないけど、でも石油とかに比べると、あまり聞かないかも」
黒羽は頷いた。
「マイナーな資源である事は間違いないでしょう。殆ど唯一、この砂城アンダーからしか発掘されないのだから。しかし、だからこそサルベージと使役品使用物品の開発研究は、アンダーの主産業です」
「ああ、そうか。スカイの収益だけじゃなくて、その辺りの資源産業のおかげで、砂城は金持ちだって話なんだっけ」
「その話は、だいたい正しい。まあ、それは今は関係ない。とにかく、そのサルベージ用の縦穴が、この辺にある筈なんです」

白鳥は軽く首を傾げた。
「あると、なんだってーの? そこにこいつが隠れているかもしれないの? でも、ディープって人は住んでいないんでしょう?」
「ええ、まあ、そうですが」
黒羽は静かに頷いた。
「それでも、ディープ1から2の深さのところには、臨時にサルベージ用の小屋が建てられることがあるんですよ。作業員が寝泊まりできるような簡単な施設」
「ああ、そりゃ、絶好の隠れ家だ」
「その通り。そいつは過去、そこにいたのかもしれない。もしくは、まだ使用しているかもしれない。繁華街と聞いて、僕はまずここを思い出した」
「僕はって、他の人は知らないの?」
「サルベージ用の穴をすべて把握している人はいません」
「じゃなんで黒羽さんは知っているのさ?」
黒羽はじろりと下を見た。
見おろされて白鳥はちょっと肩をすくめる。
 
「あなたは時々鋭い」
小さく言い放つと、黒羽はまた白鳥を置き去りにして、すたすたと歩き始めた。

 
 
 後を追いかけていくと、黒羽はビルの裏路地のようなところにどんどん入り込んでいった。
路地をぐるぐると曲がっていくうちに、なんだか方向感覚が怪しくなってくる。
ここではぐれたら帰れないかも、と白鳥が思った時、突然目の前に暗い入り口のような物が現れた。
 
入り口には、おざなりにブルーシートが引っかけてある。
黒羽は無造作にシートをはがして、中に入り込んでいった。
白鳥も後に続く。
「げっ、暗いよ」
「暗いな」
言い終わる前にぱちりと音がして、黒羽の手元から一筋の光が溢れた。
「用意がいいなあ。あ、そっか、最初からここに入ろうと思っていたんだもんね」
白鳥はおずおずと辺りを見回したが、暗くてほとんど何も見えなかった。
しかし、長い間ここが使われていなかったのは事実らしく、寂れた雰囲気が漂っている。
「やっぱりここにいたな」
へ? と気の抜けた返事を返した白鳥に、黒羽は地面を指さして見せた。
「ナベが、転がっている。誰かいたのは事実らしい。だけど、ここは入り口すぎるな。もっと下へ行きましょう」
下って、おいおい。


 
白鳥はずるずると斜めになっている地面を、用心しながら進んでいった。
階段も、あるにはあるが、不安定に下の方になだれている地面に作られたものなので、危なっかしい事この上ない。
「なんか、嫌な臭い、しない?」
下に降りて行くに連れて、臭いは次第に強くなっていく。
なんか、まずい。きっと、なんかヤバイ。
白鳥の頭の中に、警報信号がまたたいた。
黒羽の持つ細い明かりが、黒い地面をなめていく。
「あっ」
思わず白鳥は叫んでしまった。
「そこ、もっと右、何か、ある」
明かりが素早く右に引き戻される。
 
光の輪の中に、黒い闇より更に暗い影を作って、なにかの塊が蹲っていた。
「うわっ、ちょっと、あれってもしかしたら…」
「静かに」
黒羽はためらうこと無く、それのすぐ隣にひざまずいた。
塊に手を伸ばし、ひっくり返す。
とたんに嫌な臭いが強くなり、白鳥は鼻を押さえて、げえ、とえずいた。
「それ、死体? 死体? それを探しに来たわけ?」
黒羽は、酷い臭いの中、じっとそれを見つめてぼそりと言った。
「これは、彼じゃない」
「違うの?」
「でも、仲間かもしれませんね。とにかく、こんな物を見つけてしまったら、報告しないと。白鳥さん、申し訳ないけど、ちょっと外に行って署に電話入れてもらえませんか?」
「オッケー。そういう事なら喜んでやっちゃう」
白鳥は鼻を押さえたまま、ばたばたと走っていった。
 
黒羽は、あっという間に闇に消えた白鳥の後ろ姿を見送った。
明かりもないのに、あんな風に走って大丈夫なんだろうか?
途中でべしゃっと彼が転ぶ音が聞こえてくるような気がした。
しかし、次に実際に聞こえてきた物音は、もっと奥からだった。


 
…誰かいる。

ネズミのような小動物の音ではない。
そして、何かが倒れるとか、崩れるといった自然におきる音とも違っていた。
ずるずると、何かがはいずるような音。
生き物がたてる音。
しかし、生き物がたてる音をさせながら、何故かそれは生きている雰囲気をまったく感じさせなかった。
黒羽は音のする方向にゆっくりと光を投げる。
何かが光の中にちらりと入った。
 
黒羽は光を固定し、メガネを軽く持ち上げる。
そこにいたのは、…人間だった。
「おまえ…」
男は痩せこけて、光に照らされながらぶるぶると震えていた。
だけど、瞳は見開いたままだ。
黒羽は、ゆっくりと男に近づいていった。
頭の中で、写真の顔と比較する。
 
間違いない。写真の男だ。
こいつが9人目なのだろうか?
「あ、あ、あ、」
男は上手くしゃべれないようだった。
「大丈夫。あなたはいつからここにいるんですか?」
穏やかに話しかけながら、静かに手を伸ばす。
男の指に軽く触れた。
そのまま手を伸ばして、手首を握る。
とたんに、驚くほど冷たい感触が黒羽の手のひらに走った。
 
「!」

黒羽は目を見開いた。
それから、その表情がゆるやかに変わっていく。
それは、普段の黒羽を知っている者が見たら、仰天するほどの変化だった。
怒りとも驚きともつかない歪みが、整った美しい貌に亀裂を入れていく。
「誰だ…、お前は」
押し殺したような低い声は、鋭い冷気をまとっていた。
「あ、あ、」
「お前が9人目か? 銀行を襲った一人か? 体温の無い男か?」
男はいやいやをするように、小さく頭を振った。
 
黒羽はショルダーホルスターの中からリボルバーを取り出し、ぴたりと男の頭につけた。
「…答えろ。おまえは冬馬涼一という名前を知っているか?」
「とうま…、りょういち…」
その名前に、男は鋭く反応した。
よく動かない体を捻って、黒羽の手から逃れようとする。
だが黒羽は、男の手をがっちりとつかんで離さなかった。
再び男の頭にリボルバーの銃口が突き立てられる。
 
「知っているのか!? だったら答えろ。彼はどこにいる。居場所を知っているなら答えろ!」
最後の質問はほとんど悲鳴のように暗い穴の中にこだました。
「答えろ! 答えろ! 答えないなら、このまま撃つ」
がちりと音をたてて、黒羽は撃鉄を起こす。
トリガーにかけた指が、小さく震えた。
 
 
「ああー、真っ暗。そこにいるのー? 黒羽さん。一応署には連絡入れておきましたよー。鑑識もつれて、すぐに来るってさ」
不安定な地面に足をよろつかせながら入ってきた白鳥は、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
 
「何? 何やってんの、黒羽さん」
黒羽は恐ろしい目つきで白鳥をねめつけると、もう一度男に顔を向けた。
「知っているなら、答えろ。早く!」
 
「何をしてるって、聞いてるんだよ」
 
「うるさい!」

黒羽の怒鳴り声に、白鳥は飛び上がった。
ど、ど、どうしちゃったんだよ、黒羽さん。
白鳥はひたすらうろたえた。
冷静で、憎たらしいくらい無表情だったじゃん。
そんな、とんでもなく怖い顔しちゃってさ。
しかも、でかい銃をあいつの頭に突きつけてやがる。
もしかして、もしかしなくても、すごくヤバイんじゃないだろうか?
 
「黒羽さん、まずいよ。そ、そいつを殺す気?」
黒羽は黙ったまま振り向きもしなかった。
 
あ、本気だ。
 
白鳥の頭の中にぞくぞくと寒気が走った。
どうする? どうしたらいい?
「だめだよ黒羽さん。事情は知らないけどさ、よく解んないけど、それって私怨でしょう? 警察官が私怨で人を殺したりしたら、絶対ダメだよ」
黒羽の手がかすかに震えた。
「ダメだって。ねえ、そんな事したら、警察じゃない。正義の味方じゃなくなっちゃうよ」
 
「答えろ、答えろ、答えろ、おまえ」
黒羽は白鳥の言葉を無視して、ぐいと銃口を更にきつく男の頭に押しつけた。
「答えろ! 冬馬涼一はどこだ!」
 
「黒羽さん!」
トリガーにかかる指が、ゆるやかに引かれはじめる。
「黒羽さん! 黒羽さん! 畜生!」
白鳥はこれ以上できないくらいの大声で、思いっきり叫んだ。
 
「黒羽高! 銃を離せ! 命令だぞ。これは命令だ! 今すぐ銃を離せ!」
言うのと同時に黒羽の腕に飛びかかる。
 
黒羽は白鳥の体当たりをそのまま受けとめて、一緒に地面に転がった。
もうダメかも。
たった二日目で、オレって黒羽さんに殺されちゃう?
白鳥の頭の中に、一瞬で色々な光景が浮かんで消えた。


 
しかし、想像したような銃声は、いつまでたっても聞こえてはこなかった。
おそるおそる目を開けると、すぐ目の前に黒羽の顔があった。
しかし暗い上に、表情が髪に隠されてよく解らない。
 
「…命令、ですか?」
やがて押し殺すように黒羽が言った。
白鳥は、ぶんぶんと首を縦に振る。
「そう! オレ、警部補だもん。あんたはオレの命令は聞かなくちゃいけないんだ」
黒羽は黙って顔を逸らしていたが、やがて緩やかに手の中のリボルバーをホルスターに戻した。

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