正義の味方incident12
夜の息
書類整理をしていたせいで、寮に帰るのがひどく遅くなってしまった。
「12時近いよ。ひえ〜」
ブツクサ呟きながら部屋のドアを半分ほど開ける。
しかし、オレの動きはそこで止まった。
「う〜ん」
つい、隣の部屋を見てしまう。
「寝てるよなー。たぶん。でも、もしかしたら寝てないかなー」
隣はもちろんコウの部屋だ。
ここに帰ってくるまでは、自分の部屋に転がり込んで、そのままばったり寝るつもりだった。
しかし、なんとなく隣を覗きたい気分も心の隅にあった。
だって、今日は書類書きに追われて、あまりちゃんとコウと話をしていない。
帰りだって、まともに顔も見なかった。
もちろん同じ職場に勤めているのだから、明日だってコウの顔は見られる。
でも、今日見られるなら今日見たいって言うか…。
……まったく。
13歳の時の後悔を、オレはまだ引きずっているんだと、こういう時に自覚する。
ずっと隣にいるんだ。
そう思っていた次の瞬間、もう会えなくなってしまう。
コウにはいつだって、そんな不安定さがつきまとっていた。
パートナーになって、コウの一部をホテルレオニスの上から連れ帰った今でも、それは変わらない。
だからオレは、いつだってコウの顔が見たい。
コウは先に帰っている筈だった。
どこかで夕食を食べてくるとは言っていたが、いくら何でも、この時間ならもう帰ってきているだろう。
ていうか、とっくに寝てるかもしれないよな。
そうは思う。でも……。
もしかしたらまだ起きているかも。
コウの奴、結構心配性だし、ちゃんと書類書き終わったのか? とか言うためだけにも起きていそう。
「でもなー、寝てたら悪いしなー…」
なーんて言いながら、オレの手はさっさとコウの部屋のドアノブを握っていた。
うん、気にしてるかもしれないし。
それに、おやすみ、くらいは言いたいな。
オレ達、恋人同士なんだから。
鍵がかかっていたら、もう寝てるって事であきらめる。
でも、もしもまだ起きてたら、おやすみのチュウくらい。
へへへ……。
オレとコウ、最近いい感じだからなぁ。
ノブは抵抗なく、するりと回った。
鍵かけてないや、起きてるんだ。
オレは期待にちょっと胸膨らませながら、そのままドアを大きく開いた。
しかし……。
開けたそこには、真っ暗な闇が広がっていた。
「こ、コウ?」
一瞬、コウが鍵をかける事を忘れたまま寝てしまったのかと思った。
だが違った。
コウは起きていた。
真っ暗な部屋の中で長い足を折り曲げて、膝を抱えるような格好で座り込んでいる。
暗闇の底に蹲るコウは、ひどく不安定なオーラを纏っていた。
「コウ、どうしたんだ? 電気もつけないで」
「ああ、香澄」
コウはすぐにオレに気付いた。
ぼんやりしていたように見えたが、呆けていたわけではないらしい。
フッと顔を上げ、眩しそうに眼を細めながら立ちあがったコウは、いつものコウだった。
「寝ていたらゴメン。だったんだけど、そういう訳じゃないよな。でも、真っ暗な部屋で何してたんだ」
「寝ては…いなかった。それに、そんなに暗いか?」
「夜中に電気つけなかったら、真っ暗に決まってるだろ?」
コウは不思議そうに部屋の中を見回して呟く。
「真っ暗じゃないよ。香澄の顔も、こんなによく見える」
言いながら近づけられた瞳は、妙に黒々と大きく見えた。
「…ず、ずっと暗闇にいたから、目が慣れたんだろ? そ、それに、オレがドア開けたから。外の光が…」
なんというか、いまだにいきなり顔を近づけられることに、オレは慣れていないらしい。
コウの綺麗な顔が近くに来ると、初めて逢った時と変わらず、オレはドギマギしてしまうのだ。
変だよなー。
エッチだって何度もしちゃってるのにさ。
「おかえり、香澄」
「あ、うん。ただいま」
思わず返事を返してから思う。
まるでオレ、コウと一緒の部屋に住んでいて、そこに帰ってきたみたいだな。
おやすみって言ったら、すぐ隣の部屋に帰るつもりだったんだけど。
でもその。誰かにおかえりって言ってもらえるのっていい感じ。
そのうち本当にコウと一緒に暮らそうって、あらためて思う。
コウがスッと顔を寄せてきた。
うん、おやすみのキス。
毎晩、こんな風にキスしたいな。
おやすみのキスだし、ちょっとチュッとすればいいかな、と思っていたのだけれど、コウはなんだか本格的に舌を絡めてきた。
おっ? と思ったけど、もちろん望むところなので、オレだって応じてしまう。
気持ちいい唇。柔らかい舌。
舐めて、吸って、絡ませる。
最初は応じてただけだったが、オレはだんだん本気になってきた。
身長差があるから、オレが下からキスしてた形だったんだけど、途中からオレはコウの身体を引き落とし、上から覆い被さる形になる。
「…ん。ううん……」
舌をきつく吸うと、コウが少し声を漏らした。
なんか、メッチャ色っぽいんですけど。
おやすみのキスにしちゃ濃厚すぎて、逆に目が覚めてしまいそうだ。
「香澄…」
唇を離すと、息と共に掠れた声で名前を呼ばれる。
「どうしたのさ、コウ」
「うん……」
コウは目を伏せて、オレの胸の辺りに頭を寄せた。
抱きしめて貰いたがっている事が解ったので、オレは抱きしめてやる。
身体が熱い。
う〜ん。状況はすごく美味しいんですけど。
でも、ちょっとコウの奴、どこか変。
仕事場で別れたときは、いつものコウだったから、食事に行った先で何かあったのかな?
そこまで考えて、胸のどこか深いところでドキリとする。
コウが変になる事って、冬馬涼一関係か、そうでなければセックスが関わっている。
どちらか、何かあったのだろうか?
「…香澄を、待ってた」
「えっ!?」
「足音で、解るものだな」
「ちょっ…。コウ。オレの足音と、他の人のと区別つくって言うのか?」
「…つくよ。誰よりも澄んだ音がする」
「……えーと。澄んだ音とかは幻想としても。でもそりゃすごいなー、コウ。聞き慣れると解るものなのかな? まあオレだって人の声の区別がつくわけだし、それをもっとずっと突き詰めると、靴の音でも解ってくるって事か?」
視覚とか聴覚とか嗅覚とか、そう言った感覚がコウは並はずれて鋭敏だって知ってたけど、でもそこまでいくと、かなり超人的だと思う。
(視覚に関してはコウは近視気味なので、遠くのものがクリアに見えると言うことはないらしい。でも暗闇の中や、動体視力に関してはびっくりするほどいいんだよね)
「ホントに解るわけ? でもそれって、犬みたいだよな〜」
コウは笑わなかった。
もっともオレの冗談にコウが笑うって、あまりないけど。
「ああ…。犬みたいに、待ってたよ」
「コウ、ホントにどうしたのさ?」
「香澄…」
「ん?」
「疲れてる?」
「疲れてるって言えば、そりゃー疲れてるけど」
苦手な書類書き、たくさんしたからな。
でもその……。この流れはどう考えても『お誘い』だろ?
それ断わるほど、くたくたって訳じゃもちろん無い。
コウの唇が、再びオレの口元に軽く重なる。
長い指がオレの下半身をまさぐってくる。
「…っ。コ、コウ。まだネクタイもはずしてないし」
「香澄……。すぐ、欲しいんだ」
コウは潤んだ瞳でそう言うと、すっと頭を下げた。
「コウ、な、できれば……っ…」
オレの抵抗はそこまでだった。
うわ…あ……。
思わず息が漏れる。
暗闇の中、コウがオレのをしゃぶる、イヤらしい音だけが聞こえる。
ネクタイも外さずにさ、玄関先でこんなのって、エロビデオみたいじゃんか。
別にシチュエーションフェチって訳じゃないけど、でも、この状況にオレは、なんだか興奮してきた。
「コウ……うっ…」
巨きくなったオレのモノを、コウは唇できつく挟み込む。
舌がねっとりと絡みつき、敏感な先端を吸い上げられる。
「コウっ…はぁっ…」
…すげえ気持ちいい。
思わずオレはコウの頭を押さえこんで、腰を押しつけてしまった。
コウは奥の方まで、オレのモノを咥え込んでくれる。
「あっ…」
コウのフェラチオは、天国行きのジェットコースターだ。
悲しいことに、大抵あっという間にオレは昇天してしまう。
しかしコウは、計ったように昇天数秒前にオレのモノを放した。
「…コウ?」
コウの潤んだ瞳が、オレを見上げる。
「香澄……このままここで…僕を」
濡れた唇からチラリと覗く舌。甘く暖かい吐息。
もうダメ。
ホテル行こうとか、せめてベッドでとか、頭の隅でまだ考えてたけど。
全部どうでもいいや。
コウが欲しい。今すぐ欲しい。
ここでしたいってコウが言うなら、ここでしよう。
思考はぶっ飛んで、オレはただ、コウの身体にむしゃぶりついていった。
「あっ…。はぁっ」
小さく声が漏れる。
夜は静かで、小さな物音も、ドキリとするくらい辺りに響く。
オレ達はそっと、声を殺して玄関先で交わった。
オレはコウの片足を抱え上げ、腰を進める。
「香澄…後ろからの方が、楽……」
「いいから」
「……あっ」
コウが、ギュッと目を瞑る。睫毛の先が細かく震える。
コウはオレの頭を抱きしめる形で、上から腰を落として、オレのモノを受け入れた。
熱くて、緊くて、狭い。
でもオレを欲しがっている、コウの中。
オレも欲しいよ。すごく、コウが欲しい。
本当なら激しく突き上げて、コウの啼く声が聞きたい。
でも今は、コウの身体を壁に押しつけて、ゆっくりと腰を突き上げ、動かす。
荒くなっていく声を、二人とも懸命に呑み込んで、お互いの身体を味わった。
「あぁ…はぁっ…」
オレが動くたびに、コウの熱い息が耳の中に吹き込まれる。
シャツもネクタイも二人の熱さで、ぐしゃぐしゃになっていく。
「ダメ……香澄。音が…」
限界が近くなってきたオレが思わず激しく突き上げたので、コウの身体が壁に当たって大きな音をたてた。
「…やっぱり、床で…。後ろから……」
コウは床に身体を伏せて、尻を高く上げる。
「香澄、早く、…香澄」
オレは動物みたいに、コウの後ろから覆い被さって、深々と突き立てた。
「あっ…あぅっ」
コウの背中が、キュウっと反り上がる。
床に伏せると、闇が濃くなるみたいだった。
乱れたシャツから覗く白い背中だけが、暗がりの中に薄ぼんやりと浮かぶ。
背中は、微かに漏れるコウのよがり声にあわせて、淫靡に動いた。
好きだよ、コウ。
傷が残る白い背中も、細い腰も、腕も、脚も、全部好き。
男の身体をこんな風に好きになるなんて、思ってなかった。
抱いて、絡み合って、ひとつになって。
お互いの身体に感じるなんて。
「……んっ」
声が漏れる。
できるだけ長くコウの身体を味わいたかったけど、さすがに限界が近い。
片手でコウの腰を押さえて打ち付けながら、もう片方でオレは、コウの脚の間を探る。
勃ちあがって震えるコウのモノを握ると、びくりと身体が震えた。
「コウ…オレ、そろそろダメ。一緒にいこう」
「うん……かす…み」
オレは自分の動きに合わせて、コウの中心を擦りあげた。
コウの腰も一緒に動く。
「ああっ、ああっ…。はっ…」
床に押し当てたコウの唇から、くぐもって湿った声が漏れる。
闇の底で、二人の息だけが重なって響く。
「いいっ…。香澄……いい…っ、あっ!」
小さく声があがり、背中が反る。
震えながらオレの手の中にコウは射精した。
「んん……ああ。かす…み」
イク時にオレの名を呼ぶ、その声が好きだ。
だからオレも囁き返す。
「コウ…コウ。好きだよ」
コウのそこは、何度もオレを緊く締めつけた。
コウの中、一番奥深くで、オレも果てる。
オレは、コウの背中をギュッと抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
好きだ。
ため息と共に、言葉が漏れる。
コウ、好き。すごく…好き。本当に好き。
こんなに人が好きになれるなんて、信じられないくらい好きだ。
コウとセックスしていると、オレの気持ちはどんどん果てしないくらい盛り上がってくる。
部屋に入ってきた時、コウは少し変だったと思う。
あんな風に余裕無く身体を求めてくるのも、なんだかびっくりだ。
知ってるんだ、オレ。
コウは、抱きしめてもらいたい時に、セックスをねだってくるんだって。
オレは喜んで応じちゃうけど。
でもそういう時は、コウが不安なときなんだ。
だから何度も聞いた。コウ、どうしたのって。
でもコウは応えない。
オレはもちろん少し不満だ。
だって恋人のことは、何でも知りたいから。
でも……。
もしもコウが、オレに本当に秘密にしたいと思ったなら、もっと徹底的に隠すだろう。
そぶりも見せないくらい巧妙に隠すだろう。
オレがいくらコウの表情を読むのが上手くなったといっても、コウが本気で隠そうと決意したら、オレにはたぶん解らない。
だからこんな風に、コウの不安がオレにダダ漏れの時は、別にきっと秘密じゃないんだ。
ただ、今は上手く話せないだけなんだろう。
上手く話せなくて、どうしようもなくて、オレを求めてくる。
だから、いいや。
オレはコウが好き。それだけ。
ただその気持ちだけコウに返そう。
オレもそんなに器用じゃないから、ごちゃごちゃ聞いたり、策を弄したりしない。
ただ、本当に好きだって、キスして、抱き合って、コウの中に入って。
どんな風に抱けば、その気持ち、解ってもらえるのかな。
床の上で向かい合う形に重なって、火照ったコウの身体を抱きしめる。
「……コウ、あのさ」
コウの息も、オレの息も、まだ荒く弾んでいた。
闇の底で、オレ達はもう一度キスを交わす。
「ホテル、いこ。コウの声、聴きたい」
コウは小さく頷いて、甘えるようにオレの首筋に、頭を擦りつけた。
END
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