正義の味方 incident6

ノスフェラトゥ

 
 通りすがりの人が、みんな振り向いていく。
白鳥香澄(しらとり かすみ)は、かなり気分が良かった。
もちろん振り向かれているのは自分ではない。
自分の隣を歩く、黒羽 高(くろはね こう)のほうだ。
しかし当の本人は、それにまったく気付いた様子もなかった。


「あの、すみませんが」
声をかけられて顔を上げた男は、黒羽と視線があうと、やはり一瞬呆けたような表情をした。
「あ、え、ええと…」
男相手に顔を赤くしてんじゃねえよ、おじさん。
白鳥は心の中で軽くヤジる。
 
だけどまあ、解らないでもないけどね。
白鳥は隣に立つ自分のパートナーを見上げた。
悔しいことに、見上げなくてはならないのが唯一の欠点だが、そんな事はどうでもよくなるくらい、黒羽は綺麗な男だった。
 
ストイックに短く切ってはあるが、さらさらの黒い髪。
長いまつげに縁取られた、アイスブラックの瞳。
女には見えないけれど、綺麗な白い肌に薄く血の色が透ける唇。
 
…げっ。妙な連想しちゃった。
黒檀の髪に白い肌といったら、白雪姫じゃん。
 
確かに、黒羽さんの綺麗さって『華麗』と言うより『清楚』だとは思うけど。
それにしたって、小人達のウン倍もある白雪姫…。
 
白鳥が口を押さえて、必死に吹き出すのをこらえていると、上から銀のメガネごしに黒羽に睨まれた。
「なにか?」
いや、睨んでいるわけではない。
メガネをかけているくらいだから、やはり少しは目が悪いのか、僅かに細めた瞳で上から見おろすから、睨んでいるように見えるのだ。
白鳥は前に、同僚の高田に言われたことを思い出した。

 

 

  「白鳥、おまえってけっこう度胸あるよなあ」
高田はいつものにやにや笑いを顔に浮かべながら、白鳥に声をかけた。
「はあ?」
「だってさ、平気で黒羽とパートナー組んでるだろ。ヤツが怖くないのか?」
「怖い?」
白鳥は首をひねった。
怖いって、そういえば、組んで二日目の時にいきなり怒鳴られたときは怖かったかな…。
 
「あいつ、怖いだろう?」
「…怖くありませんよ」
そおかあ? と、半分あくびをしながら高田は椅子の上でのびをする。
そして、白鳥のほうへ顔を突きだしてきた。
「いま隣の黒羽はいないから、正直に言っちゃいな」
「怖くないって。だって、別に怖い顔してないじゃん。あんなに綺麗だし。どこが怖いんスか?」
口を尖らせた白鳥に、高田は不思議そうな視線を投げてよこした。
「いやあ…、どこがって。どことなく…。怖くない? でかいし、いつも黙ってるだろ? 仕事の時だって、ショットガン握らせたら容赦なんかしないぜ」


 

そりゃ、仕事の時は、仕事の時じゃん…。
白鳥が黙っていると、面白そうに佐々木が口を挟んできた。
「ああ、黒羽さんは本当に綺麗だよな。白状するが、最初にここに配属されてヤツの顔見たときは、しばらく口開けて見とれちゃったぜ」
「たいてい誰だってそうだろ? 俺もだもん。こんな人いていいのかって、そう思ったよ。綺麗とか美人とかよく言うけど、あんな言葉は無力だな。あれは何て言うか、もう何もかも『違う』って感じだよ。もうオレ達なんかとは、根本的に違うの」
佐々木のパートナーの篠原が受けて返す。
逆差別じゃん。白鳥はちょろっと思う。
「だけど、あの並はずれた綺麗な顔でさ、こう睨まれると、やっぱり怖いよな」
「何考えてんだか、まったく解らない所も、ちょっとな」
「任務で一人だけ、あの人の後ついていったことあるんだけど。完全に無言でさ。暗闇でも平然と歩いて行っちゃうんだ。あの動きとかにもまったくついていけなかったよ。あれも顔と一緒でかなり人間離れしてるとオレは思うね」
「そうそう。悪いヤツじゃないと、そりゃオレだって思うけど、何て言うか、近くに行くと、ちょっと引くよな」
バラバラと話し始めた刑事達に、高田は我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「だよな、だよな、そう思うよな。やっぱり?」
気がつくと白鳥は話に置いていかれてしまっていた。
憮然として椅子に座る。
 
「冬馬涼一と、おまえくらいだよ。全然気後れせずに黒羽と並んでいるのなんて。もっとも、冬馬さんは先輩だったし、黒羽と並んでも、まったく遜色なかったからな」
 
じゃあオレは、遜色ありありってわけかよ。
白鳥はますます膨れた。
ホントは度胸がある、じゃなくて、鈍いとか、ずうずうしいとか、身の程知らずとか言いたいんだろ。
そりゃーオレだって、何もかも黒羽さんに勝ってるとこなんかありませんよ。唯一勝っている警部補という階級だって、なにやら棚ぼたで貰ったようなもんだし。そんなん主張したってしょうがない。
 
…って改めて思うけどさ。オレ、いま話してる誰よりも階級上じゃん。
なのにお前とか呼ばれて、誰も敬語使わないし。
いーのか、これで。
いや、確かに張りぼてなんだけど…。
 
白鳥はぶつぶつと口の中で文句を言いつづけたが、ふっと気になっていた質問を高田にぶつけてみた。
 
「ねえ、高田さん、その冬馬涼一ってさ…」
どういう感じの人だった?
質問の後半はなんとなく呑み込まれる。
黒羽 高の、前のパートナー。
気にならないなんて言ったら、大嘘になる。
黒羽は彼の名前すら言いたくないようだったが、刑事としての公式記録はかなり立派なものだった。
何で黒羽があんなに嫌っているのか、記録からはまったく見えてこなかった。
いや、嫌っていると言うより、もっと、憎しみに近い。
普段は冷たいくらいに無表情な彼が、唯一この名前にだけ、激しく反応した。
 
聞きたいけど、聞けない。
もしかしたら聞いても、ここにいる誰も知らないのかもしれない、とも思う。
黒羽の目を盗むように、そんな話をしたくないのも確かだった。
いや、でも、どんな人だったのか、他の人の感想を聞くくらい…。
 
 
白鳥の苦悩はたった1分で終わった。
黒羽が部屋に帰ってきたのだ。
そして、こう言った。
「香澄、今日から僕たち2人は、しばらく捜査本部入りです」
白鳥は目を見開いた。

 

 

   そして今、ここにいるのだが、目の前にいる、けっこうおやじな刑事も、黒羽の顔を眩しそうに見つめた後、軽く目を逸らした。
 
砂城西署捜査一係強行第6班。
今現在、砂城西署の抱えている大きな事件は二つあった。
『女子大生連続刺殺事件』
それに、この間起こったばかりの『交番爆破事件』だ。
 
交番爆破事件は、つい最近の話で、そのうえ連続性があるかもしれない、ということで(しかも、身内の事件だ)砂城警察中が躍起になって追いかけている大事件だった。
もう一つの『女子大生…』のほうも確かに大事件ではあったが、ワイドショーのネタ的には、もうかなり古くなりつつあった。
 
「ええと…」
目の前の中年の刑事は口ごもる。
黒羽は彼が座るデスクの横に、ぴしりと姿勢を正して、じっと話を待っていた。
中年の刑事は居心地悪そうに、もごもごと言う。
「何ていうか…。あなたが来たんですか…」
オレも来たの!
白鳥は心の中で抗議をした。
 
「ええと、ご存じの通り、いま例の爆弾魔の件で手が全然足りなくなっててね」
はい、と黒羽が頷く。
また男は視線を逸らした。
まったく、よく見りゃいいじゃん。こんな綺麗な顔、めったに拝めないぞ。
白鳥は、まるでその顔が自分のものであるかのように、得意になった。
 
「ウチはもう一つの刺殺事件のほうをやってるんだけど…」
「聞いております。あの事件はいま、被疑者拘留中でしたね」
「そうなんだ、それでね、被疑者のヤツが凶器を捨てた場所について色んなところを挙げやがって。あいつはナイフおたくだからそんな所に捨てるもんか、とは思うんだが…」
「げっ!」
なにやらカエルが潰れたような声をあげかけて、白鳥は口を押さえる。
それを怪訝そうな顔でちらりと見ながら、黒羽はまっすぐ前を向いて平然と言った。
「つまり、裏付け捜査ですね」
「そう。そういうこと。よろしくな」
中年の刑事はそう言うなり、資料のようなものを黒羽に手渡すと、それじゃ、と立ち上がって行ってしまった。

 

 

「うわあ、裏付け捜査だって…」
白鳥は思わずため息をつきそうになった。
最初に捜査本部入りと言われたときは、わくわくした。
なにせ、一応刑事ドラマに憧れたクチである。
自分が所属する班は、どちらかというと荒事専門で、そうでなければ他の班の刑事達の遊撃隊の役割を果たしている。
その分待機している時間も長く、実はこのところ白鳥は少々体を持て余していたのだった。
 
だから、ちょっとばかり期待したんだよな。
憧れの捜査本部。
ドラマみたいに、ドアには毛筆で書かれた本部名称なんかが貼ってあり、颯爽と聞き込みや、張り込み捜査なんかしちゃったりする。
 
しかし考えてみたら、遊撃隊というのは、要は『お手伝い』ということだ。
よそから来た手伝い刑事なんかにそんなおいしい所が残っている筈もない。
しかも与えられた仕事は、裏付け捜査。
うんざりするほど地味なものだった。
そのうえ、いま与えられた仕事は、凶器がある筈だ、と思って探しに行くものではない。
被疑者が供述したその場所に、凶器が『無い』ことを確認しに行く作業なのだ。
白鳥は、始める前から、思いっきりげんなりした。
 
しかし、そう思いながら見上げた黒羽の顔は、クールそのものだった。
資料にある写真のナイフを見つめながら、指を顎につけて、何か考えている。
 
端正で、クールな横顔。
いつも見ているくせに、ときどきこうやって不意をつかれて、彼の顔を見つめるはめになる。
 
…怖い?
怖いって、どこが?
白鳥は、ぼけっと黒羽に見とれながら思った。
 
全然怖くなんかない。
みんな知らないんだ。
この人が本当はどういう人なのか。
大きくて、綺麗で冷静で、近寄りがたいように見えるけど、本当は全然違うんだ。
 
オレは知ってる。
オレだけしか知らない。
 
オレの問いに、いいですよ、と言って笑った顔も。
必死な顔をしてオレを捜しに来て『死なないでよかった』と言って抱きしめた事も。
 
そして、暗い穴の中で見た、あの顔…。
誰かに置き去りにされそうになっているかのような、苦しそうな表情。
オレは思わず、抱きしめてキスした。
そのくらい、あやうくて、なんだか脆そうに見えた。
 
だから、本当は違う。
この人は、もっと色々な顔を持っている。
本当は、この人は全然クールなんかじゃない。
…たぶん不器用なだけなんだ。
 
 
それに彼は…。
もっと、その…。
白鳥はいきなり赤面した。


 
昨夜のことは、考えないようにしよう…。
いくら何でも、ちょっと、だったからな…。
いや、その…、いいと言えば、よかったんだけどさ…。
 
白鳥は、自分の頭の中の映像を思いっきり振り払った。
 
考えてみたら、オレが黒羽さんのことを怖いとか思う筈なんか無かったんだ。
なんか…、全然違う所へ、もう突入しちゃってる。
 
 
「香澄?」
いきなり名前を呼ばれて、白鳥は飛び上がった。
「あ、え、ああ? ごめん」
なんだか解らないうちに、思わず謝ってしまう。
ダメだ、顔見るな。
視線を逸らす白鳥に、またいぶかるような表情をしながら、黒羽は資料の中の写真を渡した。
「エマーソンカスタムナイフ。ライノーです。こんなもの絶対捨てそうもないけど…」
「と、特徴のあるナイフだねっ」
白鳥はろくすっぽ見もしないで写真を突き返した。
「い、行こっ、早く。日が暮れちゃうよ」
 
とりあえず、仕事だ、仕事!
まだ不思議そうな顔をしている黒羽の腕を乱暴につかんで、白鳥はどんどん引っ張っていった。

 

 

  「廃墟だ…」
建物を見上げて、白鳥は呟く。
それは7階建ての、アンダーでは一番高い類の建物だった。
『ホテル・レオニス』
たぶん、ずいぶんと金をかけたのだろう。
スカイにある超高級ホテル に比べると、二流もいいとこだったが、それでも砂城のアンダーでは、ナンバーワンのホテルだった。
ただし、きちんと営業していれば、の話である。
いま、その建物は全体が真っ黒にすすけ、石造りの、かつては豪奢だったはずの階段もエントランスも、一部が崩れ落ち、欠けてひび割れていた。
 
黒羽と白鳥は、ぼろぼろで何かのまじない程度にしか役に立っていない、立入禁止の柵を越える。
「ここを2人で捜すの? たった2人でえ?」
白鳥の頭は、あらためてまた、がっくりと下がった。
「砂城で一番でかいホテルの廃墟じゃん」
黒羽は何かを考えるように建物を見上げ、それから大股で中に入っていった。
「あっ、待ってよ。黒羽さん」
あわてて白鳥は後を追った。
 
「がらくたやゴミが多いから、注意するように」
黒羽が振り向いて言う。
確かにエントランスホールには、なにやらよく解らないゴミや、壁でも崩れたのか、石の塊がごろごろしている。
足を取られないようにして歩くのに、少々神経を使った。
 
「なんかさ、ここ、ガキ共のたまり場になったりしてない?」
そう言う白鳥の足元には、花火でも使ったような跡がある。
「まあ、ここ、火事になったわけだから、焦げ跡を今更気にすることもないけどさ。でも、危ねえな。また火事になったらどうするつもりなんだか」
なんとなくお巡りさんな気分になって、白鳥はぶつぶつと呟いた。
「それにしたってさあ、火事になってからもう7年もたつのに、何でここ、このまんまな訳? さっさと壊して建て替えりゃいいじゃん」
問われた黒羽は、軽く首をかしげた。
「香澄、詳しいですね」
「ああ、いや、ちょっとね」
白鳥は妙な笑いを口の端に浮かべる。
「そんで、どうして?」
「さあ…。不動産の関係じゃないかな。取り壊すにも、金がいるし、買い手がつかないのかも」
黒羽の曖昧な言葉に、白鳥は頷いた。
「なんか、ユーレイ出そうじゃない? 縁起悪いとか、けちがついたんだぜ、きっと」
 
ケチが付いたのは事実だろう、と黒羽も思った。
火事だけじゃない。
あの時は…。
 
黒羽はきつく目を瞑った。
あの時の光景が、瞳の裏に甦る。
 
 
 
ここに、自分はいた。
炎に追われた人々が、逃げ場を失って倒れ込む、その中心に。
悲鳴と、割れるガラスの音。
灼熱の炎と、血の赤。
思い出そうとすれば、いつでも残酷なくらい鮮やかに甦る、その記憶。
 
炎の向こうには、あいつが立っていた。
薄汚れ、疲れ切って、なにもかもに絶望する自分をあざ笑うかのように、綺麗なままでそこにいた。
 
『やあ、コウ…』
 
低くて優しい響き。
綺麗な声だった。
まるで朝の挨拶でもするかのような、いつもの、その声。
 
 
 
「…黒羽さん?」
呼ばれて目を開けると、そこには、『彼』ではなく、白鳥が立っていた。
なんとなく心配そうな目つきで、自分を見つめる。
そして彼は近くまでくると、手を伸ばして顔に触れた。
ざらりとした、男の手の感触。
 
香澄に触られるのは、好きだ…。
 
黒羽はその手に唇を寄せた。
 
違う手。違うにおいがする。
あの男の手は、いつでも妙に綺麗だった。
いつでも手入れを怠らない、なめらかで器用そうな長い指を持っていた。
いつでも人を突き放し、残酷なことをためらわない手を…。
 
「大丈夫」
黒羽はかるく息をすう。
「さて、どこから始めましょうか?」
白鳥が辺りを見回し、肩をすくめて笑った。
「もー、どっからでも一緒。ぜーったい今日中には終わらないね。オレ、断言しちゃうよ」

 

 

  白鳥の言葉どおり、捜査は全然はかどらなかった。
とにかく障害物が多すぎる。
昔の火事の時そのままというわけではないだろうが、黒く焦げたかつて椅子だったものや、壁を飾っていたのであろう絵画等の残骸が床に転がり、行く手を阻む。
黒羽と白鳥は、その障害物をどかしながら捜し物をしなくてはならないので、始めてたった30分で、全身から汗が流れ落ちる始末だった。
 
「うう、オレがもし犯罪をやるときは、絶対ここに凶器捨てる。決めた。ホント」
白鳥は3時間ほどでネをあげた。
流れ落ちる汗を袖で拭いて、隣を見ると、黒羽が黙々と新しい障害物の撤去にかかっている。
まさかこれほど条件が悪いとは思っていなかったので、2人ともスーツを着ている。
黒羽はすでに上着を脱いで、シャツの袖をまくっていた。
白いシャツが汗で透けて、下の肌が見える。
肩の線、色っぽい…。
茫然と白鳥はそんなことを思う。
ああ、オレもシャツとか脱いじゃおうかなあ?
いっそのこと、上半身裸になっちゃうとか。
 
最後の言葉は口に出してしまったのか、作業を中断して黒羽がこちらを向いた。
「服を脱ぐと、怪我をしやすくなるから、やめておいた方がいい」
それから、なんだか落ち着かなくなるくらい、じろじろと白鳥を眺めた後に、黒羽は言った。
「少し休みましょうか?」
「えっ? 大丈夫だよ。大丈夫」
白鳥はあわてて両手を顔の前で振ったが、もう黒羽は脱いだジャケットに袖を通していた。
「何か食べるものを仕入れてきます。少し休まないと、作業効率が落ちる」
ああ、はい。さいですか。
もう白鳥には何か言い返す元気もなかった。
黒羽はちらりと白鳥のほうを振り返ったが、そのまま何も言わずに出ていった。
 
ああ…、確かに腹減ったよなあ。
白鳥はその場に座り込んで、ぼんやりと開いている窓から空を見上げた。
 
空と言っても、砂城のアンダーは地下にある。
しかし、そこには幻の青が投影されていた。
 
うん、まぼろしでも綺麗だ。
白鳥は目で雲の流れを追った。
よく見ると、その動きは完全にランダムではない。
どこかしら規則性がある。
それでも、その空は大変よくできていた。
 
もっと上の階から見てみようか。
思い立ったら、やってみなくては気が済まない。
白鳥は立ち上がった。
 
あの後、オレ、全然ここに来てなかったもんな。
っていうか、砂城自体に来なかったんだけどさ。
もう、建物も新しくなっていると思いこんでいた。
7年。子供だった自分には、すごく長く感じた時間。
それなのに、また来られるなんて…。
何もかも黒く煤けたホテルは、まるで過去の記憶の残骸だった。
 
過去を歩くのも、悪くない。
 
白鳥は元は美しい彫刻がしてあったはずの、階段の手すりに掴まり、注意しながらゆっくりと上へのぼっていった。

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